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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
148/463

148.イレさんち

 ようやく長かった祭も終わった!

 パドマは、早速、仲直りしたつもりのイレの家に遊びに来た。

 以前のように、一緒に朝ごはんを食べた後、「遊びに行っていい?」とおねだりした結果、「ダメ!」と言われたので、来てみたのだが。

「なんで、こんなことになってるの?」

 イレの家は、ウズ高いホコリの山になっていた。


「だって、師匠が掃除してくれなくなったんだ。これから頑張って掃除するから、1日、いや2日待ってくれないかな」

 何もしない彼女だと思っていた師匠は、イレの家の掃除はしていたらしい。パドマは初耳だった。

「掃除、手伝うよ。玄関とダイニング以外歩いてもいないよね。どうやって暮らしてたの?」

 パドマは、とりあえず玄関扉を全開にして空気を入れ替えようとしたら、ホコリが舞い上がり、大変なことになってしまった。パドマは瞬時に師匠に外に連れ出されたが、師匠に扉を閉められて閉じ込められたイレは、可哀想なくらいセキこんでいた。

 師匠が扉から手を離したところで、パドマは、薄く開けて謝った。

「ごめんなさい」

「いや、ここまでホコリを溜め込んだ、お兄さんが悪いんだよ」


 ひとまず窓の開放は諦めて、ざっくりとホコリを回収するところから、掃除を始めた。チリトリをスプーンのように使うだけで、ガッサぁっとホコリが取れると言えば、どれほどの状態かわかるだろうか。それが、床の上だけでなく、棚の上など至る所にある。健康的に暮らすには、とても難しい家になっていた。

 イレは、あの日以来、玄関とダイニングのイスを往復するだけの生活をしていたそうだ。食料は全て配達で済ませて、玄関で受け取り、ダイニングで食べて、そのまま寝て、出たゴミは、次の配達で持って行ってもらうらしい。

 お金はあるから問題ないとかではなく、もう少し楽しい暮らしをしていて欲しかった。イレがそんな状態だったから、師匠は仲直りして欲しいと直訴までしたのだろう。自分のわがままの所為で、イレをそんな風にしてしまったなんて、パドマは苦しくなった。

「ごめんね」

 謝っても何にもならないが、他の言葉が見つからなかった。

「いや、お兄さんは大人なんだから、ちゃんとしなきゃいけなかったのに、しなかっただけだから。パドマの所為じゃないよ。パドマは、師匠と結婚したんだよね? 幸せでしょう」

「は?」

 パドマの声が、凍りついた。また地雷を踏んでしまったかと、イレは慌てた。

「そんな、話をきいた、んだけど、違った? また間違っちゃった? 配達の人が、だいぶ前に『英雄様が、顔のキレイな男と結婚したんですよ』って言ってたんだけど、師匠じゃないの?」

「ああ、変な人がさ」

 パドマは、某17王子の話をした。そして、大事なことを忘れているのに気が付いた。これでは、イレのことを悪く言う資格などない。パドマの方こそ重罪だった。

「あれ? そういえば、そろそろ戦争が起きるかも! どうしよう!!」

 掃除などしている場合ではなかったかもしれない。だが、ここまでとんでもなくなってしまうと、掃除も放置することはできない。

「それは、街議会に頑張ってもらえばいいんじゃないの? 戦争になっても師匠1人で完封できるから、心配しなくていいし」

 戦争だと言っているのに、イレは、何の感動も顔に映さずに、掃除に取り組んでいた。

「なんで、みんな師匠さんに押し付けたがるの? 可哀想でしょ」

 パドマがそう言うと、師匠がパドマの手を取って、ふわふわと微笑みだしたので、思いきり振り払った。師匠が傷付いたような顔をしたので、パドマは、睨みつけた。

「でも、効率で言ったら、師匠が一番だし。勿論、お兄さんも手伝うよ。頑張るよ」

 やはりイレには、なんの気負いも心配も浮かばない。にこにこ笑って、そう言った。戦争がどういうものか、わかってないのかもしれないと思ったが、そんなのはパドマだって知らない。想像しただけだ。

「師匠さんだけじゃなくて、あっちの農兵さんも可哀想でしょ」

「また、そんなとこまで心配してるのか。子どもは、のびのびすくすくと成長してればいいのに」

「イレさんは、毎年18歳かもしれないけど、ウチは毎年年取ってるからね。次の年明けで、成人なんだから!」

「え? あと5年くらいは、、、。こんなにちっさいのに?」

 おじいちゃんだから、一年二年はズレているかと思ったが、まさかの五年のズレだった。五年ズレれば、ダンジョンルーキーだ。それはいくらなんでも酷すぎると、パドマはカチンときた。

「小さくて、悪かったね! 年齢と身長は、相関関係にないんだよ!! 自分ばっかり大きく育ったからって、くそムカつく!」

 パドマが、持っていたチリトリを床に投げつけると、またホコリが舞って、イレはむせた。パドマは、師匠に捕まって、窓の外に退避したから無事である。

「掃除しなかったのを、猛烈に反省した。もう何があっても掃除だけはする!」


 ある程度片付いたら、窓を開けてハタキをかけて、乾拭きして、水拭きして、乾拭きして、床を掃除した。頑張っているのに、全然終わる気がしない。一人暮らしのくせに、部屋数が多すぎた。

「あと最低でも、食糧庫と風呂は掃除しないと」

「そんなに頑張ってくれなくても、お兄さんがやるからいいよ。お風呂は、掃除終わったよ」

「何言ってるの? イレさんの魅力は、胡椒とお風呂なんだよ?!」

「そっか。それで、仲直りしてくれたんだ」

「いや、ち違うよ。あれから、唄う黄熊亭に行くのも嫌になっちゃったし、安心してチーズを食べれる場所もなくなっちゃったし? あれ、違うな。お小言言われなくなったのは、精々してたし、他に何か何か。何かきっとある! 考えるから、3年くらい時間が欲しい」

「くくっ。いいよ。それくらいが、パドマらしいよ。パドマが見つけてくれた、数少ないお兄さんの特技だもん。大分サボっちゃったけど、また頑張ってくるよ。いつでも再開できるのが、探索者業のいいところだよね。胡椒も今から1樽買ってくるよ。ちょっと待ってて」

「樽? いや、樽はいらないよ。え? どんだけ金持ちなの? 1年何もしてなかったんだよね」

 イレが買い物に出かけてしまって、パドマは己れの失策に気付いた。師匠と2人きりになってしまった! これから食糧庫の掃除をしようと思っていたのに、あんな閉鎖空間にこもるのは危険な気がする。パドマは、師匠に食糧庫の掃除をお願いして、2階に逃げて行った。



 イレは、胡椒とともに、お昼ごはんを買ってきてくれたので、3人で食べた。

 イレが買ってきた胡椒樽は、パドマが抱えて持てるくらいの大きさだった。それだけでも、かなりの金額ではないかと思われるが、風呂にできそうなくらいの大樽を想像していたパドマは、かなりかなり安心した。今更なのだが、散財させてしまったと思ったのだ。

「お風呂入ってたの? 本当に、好きなんだね」

「だって、師匠さんが追いかけ回してくるから、気持ち悪いんだもん。イレさんが帰ってくるまで、お風呂に隠れてたの」

「え? それ、逆に危なくない? 師匠は、一体何をしてたのさ」

 謎肉ステーキを独り占めして頬張っていた師匠は、ナイフとフォークを置くと、蝋板を出して何かを書きつけ、イレに見せた。

「うわあ」

 アシナシイモリを見たパドマのような、嫌そうな声でイレは引いていた。

「何?」

 お行儀悪く、パドマが覗こうとすると、師匠は文字をヘラで消した上で、蝋板を仕舞ってしまった。

「なんて書いてあったの?」

「パドマは絶対に怒ると思うから、怖くてお兄さんには口にできない」

「そんなこと言われたら、聞く前に怒るけど」

「ごめんなさい。ごめんなさい。もう怒られたくない」

「イレさんには怒らないよ。師匠さんを怒るんだよ」

「それで、お兄さんが師匠に怒られるんだ」

 イレは、なんとか言わずに済まそうと思うのに、パドマの目がどんどん吊り上がっていった。

「怖い、怖い! 八方塞がり! お兄さんは、何もしてないのに! うぅぅ。

 なんでか知らないけど、パドマが師匠と仲良しできるようになったから、師匠が甘やかしたら、他も大丈夫にならないかな、って思ったんだって」

「ふぅん? それが実験か」

 イレの言葉と、ここ数ヶ月の師匠のアレコレが見事にリンクした、気がした。人は怖くないよ、優しいよ、とでも言いたかったのか。パドマの恐怖症を治そうとしていたということだろう。余計なお世話だ。

 パドマのもしかしたらと思っていた、パドマを師匠にトリコにさせて、八つ裂きにされるという予想よりは多少良かったのかもしれないが、それも求めていない。必要がない。

「え? それだけ? なんだ、良かった」

「今は、老人愛護週間だから。あと、復讐は計画的に?」

「え゛っ」

「ペンギン焼き程度じゃ許さない」

 パドマは、ふふふと可愛く笑った。

次回、旅行に行く。

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