146.第二回英雄様誕生日祭〈前半戦〉
第一回英雄様誕生日祭は、信じられないことに、パドマ以外には好評だったらしい。そうなると、自然と第二回を企画されてしまうものだ。迷惑なくそ祭の開催を止められないのであれば、せめて受け入れられない企画をやめてもらいたい。そのために、パドマは連日ダンジョン行きを休んで、紅蓮華の会議室に通っている。紅蓮華に行くと言えば、師匠はいなくなる。とても居心地が良かった。
「絶対に、タランテラは踊らない。あの踊りはシンドイ。なんで誕生日の主役が、半死半生で踊らなきゃいけないの? どうしてもって言うなら、イギーが、イヴォンさんと踊ればいい。結婚のお披露目に丁度いい」
見てる分には、どうということもない踊りなので、今ひとつ紅蓮華側には、大変さが伝わっておらず、去年は日に3回も踊れなどと無茶振りをされた。綺羅星ペンギン側の踊り係も体力魔人の集まりなので、まったく共感してはもらえない。しかし、練習中、パドマが文句ばっかり言ってる姿を見ているので、踊れと言わないだけマシだった。
「踊るのは構わないが、俺が踊っても客が来ない」
次期紅蓮華会頭は、恐ろしいほどに人気がない。商家関連の人が集まるだけで、大変な人数になるだろうに、これっぽっちも人が集まらなそうなのは、なんとなくパドマにもわかった。業務命令で人を集めなければ集まらないし、そこでイギーが踊り出したら、地を這う人望が全て消え去ってしまいそうだ。
「紅蓮華が関わる限り、師匠さんは来ない。タランテラは無理だ」
「だったら、代わりの余興を出せ」
「綺羅星ペンギンの予選会ができませんでしたので、お時間をいただきたいです。一般の部と同じでは、見ていてつまらないでしょう。軍事訓練を兼ねて、乱戦で一気に片をつけようと思います。如何でしょうか」
やだやだしか言わないパドマの代わりに、グラントが建設的な意見を出した。建設的ではあるが、パドマの好みとは対立する物騒な意見だった。
「軍、事、訓練」
「やだなぁ、グラントくん、それはパドマちゃんには、ひ、み、つ、でしょう? 言わないお約束だよ」
某お貴族様対策の軍事訓練である。グラントは、対お貴族様でも、対王国様でも、徹底的に戦うつもりでいる。嫁入りに付いていくこと自体は、薮坂ではない。パドマが他国へ行くようなことがあれば、パドマは気を遣って、ついて来なくていいと言う人間だと思う。それでも、グラントはついて行くだろう。だが、そもそも、結婚にパドマが気乗りしない以上は、戦う以外に道はない。綺羅星ペンギン全体の総意ではないが、グラントの絶対神はパドマなので、アーデルバード民を全員まとめ上げてでも、戦うことはグラントの中では決定している。
「紅蓮華側が秘匿するのは、止めません。ですが、わたしは全てを開示致しますよ。我らのボスは、パドマさんですからね」
「そろそろ綺羅星ペンギンの代表は、グラントさんでいいと思う」
嫌そうな顔で、パドマが言った。
「施設が増えましたからね。雑務はお引き受け致しますが、グループの総代表はパドマさんですよ」
「違うよ。総代表もグラントさんで、これといった仕事をしない名誉会長がウチだよ」
「名誉会長が総代表より上であれば、構いません」
グラントは、パドマに仕事を押し付けることは期待していない。正直、人が多すぎて、仕事が足りないくらいなのである。トップでいてくれさえすれば、なんでも良かった。パドマは、突発的に始める世直し事業に誠心を尽くせるように、むしろ雑務に使うべきではないと考えている。だから、悩むことなく、同意した。
「それ、絶対、逃げようとしてるだろ」
目敏くイギーにツッコミを入れられた。イギーは名前だけ入っている実質部外者なのだから、関係ないだろうに。グラントが見ている手前、取り繕わねば、とパドマは適当なことを言っておく。
「そんなことないよ。小娘は、サボり癖があるだけだよ」
「御心の広い我らがボスは、決して逃げたり致しません。失礼なことを仰らないで頂きたい。我らは、神の如く崇めております故」
「ぐふぅ」
グラントがパドマを守ろうと発病した結果、パドマは、たまらず机に伏せた。イギーのように言われれば反発しやすいのに、グラントのように言われると、弱いのだ。流石、グラントは最恐の男だった。
「おい。信者の声がトドメを刺したようだぞ」
そんな感じで、連日、訳の分からない話し合いをしていた。パドマのどうしてもねじ込みたい要望は、ヴァーノンの武闘会参加禁止と、タランテラを踊りたくないだ。強いて言うなら、他全部もなくして欲しいが、これくらいは要望を通してもワガママではないと遠慮した上での要望だ。師匠に逃げられたら、ヴァーノンしかダンスの相方はいない。誰よりも大切なヴァーノンを守り切れないなら、街を出奔してでも祭りには賛同できない。
そして、祭は開催された。
晴れ1日目の催し物、英雄様パレードに、またミラたちと白蓮華の子どもたちと一緒に参加する。
今回は、パドマもやる気を出した。前々からやるとわかっているのだから、子どもたちと一緒に、それぞれが着る英雄の衣装を工作遊びで作ったのだ。パドマの衣装は、モモンガの着ぐるみパジャマである。皆が英雄様と持ち上げるなら、自分から落としてしまえばいいのだ。この衣装の素晴らしいところは、フードを目深にかぶってしまえば、顔が見えなくなるところで、この衣装の気に入らないところは、飛膜が邪魔で剣帯が付けられないことだ。最悪、フードをかぶって寝てしまえばいいいと思ったのだが、同じ車に子どもたちが乗っているのだから、無理だった。皆、真面目なのだ。サボろうとすると、「疲れてるのかな、もう少しだよ、頑張って」と助けてくれた。
2日目は、武闘会の子どもの部を観戦した。子どもの部は10歳から14歳までの各年齢別に行われる。
去年は、初めての開催と言うことで、訳もわからず街中全員エントリーするくらいのとんでも盛況ぶりだったので、エントリーに制限を付けた。10歳は、ニセハナマオウカマキリを単独撃破から始まって、14歳は、ヘアリーブッシュバイパーを倒せること、というように、目安を付けたのだ。エントリーの際に、確認などは取らない。最低限そのくらいできる実力がなければ、どうせ負けるし、恥をかくだけですよ、という優しさなのだ。ジュールみたいなのに出てこられても、時間を食うだけで見てても面白くもなく、ブーイングの嵐で出場した方も傷付くだけなのだ。
使っていい武器は、大人の部同様、ぬいぐるみ剣だけだ。あんなもので戦っても、どうにもならないと思われているのだろう。誰も使っていなかったが。
殴る蹴るの攻撃は、痛そうで見ていられなかったパドマだが、投げ技を使う選手は、心から応援した。彼らは、数年したら大人の部にやってくる。どうせなら、彼らに負けたい。だから、一生懸命に応援した。どこの誰だか知らないけれど。
優勝者が決まったら、記念品を渡すのが、パドマの仕事だ。本当は、カーティスに握手をして欲しいと頼まれたのだが、断った。優勝するようなヤツなんて、怖くて触れないからだ。
断って良かった。10歳くらいならいけるかな、と思っていたのだが、流石武闘会優勝者だった。お前絶対年齢詐称してるだろう、と言いたいくらいに厳つかった。4つ下の子に、余裕で見下ろされたのだ。よく考えたら、わかる。武器なしで戦うのだから、優男が残る余地がない。パドマが勝てそうにないのと、理由は同じだ。
たった一言、「おめでとう」を言うのに、苦労した。年下相手なのに、近寄るのも怖くて涙目だ。あんまり怖いから、ヤマイタチ着ぐるみパジャマのフードを目深にかぶっていたら、カーティスにダメ出しされた。だが、どれだけ怒られたって、怖いものは怖いのだ!
3日目は、ペンギンパレードである。パドマは、勿論、ペンギン着ぐるみパジャマを着ている。ペンギン着ぐるみパジャマだけは、わざわざ作らずとも売店に売るほどあるのだ。着ればいいだけだ。ペンギン着ぐるみに剣帯を付けて、はっぴを重ね、フードを目深にかぶり、ヨチヨチとふざけたペンギン歩きをしているのが、パドマだった。
3日目ともなれば、顔が見えずとも、多分アレが英雄様なんだよね、ということは、皆も察しがつくようになっていた。フードをかぶると紅蓮華の皆様にはお叱りを受けるのだが、綺羅星ペンギンの中には不満を言う者はいない。こんなふざけた格好をしていても、いつもと変わらず戦えるのを、過半数が見知っているからだ。目隠しなど、なんのハンデにもならないし、綺羅星ペンギンの宣伝のために、わざわざペンギンになって下さっているのだ、と感動する者もいるくらいだった。唯一気になることは、体型が丸わかりなことだろう。剣帯をつけている所為でペンギンがスリムになっていた。ボスって、小さいくせに、あんなにスタイルが良かったのか、とほぼ全員が驚いている。だが、それは口にしない。いつもハワードが怒られているのだ。同じ轍を踏むバカはいない。
4日目は、武闘会の綺羅星ペンギンの部を行う。一般の部も同時開催中だが、パドマはそちらは見ない。怖くて不安が募るだけだからだ。
普通の会場は、一般の部が使っているので使えない。だから、綺羅星ペンギンの部は、なんと城壁外で行う。綺羅星ペンギンには、魔獣に負けるような男はいない。だから、特に問題はない。
観戦場所は、城壁の上だ。パドマは考えたこともなかったのだが、城壁は上に上がれる。物見もできるし、有事の際は、城壁上から弓を射ったり、石を落としたりするのに使う。誰でも、とはいかないが、特別観覧席を作ってもらったので、知り合いを誘って上ってみた。
綺羅星ペンギンの出場メンバーは、外に出たら、試合会場を作る。上から見ている人に、どの辺りなら見やすいかを尋ね、適当に4本棒を立て、その間を足で地面を擦って、四角を描く。場外判定のコート作りだ。準備はそれだけで、試合開始となる。
一応、イレギュラーなことが起きても対応できるよう、今日、試合を行うのは、希望者の半分だけだ。残りの半分は、周囲の警戒をしたり、場外に出たのが戦線復帰しないように捕えたり、コート内で再起不能に陥った者を回収したりする。試合をする人間は思い思いの格好をしているが、係にははっぴを着せたので見分けはつくし、顔も覚えているから何があっても乱闘に加わるなよ、と言い含めてはいる。
ちなみに、グラントは、城壁上にいて、総合審判を任されている。本人は出場したがっていたのだが、去年、ボスに指名される栄誉を頂いたのに、あっさり負けたことを皆に突き上げられて、一回休みを言い渡されたのだ。パドマ的には、ヴァーノンに攻撃する方が許せないし、だからグラントは負けてしまったのではないかと思っているのだが、試合前から試合が始まっているのだろう。最恐グラントは、追い出してしまいたいのだ。パドマは何も関与しなかったのだが、一生出るなと皆が突き上げていたのが、話し合いの結果、一回休みで落ち着いたのだ。
なんと、綺羅星ペンギンの部は、武器防具の使用が自由だ。殺し厳禁のルールは変わらないので、刃を潰してきたり、各自工夫を凝らしてくるとは思うが、乱戦の上に武器が可なんて、はっちゃけすぎだ。グラントが異常に実戦にこだわった結果なのだが、ペンギンパレードが終わったし、少々負傷者が出ても気にしない、という気持ちでいるのではないといいな、と思う。気心知れてる相手しかいないから大丈夫ですよ、とグラントが言うから許可したのだが、パドマは今、騙されたのではないかと不安に思っている。下からは、魔獣の咆哮しか聞こえない。あいつらが、ちゃんとルールを覚えているようには見えない。
「試合開始!」
しっかり準備ができたかの確認もなく、グラントは、急に試合開始をコールした。戦争は開始時間が決まっていないのだから、仕方がないらしい。この時点で油断してコート内にいなかったヤツは、脱落だ。グラントの出場禁止を言い出したハワードが外に出ていたから、今言ったのではないと思う。グラントは、公正に審判をすると、会議でパドマに誓っていたのだから。
試合が開始されて、更に魔獣の咆哮が上がった。パドマは、「うひぃ」と情け無い声を上げながら、ヒザに乗せた小パドマを抱きしめた。小パドマは、城壁に上がりたいというので連れてきたのだが、試合は見たくない、とパドマにくっついて離れない。パドマもぬいぐるみ扱いで抱きしめていた。
野獣臭い轟きとともに、剣戟が聞こえる。鎧も着ているし、仲間の急所を狙うバカはいないと信じたいが、パドマは信じきれなかった。ヤツらは、バカだ。出場している時点で、全員バカなのだ。賢いヤツは、ちゃんと棄権している。数えるほどしかいなかったが、そいつらに、あとで褒美をあげようかと思うくらいだ。
「ちょっと待て。ギデオンが戦鎚持ってるじゃん。アイツは、戦棍? ちょ、死ぬじゃん。反則負けで、追い出してよ」
と、パドマが苦情を申し立てると、グラントは、
「現時点では、ルール違反ではありません。彼らに相談を受けた結果、わたしが許可を出しました。アレで脅して外に出せば、ギデオンの勝ち、アレで殺してしまえば、ギデオンの負けになるだけですよ」
と、しれっと返されただけだった。
「死なないようにして欲しいんだけど!」
という、パドマの意見はなかなか理解されない。どうしたら軌道修正できるのか、まったくわからなかった。
5日目も、武闘会一般の部と綺羅星ペンギンの2戦目が行われているのだが、パドマは、放置している。明日から雨が降りそうな微妙な天気なので、パドマはパドマの出し物をするのだ。
タランテラの代わりにパドマの提出した出し物は、目隠し真剣演舞である。具体的には、イギーに的をいっぱいくっつけて、パドマが目隠ししたまま、それを斬る。英雄様と紅蓮華の信頼度の深さがよくわかるだろう、とパドマが半ば冗談で言ってみたところ、イギー父とイヴォンとカーティスの賛同を得てしまった。
「最悪、首が繋がってれば、手足が少々短くなっても気にしないよ」
という父の意見に、イギーは難色を示したが、イギーの意見は、紅蓮華内では紙だ。身内に反対されてしまえば、基本的に通らない。パドマも、本気でやる気はなかったのだが、やることになってしまった。
イギーは、黒い服を着て、身体のあちこちに赤いりんごを付けている。パドマは、黄色いもふもふの服を着て、口から血を滴らせたクマの頭を抱えてきた。司会進行は、カーティスである。
まず、初披露であるので、カーティスに趣旨を説明してもらい、クマの頭をかぶってみたい人を募り、クマの頭をかぶることで、本当に前が見えなくなるか、確認してもらう。
イギーには、ちゃんと説明した。何も見えないとか言ってるけど、なんだかんだ見えるようになっている。うわぁ、全然見えない! と言うサクラを準備するんだよ。でも見えにくいのは確かだから、じっと動かないでいてくれると助かる、と。だから、イギーは、大人しく座って待っている。
予定通り、サクラなんて全然準備していないし、手を上げる人に、片っ端からかぶせて見せた。もう100人くらいクマの頭をかぶせた。イギーが、サクラの数が多すぎることに、疑問を抱き始めている。そろそろいいんじゃない? と、パドマは、カーティスを見たら、クマの頭がパドマのところに返ってきた。最後に、イギーにかぶせたら、出し物スタートである。
「てめー、全然見えねぇじゃねぇか! 騙しやがったな!!」
と、イギーが怒り出した時には、もう遅い。逃げ道は、パドマの部下に全てふさがれている。
「動くと、余計なとこを斬っちゃうよ」
と言ってから、パドマはクマの頭をかぶった。生き血大好き黄色クマちゃんの完成である。
パドマは、スラリと剣を抜いた。ちゃんと誠意を見せて、星のフライパンから、昨日もらってきた剣だ。なんと刃の部分に両面に「星のフライパン協賛」と書いてある、おそらく切れ味も大したことない剣だ。
パドマは、イギーのいた方向に歩いた。両手を前に出して、どこかな? どこかな? と探りながら歩く。そんなことをしなくても、イギーの位置は把握しているのだが、スイカ割りのように、ギャラリーが「右!」と教えてくれる。観客から見て右なのはわかっているのに、パドマは、自分の右を斬って「いないじゃん!」と言った。その隙に脇をすり抜けて逃げようとしたイギーは蹴飛ばしておいたので、英雄様がわざと失敗したことは、観客もわかっている。
「おかしいな。いないね」
と言いながら、イギーの肩についているりんごを1つ取って、クマの口に当てた。
「うーん、やっぱりクマは、りんごより肉が好き!」
そう言って、イギーの頭の上のりんごを剣で叩き割った。横に水平斬りをしたのではない。上から剣を振り下ろして、寸止めした。剣の重みで、うっかり振り抜かずに済んで良かった、とパドマもほっとした。
「やめろぉおぉおお!!」
舞台上を逃げ回るイギーを追いかけ回して、時にはうっかり蹴飛ばして、バク宙したりしながら、パドマは全てのりんごを斬って、ショーは終了した。
『ショーに利用したりんごは、後ほどイギーが責任を持って美味しくいただきます』という看板をスタッフが掲げているので、イギーの本日のお仕事は、まだ続く。
次回、祭の続き