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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第5章.14歳
145/463

145.パドマ懐柔作戦

 次の日、師匠は、いつもと変わりなく立っていた。護衛にすら変な顔をされているのに、まったく気にしていないようだ。パドマは、どうしてやろうかなぁ、と思いつつ、師匠に声をかけずにダンジョンに向かって歩いた。


 師匠の存在は、パドマの生活に密着しすぎている。師匠がいないと、いろいろなところに支障をきたす。

 まず、何よりも大事なレッサーパンダ(パンダちゃん)とのふれあいができない。噛みつかれて、引っかかれるくらいの痛みなら耐えられる。噛みつかれながら愛でて、傷薬で治癒してから帰るという手もあるが、どうしよう。

 パドマが悩んでふるふるしていたら、師匠は、パドマを拐って、53階層に来てしまった。ネコの階だ。ヤマイタチは連れて来てもらえたが、護衛は全員振り切られた。

 パドマは、たまらずレッサーパンダに飛びついた。ガウガウと齧られても、ちっとも気にならない。愛いヤツだ。

 師匠は、齧られるパドマの近くで、レッサーパンダを捕まえて、齧らないレッサーパンダを量産して、パドマに見せた。

 パドマは、綿菓子の微笑みに勝った。齧られて傷だらけになっても、気にするのはパドマではない。パドマ以外の人間は皆ヤメロと怒るのだが、ひとまずここにはいないのだから、気にする必要はないのだ。師匠と牙のとれたレッサーパンダを無視し、浮気をせずに噛まれながら愛でていたら、愛でていたレッサーパンダを師匠に取り上げられて、牙を抜かれてしまった。そして、パドマの周りに、沢山の牙なしパンダを積まれてしまった。

 耐えられなかった。パドマが抱っこしているのは、レッサーパンダであって、師匠ではない。ギリギリセーフだ。可愛い可愛いモフモフで、抱くと温かいレッサーパンダが悪いのだ。罪深い悪魔のようなモンスターだ。ダンジョンモンスターに陥落しただけで、師匠は関係ない。ここは、ダンジョンなのだ。ダンジョンモンスターにやられてしまうのは、普通のことだ。


 ついうっかりとレッサーパンダをはべらせて、まふまふと堪能しすぎてしまった。自らの腹時計の音で、パドマは我に返った。護衛は、まだ合流して来ない。ヤツらがいなければ、弁当もない。

 帰ろう。パドマが立ち上がると、師匠に簀巻きにされた。師匠の袖から手品のように出てくるロープでぐるぐる巻きにされて、ミノムシみたいにされてしまった。

「何するの? やめてよ。離せ、ほどけ!」

 パドマは、とうとう我慢しきれず声を出したが、師匠は、無視してパドマを抱えて階段を上がった。



 着いたのは、50階層だ。師匠は、右手にパドマ、左手に毛無し羊を抱えている。誰の言うことも聞かない師匠だが、羊に関する暗黙のルールは守っている。羊の毛を刈りたい者は、羊を殺さないで毛だけ刈り、羊の肉が欲しい者は、毛を刈られている羊を優先的に狙う、というものだ。

 そんなルールは守っているのに、パドマの扱いは簀巻きだ。最悪である。


 師匠は、パドマを優しく座らせると、羊の解体と調理を始めた。ヤマイタチを持ってきたのは、このためのようだ。パドマ愛用の調理器具を無断拝借し、次々に品数を増やしている。

 パドマは、暴れても拘束が外れないことはわかっているので、無駄な努力はしていない。逃げるためには、師匠を油断させて、隙を作らないといけないのだ。従順なフリをしなければならない。空腹絶頂なのに、美味しそうな匂いが漂ってくるのが、ムカつく。時折、味見をしている佳人が、くそムカつく。すっかりパドマは、やさぐれていた。


 師匠は、ハツとタンとレバーとリーダニョーの焼き物を持って、パドマの前にやってきた。フォークに乗せて、パドマに餌付けしようとしている。柔らかな微笑みは、いつもと寸分変わらないのだが、パドマはふいっとそっぽを向いた。そんなことをしている間にも、パドマのお腹は盛んに鳴り響いていて、恥ずかしさも高まっているのだが、耐え切った。

 師匠の顔も、段々とむくれてきているが、パドマの知ったことではない。2、3日ごはんを抜いたところで死なないことは、パドマは体験して知っているのだ。そんなことは、森で暮らしている頃は、いくらでもあった。死にたいくらいに切ない気持ちになるのだが、それだけだ。きっとこんな状況であれば、ごはんを一食抜いたって、ヴァーノンも怒らないに違いない。怒られたら、怒り返すからいい。

 師匠は怒ったのかもしれない。皿の中身をパドマの目の前で平らげた上で、鍋の方へ戻って行った。食べなかったのは、パドマが決めたことなのに、好物が食べられてしまったことに、パドマは更に怒りを募らせた。


 次に師匠が持ってきたのは、フィレ肉の焼肉だった。今度は、優しく食べさせようとはしなかった。パドマの頭をつかみ、力強くで口を開かせ、肉を放り込み、吐き出せないように押さえつけた。師匠は、オオカミの看護をしたこともあった。パドマに言うことを聞かせるくらい、訳はないのだ。

 口に入った肉は、美味しかった。どうしたことか、ただ焼いただけでも、師匠の肉は美味しく仕上がる。もしかしたら、マスターよりも料理上手なのではないかと疑うばかりなのだ。いい焼き目に、パドマの大好きな甘いソースがかかっている。食べさせてくれるのに、これを食べないで無視するのは無理だ。パドマは、泣きながらもぐもぐと食べた。

 師匠はすっかり満足し、パドマの拘束を解いた。そして、簡易テーブルを出すと、次々に焼肉やスープを並べ、でき次第、煮込みや頭を出した。パドマは、無言で、大人しくそれを食べた。材料の中には、師匠の懐中から出された謎の野菜が含まれる。食べてもいいものか、逡巡したが、フォークが止まらなかった。お腹がはち切れても、止められる気がしなかった。師匠のドヤ顔が腹立つが、これは羊と空腹が悪いのであって、師匠の魅力に取り憑かれているのではない! 一生懸命、言い訳を探して食べた。


 食後の片付けは、流石に手伝った。できる男は、調理終了とともに粗方片付けも終えていたが、今使っていた皿やテーブルの片付けはある。師匠の無限水袋で皿を洗い、テーブルを拭き、バラして元通りにヤマイタチのリュックに入れたら、上階へ行く。



 49階層には、サソリとサソリモドキがいる。ストレス解消にもってこいな、全力斬りができる相手だ。もう反撃にあうのも気にせず、正面から矢鱈めったら斬りかかり、死骸の山を築いたら、師匠はそれらをまるっと担いで運び、おまけにパドマとヤマイタチまで抱いて、ダンジョンセンターまで戻ってきた。獲物の買取りを済ませた上で、まだ空は明るい。45階層ですれ違った護衛の皆には申し訳なかったが、パドマの完敗だ。師匠は、便利で役に立つ高性能変態だった。パドマは、いろいろ諦めて、師匠と売り上げを分けたら、白蓮華に行った。


 毎日のように風呂を借りにきているのだが、いつもよりも早い時間に来たため、風呂は沸いていなかった。でも、師匠がいれば、いくらもしないですぐに風呂は沸かされる。着替えも、無限に出てくる。

 最近気付いたのだが、師匠は、いつでもパドマにサイズぴったりの服を出してくる。ぴったりだから、何も気になっていなかったのだが、よくよく考えると変だった。痩せても太っても育っても、何が起きてもぴったりなのだ。洋服屋だって、採寸しなければ、こんなに丁度いい服は出して来ないだろう。それを採寸など1度もしたことはないのに、きっちり合わせてくるのだ。勿論、大半が紐で調整するような物ばかりだからだろうと思うのだが、過去の服を重ねてみると、変態的なサイズ調整がされていることがわかった。フリーハンドで型紙が起こせる師匠なのだ。絶対に計算されている。師匠は、くそ変態だった!

 そこまで気付いても、むしろ便利なので、着てしまう。そういえば、いつからか一番風呂の順番も変わっていた気がする。温かい風呂は大好きなのに、寒気がした。

 パドマは、青い顔で、風呂から出てきた。


「具合が悪そうだな。大丈夫か?」

 テッドに心配されても、虚勢を張る気力もなかった。師匠が薄気味悪い。ただそれだけなのに、足元もおぼつかない。

「あー、ごめん。ただの食べすぎだから、気にしないで」

 テッドを安心させようと出た口からデマカセなのに、師匠の微笑みから花が飛んで、余計にイライラした。

「しょうがないヤツだな。まぁ、食わないと保たないなら、食わないといけないんだろうけど」

「ああ、テッドが可愛い〜」

 ぎゅうぎゅうとテッドを愛でていたら、師匠にテッドを取り上げられてしまった。テッドは助かったような顔をしているのだが、パドマは抗議した。

「テッドは、ウチの可愛い弟だ。返せ!」

 だが、テッドが自力で逃げて行ってしまったので、取り返すことができなかった。師匠は、ちっとも便利じゃなかった! やっとパドマは、師匠の嫌いなところを見つけた。

「姐さん、テッドも日々育ってるんだよ。ぬいぐるみ扱いは、そろそろやめてやれよ」

 見かねたハワードが介入してきたのが、更にパドマをイライラさせた。

「テッドは、初めて見た時から、お兄ちゃんだったよ。だけど、ウチは全然成長してないの! ぬいぐるみが欲しいお年頃なの!! ハワードちゃんが代わりをしてくれるんじゃないんだから、放っておいて」

「な、や、う。、、、か、代わりに抱かれても」

 ハワードを抱っこして愛でるなど、冗談でも有り得ないのに、何故か照れているハワードを見て、パドマは気持ち悪いと思った。

「どう考えても、代わりにならない。ウチは、格好良いお兄ちゃんと、可愛いテッド以外の男はいらない」

「師匠さんも、なんだろう。師匠さんは、男だったんだろう」

 自分から振ってきたくせに否定されて、ハワードもイラっとした。遠慮なくパドマを睨みつけた。パドマも、ケンカを買った。ブチギレている間は、睨まれたって怖くないのだ。

「師匠さんは、男じゃない。人間じゃない。新種の謎の生命体だから」

 以前、パドマに半分女だと言われて少し嬉しそうにしていた師匠は、謎の生命体扱いは気に入らないようで、全力で首を振り始めた。味方をしてくれない師匠は受け入れられないパドマは、ギロリと睨みつけた。

「本人は、首を振って否定してるぞ。俺、見たんだからな。キ、キスしてるの。なっがいこと見せつけやがって、恥じらいを知れ!」

「違うもん」

 パドマは泣いた。ショックを受けたような顔で、その場で、へなへなと崩れ落ちた。

「ウチは、何もしてないよ。酷いよ。ハワードちゃん、嫌い」

 パドマは、消え入りそうな小さな声で反論した。

「え? まさか、無理矢理? や、だって、抵抗も何も、、、できなかった? やっべ、ごめん、姐さんの中身が幼いの、、、忘れてた」

 とても気まずい空気が流れた。パドマは、ただ涙を流し、師匠は全力で横に首を振って、ハワードはオロオロとしている。その周りには、普通に子どもたちもスタッフもいるのだが、全員ハワードを睨みつけていた。白蓮華においては、何があったとしても、絶対悪はハワードに決まっていた。

「知らなかったんだよ。師匠さんが、たこ焼きが好きだったなんて」

 パドマが、ぽつりと言った。

「たこ、焼き?」

「前に、クラーケン獲って来たでしょ。師匠さんのたこ焼き用のクラーケンだったのに、師匠さんが寝てる間に皆が食べちゃったから、禁断症状が出ちゃったんだよ。そんなの知らなかったから、屋台でたこ焼きを食べて、屋根の上でもたこ焼きを食べて、口にたこ焼きがついてるの気付かないでいたから、食べられちゃったの。

 あの後、一緒にたこ焼きを食べたお兄ちゃんも食べられてたし、止めるの大変だったんだよ。ハワードちゃんも、たこ焼きには気をつけてね。食べる前に、師匠さんにも食べさせてあげないと、酷い目に合うから」

 師匠は、先程よりも大きく首を振った上で、腕でバツマークを作って主張していた。かたや、パドマは憂い顔で、真剣に話をしている。どちらが真実を言っているかは明白だった。


「わかった。今からタコを買ってきて、大量にたこ焼き作らせる。師匠さんに、しこたま食べてもらおう」

 常識的に考えれば、師匠の否定が正しいのだろうが、否定の先に何があるのかは伝えられていない。そして、パドマは白蓮華の名誉会長であり、白蓮華のトップだ。白蓮華の行動指針なのである。

 姐さん、ボスと呼ぶには、まだ年若く、ついでにダンジョンで暴れることしか考えていないパドマは、年齢相応以上に男女の機微に疎い、と部下たちには思われている。たこ焼きが食べたかったなんて理由じゃなかろうに、そんな話を信じてるんだなぁ、と信じられたのだ。お兄ちゃんまで襲われたなら、純粋娘が信じるのも無理からぬことだ、と納得された。

 本気でタコパの準備が始まったので、海産物が苦手な師匠は逃げて行った。

次回、誕生日祭

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