141.ハワードからのプレゼント
師匠が連れ帰ってくれたおかげで、パドマは早く帰って来れたのだが、結果論としては、早く帰って来れなくて、良かった。
あの後、どれだけ飲んだのか、ヴァーノンが、ベロベロに酔っ払っていて、どうにもならなくなっていた。何を言っても言わなくても、「可愛い〜」と言って、ヴァーノンが、パドマにのしかかってくるのである。日頃、似たようなことをしているので、文句を言ってはいけないのだろうが、パドマがのしかかっても気にせず過ごせるヴァーノンと違い、ヴァーノンにのしかかられたパドマは、動けず、潰されるだけだ。何度師匠に引きはがされても、のしかかりに行くヴァーノンを、師匠は簀巻きにして帰ろうとした。だが、ヴァーノンは簀巻きから脱出してしまう。もうどうにかなる気がしない。だから、ヴァーノンのことは師匠に任せて、パドマは白蓮華に逃げ出した。
さっき風呂に入って帰っていったパドマが、また白蓮華に来たら変なのだが、「お兄ちゃんが、酒臭すぎるから逃げてきた」と言ったら、テッドは納得した。そのテッドとパドマとともに、兄弟部屋で寝た。
ちゃんとした時間に寝たから、普通の時間に起きただけなのに、起こされずに起きてきたパドマは、子どもたちに拍手されるところから1日がスタートした。昨日のヴァーノンのことといい、身につまされることばかりだった。
反省したので、朝ごはんは、ホタテともずくの冷製パスタとラタトゥイユを作って、後は大人しくしていた。何故か、配膳後の皿には、チーズが乗っていたのだが。パドマは、何も言わずに、有難くいただいた。
「今日は、綺羅星ペンギンに遊びに行くからな。姐さんも来てくれよ。皆寂しがってるからな」
ハワードに声をかけられたので、パドマはとりあえず断った。
「ダンジョンに行くから、無理」
「後で付き合うから!」
「ああ、そう言われて付き合って、宝物がなくなったことがあったよ」
ふふふ、と微笑みながら、パドマは中空を見つめた。ハワードの邪魔が入らなければ、年一チーズは、ちゃんとパドマの腹に収まっていたに違いない。そんな出来事があったことを思い出したのだ。食い物の恨みである。末代まで祟るのが、常識だ。パドマの様子を見たハワードは少し怯んだのに、諦めないらしい。
「皆も姐さんと一緒がいいよな」
「お姉ちゃんは、忙しいんだよ。わがままを言うのは、悪いことだよ」
「お姉ちゃんは、ハワードちゃんみたいに暇人じゃないんだよ。お仕事いーっぱいしてるんだから。ハワードちゃんが、前にそう言ってたんじゃん。忘れちゃったの?」
ハワードは、子どもたちを巻き込んで、パドマに了承させようとして、子どもたちに返り討ちにあっていた。パドマも、子どもたちの発言がいい子すぎて、胸にいろいろ突き刺さって、倒れた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
まとわりついてくる子どもたちが、可愛かった。
「うん。ちょっと疲労がたまってるみたいだから、ダンジョンはお休みしようかな。ペンギンを見て、癒されて来ようと思った」
パドマが、珍しく折れた。年上に囲まれているうちは、それに甘えて好き勝手していたのだが、末っ子気質のパドマは、自分より小さな子の扱いに慣れていない。小さい子には勝てなかった。
「やったー! お姉ちゃんと一緒だ」
「良かったね。ハワードちゃん」
何も言わなかったが、テッドが嬉しそうな顔をしていたから、パドマは良いことを言ったなぁ、と思った。
白蓮華にばっかり構って、綺羅星ペンギンは放置しっぱなしなのだが、グラントが上手くやっているのだろう。売り上げも、客の入りも変わっていなそうだった。以前と多少違うのは、街民以外も来るようになったことである。
それほど大した強さではないとはいえ、魔獣は出るし、日々の生活を放って旅行を楽しめる人間など、そうはいない。だが、行商や買い付けやダンジョン挑戦者など、外から人が入ってくることもある。そういう人が、これがダンジョンモンスターか、と観に来ては、買い付け気分で土産物を買って行ってくれるらしい。土産物は、手仕事で作っているのだから、それほど増産はできない。品薄になればなるほど売れると聞いて、パドマは何だそれ、と思った。
「姐さん、こっちこっち。新しい部屋を作ったんだ」
ハワードに先導され、子どもたちに手を引かれ、歩いていくと、確かに見慣れない部屋が増えていた。ペンギン展示用に作った部屋だったと思うのだが、ペンギン食堂を思わせる森のような空間に変貌していた。森のような、というか、実際に木が植えられているし、謎の布袋がいくつもぶら下げられている。意味がわからない。
「あー、今日もいないね。ハワードちゃん、来る時間を間違えたよ」
「そうは言っても、姐さんの門限早いんだぜ?」
「昨日、一晩一緒にいたじゃん」
「確かに! 昨日来れば良かった! 姐さん、今晩付き合って!!」
ハワードに拝まれたので、パドマは脊椎反射で断った。
「断固として断る」
「ハワードちゃん、嫌われてるね!」
「しょうがないよ。ハワードちゃんだからね」
「そうそう、それがハワードちゃんのいいところだから」
子どもたちの評価も、なかなかだった。全然懐かれていなかったのに、いつの間にか、ダメ兄ちゃんの位置を確立していたらしい。パドマは、ダメ姉ちゃんではなく、英雄様だから、同類ではない!
「絶対に、後悔させないのに!」
「お姉ちゃん、1回だけ付き合ってあげなよ」
「嫌だよ。ハワードちゃんは、変態なんだよ」
「お姉ちゃんの好きな、ダンジョンモンスターが出てくるんだよ」
「ダンジョン? まさか、卵を見つけたの?」
パドマは、思い出した。散々、師匠に卵探しを依頼しても無視されていた、アレだ。モモンガかムササビを孵化させたのかもしれないと、思い至った。
「見つけてない。森から拾って来たんだ」
「うーわー。森かぁ。森のヤツかぁ」
パドマは、トラウマを思い出して、ちょっと怯んだ。最終的に食べてしまったのだが、小さい頃に森でヴァーノンに捕まえてもらって、モモンガを数分だけペットにしたことがあった。数分で挫折したのには、訳があった。
「うん。飼いたかったら、飼ってもいい。だけど、飼うなら、ちゃんと責任を持って飼うこと。あと、ウチはこれの飼育には感知しない。それでいい?」
「え? もしかして、嫌い?」
「ごはんが、大っ嫌い!」
「ああ」
大好きなモモンガを食べたこともあるパドマである。他種族のごはん事情に異議を唱える気はないのであるが、好きな生き物を食べられた日には、いやー! と思うし、嫌いな生き物を食べられた日には、うぎゃー! と思うのだ。文句を言うつもりはないが、できることならそれを見ないで過ごしたい。
パドマの言い分に、ハワードは納得したらしい。野菜や果物を食べているうちは可愛いが、動物性の何かを食べている光景は、子どもたちに見せていいものか、ちょっと悩んだことがあるからだ。ハワードはまったく気にならなかったし、パドマはハワードにムカデを食べろと言ってきたこともあるから、大丈夫だろうと決めつけていたが、苦手なのだろう。野郎の中にも、逃げていくヤツがいる。だから、すぐにわかった。
「わかった。飼育は責任を持つ。気が向いたら、見に来てくれ。カニを取って来れなかった詫びなんだ。夜、暗くなった後に出てくるから」
「なるほど。ただのハワードちゃんの趣味じゃねぇか。営業時間内の見せ物を考えろよ。おばか!」
「姐さんが喜ぶって、みんな賛成したんだぞ?」
「じゃあ、みんなバカだ!」
パドマは、夜半、早速、モモンガを見に来た。保護者として、パットを連れて。ペンダントの件で、師匠に合わす顔がわからなかったのだが、ヴァーノンの所為で、どうでも良くなってしまったのだ。そういう訳で、変な男撃退要員であるパットを連れてきた。顔だけでいいから、とお願いしたのだが、以前のパット様の設定を踏襲して、やたらと紳士的に振る舞ってくれている。そんなことをして、パットのストレスをためこんだ後に爆発されても困るんだけど、と思いながら、パドマはエスコートされてきた。
パドマが来たと喜んで出てきたハワードに、「夫です」とパットを紹介して、パドマは通り過ぎた。本当に、変な絡み方をしてくるのをやめて欲しいのだ。
ただ部下として成り上がりたいんだ、と言っていたハワードは、ついて来なかった。だから、パドマの案内でパットを連れて行って、モモンガ観賞を始めた。袋から顔を覗かせるモモンガは可愛くて、パドマはきゃっきゃと喜んで見ていた。
だが、してやられた。ついて来なかったハワードは、バックヤードに行っていたのだ。飼育部屋に白くて細長い、ウネウネ動く美味しいごはんが投入され、パドマは近所迷惑な悲鳴を上げた。ただ白くてウネウネしているだけなら何とも思わないのだが、それを可愛いアイツがおくちに入れて、もにゃもにゃするのだ。一口で消えてなくなるならいいが、口から生やしたまましばらくいたりする。それが嫌いなのだ。ハワードは、してやったりと会心の笑みを浮かべたが、泣いて嫌がるパドマを優しく宥めるパットを見て、イケメンなんて全員死んでしまえばいいのに、と思わずにはいられなかった。
次回、久しぶりのイギー父。