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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第5章.14歳
137/463

137.春といえば

 春が来た。シェーブルチーズの季節である。

 偽お父さんの家はもう使えないので、パドマは白蓮華の厨房で、ヤギ乳を温めていた。

「ふわぁあぁあ!」

 魔法の液体をぶち込んで、チーズに変化していく様をキラキラした瞳でうっとりと眺めるパドマを、子どもたちとスタッフは、遠くから眺めていた。最初はこっそりと見ていたのだが、あまりにもパドマが鍋しか見ないので、もう堂々と室内に侵入して観察している。

「お姉ちゃん、本当にチーズ好きだよねー」

「食い気以外に、あの顔が出ないのが、残念すぎる」

 今朝も、朝ごはんと称して、パドマはチーズ三昧をしていた。そんなことをしているのは、今日に限ったことではない。チーズまみれになっているパドマの姿は、皆が見飽きていて、気前よく分けてくれるから、食べ飽きてもいた。だが、いつまで経っても、パドマは飽きないし、放っておけば、さっきのチーズとこのチーズの違いを、製法から味からいろいろな視点で語るのみだ。どうにも止まらないので、テッドも止めるのは諦めて、妹の世話に全振りしている。


 白蓮華で作ってしまったのだ。自分だけの物! と独占はしない。パドマも、一応、お姉さん枠なのである。できたチーズを小皿に分けて、ジャムを添えて、おやつの1品に加えた。人数が多すぎて、子どもたちに分けただけなのに、1人1口にしかならなかった。断腸の思いだ。何で去年まで白い目で見てきた師匠まで、子どもたちに混ざって座っているのか! イレと縁を切ってしまったことを、かなり悔やんでしまった。来年は、綺羅星ペンギンの厨房を借りようかな、とパドマはセコイことを考えていた。

 子どもたちは、またチーズか、と思っている。チーズを分けて欲しいなんて、これっぽっちも思っていないのだが、他にもおやつが出てくるので、大人しく並んで座って待っていた。

「あれ? このチーズ、ヨーグルトじゃない?」

「ああ、ホントだ。このジャム美味しいね」

 子どもたちは、大人なので、チーズが飽きたとは言わない。お姉ちゃんは子どもより子どもなので、悪口を言わないように、気を遣って食べた。

「そう! ヤギ乳はね、牛乳や羊乳に比べて、あっさむぐぅ」

 パドマのチーズ蘊蓄が始まりそうだったので、テッドがパンケーキで口をふさいだ。パドマ用のパンケーキである。自分の分は、妹にあげるんだ、とウキウキしていたら、いらないと突き返された。お姉ちゃんのチーズは取られてしまったので、妹もこんな残念美人に育ってしまったらどうしようと危惧しているところだ。

「チーズ話はいいから、静かに食べろ」

「もしかして、テッドは、チーズが嫌いなの?」

 困ったことに、8つ年上の姉は、テッドよりも子どもっぽく、可愛い。3つの妹よりも幼いような気がする時があるくらいなのだ。兄が困った顔をする気持ちが、よくわかった。

「兄ちゃんに頼まれてるんだよ。チーズ好きは、お姉ちゃんだけで充分だって。パドマにうつったら、困るだろ」

「何言ってんの? チーズが大好きなのが、パドマだよ。そうじゃなければ、パドマじゃないじゃん」

「ねー」

 妹パドマは、話を聞いてなかっただろうに、適当な相槌だけうって、チーズを乗せたパンケーキを頬張っていた。確かに、もう染められてしまっているように見えた。チーズ好き以外は、うつらないように気をつけよう、とテッドは心に誓った。



 皆がチーズを堪能している頃、白蓮華の庭では、男たちが汗を流していた。

 トレーニングルームには、日々よくわからない筋肉増強マシンが増えていく。それを不思議に思っていたのだが、先日、パドマはとうとう犯人を捕まえた。腕立て伏せをしなければと、使命感にかられて、久しぶりに戸を潜ったら、器具作成中の男がいたのだ。ルイだった。休暇は、そんなことばかりしているらしい。

 綺羅星ペンギンの木製家具を作らされたのが契機で、以降、金属加工にまで手を伸ばし、いろんな物を作るのにハマったと、白状した。先日、バーベキューから調理スタッフを見つけたところだが、また新たな人材を見つけてしまった。リーダーにしたところだったが、真珠を拾わせている場合ではない。真珠拾いこそ、綺羅星ペンギンの男たちなら、大体誰でも務まる。白蓮華に、子ども向けの遊具を作るようにお願いした。それで今、仲間と一緒に庭で作業をしてもらっていた。

 ジップラインとブランコとボルダリングと滑り台ができる予定である。そんなもので遊んだことのないパドマは、何それ? と思ったが、テッドに聞いてみたら、それでいいというので、それを作って、と言っておいた。それを作って、と言った手前言えないが、ジップラインって何だろう、と思っている。

 庭を見ると、一緒にバーベキュー用のピザ窯が作られているような気がするが、見ないことにしておく。もしかしたら、あれがジップラインかもしれないからだ。ジップラインって、ピザ釜のことだったのかー、と思ったのだ。今日の仕事を手伝った人間は、夕飯はバーベキューにご招待と言って人を集めたパドマがいけないのだろう。ピザは、チーズだから許したのではない。



 パドマは、子どもたちの採寸をしていた。そろそろ夏服を用意しなくてはならないからだ。今年は磯にも連れて行きたいので、海水に耐えられる靴も用意してあげなくてはならない。

 採寸が済んだら、子どもたちとこんな服が欲しいなぁ、というお絵描きをして、それに沿ったクレイジーな服を師匠と共に作っていく。パドマは、まっすぐ縫うことしかできないが、師匠が働いてくれれば、大体どうにかなる。

 結果、男の子たちは、子どもの落書きのような服に仕上がった。シャツの色の切り替えも意味のわからない場所でされているが、服の装飾も子どもたちが描いた絵のまんまの刺繍を入れた。そんな面倒臭い服は、各人1着だけで、あとは、サイズごとの共用の服だけだが。

 1人しかいない女の子のパドマはお姫様になってしまった。師匠が、本気を出してしまったのだ。若草色のチュール生地とサテン生地に花と蔓の刺繍が狂気を感じるほどに仕込まれている。袖はリボンで絞られた上でひらひらとなびいているし、上半身は帯しかないくらいのハイウエストで、スカート生地がたっぷりと取られている。パドマにとても似合っているし、可愛いと思うが、自分は着せられたくないと、パドマは思った。どこぞの金持ちの子と勘違いされないように、注意しないといけないかもしれない。誘拐を企みそうな阿呆は、パドマの部下にしかいないので、大丈夫だと思うが。どこまでもパドマにそっくりなパドマを誘拐する阿呆がいたら、ガチでシメるつもりだ。



 みんなが、百獣の夕星から持ってきた肉を使って、バーベキューを始めた。きゃーきゃー騒ぎながら、皆で庭で肉を焼いているのを眺めながら、パドマは、足並みを揃えず、別メニューを食べていた。

 バーベキューには絶対に向いていない、ハジカミイオを持って来てしまったヤツがいたのだ。だから、それを引き受けて、師匠にレシピを伝授してもらって、調理スタッフに作らせたのである。パドマは、毎日のようにバーベキューのようなものを食べている。もうバーベキューには飽き飽きしているから。丁度良かった。

 近頃は、朝ごはんは兄と寝室で食べているし、夕飯も唄う黄熊亭で食べることは少ない。だから、少し懐かしい味だ。パドマは、ハジカミイオが大好きだったのに。

 吸い物、煮凝り、照り焼き、唐揚げ、雑炊、茶碗蒸し。寄ってきたパドマと一緒に食べた。同じレシピだと思うのに、マスターが作ったものとは、やはり少し違った。強烈な旨味は同じなのに、後味のマイルドさに差がある。マスターの味が、最上だった。それでも、やはりハジカミイオは、美味しかった。吸い物と、雑炊と、茶碗蒸しは絶品だった。パドマは、また泣いていた。パドマに「泣いちゃ、め!」と怒られても、止められなかった。



 だから、また夜中に抜け出して、ダンジョンにいる。どうしてバレてしまったのか、目付きの悪い佳人もいるが、気にしてはいけない。スキップしながら、ニセハナマオウカマキリを蹴倒して進んでいく。

 トリバガ先生は遊び過ぎて、リポップが足りないので、15階層で、四方から飛んでくる+足元にいるトビヘビ抹殺チャレンジをしてみたが、なんとなくスリルが足りない。32部屋ほどキレイにしたところでやめにして、36階層のサシバと遊ぶことにした。

 当初は、飛ぶとどうにもこうにも見えなかったサシバだが、最近は、結構見えるようになってきた。慣れたのかもしれない。それが気の所為でないのなら、もっと見えるようになれ! とパドマは調子に乗って100部屋落としてみたが、限界がきた。眠い。もう階段がどこかも覚えてない。

 だが、ここで寝てしまえば、またヴァーノンに叱られる。パドマは、剣をナイフに持ち替えて、思いっきり手の甲に突き刺した。かったのに、師匠に腕をつかまれて、邪魔された。

「らんだよ。やまするな」

 抵抗するように腕を引っ張ったが、パドマの制御下には返って来ない。

「責任取れよ」

 面倒臭さが頂点に達しているパドマは、立ったまま寝始めた。

次回、キヌちゃんに捧げる。

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