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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第5章.14歳
135/463

135.もふもふ祭

 つかまれなかった方の手を使って目隠しを取ると、師匠が立っていた。

「うお。気持ち悪っ」

 師匠の顔も見たくなかったが、周囲を飛び回る蝶の存在が、パドマの気分を下げさせた。パドマはのろのろと目隠しを付け直し、階段に向けて歩こうとするが、師匠が許してくれなかった。パドマが気持ち悪いと言った瞬間、口を引き攣らせていた。機嫌を損ねたのかもしれない。

「ごめん。下り階段の方が近い。ちょっともう無理。階段に行かせて」

 すると、師匠は、パドマの腕を離してくれたが、担ぎあげて、走り出した。


 着いたのは、上り階段の方だった。蝶への嫌悪感と戦いながら、ゴール付近まで到達していたのに、最悪だった。出口まで連れて行かれなかっただけマシかもしれないが、最悪だった。

「ひどい。あっちの方が近かったのに」

 そう言いながら、パドマは自ら蝶が見えない踊り場まで撤退した。それを師匠が歩いて追い越し、蝋板をパドマの顔前に出した。『帰り道。護衛がいないなら帰れ』

「師匠さんを巻き込む気はないよ。帰っていいよ。でも、ウチは、最低でも55階層までは行くつもりで来てるの。それに、羊も食べる予定もあるんだよ。もう腹ペコだよ? ここまで来て帰れは酷くない? もう最近遊び過ぎで、肉買うお金もないのにさ。お小遣いは、受け取らないよ。すぐそこに羊いるのに、いらないよね。今日のフライパンは、そのために開発したジンギスカン鍋仕様なんだよ! タレだって作って来たのに、帰れなんてひどいよ!」



 理由がバカバカしすぎて勝てなかった師匠は、パドマを抱えて走り、50階層に捨てると、羊を1頭持ってきた。パドマは、自分で走る離せと暴れていたが、50階層に着いたら、素直に部屋の掃除を始め、それが終わると、嬉々として羊の解体を始めた。パドマの好物は、羊の内臓である。自らはらわたを引きずり出して、食べやすく分けている姿は、師匠もどうかと思っている。パドマは、地上にいるどの時よりも、ミミズを斬っている時の立ち姿がキレイだし、獲物を解体している時の表情が、ウキウキとしていて可愛いのだ。師匠は、少し育て間違えたと、反省していた。

「2人で1頭食べるなんて、贅沢だよね」

 手慣れすぎて、肉屋より速く解体ができるようになったパドマは、早々に肉を焼きに入った。真ん中に盛り上がりのある変な形のフライパンを新調していたが、それ以外にもヤマイタチから鍋をごそごそ出して、しまいには火蜥蜴を固定する器具まで開発したようで、セミオートで調理をしていた。

「はい。師匠さんの分。面倒臭いから切り離さなかった豪快アバラステーキ風塊肉。食べなくてもいいよ」

 パドマが師匠に持ってきた一皿は、名前通りの塊肉だった。師匠好みの部位を持ってきたことには誠意はあるのかもしれないが、こんな塊肉の調理が一番先に終わる訳がない。周りを少し焦がしただけなのだろう。師匠は、自前のナイフを出し、削って食べてみると、中は完全に生だったが、使われている香草の配合は嫌いじゃなかった。もっと食べたい。本当に嫌になる嫌がらせだった。皿を突き返しに行ったら、今食べてるから忙しいよ、焼けないよ、と顔で訴えられた。パドマは、内臓付きのフォークをくわえて、ふるふると首を振るだけだった。諦めて階段に戻って座った。

 延々とパドマは、美味しい美味しいと1人バーベキューを続け、頭まで蒸し焼きにして完食した後に、やっと師匠の分の調理を始め、食べさせてくれた。美味しかったのが、逆に腹立たしかった。


 だから、パドマの片付けが済み次第、師匠はまたパドマを小脇に抱えて走り、52階層に放り投げた。

「いやー! パンダ!!」

 パドマは、茶色のレッサーパンダに囲まれて、幸せそうに噛まれていた。顔をひっかかれても、手を齧られても、まったく気にせずに撫で回して抱きついて愛でているパドマに、師匠は慌ててレッサーパンダを排除した。

 すると、師匠は、パドマに剣を向けられた。パドマの素人剣術など大したことはないのだが、油断をすると岩をも砕きかねない全力攻撃をふるってくる。迂闊に反撃をすれば、死にそうな細い身体が厄介だった。やむなく、近くの猫を拾って盾にすると、パドマは止まった。

「卑怯者!」

 と、パドマに怒鳴られるのが、師匠は納得がいかなかったが、剣を取り上げて、傷の治療をしてやった。

 治療をしてやったのに、「パンダちゃーん」と噛まれに行くパドマを引きずって、師匠は53階層に来た。近頃のパドマは動きが良くなってきたので、嫌がらせをするのも力加減が難しかった。


 53階層には、ナマケモノとリカオンがいる。

 ナマケモノは、体長はパドマより少し欠ける程度。四肢は長く、二指か三つ指の長い鉤爪を持ち、それを竿竹のような何かに引っ掛けてぶら下がっている生き物だ。茶色や灰色の硬そうな毛に包まれて、少々独特なのっぺりとした顔の持ち主である。基本的に、これでもかというほど動かないので、放置していて問題ないが、一度つかまれてしまえば、パドマの力では解けない程度に剛力で、ツメは鋭い。野菜を収穫するかのように簡単に狩れるが、持ち帰るにはそこそこ重く、食肉としては人気もなく、大した値がつかない。

 リカオンも、ナマケモノと大差ないサイズで、そこにいる。茶褐色と白黒のブチ模様の野犬のような見目の生き物だ。彼らは単独ではおらず、10匹前後の塊でいる。こちらは、それなりの味ではあるのだが、50階分も担いで持ち帰る人間がなかなかいない。あまりにも誰も持ち帰らないため、ダンジョンセンター職員にも存在を知っている者は少ない。買い取るかどうかも、持って帰る人が出て初めて検討されるという面倒臭い商材だ。50階層以降は、そんなのがゴロゴロいる。


 ナマケモノもリカオンも、個体として見れば、大した相手ではないと聞いている。サクサク通り過ぎてしまおうと、パドマは、足を踏み出した。

 すると、リカオンが体勢を低くして、歩み寄ってきた。

「どうしよう。可愛い」

 ナマケモノも愛嬌のある顔立ちをしているが、リカオンは、昔トマスが飼っていた犬に似ていることに気付いてしまった。別犬なのはわかるが、人の家のペットを斬る気にはなれない。

 抜いた剣を持ったまま、リカオンの観察をしていたら、いつの間にか後ろに回り込んでいた1匹が、ボトムスの裾をくわえて、引っ張りだした。

「破けないとは思うけど、生地が傷むから、やめてよー」

 そんなことを言っていたら、師匠からナイフが飛んできた。やる気のない一撃だったので、フライパンで弾いて終了だ。すると、師匠は、刃をパドマに向けて構えたので、パドマは、防御を捨てて手を広げた。今のところ、師匠は威嚇しているだけで、刺す気はないのだろうが、どうせ本気を出されたら勝ち目はないのだ。争うのも、面倒だった。だが、大の字になったら、師匠は怯んで、ナイフを投げて来なかった。だが、その代わりに、右から左から裾を引っ張られていたパドマは、バランスを崩して倒れた。多分、師匠の所為だ。

 パドマは、あっという間に20匹ほどのリカオンに馬乗りになられ、かじりつかれたが、すぐに師匠に救出された。抱えて階段に運ばれる途中、パドマは師匠に攻撃を仕掛けた。もう少しで切先が師匠の喉笛に届きそうになったのだが、剣は叩き落とされてしまった。惜しかった。


 師匠はまた、さっきよりも不機嫌そうな顔で、パドマの傷を治療した。

 パドマは、もう師匠のことが怖くなくなってしまったから、師匠の言うことを聞く必要がなくなってしまった。以前は、死の恐怖に駆られて、あれこれ頑張ったものだが、師匠はパドマを殺す気はないし、ケガをさせたら治そうと努力することに気付いてしまったのだ。その上、死んだら死んだでいいか、という投げやりな気持ちまで持っている。だから、師匠のわがままなど、知ったことではなかった。もしも、師匠があのお兄ちゃんだったならば、殺す権利もあるような気すらしていたのだから。

 ただ、助けてもらう気もなかったのだ。

「あのね、ウチのことは放っておいて、帰ってくれていいんだよ」

 パドマは、本心から言っているのに、師匠に睨まれただけだった。

「テッドとも約束したし、死ぬ気はないんだけどなぁ」

 やれやれと立ち上がると、ヤマイタチのリュックを背負って、ヤマイタチを抱えて、パドマは走り出した。イレのマネだ。三十六計逃げるに如かず。リカオンの方が走るのが速いので、数が増えるばかりだったが、引き倒される前には、次の階段についた。



 54階層に着いて、パドマは絶望した。そこにいたキヌゲネズミたちが、つぶらな瞳をしていたのだ。

 キヌゲネズミとは、平たく言えば、ハムスターとその近縁にあたるネズミたちのことである。ずんぐりむっくりとした身体に、申し訳程度に四肢と尻尾が付いている。頭の上にはちょこんと耳が2つ乗っていた。瞳は、ほんのりと蜘蛛風味が漂っている気もするのだが、こちらは文句なしに可愛いと、パドマは言いたかった。タランチュラも、もふもふと言えばもふもふだったが、ちょっと違うと思うのだ。大体のネズミの背は茶系かグレー系統の色で、おなかは白いのが主流ではあるのだが、中には黒いのもいた。特記事項は、ダンジョン名物のやたらデカいことだろう。おかげさまで、もふりたいというよりは、埋もれたいという感情が湧いてくる。

 だから、パドマは、見た瞬間、抱きつきに行こうとしたのだが、酷い師匠は、襟首をつかんで離さないし、酷い師匠は、拾ってきたリカオンをキヌゲネズミに向かって投げた。

 近くにいたキヌゲネズミは、手に取って、匂った後、口に入れた。ほっぺたがリカオン分ふくらんだので、食べたのではないだろう。

「口に物を入れるのが、好きなのかな? 入ってあげたら、喜ぶよ、ってこと? 入ってみるのは構わないけど、生臭かったら嫌だなぁ」

 師匠は、可愛いと飛び込んで行ったら食われるよ、という警告のために投げたのだが、食べられて来いという指示だと言われて、とうとう心が折れた。階段に座り、パドマをひざに乗せて、泣き出した。

「もう、もふってくるから、離してよ。あ、口に入っちゃっても、斬らなくていいからね。キヌちゃんが可哀想だから」

 パドマがあの手この手で抜け出して、キヌゲネズミにアタックしに行こうとするので、師匠はパドマを抱き寄せネズミが見えないようにした上で、いろんな物を投げて、制圧した。その上で蹴り飛ばして全ての通路にネズミを詰めて、封鎖した。逆から来る人がいたら困るかもしれないが、師匠も現在進行形で、とても困っているのだ。きっとあちらから来る人は、自分ほど困ってはいないに違いない。英雄様が食われてしまうくらいなら通りません、と言ってくれるに違いない。そう思って、ぎゅうぎゅうに詰めた。

「もう離せってば! あれ、なんでこんなことに? 通れないじゃん」

 パドマを解放すると、すぐにネズミの異変に気付かれてしまったが、なんとか師匠は誤魔化した。『ネズミは、狭いところに詰まるのが好き』

「そっか。全員入っちゃうなんて、よっぽど好きなんだね。引きずり出すのも可哀想だし、今日は諦めるか。でも、そしたら、今日のお土産は何にしよう」

『サソリを売り物。モモンガをお土産。沢山持つよ!』

 師匠は、必死にパドマを出口に誘導した。

 パドマは、キヌゲネズミの背中を撫でた後、上階に向けて歩き出した。

次回、悩む師匠さん。

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