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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第5章.14歳
133/463

133.クラーケンの宴

 お昼ごはん用のタコの唐揚げを作った後、パドマは、またパットの眠る部屋にやってきた。パットはタコは食べないので、誘いに来たのではない。起きなかったらどうしようと、なんとなく不安で、暇さえあれば顔を見に来ていた。

 昨日は、化粧を落としたりしていたが、そろそろ世話をすることは、何もない。タヌキ寝入りじゃないよね、と頬を引っ張ってみたり、頭を撫でたりするだけだ。息をしているのを確認して、飽きたら部屋を出る。その繰り返しをしていた。

 今度部屋を出たら、ドアの前にカーティスが立っていた。探索者歴はないと聞いているのに、いつも通り隙のない佇まいだった。英雄様と呼ばれるパドマより、余程使えそうな気配なのだ。それを見て、パドマはイライラした。

「何? 何か用?」

「パット様のご機嫌伺いに参りました。お加減は如何でしょうか」

「まだ何かやらせる気なの? あんなに消耗してる人に。いいかげんにして。絶対に、ここは通さない」

「いえ、クラーケンの勝利の宴を開くので、お知らせもせずに始める訳にはいかない、とお伝えに来ただけですよ。そうですね。そこまでお怒りでしたら、丁度いいでしょう。代理で参加致しませんか?」



 クラーケンの勝利の宴は、紅蓮華内のバンケットホールで開かれた。このホールには、パドマは初めて来たのだが、どうにも好きにはなれそうになかった。

 窓は大きいし、シャンデリアはこれでもかと言うほどに下げられていた。だから、採光性もあるし、明るい。だが、部屋がやたらと赤いのだ。壁紙は赤いし、じゅうたんも赤い。テーブルクロスは白かったが、イスは赤かった。テーブルに飾られた花も赤いし、給仕の服まで赤い。パドマの目には、血色にしか見えなかったのだ。鮮やかな新しい血色。動脈から噴き出た濃い血色。服を染めて酸化した血色。ダンジョン通いで、見慣れてしまった、不吉な色たちだ。

 中央に長いテーブルがあって、そこがメインテーブルであり、周囲に丸テーブルがいくつか置いてある。本来であれば、パドマなどが呼ばれる席ではないのに、パットの代理だからと、ドレスを着せられた上に、メインテーブルに座らされてしまった。右と左をイギー父とイギーに挟まれた上で、正面にイライジャが座る、これ以上を考えられないほど最悪な席だった。悪意しか感じられないが、左右を固められたのは、パドマのフォロー要員かもしれないので、ひとまず耐える。

「またお会いできましたね、天女様。この席にいらっしゃると聞いて、楽しみにしておりましたよ」

 正面の男のニヤケ面も、ひとまず耐える。己れの見目の良さを知り尽くした表情に、怒りしか感じなかった。パドマにとっては、自分でも他人でも、見目の良さなどロクな結果を産まない邪魔なものでしかない。何も始まっていないのに、暴れても仕方がない。そんなことをするなら、来ない方が良かった。パドマは、ずっと黙って座っていた。

「おい。話しかけられたら、何か返事をしろ。聞こえてないのか?」

 この変な配置は、やはりフォローのためだったのか、イギーが小声で注意してきた。

「何が? あの人は、ずっと目を開けないのに。なんでこんなことしてるの、って言えばいい? それとも、楽しくない、って言えばいい?」

 パドマは、声をひそめず、返答した。礼儀を重んじるべきか否か、迷いつつ来たのだが、いつも通りに振る舞うことに決めた。パドマは、まともな言動を見せたことがない。それでいいから、呼ばれたのだと思ったし、誰にも礼など尽くしたくなかった。

「わかった。しばらく、黙ってて良い」


 勝利の宴は、ただの食事会のようだった。部屋の隅で、音楽が奏でられ、時折静かに舞う人が出てくる他は、談笑しながら食事をするだけだ。話の内容は、他国の流行りだったり、野菜の取れ高だったり、いろいろだった。商家として情報収集することも、情報発信することも大事なのだろう。

 パドマは、話にも加わらなかったが、食事も断った。食べたくなかったのだ。お茶に手をつけるだけで、ぼんやりと過ごしていた。

「天女様は、お加減が優れないようですね。よろしければ、我国に遊びに参られませんか? 気が晴れるような楽しいものが、沢山あるのですよ」

「、、、、、」

「殿下、パドマ殿は他妻ですよ。夫君を誘うならともかく、居ない席でおっしゃる話ではないでしょう」

 イギー父が、冷え冷えとした微笑みで意見した。だが、イライジャには伝わらなかった。

「わたしは、初めてには拘らない性質ですから、問題ありませんよ。天女様は、まだ若い。いくらでも、やり直すことはできるでしょう。あのような若造よりも、わたしの方が深く愛していますよ」

 パドマは、勢いよく立ち上がった。パットの代理など、どうでもいい。もう帰ろうと思った。

「ふざけんのも、いいかげんにしろよ。こっちは迷惑してんだよ。本当に想いがあるなら、寄ってくんなよ。とっとと家に帰れ。お前に、あの人に勝るものなんて、ある訳ないだろ。あれは、性格以外はケチのつけようのない最強男なんだよ。ナメんな!」

 パドマは、とうとうブチギレた。そもそもカーティスに誘われた時点でキレていた。パドマにしては、よく保った方だった。

 ブチ切れることを織り込み済みで、参加させたのである。こうなることはわかっていたのだが、それでも耐えられず、イギーは天を仰いだ。

「お聞きになりましたか? 身分違いだろうと、釣り合いがおかしかろうと、2人は想い合っている。貴族目線から見れば愛妾にしか見えない扱いかもしれませんが、パドマが生まれ育ったこの街から離れることに難色を示し、パット様が折れた結果です。蔑ろにされているのではありませんよ」

 イギーの言葉に、父が更に継いだ。

「パット様は、パドマ殿のためにクラーケンを倒しました。クラーケンが出て、航路の1つが使えず困っていたのですが、それを相談すると、パドマ殿がタコが好きだから食べさせたいと、そんな理由で倒して下さいました。先程提供したタコが、そのクラーケンです」

「は?」

 パドマは、本人から聞いたので、クラーケンのことは知っていたが、イライジャには初耳だったようだ。ぽかんとマヌケな面を晒している。

 イギー父とイギーは、ここ数日、パットをこき使っていた悪行の全貌を畳み掛けるように明かしていった。万能パットは、貴族にしても自慢できる男だったらしい。

「アーデルバードは、耕作地が少ない。それに関しても、耕作地の効果的な運用方法について、耕作地の簡易的な拡大方法について、やり方を実験結果、注意事項などを耳を揃えてまとめたレポートを下さいました。パドマ殿の好む野菜限定という余裕の見せ方で」

「昔、ふざけて遊んでいたら掘り当ててしまったと、近くのサファイア鉱脈の場所も教えて下さいました。パドマには、さぞ似合うだろう、と仰って」

「パドマ殿の兄は、当家の従業員です。『妹に新たな求婚者が現れたが、取られたくなければ愛を示せ』と迫った結果、パット様はそのような形で答えました。

 殿下は、何を見せて下さいますか? パドマ殿は、殿下に嫁げば、殿下を幸せにするのでしょう? ならば、殿下は、パドマ殿に何をもたらして下さいますか?」

 パドマが、兄を見ると、赤い服を着たヴァーノンは、首を横に振っていた。パットを働かせていた犯人は、ヴァーノンではないらしい。

「勿論、幸せにしてみせるとも」

「ザラタンの発生によって、潰れた航路もあるのですが、ザラタン退治が頼めるならば嬉しいですね。パドマ殿は、カニ料理もお好きなのですよ。

 シャルルマーニュ王家の嫁泥棒に関しては、紅蓮華は長年迷惑に思っていましたので、協力したい気持ちは欠片も湧いて来ないのですが、如何致しましょうか」

「パドマの幸せは、この街にあります。他国にはないのですよ。わたしも以前、袖にされました。その想いが本気なら、パドマの幸せのために諦めて他の女と結婚しろと、騙しうちで婚約させられました。パドマを幸せにできるのは、パット様だけですよ。共に、諦めましょう。どれだけ気に入っても、無駄ですよ」

 イギーは、パドマのフォロー要員になったのだと思っていたのだが、やはりイギーだった。とんでもなく顔が赤くなっている。夕暮れに染まったのではなく、酒の飲み過ぎだろう。やっとちょっとマトモになってきたと思っていたのに、ガッカリだよ! とパドマは思った。


 その時だ。脈絡もなく、パットが窓から飛び込んできた。腕には、小さいパドマを抱えている。小パドマは、泣いていた。

 大パドマは、何を言うのが正解かわからず、呆然としてしまった。パドマを連れ出したらダメだろう、パドマ連れで危ないことをするな、いつ起きたんだ、起きるの早すぎないか、身体は回復したのか。言いたいことが沢山ありすぎて、何を言うべきかわからなかったのだ。

 ドアを塞いでいる訳でもないのに、突然の窓からの訪問に、皆が驚き何も言えないでいる間に、パットはパドマのところに走ってきた。パットにかかれば、部屋の中など何処でも瞬きする間に移動できる。だから、誰も何も言わぬ間に、パットはパドマのところにやってきて、パドマのおでこにキスをした。

「な?!」

 身長差的に、丁度そこにぶつかったとか、そういうことではないだろうと察して、パドマが後退ると、パットは、大きいパドマも抱えて、また窓から飛び出して消えた。やはり、この間、誰も何もしなかった。

 5拍ほど間を開けて、

「あの御仁と、本気で戦いますか?」

 とイギー父が問うても、誰からも返事はなかった。



 パットは、2人のパドマを抱えたまま、白蓮華に帰還した。兄弟部屋に着くと、パドマたちを下ろした。大きいパドマのひざに小さいパドマを座らせて、満足そうに微笑むと、パドマに口付けをした。そして、そのまま部屋を出て、また元のベッドで昼寝を始めた。

 大パドマは、小パドマと一緒に渡された蝋板を開けると、『ただの実験。気にしないで』と書かれていた。

「気にするわ。くそボケ」

 と、こぼした。パドマは、首まで朱に染まっていた。その怒りを返信にこめると、立ち上がって、パドマを伴って、部屋を出た。パドマの機嫌は直っていたし、テッドに返した方がいいだろう。

『月と星は、どちらが明るいですか』

 答えが返ってくるかはわからない。だが、パドマのモヤモヤを晴らすために、賭けに出た。

次回、師匠に戻る。

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