131.イライジャの正体
磯に遊びに行った翌日、パドマは、イギーの両親に呼ばれたとかで、ヴァーノンと共に、紅蓮華に呼び出された。いつもの会議室に通されたら、イギーとイヴォンとカーティスが、既に座って待っていた。既視感のあるメンバーに、パドマは、嫌な予感がした。
「昨日、お前は、何をしていた」
部屋に入ると、挨拶もなく、イギーに睨まれた。パドマは、イギーに睨まれたところでなんとも思わないので、勧められてもいないが、勝手にイスに座った。パドマが座ったのは、カーティスの前だ。すると、パドマの横にヴァーノンが座り、セットでついてきた師匠はヴァーノンの横に座った。席が決まると、カーティスが席を立って、お茶と茶菓子を出してくれた。
「昨日は、海で遊んでた」
隠すことでもないので、正直に答えると、ガッカリされた。
「やっぱりお前か。お前以外あり得ないと思っていたが、何やってんだ。いいかげんにしろよ」
「ますます断りづらくなってしまいましたね」
「本人は、まったくその気はないのでしょうに」
パドマは、ガッカリ顔を見た瞬間、お土産の催促かと思ったが、違うようだ。カーティスはきのこの件があるのでわからないが、海産物なら買った方が早いし、パドマしか食べれない海藻など欲しがらないだろう。
「パドマを呼び出した理由は、何でしょう」
理由はまったく聞いていないらしいヴァーノンが、話を切り出した。
「以前、新星様に来ていた求婚が、正式に取り下げられた。本人が死んだんじゃ、どうしようもないからな。そこまではいい。それだけの用件で来たらしいのに、今度は白蓮華の娘が欲しいと言ってるらしいぞ。どうするんだ? とりあえず、誰なのかわからないから調べるから待て、と保留にしているが、該当者はわかりきっている」
イギーは、呆れたような顔で、パドマに視線を送った。白蓮華の娘の正体は、パドマだと言っているのだろう。パドマもその意図には気付いたが、真面目に相手にしたくなかった。
「どうしよう、お兄ちゃん。まだパドマは、乳児を卒業したばっかりなのに!」
パドマが、袖をつかんで言うと、ヴァーノンは嫌そうな顔をした。パドマよりもパドマの方が大事なのかもしれない。パドマは、ヴァーノンの実の妹だから。
「その返しは、やめておけ。パドマの保護者は、俺じゃない。止められないぞ。パドマは、お前に似ている。育つまで待つと言われたら、最悪だ」
ヴァーノンの言葉に、パドマは、雷を打たれた。パドマは、その手の幼い子でも気にしない変な人が世の中には沢山いるのを知っていたのに、忘れていた。パドマを犠牲にするならば、自分が助かっても何も嬉しくない。心から、自分の適当発言を反省した。
「ごめんなさい」
うなだれるパドマの頭を、ヴァーノンが撫でた。
「だが、何で、そんな話になったんだ? 白蓮華なんて、アーデルバードでも知名度はそれほど高くない。他所では、喧伝してるのか?」
「面倒臭い。アーデルバード以外では、パドマ関連の話はしないことにしている。そうじゃなくてな、お前の妹は、昨日、海で裸で遊んでたらしいぞ。他所の男に見せて遊ぶなら、俺の前で脱げってんだ。どう育てたら、そんなのになるんだよ」
イギーは、まったくやる気のない風情で、頬杖をついてしゃべっていた。
「バカじゃないの。横に婚約者がいるのに、何言ってんの。誰が脱ぐか。そんな趣味ないし」
「俺は、お前が思う以上に、イヴォンのことを考えている。『一緒に見よう』と言えば、喜ぶよな?」
「そうですね」
甘い空気はまったくないが、息は合っているらしい。おかしなことを言っている2人に、パドマはゲンナリした。
「よくそんな変なのと、結婚する気になったな」
「お前の策略の所為じゃないか。俺は、お前じゃない時点で、相手など誰でもいい。お前と話しても不満を持たれないなら、そう悪い相手でもないだろう」
「今日も、ご尊顔を拝すことができたのに、不満などありません」
一応、褒め合っているのだとは思うのだが、2人ともまったくお互いのことを見ることなく、ずっとパドマのことを見ているのが、気持ち悪かった。イギーは、たまにヴァーノンに視線をやることもあるのだが、イヴォンはパドマしか見ていない。パドマは、本気でウンザリした。
「本当ですか?! いえ、師匠さんの所為ではありません。いつも済みません」
ヴァーノンは、師匠と筆談をしていた。師匠が蝋板に書き込み、ヴァーノンは、口頭で返事をする。今は、珍しく謝罪文を書いたらしい。パドマは以前ヤキモチを焼いたが、師匠がパドマの看護やヴァーノンの看護をしてくれた結果、確実に2人は仲良しになっている。またパドマはヤキモキして、ヴァーノンの袖を引っ張った。
「パドマ。今度は、海を禁止していいか? 欲しい物があるなら、取ってきてやるから」
ヴァーノンが、パドマの方を向いたのは嬉しかったのだが、出てきたのは、またお小言だった。小さい頃は、何をやらかしても気味が悪いくらい褒められたものだが、近頃は普通に反対される。それが当然だと思っても、納得できないのが、パドマだった。
「冬の海は寒かったから諦めたけど、暖かくなってきたら、子どもたちを連れて一緒に遊びに行こうと思ってたんだよ。禁止しないでよ。嫌だよ」
「だが、外で着替えたんだろう? 俺も、あんなところは誰も来ないと思っていたが、実際、見られてたんだぞ? また行くとかナシだろ。きっと、これからは、覗きが増える」
「見られてた? 覗き? え? だって、師匠さんが」
「イライジャ・ダドリー・デ・シャルルマーニュ・ディ・トレイア。覗きの犯人だ。挨拶したんだろう? 本人が、天女を見つけたと、デレデレと自慢して歩いているぞ」
イギーは、ゴーフルをパリパリと食べ出した。今日は、皆がどこかの代表ではなく、ただの知り合いの井戸端会議のノリなのだろう。紅蓮華側も、スタートからダレていた。
「長い名前だな。なんかそのくらい長いのがいたけど、同じ名前か、自信はないよ。銀髪のキラキラであってる?」
「流石だな。あれは一応、隣国の王子なんだが、銀髪のキラキラか。そうだな、王子がその扱いなら、紅蓮華なんぞ、話にならないか」
「王子? 王子って、何? 時々、竜を倒したり、お姫様と踊ったりするアレ? なんでそんなのが、海っぺりを1人でウロウロしてるの? 万能すぎて、部下がいらないの? お姫様もいなかったけど!」
アーデルバードは自治都市だという話は聞いたが、自治都市が何たるかをパドマは知らない。知り合い(イギー)の父ちゃんが、街の偉い人(街議会議員)で、何かしてるらしいよ、というのが、パドマの街議会に対する全知識に近い。王様は、毎日好きな物を食べて、部下や国民に無茶ぶりばっかりしていて、王子様は、お姫様をエスコートして歩いて、時々竜や魔法使いを倒しに行く職業の人だと、なんとなく思っている。よく考えたら、そんな訳ないなと思うだろうが、興味がなかった。
「あの人は、特殊でな。そもそもが当代の17番目の王子で、王位継承権的には、36番目だったか? まぁ、とにかく流行り病が猛威を奮った上で生き残りでもしなけりゃ、まず王にはならない人だ。弟にも継承権順位を抜かれてる体たらくでな。俺が言うのもなんだが、政治的にも武術的にも商業的にも芸術的にも、とにかく良くも悪くもこれと言うものがないらしくて、身の危険に晒されることがないらしいぞ。
それにしたって、完全に1人でなく、どこかには誰かがいたんだろうがな。
それが、新星様にしつこく求婚して、ヴァーノンを困らせていた男の正体だ。どうだ、俺の方が、いくらかマシだろう」
「そうですね。パドマさんと会話ができるなんて、素晴らしい成果です」
イギーは、つまらなそうに肘をついてパドマを見ているし、イヴォンは、頬を染めてパドマを見ている。いい加減にして欲しい、とパドマは、カーティスを見た。
「なんで、そんな人が、新星様に求婚しないといけなかったの? 面識もないし、名前も知らないとか、あり得ないと思うんだけど」
「新星様の噂を信じたんだろうな。あちらでは、この世の者とは思えぬ美しい女性が、武装集団を編成して街を平定したことになってる話まである。大筋ではその通りだが、内実は、全然違うな。そもそもパドマは、大人じゃない」
「大人になってたのか。でも、大人だったからって、声かけないよね。顔がキレイな大人だったら、とりあえず求婚しとこうって、バカすぎると思うんだけど」
「どちらかと言えば、武力が欲しかったんだろう。すべてをまるっと連れ帰って、国内の発言力でも上げたかったんじゃないか? 今は、10歳の弟王子に小馬鹿にされてると、もっぱらの評判だから」
「新星様と結婚したら、弟に勝てるの?」
「どうだろうな。弟王子の才能は、楽器だったと思うんだが。まぁ、貴族の姫には相手にされないから、起死回生の策が、それしかなかったんだろう。求婚の才能もないようだしな。お前が娘を産めば、見目だけなら時期王妃を狙えるかもしれないしな。
そうそう、新星様は第一夫人にすると言っていたが、白蓮華の娘は第三夫人らしいぞ。どうする?」
「全力で断る。お兄ちゃん、ウチ結婚するからさ、旦那を全力で口説き落として。それが叶わなければ、また崖から落ちるよ」
冬の海は冷たすぎて、いくらも入っていられなかった。師匠を付き合わせることは、できない。パドマにできることは、重石で沈んでいるだけだ。だが、ヴァーノンと別れて他国に行って、嫁仕事をしなければならないなら、そちらの方がずっといいので、どうにも切羽詰まったら、誰に止められてもやってやる。そういう目で、パドマはヴァーノンを見つめた。
白蓮華の娘は、残念ながら既婚者だった。
アーデルバードの女性は、基本的には家から出ない。外を歩いているのは、年嵩の女性ばかりである。白蓮華の娘は、若作りだが、既婚者だからこそ外にいたのだ。
そういうことになった。
次回、偽装生活。