130.磯遊び
パドマは、城壁を越えて、磯までやってきた。1人でくる予定だったのに、パドマの後ろを師匠と護衛が、ぞろぞろと歩いてついてくる。本当に、窮屈だ。自分が悪いのはわかっているが、もう嫌になっている。多分、護衛も冬の海になんて連れて来られて迷惑だろう。誰も得をしない、困った関係だ。
街中にも海はあるのに、わざわざ城壁外までやってきたのには、訳がある。城壁内で釣りをしてても、海に飛び込んで泳いでも、漁師に怒られるようなことはないのだが、釣り場や釣り方に詳しくない。だから、慣れ親しんだ森の裏手の磯に来た。森で食料が取れない日は、ヴァーノンは川や海に来ていた。パドマは、いつも一緒に来て、ちょっと貝を拾って遊ぶくらいで、手伝いなどしたこともなかったが、兄がやっていたことは見ていたし、覚えている。それを初めてマネしてみようと来たのだ。
久しぶりに来た磯は、記憶の中の場所と大差なかった。右の方に岩場があり、ずーっと先は城壁があって行き止まりになっており、左の方は砂浜があって、その奥には崖があり、崖の上は森になっている。赤茶の岩場はでこぼこしており、海に突き出していた。砂浜は、漂着物の貝殻が沢山転がっていて、素足で歩くには適さない。
パドマは、岩場に行き、小さいカニやら謎虫やらを捕まえると、しかけに括り付けて、海に投げ込んだ。
次は浜に行く。熊手を使って砂をかき分け、貝を探してバケツに放り込む。誰も取りに来ないから、いつ来てもザクザク取れる、元ヴァーノンの庭だ。パドマは、大きな貝だけ拾った。
バケツいっぱい取れたら、岩場に戻る。岩にくっつく海藻をはがし、貝をはがし、やはりバケツに放り込む。そこまで終わったら、メインディッシュを取りに行く。パドマは、腰のベルトを外し、ナイフ1本を除く武器を師匠に預けると、海に飛んだ。
「うわー、いけー」
パドマと言えば身投げというイメージでもついているのか、護衛が追って来そうなので、パドマも慌てた。
「来なくていい。浅い」
止めたのだが、1人転げ落ちた。
「あーあ、冬の海に落ちるとか、バカだな。死ぬよ」
「ボスだって、入っているではありませんか。折角なので、お手伝いさせてください。何をなさってるのですか?」
「白蓮華の磯遊び遠足の予習と、珍味取り」
パドマは、そこまで言うと、ざぶんと潜って足下の海藻をナイフで切った。そして、男に見せる。
「これ」
「わざわざこんなに寒い時期に海に入らずとも、買えば良ろしいのに」
「そうしたいのは山々なんだけど、売ってないんだ。誰も食べないというか、ウチ以外が食べると、おなかを壊すらしくて」
「は?」
「何故かは知らない。お兄ちゃんは、お腹壊してたし、漁師のおっちゃんが、食えないって言ってた。だけど、ウチは食べても何も起きない」
「立派な内臓をお持ち、なんですね?」
「そう。だから、誰にも頼めない。恋しくなって来てみたけど、思ったより寒くて、動転してる。食べれないくせに、取ってくれてたお兄ちゃんの頭がおかしすぎる。早く上がりたいから、手伝う気があるなら、邪魔しないで」
「はい」
2人で黙々と海藻を切り取って収穫した後、さっき取ったいろいろも海の中でざぶざぶ洗い、ついでに10匹ほどナイフで魚を仕留めて、海から上がった。来がけに護衛に拾わせた薪で、師匠が焚き火を用意してくれていたので、パドマは、とりあえずそれで暖をとったところで、気がついた。
「あ!」
「どうなさいましたか?」
海に落ちなかった護衛が、食い気味に質問を飛ばした。海の中の作業を羨ましそうに見ていたヤツだ。冬の海の水の冷たさも知らないくせに。
「そいつの着替えがない件と、ウチの着替える場所がない件に困ってる。とりあえず、あんたは、ひと温まりしたら、帰っていいよ。明日から数日休暇もあげるから、早く着替えておいで」
パドマは、海に落ちた男を帰すことにした。ぶっちゃけ今日は、荷物持ち以外に仕事はない。
「いえ、お気遣いはいりません」
「気遣いじゃない。鮮度が落ちる前に配達を頼むついで。唄う黄熊亭に、右のバケツを持ってって」
「か、かしこまりました」
「よし、問題は、半分片付いた」
パドマは、最後に獲った魚のウロコをはぎ、内臓を抜いて、薪用だった枝を数本洗ってきてもらって、魚に刺し、焚き火の周りに立てた。
「よし、しばらく暇人。お前ら、向こう向け。何があっても、こっちを見るな。少しでもこっちを向いたら、許さないからな」
パドマが着替える覚悟を決めると、師匠が寄ってきた。眉間にシワが寄っている。何か言いたいことがあるのだろうが、さっぱりわからない。
「何? 師匠さんも、あっち向いてよ。見ない約束だよ。お願いだよ。くそ寒いんだよ」
改めてお願いすると、師匠は盛大にため息をついた。おでこに手を当てて、首を横に振った後、その場で後ろを向いた。そして、両手を横に広げて動かない。
「おお、なるほど」
壁になってくれたのだろう。一面しかないのは残念だが、師匠は増えない。意図はわかったので、速やかに着替えた。
「ううぅ。着替えたのに、まだ寒い。何故だ。もう風邪を引いてしまったのか。またお兄ちゃんと離れ離れはツラすぎる」
パドマは、魚が焼けるまでの間、何もせずに火にあたっているのに、全く温まる気がしない。頭を拭くのも師匠任せで、全力で火にあたっているのに、肌がチリチリするだけで、寒い。
「あの、昼飯用に作ったんですが、良かったら、どうぞ」
護衛が、パドマにおぼんに乗せたカップを差し出してきた。カップの中には、卵がゆらゆら揺れている。
「ああ、ありがとう」
パドマがカップに口を付けると、生姜の味が広がった。身体に染みる。
「そうか、こういう時のバーベキューなら、迷惑じゃないな」
ダンジョンの攻略を阻む難敵だったり、白蓮華の庭で騒ぐ男たちを、くそ迷惑な輩だな、と思っていたのだが、ただ肉を焼くばかりではなく、料理を作ってくれるならば、悪くないと思った。
「少々早いですが、魚も焼けそうですし、飯にしますか?」
「うん」
野郎たちのバーベキュースキルは、どんどん上がっている。携帯用のテーブルセットまでセッティングされて、馳走が並べられた。パドマは、呆れて見ているだけだ。用意が済んだと言われた時点で、1番火に近い席を確保する。隣に師匠が座った。
料理の中で、パドマの目を釘付けにしたのは、ブッラータチーズだ。焼けた肉の上に鎮座している。一緒に乗っている野菜の色もキレイなのだ。肉が乗っている時点で、師匠に取られてしまわないか、そわそわしてしまう。
「野外でホワイトソース作るとか、マジ阿呆だな。どれだけバーベキューにはまったら気が済むんだ」
「いえ、それは、自宅で作って持ち込みました。申し訳ありませんっ!」
「護衛の準備が、ホワイトソースか。護衛に向いてないだろ。明日から、白蓮華においで。可愛い子たちに、これ、作ってやってよ」
「申し訳あ? はい! かしこまりました」
話はそこまで、さぁ食べようとフォークを伸ばしたら、チーズが皿ごとなくなった。師匠の仕業だ。パドマが恨みがましい視線を向けても、師匠はふわふわとした微笑みを崩さない。護衛たちは、ハラハラと見ていると、師匠は、チーズをフォークに乗せて、パドマの口に放り込んだ。
「!!」
パドマの態度は、急速に軟化した。
「みんなも立ってないで、食べなよ。一緒に食べた方が美味しいよ」
護衛も併せて、和気藹々とお昼を食べていると、珍客がやってきた。一言で言うならば、やたらとキラキラした男だ。金刺繍のすごい白いベストに青いコートを着て、クラバットが見たことがないくらいびらびらとしていた。銀の髪は後ろに流され、端正な顔をしていれば、そんな服を着ていても似合うのだな、とパドマは感心したが、顔のキレイさだけならば、隣で肉を食ってる男の圧勝だ。驚くほどのことがあるとすれば、服装が磯に似合っていない方だ。
「ごきげんよう、天女様。イライジャ・ダドリー・デ・シャルルマーニュ・ディ・トレイアと申します。お話しさせて頂いて、よろしいかな」
「イライラ? ごめん、長すぎてよくわからないけど、今食べてるんだ。食事中に声かけるとか、不作法だよね。後にしてくれる?」
「うむ、済まない」
キラキラ人は、放置して、食事を続けた。護衛は、少し困った顔をしたが、師匠も気にせず食事を続けたので、食べ終わるのを優先した。
食後、片付けを護衛に任せ、パドマは岩場の仕掛けを引き上げていると、師匠の他にキラキラ人もついてきた。
「食事は終わったな。話をするか」
「いや、いらないし。仕事があるから」
パドマは、仕掛けを上げると、中からカニやエビやタコが出てきた。
「やったー。師匠さん、バケツ頂戴!」
パドマは、絞めながらバケツに釣果を移していき、最後までキラキラ人を無視しきって、白蓮華に帰宅した。
海藻の類いを更に洗って干したり、釣果を炭火で焼いて子どもたちと食べた後は、唄う黄熊亭で、ヴァーノンと貝料理を食べた。いい1日だった。
誰にも伝わりようのない伏線を撒くの巻き。多分、これは回収もしない。きっと忘れてなくても、どうでも良すぎて回収できない。
次回、井戸端会議再び。