128.新年
テッドが中心となり、その辺でナンパさせてみた結果、白蓮華に住む子どもたちは、11人に増え、遊びにくる子どもたちも、着々と増えている。今日は、新年を迎える特別な日だよ、と言ったら、泊まる人数が、24人に増えた。赤い服を着たパドマと、羽を生やしたドレスを着た師匠は、子どもたちにプレゼントを渡し、ハグしておやすみの挨拶をした。今晩は、大人は、師匠とヴァーノンしかいない。
スタッフは全員、休暇にした。元々休みばっかりだから、休みはいらないと言われたが、綺羅星ペンギンと違って、白蓮華はスタッフが少ない。特に調理スタッフが足りていない。年に1回くらい堂々と休めよ、と受け入れなかった。白蓮華から出ないから、と護衛も休みにさせた。
プレゼントは、全員に蝋石とふわふわ剣をあげた。蝋石があれば、プレイルームに増やした石板でも、その辺の道のレンガでも、文字も書けるし、絵も書ける。文字がかければ若年でも雇ってあげることはできる。武闘会で使ったふわふわ剣であれば、小さな子でも、チャンバラができるかと思った。気に入れば、誰かが指導することもできる。10歳で探索者デビューするなら、何かの足しになるかもしれない。そう思って、選んだ。
子どもは、すぐに大きくなる。飯を食わせてあげるだけでは、足りない。
カブとベーコンのパスタと、昨日の残りの野菜スープで朝ごはんを済ませたら、みんなでパイ作りをした。
寝る前に、粉と塩と水を混ぜて、パイ生地のタネをまとめるところまでは終わらせた。バターに打ち粉をして、皆で順番に綿棒で叩く。力が足りなくて、全然できていないが、構わない。難しいところは、すべて師匠任せだ。子どもたちが一通り叩いて満足したら、師匠がべしべしと叩いてキレイな形に伸ばす。大人って、すげぇ! と言いながら、見学している間に、バターを包んで伸ばす難しい工程もやってもらう。
パドマの係は、その間、アーモンドをすり潰して粉にすることだ。子どもたちを鉢を押さえる係とする係に分けて、やっぱりやってもらう。すり終わったら、アーモンド粉とバターと砂糖と卵を同じ量になるように計量させる。言った順に計量していったから、卵が丁度良く計れずに、子どもたちは、困っていた。
それが終われば、材料を順番通りに混ぜたものを師匠が作ったパイ生地の上に絞っていく。それは子どもたちに任せたが、その後、パイ生地でとじるのは、師匠だ。そして、また子どもたちに照り卵を塗ってもらう。そこまでは良かった。問題は、その後だ。パイ生地に模様を入れるのだが、皆がやりたがった。
「お絵描きするの!」
「さっきクリームいっぱいやってたろ。ズルい!」
「お前は、デカい。小さいのに譲れ!」
それぞれ1本ずつ書いて、みんなで絵を完成させよう、とテッドが大人の意見を言ったが、全員にやだ! と言われていた。楽しくお料理教室をしようとしたのに、大誤算だった。パドマが打開策を考えていると、師匠が2回手を叩いた。また蝋板に何か書いたかな、と師匠を見ると、師匠は、オーブンの中から次々と切り込みを入れる直前のパイの素を出した。大きさは大分小さいのだが、人数分あった。余計なことに、パドマの分まである。
「ウソだ。そんなことが、ある訳がない」
時折、唄う黄熊亭のマスターも、客が注文をする前に料理を作って用意するマジックをみせることがあるが、それとは次元が違うと思われる。生地を寝かすにも時間がかかるから、出来る訳がないと思うのに、目の前に沢山パイがあった。
子どもたちは、大喜びで、自分のパイを確保した。
「それ、本当に食べても大丈夫なヤツ?」
最も大事な質問には、是の合図が帰って来たので、パドマは細かいことを考えるのは、放棄した。子どもたちにバカにされない程度の作品を仕上げなくてはならないのだ。そんなことを気にしている場合ではない。
パイが焼けるまでは、昨日のプレゼントで遊ぶことになった。なんと、蝋石の文字教室の先生は英雄様で、ふわふわ剣術教室の先生は、武闘会優勝者である。豪華だ! そんなことを思っていたら、みんな剣術教室の方へ行ってしまった。パドマのところに残ったのは、テッドとパドマだけである。パドマもきっと剣術教室に行きたかったのに、テッドに捕まえられてるから、行けないのだろう。
「これが人徳の違いか。切ないな」
パドマは、庭で子どもたちに囲まれているヴァーノンを見て、黄昏た。可能であれば、自分もそちらに行きたいのだ。子どもたちを責めるつもりは、微塵もない。
「違うだろ。みんな文字に興味がないだけだ。落ち込んでる暇があったら、早く教えろ」
テッドは、やけにやる気だった。文字の読み書きができるなら、この仕事も任せられるのにな、としばしばパドマが口にするからかもしれない。別に、できるようになってくれなくてもいいのだが。石板を蝋石で、コツコツと叩いて催促している。
「うん。じゃあ、名前からね。テッドとパドマ。上からなぞり書きしてごらん」
「やった。名前が短い方が有利だな」
「名前が長い方が、文字を沢山覚えやすいかもしれないよ?」
小パドマは、まったくやる気がない。ただくるくると円をいっぱい描いているので、大パドマは、大きい円の周りに小さい円をいっぱい描いて、下にはっぱの絵を描いてやった。すると、小パドマの顔にも花が咲き、マネして円を描き出した。
「甘やかすんじゃねぇよ」
テッドは、パドマを睨んだ。
「3つも違うのに、同じことができると思わないの。パドマはまだ筆圧も低いし、蝋石で線を書く練習からだよ」
「やべぇ。先生っぽいこと言ってる」
テッドは、目をまるくした。出会って最初の頃から、だらしがないところばかり見せて、かなり小馬鹿にされている。この街の識字率は、決して高くないのに、パドマが文字を教えることができるのが、意外なのだろう。街議会の関係者と、その議員の家の関係者くらいしか読み書きできないと思われる。だから、店の看板が絵なのだ。文字が書ける人間なんて5割もいないと、パドマは思っている。パドマが文字を知っている方が特殊なのだ。パドマに文字を教えてくれた近所のお兄ちゃんは、紅蓮華にはいなそうなのだが、どこの誰なのだろうか。
「今日だけは、先生だよ」
「ダメだ。全部覚えるまでは、先生でいろ」
「やだよ。お兄ちゃんだもん」
「前にも言ったけど、お姉ちゃんだろう?」
「やだよ。お兄ちゃんだもん」
「わかった。お兄ちゃんとお姉ちゃんの書き方を教えろ」
「えー?」
パイが焼けたら、おやつタイムになった。みんなで作った作品を並べて、批評をした結果、英雄様の絵がくそ下手すぎるという意見で、まとまった。小パドマの作品「まる」すら、「そうだな、丸だな」と皆が納得したのに、未知のダンジョンモンスターを描いた英雄様が、「モモンガだよ。可愛いでしょ」と言ったのだ。子どもたちは、誰一人としてモモンガを見たことがなかったのだが、師匠はそっぽをむいたまま見ようとしないし、ヴァーノンは笑いのツボに入って喋れなくなっているので、「絶対に似てないんだぜ」ということになったのである。師匠の所為だと、パドマは恨んだ。
ちなみに、1番上手と絶賛されたのは、師匠である。流線形の幾何学模様を描いていた。そういうのを描くのかよ! それを教えてくれなかった点でも、やはり恨んだ。
みんな、それぞれ自分のパイを食べた。師匠のパイだけ大きいので、ヴァーノンと半分こになったのだが、そもそも師匠のパイは全員分のパイだった。かなり大きい。
1人1個のパイも、子どもが1人で食べるには正気を疑うサイズだと思っていたが、師匠とヴァーノンが仲良しみたいで腹が立ったので、ヴァーノンの取り分を半分パドマが奪って食べた。それを見た師匠が、自分の分のパイを半分切って、恐る恐るパドマに差し出したのだが、パドマは思いっきり顔を背けて、ヴァーノンに貼り付いた。
泣き出した師匠を見て、子どもたちに「食べてやれよ」と言われたが、パドマは受け入れなかった。ヴァーノンが、「食べすぎて、もう入らないのかも」と言うと、「そうだなぁ」と散って行った。
パイを食べ終わったくらいから、パラパラとお迎えが来始めて、お昼ごはんの片付けが終わる頃には、いつものお泊まりメンバーしかいなくなった。
どことなく寂しそうに見えるのは、気の所為ではないだろう。パドマは最初から兄しかいないようなものだったが、みんなはそうじゃない。親が死んでしまった子だって、親に会いたい気持ちはあるだろうし、中には、兄弟の中で、1人だけ捨てられてしまった子もいる。すぐ近くに親がいるのだ。帰りたいだろう。パドマも、金で解決できるなら、帰してやりたいと思う。だが、そこまですることは、許されていない。力不足を申し訳なく思う。あの子が捨てられてしまったのは、白蓮華を作ったパドマの所為だ。恐れていたことが、現実になったのだ。
「実はさ。めちゃくちゃ可愛がってるテッドは、血の繋がった弟じゃないんだ。たまたまハワードちゃんに連れられて、白蓮華に遊びに来てくれた子なの。寂しくて、可愛くて、弟にしたの。嫌じゃなかったらさ、みんなも弟になってくれないかな。今日からじゃなくてもいいから。1年後からでも、5年後からでもいいからさ。ごめんね」
パドマは、エイベルを抱きしめた。他の子どもたちも寄ってきて、パドマと一緒に泣いた。
次回、パドマの最愛モンスターとの出会い