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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第5章.14歳
123/463

123.49階層

 ヴァーノンが仕事復帰を果たしたら、師匠がパドマについてくるようになった。

 きのこの人たちを師匠が追い払ってくれたのはいいのだが、パドマは、1人でダンジョンに行くつもりでいた。

 師匠は、『ヴァーノンに頼まれている』の一点張りなのだが、師匠はパドマなしで暮らした方が、どう考えても、楽しく暮らせると、パドマは思っている。危ない階層に行かずとも、稼ぐことはできるのだから、放置してくれても問題ない。そもそも何で一緒にいるのかもわからないのに。

 ニナのための真珠を取りに行きたいな、という気持ちはあるので、もう少し奥まで行きたいが、行かなくても金さえあれば、真珠は買える。なんなら、買った方が粒が揃う。だから、1人で行けると主張したのだが、師匠に加えて、ルイとハワードまで付いてくる。

 しばらく皮狩りでもして大人しくしてるか、と思ったのに、ダンジョンに入ると後ろにゾロゾロと付いてくる人間が増えた。綺羅星ペンギンは、従業員が多すぎて休みが多い。武闘派の彼らは、休みの日は、探索者業をする者も多い。肉屋百獣の夕星の仕入れのために、肉狩りをする係もいる。それらが皆ついてきたのだ。

「姐さん、久しぶりにパーティしましょうよ!」

というのが、狙いらしい。

 急にでも、準備がなければないでなんとかなるのが、ダンジョンバーベキューの悪いところだ。肉は、その辺の何かを倒せば調達できるし、火種もちょこちょこ歩いている。皿などなければなくてもなんとかなる人種しかいないし、数人に1人はフライパンを持っていた。酒も、少しならあるのだろう。野郎どもの水袋には、何が入っているか、わかったものではない。

「断る! 邪魔をするな」

 ずんずんズンズン進んで行ったら、会場の30階層に辿り着いたところで、パドマは野郎どもに取り囲まれて、身動きが取れなくなった。周囲を囲まれるとパドマが動けなくなるのが、バレているのだ。

 パドマは、諦めて剣を抜こうと思ったのだが、師匠に抱き寄せられた。何をしやがる、と言いかけたところで、周囲にいた男たち全員が吹き飛んだ。

「何?」

 男たちが転がると、師匠はパドマを離して、スタスタと歩き出した。師匠に踏まれた男は、うめき声を発したので、生きてはいる。イライラした顔で『ケガもさせていない。早くおいで』と蝋板を掲げる師匠が怖くて、パドマは従った。部下たちを踏まないように気をつけながら、そろりそろりと歩いて行くと、師匠は蝋板を懐中に仕舞い、下階に向けて歩き出した。



 師匠のイライラが剣筋に出ている。今日の師匠の剣は、これっぽっちも可愛らしさがなかった。いつになく残忍で、見惚れてしまうほどに美しかった。可愛らしかったのは、女の子ぶって遊んでいたからなのだろう。これが本来の戦闘スタイルかと、パドマはどこかで納得した。いつか見た覚えがある。師匠を怒らせたのは、何回目だったろうか。

「ごめんね。どうしても嫁に出されたくないんだ。あり得ないのは知ってるの。結婚して子どもを産んで育てるのが、女の子の幸せなんでしょう? 父親か、旦那か、息子がいないと、仕事もできないみたいだし。

 でも、それでも、嫁に行きたくないの。嫁に行ったら、もうお兄ちゃんの妹じゃなくなっちゃうんだよ。嫁に出たら、その家の人間になって、実家とは縁が切れちゃうんだって聞いたの。お兄ちゃんは、ウチを奥さんにはしてくれないし、なりたくもないし。皆が親切で言ってくれるのは、わかる。

 でも、そうなったらもう生きていけないの。それは、お兄ちゃんも許してくれる約束になってるから。なんでウチは、女に生まれちゃったんだろうね」

 きのこ狩りの打ち上げをしている時に、娘が話題に上った時に聞いたのだ。孫の教育を引き受けているから、時折会う機会はあるが、普通は嫁に出たら最後、実家に帰ることはないらしい。旦那が死んでしまい、実家が受け入れれば帰るらしいが、場合によっては親の葬式にも出ないのがスタンダードだと聞かされた。

 それに、パドマは子作りの仕事は大変に苦手だ。ヴァーノンとは何があっても生きて帰ってくると約束しているが、そんな仕事をするならば死にたいというパドマの希望は理解してくれている。だから、パドマは誰とも結婚できないのだが、そろそろ年頃だろうという周囲の目に息苦しさを感じている。

 危険なサシバ階層なのに、パドマは座り込んだ。

「見た目なんか、どっちでもいい。なんでもいい。我慢した。でも、それ以上は嫌だ。ずっと子どもで、、、いたくない。お兄ちゃんはダメだし、師匠さんには断られた。もう逃げ道はないの? 早くおばあちゃんになって死んでしまえばいい。おばあちゃんになったら、死んでも怒られない?」

 師匠は剣を納めて、パドマの下に戻った。また蝋板を出して、パドマに見せた。

「絶対に嫌だ」

 師匠の蝋板には、『バカ弟子と偽装結婚』と書かれていた。バカ弟子とは、恐らくイレだ。それ以外の弟子は聞いたことがないのだから。結婚する気配がないので、パドマが数年時間を借りても変わらなそうだが、その数年で運命の出会いがあったら、絶対に逃してはいけないのだ。逃した場合の責任は取りたくないし、次があるとも言えない。次があるとは思えない。パドマとしても、面倒をかける側で選ぶ立場ではないが、近寄れない相手では、どうしたって無理だ。

 師匠が意地でも助けてくれる気がないことだけは、わかった。それはもうわかっていたことなので、現状維持だ。パドマは、剣を抜いて走り始めた。着込みで無理矢理体重を増やした今、タカは敵ではなくなった。師匠はいらないと言ったのだから、責任を持って自分で斬って進むことにした。



 今日は、ちょこっと皮でもむいてお小遣い稼ぎをしようと思っていたのに、気が付いたら、49階層に着いていた。もう給仕のお手伝いには間に合わない気がする。初日からこれじゃ、お兄ちゃんは怒るだろうな、ということしか頭に浮かばないのだが、真面目に敵を見なくてはいけない。だが、気持ち悪くて、見たくない。悪夢のような光景が、部屋の3箇所で起きている。その全てを視界から排除して観察をするのは、ほぼ不可能だ。

 49階層には、サソリとサソリモドキがいる。一言でサソリと言っても、同じ部屋にヒトコロシサソリやウシコロシサソリや、いろんなサソリがいる。いちいち名前が何かを殺しているのが嫌なのだが、誰かが付けてしまったのだから、仕方がない。パドマの所為ではない。色はとりどりで、何が違うのか詳細を見比べたくないが、尻尾が太いのが大体サソリで、尻尾が細いのがサソリモドキだと、虫のおっちゃんは言っていた。サソリは尻尾の先に付いてる毒針で刺してくるのが最も危険な攻撃で、サソリモドキは尻尾の先から謎の液体を噴出するのが危険らしい。ハネカクシのようにヤケドをするのは構わないが、失明は避けたい。ゴミムシほどの連射性能はないらしく、せいぜい5回前後と聞いたが、何故おっちゃんはそんなことを知っているのだろうか。自分でデータ取りをしているのだろうか。


 目を逸らして、共喰いが終了するのを待っているのだが、いつまでも終わってくれなかった。減るのが、遅すぎる。おっちゃんは49階層では滅多にないと言っていたのに、事件が起きすぎだ。

 サソリ的な生き物は胴体があって、蜘蛛みたいな足があって、エビみたいなハサミがあって、尻尾がくるんと立っている。そんなイメージでいたのに、口にミニチュアのハサミが一対ついていて、それがせっせとごはんをちっちゃくカットしているのが気持ち悪かった。あれが直接攻撃をしてくる機会はないと思っているのに、あれが怖い。サソリは尻尾を立てるとパドマと同じくらいの高さになる。おかげさまで、大きすぎて口の鋏角がよく見えるのが、ツライ。パドマは、階段上で反対向きになって座っているように見せかけて、腰を抜かしていた。



 パドマは、目を覚まして、フリーズした。辺りはすっかり真っ暗だ。離れた燭台の上に1本明かりが灯っているので、状況はなんとなくわかる。ここは、イレの家のリビングのソファだ。間違いない。ダンジョンで寝てしまったか、気絶させられたかして、連れて来られたのだろう。周囲には、誰もいない。兄も師匠も恐らくいない。隣の部屋からも明かりが漏れているが、そこにいるのは、恐らく家主だ。見なくても、わかった。


「ごめんなさい」

 戸を開けずに、パドマは言った。

「パドマは、何も悪くない。謝らなくて、いいよ。全部悪いのは、私だから。遅すぎたみたいだけど、わかったんだ」

 イレは、酒を飲んでいた。戸を開けずとも匂いでわかった。かなり臭い。

「違うよ。悪い子は、ウチだよ。普通に生きられなくて、ごめんね。イレさんの言う通りなんだよ。お兄ちゃんの可愛い妹でいたかったのに、なれなかったんだ。ワガママだって知ってるけど、無理なんだ」

「うん。ワガママでいいと思う。パドマ兄は、そんなパドマのことが大好きだよ」

「ありがとう」

「悪いけど、送ってはいかない。店にも、もう行かない。元気でね。気をつけて帰るんだよ」

「うん。今までずっとありがとう。すごい助けられた。イレさんも、幸せになってね」

 パドマは、上掛けを片付けると、蝋燭を消して、外に出た。自分で言ったことなのに、胸が苦しかった。まっすぐ家に帰る気になれず、月見散歩をした後で、白蓮華に泊まった。

次回、サソリ退治。サソリは食べた方がいいですかね。

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