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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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12.綿菓子の君

 酒場の手伝いをしようと部屋から出ようとしたところで、ヴァーノンに話があると、止められた。

「ごめん。その話は、聞きたくないや」

 パドマはそのまま酒場に行こうとしたら、兄にグッと腕をつかまれた。

「痛いんだけど」

「離して欲しければ、話くらい聞け。まだ何も言ってないだろう」

「わかった。話は聞いた。だが、断る! はい。終わり」

 ヴァーノンの話など、詳細を聞く前からロクでもないことだけは、確定している。いつだって断らせてくれないのだから、話を聞いた時点で負けなのだ。パドマは心を鬼にして、耳を塞いだ。

「実は」「断る!」「聞けよ!」「断る!」

「なんで聞いてもくれないんだ。聞くだけなら、ただだろう」

「残念だけど、時間は有限だから。断り切れないから助けてほしいって相談なら、有料で聞いても断りたい」

「もう内容がわかったと」

 パドマが睨むと、ヴァーノンは納得の表情になった。言わずとも理解するとは、パドマは賢いな。そう会話が続くと予想して、パドマはヴァーノンの前に手を出して止めた。

「いや、少しもこれっぽっちも欠片もまったくわからないから、助けようもない。とりあえず、明日は風邪をひくから、ダンジョンは休もうと思う」

「わかった。先方には、そう伝えるから、寝てろよ」

 そうか、その手があるなと笑うヴァーノンに、パドマは怒った。

「そんなのは、ウチの自由だ!」



 次の朝、ダンジョンセンター前に、予想通りの面倒臭いものを見つけて、パドマは嘆息した。

 半分ピンク頭の少年と、ガタイがいいだけの少年の姿がある。フルプレイトメイルをやめただけ成長が見られたが、その成長に付き合う義理はパドマにはない。兄が鎧を着ていた時点で、ほぼ確定していたが、パドマはそれらを無視して先に進んだ。

「よっ!」

 何か話しかけられたようだが、パドマには聞こえない。周囲をぐるぐる回られても見えないから、足を止めなかった。何かを踏んづけた感触もあったが気の所為だ。壁が立ち塞がったのは、仕方がないから避けて通った。

 すべてを無視して、ずんずん進み、1階層の皆が薬草取りをしている部屋の隣の部屋に入ると、棒手裏剣を取り出し、投げる練習を始めた。


 昨夜、イレに追加で沢山もらった八角棒手裏剣と独鈷型手裏剣である。壁である石レンガの継ぎ目に当てることを目標に、次々と投げる。たまに、邪魔な遮蔽物が通り過ぎたが、無視して投げ続けた。遮蔽物は鎧を着ている。刺さることは、多分ない。石レンガの継ぎ目に当てられないパドマなら、鎧の隙間に刺さったところで、わざとではないという主張は通るだろう。刺さったとして、自分が悪いとも思えない。人が投げている前をわざわざ通るヤツに文句を言われたくない。むしろいいところに投げれたかもしれないのに、邪魔されたパドマこそ怒りたい。

「パドマ、何をやってるんだ?」

 大事な物を攻撃されて、怒っているのだろう。ヴァーノンが、怒りを押し殺したような声音で聞いてきたが、約束を破っているのは、兄の方だ。

「棒手裏剣の練習。情報収集だけじゃなくてさ、鍛練だって必要だと思うんだよね。遊びじゃないんだ。遊びたいなら、1人で行けば良い。ツノゼミまでは行けるでしょ。子守は、ウチの仕事じゃないよ」

 はっきり断ったのに、男たちは去らなかった。勝手にパドマの棒手裏剣を使って、横で練習を始めたのだ。めちゃくちゃウザい。


 しばらく練習を続けたが、男たちが去らないので諦めて、棒手裏剣を片付けて、パドマは走り出した。普通に走れば、男たちの方が速かろうが、パドマの方が身軽な服装だった。男たちを引き離して、全速力で走った。

 2階層に行けば、カマキリが道をふさぐ。だが、足は止めない。後続のパドマのために、イレは蹴り倒して進んでいたが、パドマは後続のために倒さず、脇をすり抜けて進んだ。金属鎧を着ていれば、強行突破も可能だ。兄に倒し方を教えていないカメムシを敢えて突いて興奮状態にしたり、妨害工作をして、先に進んだ。ヴァーノンに通じなくとも、イギーさえ足止めできれば、きっとヴァーノンはやって来れないと信じて、いろんなイタズラを仕込んだ。


 今日の目標地点だった10階層に到着したところで、足を止めた。

「ここを突破すれば、流石について来れないね」

 逆に言えば、時間をかければ、ここまでなら付いて来れるだろう。あれらに巻き込まれないためには、今すぐ突破したいところだ。

 だが、先程の棒手裏剣練習の結果は、散々だった。毎日練習したとして、いつ上達するのやら、見込みがあるようには思われなかった。

 だから、強行突破する。走って無理矢理通り抜けてみようと思う。時間制限は、兄たちが来るまでだ。もう走る以外の突破方法を思い付かなかった。

 イレが焦がされる現場は、見た。トカゲたちは、近寄ると、火の粉を飛ばす。壁にも床にも天井にもいるトカゲの近くを通らずに進むことはできないが、なるべくマシなところを通って進もう。1回だけなら、水流剣が助けてくれる。もしかしたら、雷鳴剣でもなんとかなるかもしれない。すぐに手に取れる位置に装着して、走り出した。


 右下、左前方、左上方。火の粉を放ってきたトカゲを視認して、避けながら進む。フライパンは、火の粉を防ぐのにも役に立った。進むべき方向がまったくわからないので、トカゲの少ない進みやすい方向へ適当に進んだ。途中、うっかりトカゲを踏みつけたから、足の裏が熱い。ケガはしていないが、熱くて靴を脱ぎたい。でも、こんなところで脱ぐ訳にもいかない。止まることも許されない。帰りを考えて、道も覚えておかなければならない。頭の中が、いっぱいいっぱいだった。

 走り抜ける間に、人が倒れているのを見つけた。知らない人だが、見殺しにしていいものだか、わからない。仕方なしに、その人に飛びついて水流剣を振った。


「トカゲが少ない部屋だったのに、勿体ない」

 倒れた人が生きていれば、救うべきかもしれないが、これで死体だったり、追い剥ぎだったりした日には、まったく浮かばれない。だが、放置するのも寝覚めが悪いので、観念した。

 何はともあれ、この部屋はしばらく安全地帯だ。休憩を兼ねて、介抱をすることにした。

 倒れていた人は、ふわふわと広がるハニーブロンドの髪に、薄桃色の袖と裾の広がったビラビラとした布地の多い服を着ていた。パドマが日本人だったなら、水干や狩衣に似ているな、と思ったに違いない。燃え移りやすい火蜥蜴が生息するダンジョンには、とても似つかわしくない格好をしていて、とても目に付いた。幸いにも焦げ跡はなく、顔色も悪くはない。頬を突いてみたら、体温も異常はなく、呼吸をしているようだった。

 今日は、ヤマイタチを連れていない。運べる気もしないため、パドマは、ゆすって起こすことにした。

「おーい、生きてるー? 返事をしてよー」

 時々、隣室から侵入してくる火蜥蜴をフライパンで叩き潰しつつ、根気よく揺さぶり続けたら、目を開けてくれた。


 倒れている時から、そうだろうな、と思っていたが、とてもキレイな人だった。シミ1つない肌に翡翠の瞳。ゆるやかに流れるクリーム色の髪。綿菓子を彷彿とさせるふわふわとした可愛らしい女性だった。ダンジョン内に、こんな人がいるのもおかしいが、外で見かけたとしても、およそ現実味が感じられなかっただろう。

 佳人が目を開けて、身体を起こす間、パドマは現実を忘れて、うっかり見惚れていた。対面に座って、微笑みかけられて、ようやくのんびりしていられないことに気付き、また火蜥蜴を2匹仕留めてから、向き直った。

「大丈夫? どっか、痛いところはある?」

 聞いてみたものの、佳人は、是とも非とも答えない。ただ微笑みを浮かべるだけである。

「もしかして、言葉が通じない?」

 のんきに話していられる状況でもないのに、困ったことになったぞ、とパドマは思った。思いながら、仕留めたトカゲをすべて拾って、ナップザックに入れた。若干、熱くてどうにもならないのもいたが、無理矢理放り込んだ。袋は焼けたりしなかったので、持ち帰れるだろう。

「1度、外に出るよ。歩ける?」

 本当は、歩けるだけでは困る。全力で走って欲しいところだが、今の今倒れていた人には言えない。パドマは時間がかかっても、焼け焦げても、全部トカゲを叩き潰して、この人を外に連れ出す覚悟を決めた。

 自分より5つは上ではないかと思う人を、背負って連れ出すのは無理だ。だけど、自力で歩いてくれるなら、それ以外のことは、できる限り頑張ろうと思った。

 佳人は、すっと立ち上がって、パドマの後ろをついてきた。同意してくれたのだろう。パドマは、フライパンを両手で握り締め、戦う覚悟を決めたのだが、出番はまったく回って来なかった。

 なんで倒れていたんだよ、と言いたくなるくらい、佳人は強かったのである。

 パドマの視界に敵影が入る前に、佳人の広がった裾からナイフらしきものが飛び出てきて、トカゲを仕留める。ナイフには糸がついていて、すぐに回収されるから、何をしたのか最初はまったくわからなかった。振り返ってみると、佳人はふわりと微笑んでいるだけだ。敵に回したらいけない人だ、ということは、わかった。

 何はともあれ、何ごともなく、9階層に戻ってこれた。



 パドマたちは、そのまま出口に向かって歩いていると、5階層で兄たちと行き会った。追いかけるのは諦めて、ツノゼミ退治をして遊んでいたらしい。パドマは無視して通り抜けようとしたが、とんでもない美人を連れて歩いているのだ。気付かれないハズもなく、集まってきてしまった。

「今日は、どこまで行ってたんだ。帰りが早くないか? ケガをしたんじゃないだろうな」

 心配症の兄である。もしかしたら、多少のヤケドがあるかもしれないので、強くは否定できない。だから、パドマはそれには答えなかった。

「人を拾ったから、戻ることにしたの」

「そうか。ならば、俺も戻ろう」

 また男3人で付いてくるらしい。そうなることはわかっていたが、パドマはとてもガッカリした。


 佳人は、急に早足になった。パドマの手を取り、ずんずん先に突き進む。ツノゼミが飛んで来ても、反対の手に剣を生やして斬り飛ばしてくれるので、進む分には不自由しないのだが、虫が吹き飛ばされる先は、大体ヴァーノンたちがいる。高確率で、明らかに当てるのが難しい角度にいる人間に当たるのだ。わざとやっているのは間違いないが、ツノゼミが当たるくらいなら、大したことないだろうから、放置した。

次回、ダンジョンで倒れてた人の自称知り合いが出てきます。

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