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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第5章.14歳
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119.海鮮朝ごはん

 ヴァーノンは、全身ボロボロだった。どこを触っても痛がるので、細かい診断を諦めた師匠が、全身副え木とともに包帯を巻いた後で、ベッドごと簀巻きにして片付けようとしていた。

 なんて雑な! と抗議したら、ケガが多すぎて1つずつの治療はできないと、匙を投げられた。傷薬を塗りたくりまくって、見てわかる外傷はなくなったと思うのだが、全身に打撲か骨折かを負っているらしい。

「ホント、バカ! もう信じられない! お兄ちゃんがこんな風になるなら、死んだ方が良かったよ!!」

「何を言ってるんだ。死んでいい訳あるか。お前をあの舞台に立たせる時点で嫌だった、俺の方が上だ。俺の勝ちだ」

 ヴァーノンは、簀巻きになって動けなくなっているのに、謎の理論で偉そうに勝ち誇っていた。反省する気はないようだ。

「ダメだ。もういい。ウチが骨折した時は寝てろって言ったんだから、ちゃんと寝ててよ!」

 パドマは、兄に包帯を巻いてくれた師匠を持て成す品はないかな、とママさんに相談に行った。



 次の日は、言わなくてもわかるかな、と思ったけれど、紅蓮華と綺羅星ペンギンの弁当屋係と百獣の夕星の肉配達係に、ヴァーノンがしばらく休むことを伝えに行った。弁当屋だけならかわりにやろうかと思ったのだが、アレは売り上げのための商売ではなく、料理の勉強のついでの商売だと言っていた。代わる意味がないなら、やる必要もない。

 その帰りに朝ごはんを買って帰ったら、玄関前に師匠とイレが立っているのを見かけた。

「あ、ごめん。朝ごはん買ってきちゃった。あと、今日は、ダンジョンも行かない」

 ヴァーノンの欠勤届けだけで頭がいっぱいで、パドマは自分のことを伝えるのを忘れていたことに気が付いた。綺羅星ペンギンや、肉拾い係や、白蓮華にはむしろ行くと言って行ったこともないので、放置していてもいいと思うが、この2人には伝えるべきだったろう。待たせて悪かった。

 反省したところで、師匠にさっと朝ごはんを奪われた。唄う黄熊亭に背を向けて、パドマに手をひらひらと振り始めた。いつもと同じ微笑みのハズなのに、いつもよりご機嫌に見えた。

「え? 何?」

「師匠がパドマ兄と朝ごはんを食べるから、パドマは外食して来いってことかな?」

 イレの考察は正解を引き当てたようで、師匠は5回くらい頷いた。

「だけど、それ、肉じゃないよ?」

 パドマが買ってきた朝ごはんは、ライスバーガーだった。米でできたバンズの間には、魚のフライとサラダ風の野菜しか挟まっていない物だ。師匠が好んで食べるとは、思えない。

 大事な話だと思うのだが、師匠は少し嫌な顔をした後で、家に入ってしまった。

「えええー。肉じゃなくてもいいとか、どういうこと? 師匠さんが、お兄ちゃんに惚れちゃったのかなぁ。どうしよう!」

 パドマは、思ってもいなかった事態に慌てたが、イレは興味がなさそうだった。大事な師匠だと言っていたのに!

「パドマは、師匠をお姉ちゃんにしたかったんだよね?」

「師匠さんがお姉ちゃんになってくれたら嬉しいけど、師匠さんにお兄ちゃんを取られたら、嫌なの! うちのお兄ちゃん、師匠さんの顔が大好きなんだよ。どうしよう。取られちゃう」

「師匠は、男には興味はないと思うけど」

「お兄ちゃんだって、、、お兄ちゃんが好きな人なんて、そういえば、聞いたことないな。結婚相手の条件をマスターと話した、って聞いたけど。だから、多分、女の人だよね?」

「パドマ兄が好きなのは、パドマじゃないの?」

「え? 確かに、めちゃくちゃ可愛がってたけど、実の妹らしいよ。違うよね。しかも、ちっちゃすぎない? 2歳だよ」

「2歳? サバを読みすぎじゃない?」

「あの年で年齢詐称はないよ」

「「???」」

 イレは目の前のパドマについて語っているが、パドマの中でその可能性はないので、パドマは妹のパドマについて語っている。どちらも言葉足らずで噛み合わなかった。



 珍しく師匠がいないので、折角だから海鮮を食べに行こうと、海の方に来てみた。来てみたところで、お店のあてがある訳でもない。パドマも店を知らないけれど、イレも知らなかった。流石、6年くらい毎日唄う黄熊亭に通う男である。

 やっぱりいつもの店に行く? と途方に暮れたところで、パドマが店に引きずりこまれてしまった。レストランだということはわかっていたが、オープンしているようにはまったく見えないので、候補に入れなかったお店だった。そんなお店にも入れてもらえるなんて、英雄様ってクソ迷惑なヤツだな、とパドマは思った。

 当然のように通り過ぎようとして、「英雄様、お誕生日おめでとう御座います」と知らない人に立ち塞がれた。アーデルバード名物のアレだ、と思いつつ、「ありがとう」と返した。別に誕生日が来ても年は取らないし、なんならあの10日間のいつが誕生日だったのかも知らない。何がめでたいのかもよくわからないのだが、10日も言われ続ければ、大概慣れた。そして、「お散歩ですか?」と尋ねられたので、「魚が食べれる店を探してる」とバカ正直に答えたところ、「では、是非、当店へどうぞ」と扉を開かれてしまった。こんな時の断り文句をパドマは知らない。だから、入るしかなかった。腕までつかまれて、どうぞご遠慮なくと引っ張られてしまえば、斬る以外の回避方法を知らない。だから、ごはんを食べることにしたが、開店前に急に入ったりして、本当に迷惑じゃないのかわからなくて、内心は泣きそうだった。

「そこ、お店だったんだー」

 イレは、何も気にせずついて来た。


 パドマは、2階のテラス席に案内された。

 室内席は、ダークブラウンの床と家具で、かなり高級そうな雰囲気だった。それを感じ取って、パドマはびびった。パドマが給仕の仕事をさせてもらえない系の店に違いない! テラス席は白っぽい籐製の家具で、高級かもしれないが、同時に爽やかさを感じさせる席だった。唄う黄熊亭で充分高級感を感じられるパドマである。一室一卓だけで区切られているお店が一品いくらするのか、知らない。イレのお財布に信頼をおいて席に座ってみたが、1人なら泣いて逃げ帰っていただろう。

 メニュー表ももらったが、何を注文すべきか困った。メニューの字は読めるのだが、開店前のお店で注文するとして、何を頼むのがご迷惑をかけずに済むのかがわからなかったのと、金額が書いてないのが怖かった。師匠かイレを連れずに来てはいけない店だと、痛感しただけだった。

「パドマ、食べたい物はあった?」

「ううん。初めて来たお店だし、何がいいか、まったくわかんない」

「そっかー、じゃあ、パドマが教えてくれた魔法の呪文の出番だね」


 イレは魔法の言葉「オススメで」を発動した。子どもに教わったとバラしてしまうところはなんとも言えないが、こんな高そうな店で何も考えずに魔法を発動するなんて。それだけならきゅんきゅんできそうなものなのに、イレは、今日も暑苦しいもじゃもじゃのヒゲ面だった。同じヒゲでも、いくらでも格好良いヒゲがあると思うのに、鼻の高さすら悟らせないもじゃっぷりなのである。格好良いかどうかを検討する以前に、前が見えているのかから心配したくなるヒゲ面なのだ。本当に、そのセンスがわからない。

「え? パドマ兄は、パドマとの結婚を嫌がってるの? 昨日の鬼神っぷりが半端なかったからさ。会場では、想いあってるんだね、って評判だったよ?」

「うわあ。お兄ちゃんは、妹への溺愛が人外なだけで、そんな気持ちは一切ないのに、可哀想」

「パドマが気付いてないだけで、パドマ兄はパドマのことが大好きだと、お兄さんは思ってたよ」

「確かに、相思相愛だと思うよ。愛の内容が、兄弟愛で良ければね。イレさんは、目が曇りすぎだよ。お兄ちゃんは、過保護がすぎる超人なだけだから。お兄ちゃんがカッコイイのは認めるけど、そんな気持ちは、お互いにない。恋人になっても、なんのメリットもないし」

「メリット! その年で、恋にメリットなんて求めちゃダメだよ」

「なんでだ。大事なことじゃん。ずっと2人きりでさ、人材不足にあえいでたんだよ。働かないウチが悪いんだけどね。お兄ちゃんが結婚して、ウチが結婚したら、それだけで4人に増えるんだよ。戦力倍だよ。すごくない? まぁ、ウチは早々に戦線離脱して、そっち方面でも活躍しないことに決定したんだけど」

「パドマが師匠と結婚したらさ、お兄ちゃんをそのままに、師匠をゲットできるよ?」

「またその話か。断る! そして、断られる!」

「なんで?」

「気付け。そういう風評が立たないように、男女逆転させてタランテラを踊らされたんだと思うよ。女役の方が大きいって、地味に大変だったんだからね」

「師匠もちっちゃいけど、パドマはもっとちっちゃいもんね」

「身長を抜かしたことじゃなく、その発言のムカつき具合で、師匠さんに嫌われたんだと思う」

「!!」

「師匠さんが気にしてるのを知った上で、そんな配慮のない発言を繰り返すから、堪忍袋の緒が切れたんじゃないの?」

「そうかもしれない!」

 パドマは、背が小さいことを気にしている。女性だから、男性よりも身長が低くなりがちだが、女性の中でも一際小さいのだ。それを男性の中でも大柄な者が多い綺羅星ペンギンの男たちに囲まれていれば、身長差が際立つ。簡単に敵の上段を取り、腕力にモノを言わせてモンスターをしばき倒す皆を、ずっと羨んでいた。だから、そこをつつかれて、パドマは目を吊り上げていたし、イレはパドマの勢いにしゅんとした。


 料理が次々と運ばれてきた。魚のフライに、魚の煮付け、大エビの中に詰められたグラタン、貝柱のバター焼き。パエリアには見たことのない貝がゴロゴロ入っていたし、カニの甲羅に入っているのは、何の料理かもわからなかった。新しい料理が置かれる度に瞳を輝かせるパドマを、イレと給仕のお兄さんは、微笑ましく見ていた。

「どうしよう。何から食べよう」

「好きなのを、好きなだけ食べたらいいよ。気に入らなければ、お兄さんが食べるし、気に入ったら、追加で頼んでもいい」

「すごい! やっぱりイレさんは、財布だけイケメン!!」

「だけじゃないもん」

 そういいながら、イレはカルパッチョの皿を手繰り寄せた。パドマが、大して見ていなかったからだ。

「お兄ちゃんさ、ケガしちゃったんだけど、どうしたらいいと思う? 何を手伝ったらいいか、わからないの」

 大エビグラタンを手で持って、殻ごとバリバリ食べながら、パドマは沈んだ声でそう言った。イレは、お兄ちゃんのケガより、エビの食べ方の方が気になったが、指摘できなかった。

「別に何もしなくていいと思う。他所なら、お金でも積み上げれば? って言うけど、そんなことをしたら、パドマ兄は泣いちゃうんじゃないの? 何も気付かないフリして楽しそうに過ごしてるのが、喜びそう」

「曇ったイレさんにまで、そんなこと言われちゃうとか! そろそろ大きくなったし、ちょっとは何か活躍して褒められたいんだけど!」

 パドマは、とうとうエビの頭までバリバリ食べ出した。それを見た給仕の顔が、真っ青になっている。イレは、そろそろ止めないといけないかなぁ、と思ったが、勇気は出なかった。

「ダンジョンに行けば、新星様になっちゃうし、街に出れば、チンピラのボスになっちゃうし、求婚者が来たら、崖から飛び降りるし、誕生日が来たら、最強王者決定戦が始まるし、何もしないのが平穏だと思う」

「そのほぼ全てが、ウチの所為じゃないと思う。悪いのは、武器屋と師匠さんと貴族と執事おじさんだよね?」

「エビを殻ごとバリバリ食べたりするから、噂が加速したりするんだよ」

「殻は残すもんだって知ってるけど、骨を強くしたいんだ。もう骨折したくないの」

「殻を食べると、骨が強くなるの?」

「ダチョウの骨をかじってみたけど、たべれなかったの。煮込んで食べれないなら、もう無理だと思って。エビの殻なら、頑張れば食べれたよ」

「わからないのに、やってみるんだ。その脳筋をなんとかして欲しい」

「イレさんの要望は、聞いてない」

「パドマ兄も、可愛いパドマが大好きだ!」

「!! お、お兄ちゃんは、どんなウチでも愛してくれる、、、よ」

「でも、可愛いだけのパドマの方が、安心して暮らせるよ」

「そうだ、ね」

 パドマは、目に涙をためながら、無言で食事を続けた。パドマは給仕に声をかけ、小皿に取り分けてもらったものを、カトラリーを使って食べている。洗練されたとまでは言えないが、イレが昔師匠に教わった作法通りだった。パドマはわざと知らないフリをしていたことに、漸くイレは気が付いた。その後、何か話を振っても、無視されるか、作法通りの返事しか返って来なかった。表情をなくしたパドマは可愛かったが、それほど可愛くないことを知って、イレは白くなった。

次回、ヤキモチをやく

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