118.英雄様誕生日祭
今年も、嫌な季節がやってきてしまった。否、季節は悪くない。魚も脂がのって美味しくなってくるし、果物もいっぱい取れる。芋も美味しい季節の到来だ。
去年は、サプライズパーティをやらかしてくれた連中が、街中をあげてのお祭り騒ぎをすることを企画してくれやがった。それが、パドマは憂うつでならない。
新星様の葬式を出した結果、あの装飾はどこから出てきたんだという話になり、新星様の誕生日会からの使い回しだと答えたら、自分も参加したいという人が大量発生したそうだ。その全員を受け入れられる会場が街に存在しなかったため、もう街中でお祭りしちゃえよ、となったらしい。葬式後のバカ騒ぎで、大体要領はつかめたそうで、グラントが執事おじさんカーティスと悪ふざけをして企画したのだ。
英雄様誕生日祭は、10日間もやるらしい。それだけ期間を取れば、絶対晴れる日もあるだろうから、という理由がバカっぽい。当初は、雨が降ったら休みだから、と言っていたのに、雨の日のイベント企画が練られているのも、ちらりと見えた。カーティスに、ネタは何でも良く、ただバカ騒ぎで憂さ晴らしがしたいだけなのですよ。ついでに財布の紐が緩んだら、売り上げも上がって助かります、と素敵な黒い笑顔で言われた時に、反論できなかったパドマが悪いのかもしれないが、憂うつは晴れない。
今日は、英雄様誕生日祭晴れ1日目の催し物、英雄様パレードに、パドマは付き合っている。街民みんなで英雄様の仮装をして、大通りではないかと思われる既定の道を練り歩くのだ。この場合の英雄様は、パドマのマネである必要はなく、それぞれが思う格好良い人の服装を着るらしい。らしいというか、パドマがそうした。グラントは、全員狩衣を着せるつもりでいたようだが、そんな街は嫌すぎるので、「貧乏人でも孤児でも参加しやすい出し物にして欲しい」と、鶴の一声でねじ曲げたのだ。パドマ自身が、孤児なのである。そんなヤツは参加しなければいい、と言うならば、見捨てるつもりでいた。パドマの誕生日会だと言うのであれば、そのくらいのワガママを言う権利はあるハズだ。狩衣の売り上げを期待しているカーティスには、「勿論、その服は買えない人間には、無償提供するんだよね?」と黙らせた。服は高価だ。新品を買える人間など、そうはいない。それを承知で言ってやった。
一般参加者は、自分の足で歩いているが、パドマは壁のない馬車のような乗り物に乗っていた。引っ張っているのが馬ではなく、綺羅星ペンギンのはっぴを着た男たちなので、人力車とか御輿とかと呼んだ方がいいのかもしれないが、乗り物の前職は馬車だったらしいので、馬車なんじゃないかと思う。
パドマは、そんな物に乗りたくはなかったのだが、パドマにキラキラとした瞳で見つめられてしまえば、否やとは言えない。白蓮華の子どもたちを全員と、ついでに赤猫仮面たちを誘って乗った。乗った結果、確かに乗り物で隔離でもされなけりゃ、ただ歩くのも至難の業だな、と気が遠くなった。折角だから、パドマたちを連れて祭見物をしようかと思っていたのだが、お祝いを言いにくる人が沢山いすぎて、車に乗った上で押しつぶされそうな気持ちになっている。子連れで歩くのは、無理だ。お祝いの品は直接渡さないで下さい、というアナウンスが有り難いのが、意味がわからない事態だった。
誰かにお祝いを言われる度に、一応、パドマは「ありがとう」と返していた。相手が多すぎて、赤猫仮面とも、パドマとも話をする余裕がなかった。給水休憩すら、限界まで我慢する有様だった。そんなパドマを見て、赤猫仮面と青猫仮面は笑っているし、ちびっこたちは、「すげぇ!」と騒いでいた。
2日目は、なんとタランテラを踊らないといけない。海の上に作られた謎の舞台の上で、師匠と踊ることになった。ヴァーノンに逃げられてしまえば、パドマが手をつなげる男は師匠しかいない。師匠も断ってくれれば良かったのに、2人分の衣装を準備してきてくれた。なんと、女役が師匠で男役がパドマだと言う。パドマは、男役の踊りなんて知らないのに! どうしても、師匠は男役の踊りは踊りたくないらしい。特設観覧席を用意され、喜ぶ子どもたちのために、パドマは地獄の特訓を受けてきた。泣きたい気持ちをこらえて、全力の笑顔で踊り切った。午前午後夕方の三公演だと言われたけど、夕方は許して欲しいと泣いて謝って、イレに踊ってもらった。ブーイングされたと、イレが泣いていた。
3日目は、待望の雨模様だ。祭りの休みに喜んでいたのだが、パドマは、綺羅星ペンギンにつれて来られた。ペンギン食堂で、唄う黄熊亭の出張店舗を営業をするから、給仕の手伝いをしろと言われて、痛む足を引きずりながら料理を運んだ。
確かに、この扱いなら、誕生日会ではなかろうが、どう考えても祭は続行している。料理名の枕詞が「英雄様の大好物」とか「英雄様の思い出の味」などと付いている。カドの煮付けや、ムササビシチューなどが提供されているので、間違いではないのだが、首をかしげざるを得ない。これは何の時間だろう? と。マスターもママさんもヴァーノンも、みんなイイ笑顔でいる。異議は唱えられないので、パドマにできることと言えば、売り切れる前にくすねた料理を、給仕をサボって食べることだけだった。「あら、本当にお好きなのね」などとお客様に笑われてしまったが、もうすっかりスネていた。
4日目も5日目も雨だった。雨1日目は、唄う黄熊亭に譲るが、それ以降は、紅蓮華がパドマを借りるらしい。祭期間中、街のそこら中に屋台が出ているのだが、紅蓮華では、いつもの店舗の他に、裏手の倉庫群がある広場に巨大なタープを張って、屋台村を作っている。そこで給仕をさせられるのかと思ったが、イギーとイヴォンと並んで座って、飲み食いしていればいいと言われた。だが、飲み食いしていればいいと言われても、横にいる人が嫌だ。全然、楽しくない。衝立代わりに間にヴァーノンを置いて、白蓮華の子どもたちを呼んできて、イヴォンを完無視して良いならという条件で引き受けた。話しかけられてるのに無視するのは仲良しアピールになるのかどうかは知らないが、紅蓮華がイヴォンの再教育をしない限りは、無理だ。おかしなことを言っているのは、イギーまで認めてしまったのだから、それがパドマにできる最大の譲歩だ。結婚したイギーと2人でいるのも外聞が良くないのだから、仕方がない。
パドマとテッドは、フライドポテトと豆の水煮が気に入ったそうだ。良かったね、と子どもたちとの語らいだけで、時間を潰した。
6日目は、ペンギンパレードをする。今日は、一般参加者は不可である。パドマとペンギンと揃いのはっぴの男だけが、道の中央を歩くことができ、他の人は、道の端に座って、パドマたちの通行を見守る。
半分くらいは、綺羅星ペンギンの宣伝活動なのだが、スタッフ一堂、緊張していた。ダンジョン産の生き物を外に出しても、本当に大丈夫なのか、保証がないからだ。紅蓮華に言われて実行することになったのだが、誰も成功させる自信はない。知らねえヤツが暢気なことをほざきやがって、と思っている。開放感により空に羽ばたかれても、興奮してクチバシやフリッパーで攻撃を始めても問題なく捕まえることを目標に、はっぴの下は、全員完全武装で挑んだ。それが不自然でなくするために、1日目に英雄パレードをしたと言っても過言ではない。厳つい大男の団体が武装して歩くなど、普通に考えたら怖いだけだ。英雄様の扮装だね、という誤魔化しを入れているつもりなのだ。うまく作用しているかは知らないが、ジャイアントペンギンたちが暴走を始めたら、パドマだけでは、斬らずに解決することはできない。こんな祭のために、そんなことはしたくないのだから、皆に出張ってもらうしかない。ペンギンたちもパドマの傘下なのだから、できる限り守ろうと思っている。
7、8、9、10日目は、武闘会だ。武闘派の英雄様なので、それを讃えるためには戦いが必要らしい。子どもの部、一般の部、綺羅星ペンギンの部を行い、一般の部と綺羅星ペンギンの部の勝者が決勝戦を行い、勝った方が英雄様への挑戦権を得る。
日数が多いのは、エントリー数が多すぎたからだ。アーデルバードは、ダンジョンの街なのだ。戦うおっさんと戦うお兄さんは、いくらでもいる。探索者を生業にしてなくても、剣の一本も持っているのが嗜みというようなお土地柄なのだ。おかげさまで、子どもは年齢別に優勝者を決めることになったし、一般の部が押して終わらなかったら、綺羅星ペンギンの部は戦わずにパドマが優勝者を指名することになっている。最終日までに終わるかどうかすら不明な恐ろしい大会だ。綺羅星ペンギンの阿呆共くらいしか参加者はいないと思ったのに、お調子者が多すぎた。3日も雨が降ったのが痛かった。
武闘会とは言っているが、死合いは禁止だ。大人の部でも、死人がでるような技と武器は禁じ手にしている。舞台の上で戦って、降参するか、舞台から落ちるか、人を殺したら負けだ。素手で戦って、パドマが誰に勝てるんだ、という問題を挙げた際に、剣のぬいぐるみはアリにしてもらった。自分ならそれでも人を殺せるとグラントが言い出したが、何があっても殺しは厳禁だと口を酸っぱくして言い聞かせた。うっかりでも、殺人を適用しますよ、と街議会にも宣告してもらった。もうパドマにできることはない。むしろパドマこそ、危ない立場なのだ。街一番の強者が、英雄様を倒して名をあげようと向かってくるのだ。イギーやカーティスに、英雄様は勝ちしか許されないとか言われても、無理だ。パドマは、武器屋の冗談話と師匠のイタズラから生まれた、ハリボテの英雄様なのだ。死なないで終われば、御の字だと思う。
パドマは、半泣きで震えながら、決勝戦が終わるのを待っていた。一般の部は終わったが、綺羅星ペンギンの部は、1回戦の途中で終わった。だから、その時点で生き残っていたグラントを指名した。グラントなら、うまくいけば、一般の部の優勝者を倒して、パドマにわざと負けてくれないかなぁ? と期待したからだ。だが、これをいい機会に下剋上をされる可能性もある。負ける分には構わないのだが、痛いのも死ぬのも嫌だ。怖かった。
しばらくすると、アザだらけでボコボコのグラントがパドマの控室に入ってきた。
「申し訳御座いません。ご期待に沿うことができませんでした」
ひざをつくグラントを見て、パドマは、ひどいことをしたことに気が付いた。強者に立ち向かわせて守って貰おうなど、ひどい話だ。パドマがボスなのに。
「ごめんね。ありがとう」
見える分だけだが、パドマは、グラントに傷薬をぬりたくった。耐えられず、手がすごい形に変形して、グラントを驚かせてしまったが、パドマなりのせめてもの償いだ。
「仇はとる」
パドマは、柔らかい綿入り剣を持って部屋を出た。
大きなことを言って出てきたが、誰が相手だろうと、勝つビジョンは見えない。ここまで勝ち上がって、さっきまで無傷だったグラントをボコボコにするような輩を降参させるような手立てはない。卑怯だし見ていて楽しくないだろうが、舞台の端に陣取って、攻撃に来たところをうっかり落ちてもらおうか。勝てても死んだら嫌だしな。そんなことを考えていたら、舞台袖に着いてしまった。幕がかかっているので、舞台も会場も見えないのだが、盛り上がっているようだ。司会が何か言っているようなのに、観客の声がうるさすぎて、ほぼ聞こえない。
急に、パドマの前の幕が開いた。わーわーギャーギャーうるさいだけで、何も聞こえないのだが、多分、パドマの紹介が終わったのだろう。ここまで付き添ってくれた師匠が背中を押すので、パドマは、ふわふわ剣を胸に抱いて、ひょこひょこと舞台に出て行った。舞台には、司会役をしている紅蓮華の誰かと、ヴァーノンが立っていた。
「お兄ちゃん? こんなところで何してるの? 勝手に入って来ちゃダメだよ。近くで見たいなら、特別席に入れてもらおうか?」
試合が始まれば、司会も降りる舞台だ。ここにいてもらう訳にはいかない。特別観覧席に案内しようとするパドマに、ヴァーノンは困ったような顔をした。
「悪い。俺が、今日の挑戦者なんだ。できたら海には落ちたくないから、軽く殴ってくれないか?」
「挑戦? お兄ちゃ、え? 勝ったの?」
「お前が優勝者に殴られるところなんて、見ていられない。だったら、こうするしかないだろう?」
ヴァーノンは、当たり前の様な顔をしているが、発想まではいいとして、実現は容易ではなかっただろう。たまにダンジョンに遊びに行く程度で、本業は、食品販売員に過ぎない。参加制限はないから、参加はできるが、体格に恵まれてもいないヴァーノンには、イバラの道だ。
「どうしよう。お兄ちゃんが、格好良すぎる」
「このくらいできないと、パドマの兄は務まらないらしい。もう少し手加減してくれると助かるぞ?」
「お兄ちゃんのバカ!」
パドマは、ふわふわ剣を兄の肩にポスっと当てると、ヴァーノンは倒れた。わざと負けたフリをしているのは、わかる。だから、しばらく待ってみたが、ヴァーノンはいつまでも起きなかった。10カウントはとっくに過ぎた。試合は終了した証拠に、司会の人が「勝ったー!」と騒いでいる。ヒーローインタビューを試みる司会を無視して、パドマはヴァーノンを揺り動かしてみたが、完全に意識を失っていた。さっきまで、意地と根性だけで立っていたのだろう。パドマは悲鳴をあげて、救護班を呼んだ。
次回、イレさんの財布とデート。