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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
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117.姉弟の絆

 パドマの日課の壁腕立て伏せは、3日坊主になっている。白蓮華のトレーニングルームに行かずとも、ダンジョンでも寝室でも、どこでもできるのに、何故か続かない。白蓮華に行くと、「部屋トレーニングルームを使いますか?」と聞かれ、そういえばと思い出してやるのだが、それ以外では、まったくやっていない。腕力強化は、絶望的だ。

 でも、パドマは、他にも筋力強化プログラムを課した。着込みの重さを増やしたのだ。重いから着たくないと言っていたのに、更に重量を増やして、走り回ることにした。走るのは、毎日時短のためにやらざるを得ないことだ。だから、半強制的に続けられている。重すぎて、背が縮まないかが、少し心配になってきた。

 そして、戦い方も変えた。だから、オオエンマハンミョウも斬れるようになった。師匠のように、どこでもとはいかないが、防具屋推奨の柔らかポイントなら大体どこでも斬れる。

「そいやっ!」

 今日も、オオエンマハンミョウの背中を叩き斬った。大男たちでも剣では倒せないそうで、ボスの面目躍如である。

「どうやって、こんなかったい虫を斬ってんだよ」

 ハワードが背中を叩くと、コンコンといういい音が鳴った。

「体重を増やして、体当たりをぶちかます。思いっきり走ってぶつかるんじゃなくてさ、上から落ちて、それに反動も加えて、体重も後ろから前に移動させながら、力一杯叩く!」

 パドマは、身振り手振りを加えて説明すると、ルイに睨まれた。

「体重を増やすのは、禁止にしませんでしたか?」

「太ってはないよ。むしろ痩せたかもしれないよ。だけど、重りを付けて重くしたんだ。今日は、きっとハワードちゃんより重いと思う」

「は?」

「お、おもりを付けた上で、戦っていたのですか? そして、あんなに速い相手に全力攻撃を?」

「手を抜いて勝てる相手なら、全力で手を抜くけど、全力攻撃をしないと刃が通らないんだから、やるしかないよね?」

 ボスが変な人だと言うのは知っていたのだが、まだ理解が足りなかったことに、皆が気付いた。

 パドマの傘下に入ったチンピラ一同は、一度はパドマにのされた経験を持っている。一対一ではなく、一対多で負けたのである。ぐうの音も出ない。だが、昼間に会った新星様は、小さくて可愛い女の子だった。腰に剣は吊るしているが、到底戦えそうには見えなかった。重い荷物は持てないと言うし、殴られてもさして痛くはなかった。あれは夢だったのかと思うほどのへなちょこぶりに、今やれば勝てるんじゃないかな? と思いつつも、命令を聞いたり、勝手に護衛をしたりしてきた。助けてあげないと、どうにもならない人に見えたからだ。だが、ボスは、やらなきゃ勝てないと思えば、無理でも無茶でもやる人間だった。

 ハワードより重いということは、恐らく、自分の体重以上の重量物を身に付けている。それで立っているだけでどうかと思うのに、元々の最速タイムと変わらぬ速さで動いているのだ。そして、少しでも予測が外れれば殺される相手に、自分の逃げ道を残さず全力攻撃をして、毎回成功させている。こんな相手に勝つビジョンが見えない。勝てなくて当然だった。自分は、そんな覚悟を持ったことがない。普段はへなちょこでも、勝たねばならないと思った時には、あの夜のような修羅に変わるのだろう。

「あああ、今日で100部屋制覇しちゃったね。この階リポップが遅いから、またしばらくは稼ぎ拠点を変えなきゃいけないね」

「そうは言っても、頭割りだから、姐さん、大して稼げてねぇだろ」

「そんなことないよ。本当だったら、1匹も持てずに捨ててくしかないのを持ってもらえるから、収入があるんだよ。単独で来てたら、稼ぎゼロだよ」

「稼ぎゼロでも、ここに来るのかよ」

「うん。どうにもならなかったのが、倒せるようになったんだよ。嬉しくなっちゃうよね!」

 話の内容は、巨大昆虫をしばき倒してストレス発散、という色気も何もあったものではないのだが、ストレスから解放されたらしい全力の笑顔に、一堂は全てを持っていかれそうになった。ここで見惚れでもしたら、殺される。師匠を含め、急に全員にそっぽを向かれたパドマは、そっと寂しい気持ちになった。



 そして、走って走って走って帰る。奥まで行く日は、酒場のお手伝いの休みの日だ。だから、換金も人任せにして、白蓮華に走る。

「パドマ、まだ起きてる?」

「お姉ちゃん!」

 もう眠いのかもしれない。ぽやぽやとした可愛いパドマが、ペンギンのぬいぐるみを引きずりながら、近付いてきた。

「ああ、ごめん。今日はダンジョン帰りだから、汚れてるし、抱っこはできない。でも、まだだったら、一緒にお風呂に入ろ」

「うん。入るー」

 家なしの子は、あまりいい状態ではいない。泥だらけで遊んできても洗う難易度を下げるために、白蓮華に風呂を作った。薪代もバカにならないので、毎日は沸かさないが、半分パドマの趣味なので、自腹を切ってでも風呂を沸かさせた。

 まだ2歳だから気にしなくて良さそうではあるが、女の子のパドマをスタッフの誰かに風呂の介助をさせるのは、なんとなく嫌だった。テッドも同意見だったので、パドマの風呂は、パドマかテッドか、場合によってはヴァーノンを連れて来よう、と2人の間で合意していたのだが、パドマにメロメロな大パドマは、可能な限り、白蓮華に通い詰めている。1人の風呂も悪くはないが、兄弟一緒の風呂も良い。

 パドマたちは、風呂に向けて歩きだしたが、テッドはついてこなかった。

「テッド、どうしたの?」

 と、パドマが聞けば、そっぽをむく。

「今日は、俺はいい」

 もう先に入ってしまったというなら、強要する気はないのだが、テッドがパドマを放って、別の誰かと風呂に入るようなことは、考えられない。

「なんで?」

「変なこと聞かれるから」

「変なこと?」

「英雄様の服の中身がどうなってるか、聞かれるんだ。俺、悪口は言ってないからな。お前にも、立場があるのはわかってるし、服着てる時よりすげぇぞ、って言ってるから。だけど、そしたら、次から次へといっぱいイロイロ聞かれて、嫌なんだ」

 テッドは、半泣きになっている。パドマに怒られることを覚悟しているのだろう。阿呆どもより、なんと潔いことか。

「いや、そっち方面の気遣いとかいらないけど。犯人を聞いてもいい?」

 容疑者の心当たりが沢山いすぎて、絞り込めない。パドマの場合、街民全員という選択肢すらあり得る。そうだった場合、しばき倒すのは、容易ではない。難しかろうと諦める気もないが。自分を貶められるのは慣れたが、こんな小さい弟分を泣かすのは許せない。

 パドマとテッドは、堂々といつも通りの調子で会話をしているため、そろりそろりと視界から消えていく輩が見える。最有力容疑者の顔を、パドマはしっかりと覚えた。視界から消えようと、気配は追える。名前がわからなくても、全員部下だ。叩きのめすのは、簡単だ。

「一番しつこいのは、そこの偽代表」

 テッドが指差したのは、パドマの護衛と称してくっついてきたハワードだった。意外性もないので、パドマは素直に信じることができた。

「子どもを困らせて、何が面白いんだ、くそ阿呆」

「え? 俺? 違うって、誤解だ。エロ目的じゃねぇし。筋肉のつき方を、知りたかったんだよ。服がだぶだぶすぎてまったくわからないから。細く見えんだけど、それでオオエンマが斬れるとか、おかしいだろ? 何か秘密があると思うだろ?」

「前は秘密兵器を着てたけど、最近は、ただひたすらオモリを積んでるだけだよ」

「英雄様、騙されるな。その男は、胸の大きさだの形だのをしつこく聞いてきた。ほんっとうに嫌だったんだ」

「ち、ちち、違うぞ? いっつも重量級の変なものを着てるから、おかしなことになってないか、心配しただけだぞ? 折角、あんな男好きのする母ちゃんの娘に生まれたんだ。ちゃんと育てた方がいいだろう? 場合によっちゃあ、脱げと進言した方がいいかと思って! いや、マジだって。なんで皆して、同じ顔して見てくんだよ。誤解だぞ?」

「お姉ちゃん、これ、うそつき」

 小さいパドマにまで、胡乱な目で見られている。どうしようもない阿呆だった。

「前にも言ったと思うんだけど、手を出すのは、大人の女だけにして欲しい。スタッフ扱いで勘違いしてんのかもしれないけど、ウチは、あと何年か、託児年齢の圏内なんだよ? そういうことを口走るヤツは、ここのスタッフとして置いておける訳がないよね。頭になんて、絶対にできない。いい加減、わかって欲しい」

 パドマが心底残念そうに吐き捨てると、ハワードも驚愕しながら青ざめた。

「すんませんっした!」

 ようやくわかってくれたかもしれないが、本当にパドマの部下は、白蓮華のスタッフとしては向いてない人間しかいないような気しかしなかった。作りたいと言い出した男が、この体たらくなのだ。ここに関しては、紅蓮華に完全委譲することも視野に入れた方がいいかなぁ、と思わざるを得ない。元々、誰が経営してくれてもしてくれなくても、どうでもいいのだ。今いる子だけならば、パドマが個人的に預かってもいい。

「テッド、おいで。テッドもすぐ育つ。一緒に風呂に入るのなんて、あと何回もないよ。お兄ちゃんは、めちゃくちゃ嫌がって、もう一緒に入ってくれないんだ。テッドも、そういう風になるまでは、一緒に入ろうよ。あんなのは、気にしなくていい」

 師匠が、ハワードを何処かに捨てに行ったので、パドマは気にせず、風呂に入ることにした。早くしないとパドマを夜更かしさせてしまうし、パドマもドロドロの服を着替えたい。

「ちょっと待て。英雄様は、兄ちゃんと風呂に入るのか?」

 テッドは、どうでもいいところに引っかかってしまった。パドマは、相手がヴァーノンなら母親も兼任してるのに今更じゃないかと思うのだが、マスターとママさん以外の賛同者は今のところ見つけられていない。

「何もなければ、1人で入れるよ? だけどさ、自力で歩けない時くらい、手伝ってくれてもいいと思わない? 歩けないから、担いで欲しいんだよ。ママさんには、申し訳なくて頼めないじゃん」

「そんな状態なら、風呂に入らなきゃいいじゃん」

「風呂に入らなきゃ、死んじゃう病気に罹ったんだよ」

「それは、助けないとダメだろ。兄ちゃんが悪いな」

「でしょ? もう今月も来月も気が重いったらないよ」

「毎月、死にかけてんのか? 嫌だ。嫌だよ。俺が担いでやるから、死なないでくれよ」

 テッドがパドマにしがみ付いたから、パドマもパドマに抱きついてきた。

「うわぁ。ダメだって言ったのに。ドロドロなのに。もう、こうなったらどうしようもないから、絶対に風呂で洗うからね」

「死なないでくれたら、ドロドロでいい。なんでも手伝うから。兄ちゃんにも、文句を言ってやるから」

 小さいお子様の前で、言ってはいけない発言があったようだ。パドマは、少しだけ反省したが、反省よりも、可愛い弟妹が愛しくて仕方がなかった。ドロドロを気にして遠慮するのはやめて、しゃがんで抱き寄せて頭を撫でた。

「大丈夫だよ。英雄様は、お兄ちゃんと死なない約束をしてるから、狂言自殺はしても、本当に死ぬことは、絶対にない」

 可愛い顔をまっすぐ見つめて、パドマは微笑んだ。小さい子を笑顔にしたかったら、ヴァーノンのようでなければならない。今ならわかる。兄は、ずっと頑張っていたのだ。

「じゃあ、弟と、っ、い、妹と約束しろ。絶対に死ぬな」

「妹とは約束しない。本人の希望じゃないじゃん。弟となら、約束してあげる。だけど、それが守られるのは、テッドとパドマが元気だったらだからね。2人を守るためなら結構な無茶もする予定だから、ちゃんと元気でいること」

「絶対守る。だから、絶対守れよ」

「ウチは、英雄様なんだよ? 信じろ」

 パドマは、ニッと笑って見せた。


 風呂から出たら、パドマはすぐに寝てしまったのだが、テッドがずっと可愛かったので、ヴァーノンに伝言を頼んで、パドマも一緒に子どもたちの雑魚寝に加わった。

次回、パドマの誕生日。

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