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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
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116.打倒オオエンマハンミョウ

 今日こそはダンジョンに行ってやる! と支度をしたのに、ヴァーノンと師匠に反対されてしまったので、パドマは白蓮華に遊びに来た。もうすっかり良くなったのに、ママさん以外、誰も信じてくれなくて、パドマは少しやさぐれている。だから、いつも以上に人の話を聞く気がなかった。

「貧乏人のパスタでしょ。チーズオムレツでしょ。じゃがいものベーコンチーズ焼きでしょ。チーズフリットでしょ」

 いつものように、チーズ三昧のお昼ごはんを用意した。今日は、師匠監修で野郎が作った別メニューもあるので、容赦する必要は一切ない。どれもこれもチーズ特盛りで作った上に、上に削ってかけるチーズも用意している。

「お前、いい加減にしろよ! 英雄様じゃなくて、チーズ様って呼ぶことにするぞ!!」

「最高の呼び名だな。早速呼んでいいよ」

「喜んでんじゃねぇよ。ふざけんな」

 パドマに不満をもらすのは、営業戦略企画部長テッドだけだった。パドマは、チーズ三昧の料理ばかり作るが、誰かに食べることは強要しない。毎日いる訳でもないから、たまのことだ。初回こそチーズ料理しかなかったが、2回目以降は、テッドの意見が採用されて、チーズ以外の料理も出てきた。パドマの作る料理は美味しかったので、誰も不満はなかった。また作ったのか飽きないな、と呆れる目をするスタッフと子どもはいるが、文句を言うのはテッドだけだ。そのテッドすら、パドマの料理をすべて食べている。まったく説得力がないな、と皆が思っていた。

「ブッラータチーズなんて、ハムバージョンの他に蜂蜜バージョンも用意したんだよ! 大変だよ。美味しすぎるからね。トリコにならない様、気をつけて!」

「だったら、作るなよ」

「だって、お兄ちゃんにチーズがバレちゃったんだよ。1月チーズを禁止されたの。もう明後日くらいに、死ぬかもしれないよ」

 具合が悪くて、風呂で茹でられている最中に、イレの家にチーズの配達が来てしまった。イレのチーズだと言ってくれたら良かったのに、英雄様のチーズですよ、とバラされてしまったのだ。

 体調を考慮されて、叱られることはなかった。だが、配達を止められてしまったのだ。イレの家に配達する分は、唄う黄熊亭に回して欲しいと。しかも、入荷の調整がつき次第、一度配達を全てやめ、1月ほど休みにしてから再開させてさせて欲しいと言ったそうだ。パドマのチーズ生活は、終わってしまった。チーズ屋には、英雄様が子ども以上に子どもだと、知られている。保護者の決定を覆すことはできないだろう。

「朝はカフェでチーズを食べて、お昼はここでチーズを食べて、おやつはイレさんちでチーズを食べて、夕飯はマスターのチーズ料理。。。その全てがなくなってしまうなんて、生きてる価値がない」

「マジか! 毎日、毎食食ってやがったのか!! 兄ちゃんが怒るのも、納得だろうよ」

「だけどさぁ。英雄様が英雄様になれたのは、チーズを食べて、チーズパワーで必殺技が出せるからなんだよ。チーズを食べないと、あっという間にダンジョンで巨大生物に食われちゃうよ」

「大変じゃんか! 俺、ちょっと兄ちゃんのとこ行って、白蓮華だけでも配達してくれないか、頼んでくるよ!」

「なんていいヤツ。テッドは、最高の弟だ」

 パドマは、テッドの頭を撫で回した。すると、兄を取られて不満なのか、小パドマも寄ってきた。

「むー」

「パドマは、最愛の妹だから」

 パドマは、パドマを抱えて、撫で回した。すると、小パドマも大パドマの頭を撫でてくれる。パドマには滅多に訪れない、母に感謝したくなる瞬間だ。

「お姉ちゃんも。さいよー」

「ありがとう! 、、、何?」


 兄弟3人で戯れて遊んでいたつもりのところで、ずっと不躾な視線を送ってくるハワードを、パドマは睨みつけた。

「姐さんが作った規則。子どもにウソを教えてはいけない。覚えているか?」

「白蓮華に預けられた兄弟が、遊んでるだけじゃんか。何も悪いことなんてしてない。グラントさんなら、チーズビームでやられてくれるのに。そんなんだから、ハワードちゃんは、いつまで経っても白蓮華の頭になれないんだよ」

「白蓮華の頭は、俺だろう?」

「違うよ。ハワードちゃんは、平。名誉会長がウチで、テッドが部長。他に役付きはいない。事務能力に欠けるから、ウチの名代で、グラントさんが、こっちの分の折衝もついでにやってくれてるじゃん」

 当初は、パドマも、託児所の代表は、ハワードに任せようと思っていた。ハワードが作りたがった施設だ。心の赴くままに、好きなように経営すれば良い。そう思っていたのだが、ハワードは、思った以上に無能だった。子どもを連れてきたと思ったら、誘拐まがいだったようだし、ちょっとした揉め事もいちいちパドマの手を借りにくるし、飯を食わせたいと言いつつ、自分では飯を作れない上に、作れる人間を探しもしない。5つの子どもに仕事を教わるばかりで、自分で何とかしようと言う気概がまったく感じられないのだ。従業員なら、そういうヤツがいてもいいが、これがトップだと困る。白蓮華が軌道に乗って、マンネリぎみの施設ならばいいが、立ち上げたばかりなのだ。ハワードがトップでは、パドマが大変すぎる。

「知らなかった!」

「真珠と肉拾いもサボりすぎだから、隊長をルイに譲っておいたから、ハワードちゃんは、完全な平」

 真珠拾いだけなら、たまにで良かったが、肉拾いは毎日のように行ってもらっている。冷蔵技術など冬を除けば微妙なのだから、肉はできたら毎日入荷して欲しいものだ。白蓮華にいずっぱりのハワードが隊長では、示しがつかない。

「なんてこった!」

 ハワードが撃沈したところで、パドマはテッドを見た。テッドは、いつでも大体怒っている。同じ兄でも、ヴァーノンとはタイプが違う。

「ウソって、なんだよ!」

「最高の弟ってトコだよ。だって、ウチとテッドは姉弟じゃないらしいしさ」

「そ、、、そうだな」

 すっかり萎れてしまったテッドを、パドマは抱きしめた。右手にパドマ、左手にテッドで、パドマは幸せだ。

「ハワードちゃんの言うことなんて、気にしなくていい。ウチは、テッドのことを可愛いと思ってるからね。パドマの次に、だけど」

「ハワードなんか、嫌いだっっ」

 テッドは、涙を隠すために、パドマにしがみ付いた。

「ちょっと待て。俺は、チーズパワーにケチをつけたんだからな。姉弟じゃないなんて、思ってないからな。なんなら、俺も兄ちゃんでいいからな」

「なんでだよ。お前もパドマを狙ってやがんのか!?」

「違うぞ?! 俺は、のし上がりたいだけだ」

「ハワードちゃんは、1月白蓮華を出禁にする。ペンギンでも真珠でも好きな方へいけば良い」

「テッド、何があっても、パドマは守ってね」

「当たり前だぜ、チーズ様」

 パドマとテッドは、ハワードの抗議を無視して、がっしと手を組んだ。



 数日、白蓮華でパドマとハワードを可愛がった後、パドマはダンジョンに復帰した。真珠部隊を護衛にして、キスイガメを拾いに行くだけだから大丈夫だよ、とヴァーノンを説得したのである。パドマにカメのスープ食べさせてあげたいなー、というか、自分が食べたいなー、と言ったらイチコロだった。元々ヴァーノンはチョロいのだが、チーズ以外を食べたがったのが、功を奏したのかもしれない。

 そうして、パドマは、48階層にやってきた。

「キスイガメでは、なかったのですか!?」

 戦鎚を持って来なかったことをルイは嘆いたが、パドマは気にしなかった。

「ウチなんて、刺繍をする予定で手ぶらで出てきて、オサガメに連れて行かれたこともあるんだよ。26階層と48階層の違いなんて、大したことないよね。あと、カメもちゃんと帰りに拾っていく予定だし」

 実際は、師匠の剣を借りたから何の支障も出なかったのだが、パドマは皆に、まさかこの人、リンカルスもヤドクガエルも素手で倒すのかな、と誤解をされた。

「大変失礼しました。以後、更に精進致します」

「うん。ルイは強くなるよ」


 48階層まで来て、やりたいことと言えば、オオエンマハンミョウとの一騎打ちである。真珠部隊を連れてきたのも、一騎以外の邪魔者を始末してもらうためだ。2匹いたら、困るのだ。師匠は当てにできるかわからないので、皆に付き合ってもらったのだ。

 パドマは、なんだかわからないハンミョウをペシペシしばきながらツチハンミョウを拾い、先に進んでいくと、5部屋目で、ターゲットを見つけた。必要がないのに、3匹もいる。

「あの1番大きいのを頂戴。他のは、まるっと全部皆に任せる」

 パドマは、宣言すると飛び出した。

「無茶だろ。斬れないくせに!」

 ハワードが付いてきた。邪魔だった。

「ちょっと遊びたいだけだよ。無理なら、後でギデオンに殺ってもらうし。、、、どけ!」

「ひうっ!」

 オオエンマハンミョウに接近する一拍前に、ハワードをミネで殴り飛ばした。そんな余裕はないのに。

 パドマは、オオエンマハンミョウにフライパンをくれてやり、ハサミが閉じた隙に、身体の上に飛び乗った。

「まずは一太刀」

 上翅の間を刺してみたが、刺さらなかった。右の上翅と左の上翅は完全にくっついて1枚になっているのだが、防具屋の店主は、比較的マシだと言って、割っていた。腕力の足りない身が腹立たしい。

 跳ね飛ぶ動きに耐えられず、下に落ちたが、パドマにケガはない。次々に飛びかかってくるハンミョウから身をかわしながら、足の根本か関節を狙ってみた。だが、上手いことちょうど良く当たらない。死骸は、足なら斬れたのに!

「くっそ、当たれ!」

 パドマは背水の陣で、今日の防御力はゼロに削ってきている。身軽になってきたのに当てられないと来たら、もう手立てがなかった。

 ブチ切れて、オオエンマハンミョウが跳んだ瞬間に懐に滑り込んだ。アゴで挟まれずとも、足で捕らえられてしまえば、パドマなど簡単に落ちるだろうに。

「姐さん、無茶しすぎだ!」

 ハワードは、我慢しきれず、フォローに入った。

 パドマは、身体を巻き込む上翅と腹の間、なるべくおしりに近い方を目掛けて剣を刺した。が、刺さらない。解体はできたのに。

「むっきー! なんでだ!」

 完全にブチギレたパドマは、ハワードに飛びかかるオオエンマハンミョウに後ろから飛び乗り様に剣を突き刺した。何故か、刺さった。

「おろ?」

 刺さったのはいいのだが、その後がどうにもならない。バッタさながらに跳ね飛ぶ虫でのロデオがスタートしたのだが、パドマは、意地でも手を離さなかった。興味なさげにぼんやりしていた師匠が、助けようかどうしようか、悩んでオロオロしているのが見えた。ならば、これは千載一遇の勝機だ。どうしようもなく倒せない状態ではない。上手くいけば倒せそうに見えるから、少々危ない状態でも助けないのに違いない。外装は硬いが、中身はそうでもないことを防具屋に教えてもらった。なんで刺さったかの検証は後でいい。折角、刺さったのだから、中身を斬らせてもらおう。

 パドマが気負うほどのことでもなかった。パドマは、ただ剣をつかんでいるだけで良かった。オオエンマハンミョウが前へ前へと飛び跳ねるから、つかんでいるだけで、右に左にと剣がかき回され、オオエンマハンミョウは勝手に事切れた。

「あらら、もう少しだったのに、惜しかったね」

 動かなくなったオオエンマハンミョウは、ハワードに馬乗りになった挙句、今まさに挟みますよ、というところで止まっていた。

 パドマは、それを確認し、剣を引き抜いた。剣は、上翅の間のちょっと上、胸と腹の間かな? という部分に刺さっていた。そこも防具屋店主オススメの柔らかポイントの1つだったが、パドマは試し斬りに失敗していたので、まさか刺さるとは思っていなかった。やけっぱちになっていたので今ひとつ覚えてないが、刺すにも何かコツでもあったのだろう。

「姐さん、わざとじゃないよな」

「1人で殺りたかったのに、邪魔しやがって、何言ってんの? お前のボスは誰だ」

「スペシャルに格好良いお兄ちゃんと、可愛い妹分がいるだけで、なんてことのないごくごくフツーの孤児の姐さんデス」

「その通りだね。ちゃんと覚えてるじゃん。忘れちゃダメだよ」

 ふふふ、と笑うパドマは、師匠さん並に可愛い顔をしていると、ハワードは思う。その上、ダンジョンで暴れる女など聞いたことがない。「どこがフツーだ」と誰にも聞こえない声で呟くと、ハワードはパドマに顔を踏まれた。


「なんかコツをつかめた気がするし、もう2、3匹殺りたい気もするけど、帰るか」

 他の2匹は、あっさりとギデオンに潰され、ツチハンミョウ拾いも粗方終わっていたので、撤収することにした。今日の土産は、オオエンマハンミョウ3体とツチハンミョウいっぱいと、肉屋百獣の夕星(ゆうずつ)に卸す肉と、キスイガメを持って帰る予定だ。急がなければならない。

「またここまで来るのは、大変では? 2、3匹であれば、お付き合い致しますよ」

「気遣いは有難いけどさ、パドマにキスイガメのスープを食べさせてあげたいんだ。早く帰らないと、間に合わないよね。それにさ、ウチはひ弱で、体力魔人のあんたたちとは違うんだよ。もう疲れちゃったから、帰りたいの」

「考えが至らず、申し訳御座いません」

「別にいいよ。できる人は、できない人の気持ちはわかりようがない、って聞いたことがあるし。しょうがないよ。じゃあ、急いで帰るよ!」

 パドマは、剣とフライパンを持って走り出した。

 行きもここまで走ってきた。大した休憩も挟まず、ハンミョウ退治を始めた。そして、走って帰る。ただ走るだけではない。邪魔な敵を蹴散らしながら階段を駆け上がるのだ。

 ひ弱って、なんだろう。身近にいる本当にか弱そうな女たちも、実はあんななのかなぁ。ボスの方が小さいし細身だから、他の女の方が強い可能性があるよなぁ、などということが頭をよぎったが、ルイは口にはしない。まったく聞こえなかったが、何か口を動かしたハワードには、ナイフが飛んでいた。走っているのに、刺すことなく薄皮1枚だけ切るなんて、驚くべき技量だった。小さいし、ちょっと触れば折れそうな人だけど、悪口を言うのはやめとこう、とハワードを除く全員が思った。

次回、白蓮華へ帰宅。

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