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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
114/463

114.あの子と同衾

「もうすぐ夏だもんなぁ。ペンギン安くなっちゃうよなぁ。今日は、何を狩ろうか」

 綺羅星ペンギンのスタッフへの給与は、主に土産屋の収益で賄っている。隣に肉屋も作ったので、売り上げが上がった。唄う黄熊亭へ卸すくらいなら高が知れているが、紅蓮華が買ってくれるのが大きい。紅蓮華は、街中の人が買いにくる店舗も経営しているが、輸出もしているのだ。加工肉を作るという仕事を作ってもらえたので、スタッフ余りの解消にもなった。まだまだ余っているが。

 白蓮華のスタッフの給与は、紅蓮華の資本と寄付金によって賄われる。紅蓮華の慈善事業であって、綺羅星ペンギンの事業ではないからだ。但し、テッドだけは特別で、パドマのポケットマネーから、給与を支給していた。ボーナスに関しては、たまにハワードからの出資もあるが、定額の給金に関しては、パドマが受け持っている。給与と銘打っているだけで、実家への仕送り兼弟の小遣いだからだ。

 白蓮華のザル勘定ぶりを見れば、誰もそんなことを気にしなそうだし、実は本当にテッドが誰よりも仕事をしてくれている。スタッフは、顔が怖いから小さい子にはビビられてお世話を拒否されているし、暴力以外の揉め事の解決方法を持たない役立たずだった。掃除や、食材の買い出し等の雑用しか、マトモにできていない。だから、テッドが仕切って、なんとか形が維持できている。そういう状態なので、本当にスタッフ扱いをして、給与を紅蓮華持ちにしても良さそうだが、返せない額になったところで執事おじさんや、イヴォンあたりにツッコミを入れられると面倒臭いので、パドマが支給した方が無難だと思った。

 自分の生活は、概ねお金がかからないのだが、おかげさまで、毎月お金が必要になった。だから、以前よりは、真面目にお金を稼ごうと思っている。


 冬の主力商品はペンギンと肉だった。春になって、皮も獲るようになった。3日に1度くらいにオオエンマハンミョウと対峙して、マメハンミョウを拾ってくる。オオエンマハンミョウも売れるが、倒せないから持ち帰りができない。マメハンミョウの使い道は毒だと聞いて、敬遠していたのだが、中には薬として使う人がいるから、取ってきて欲しいと頼まれた。概ね毒として使われるのがわかっているのでモヤモヤしたが、毒を使って狩りをする人もいる。毒が、必ずしも人に言えない用途に使われるとは限らない。そういうことにして、持って帰った。以前、金に困って、ヤドクガエルも売り物にした。今更だ。毒は、何故か高く売れるのだが、理由を考えてはいけない。どうしてかはわからないが、需要があるのだ。誰が買うのかも知らないが、パドマが持っていくと、執事おじさんがとてもいい笑顔で、お金をくれる。ダンジョンセンターに売るより、割りのいい価格で買い取ってくれるので、せっせと運んでいる。執事おじさんは、イギーの教育係を務められる立派なおじさんだ。正しい道に使ってくれていると、、、信じることができなかった。



 パドマは、オオエンマハンミョウと戯れていた。今日のオオエンマハンミョウは小型だったので、気軽にトライしてみたが、結果は捗々しくない。どちらも決定打を出せずに膠着状態が続いているのだが、あちらは体力魔人な上に、諦める気もない。息が切れたので、パドマは一度階段に撤退した。

「足も斬れない。腹も斬れない。頭と胴の継ぎ目も斬れない。どうしたらいい。次は目か? ちっさいわ! ふざけんな」

 目視できる程度のスピードではあるが、オオエンマハンミョウも動く。そして、ハサミに挟まれた時が、パドマの最期だ。ハサミの力は強く、単独での脱出はほぼ不可能らしいので、パドマが逃れられるとは思わない。だから、必死に逃げつつ斬りつけてみるのだが、斬れない。手を変え品を変え、いろんな場所を狙ってはみるが、正直、避けるのが手一杯で、それどころじゃなかった。相手は気にせずこちらに向かってくるし、少しもダメージを与えられていないのだろう。あちらの戦意は、これっぽっちも変わらない。とにかくパドマを挟もうと、突っ込んでくる。少しでも判断を誤れば、人生終了になる。

 ちなみに、師匠は普通に斬った。だから斬れるのかもしれないと挑戦をしているのだが、斬れない。師匠が斬った個体で試し斬りをしてみたいが、元気なハンミョウが邪魔してくるので、それどころではないし、兄妹の血の繋がりが云々と言っていた日から、師匠の機嫌が悪くて、いつも以上に話を聞いてもらえず、後ろをついてくるわりに助けてくれない。何が気に入らないやら、まったくわからないので、どうしようもなかった。

「まぁ、師匠さんは師匠さんだし、しょうがないよね」

 パドマは、もう一度、オオエンマハンミョウに向かっていった。



 今日の獲物は、オオエンマハンミョウだ。どうにもならない巨体を引っ張ってズリズリ階段を上げてみたが、1階分も上げられず、力尽きた。もう1匹のオオエンマハンミョウを担いでいた師匠が引き受けてくれた上に、パドマも連れて帰ってくれた。


 てっきり師匠が許してくれたのだと思っていたのに、勘違いだったようだ。最悪な目覚めを体験させられた。師匠に抱かれて、うっかり寝ていたのをヴァーノンに叱られるのは、今となってはいつものことだ。どうでもいい。そんなことより、起きたら横にオオエンマハンミョウが転がっているのが、嫌だった。こんなところまで持って帰って来てくれなくていいのに! 師匠に不満を言えば、売っていいか分からなかった、と言い訳するのだろうが、嫌がらせで確定だ。師匠のオオエンマハンミョウまで置いてあって、左右挟まれて川の字で寝ていたのである。どっち向きで起きても、目に入るように配置したに違いない。起きて目の前に巨大甲虫の死骸があるなんて、何事かと思ってびっくりでは済まないほど、びっくりした。びっくりして後ろに下がると、もう1匹にぶつかる仕様である。ホラー演劇かと思った。

「くっそ。師匠さんめ!」

 パドマは、跳ね起きて、外に出た。唄う黄熊亭のお手伝いの時間は過ぎていたが、巨大甲虫の死骸と一夜をともに過ごしたくない。片付けようと、援軍を呼びに行った。



 パドマは、綺羅星ペンギンの入り口を入って、まずはグラントを捕獲した。

「こんばんは。いきなりで申し訳ないけど、スリム型の力持ちを数人貸して欲しい」

「スリム型ですか?」

「閉所での力仕事をして欲しいんだ。ゴリマッチョを連れて行ったら、たぶん中に入れない」

「なるほど。少々お待ち下さい」


 しばらく待つと、グラントは、男を4人を連れてきた。パドマにとっては、なんとなく見たことがあるような気がする、誰だか知らない男たちだ。殴って法被をあげたような気がするが、それ以外の記憶は特にない。特別、力持ちそうにも見えなかったが、どんなヤツでも自分よりはマシだろうと、借り受けることにした。

「こちらで、よろしいでしょうか」

「ありがとう。じゃあ、部屋までついて来て」

「部屋ですか?」


 小走りで家まで戻ると、何故かグラントまでついて来ていた。知らない男を4人だけ連れてくる予定だったのだが、命令の出し方を間違えてしまったようだった。

 パドマは家の玄関扉をくぐり、自室までみんなを案内した。

「何あの虫!」

 ベッドが2つとテーブルとイスが置いてあり、歩くスペースが、かろうじてあるかなぁ? という部屋である。奥のベッドに転がるオオエンマハンミョウ2匹は、大きさが人間サイズだけあって、かなり目立っていた。パドマの真後ろを歩いていた男は、部屋の扉を開けただけで、衝撃を受けたようだった。手伝いの人足の条件に、虫嫌いを除く、というのを付けておけば良かった、とパドマは申し訳ない気持ちになった。

「嫌がらせされてさ。邪魔で困ってるんだ。片付けるのを手伝って欲しい」

 虫嫌いな男も、瞳を潤ませた小さくて可愛いボスに、声を震わせて上目遣いで頼まれてしまえば、嫌だとは言えなかった。自分が虫が嫌いなだけに、困ってるだろうなとしか思えないし、そもそもボスの命令は絶対である。その上、虫が怖いなんて、格好悪くて、皆の前では言えない。言ったところで、グラントに殴られるだけで、虫運びからは逃げられない。パドマとしては、虫が怖くて震えているのではなかったし、上目遣いはただの身長差の賜物だった。虫の巨体を戸か窓を通過させるのが大変そうなので人数を連れてきたが、虫はそれほど重くはない。運ぶだけなら、グラント1人でも多分足りる。パドマでも、装備を減らせば1匹は持てる。大きすぎて嵩張って持つのが大変なので、どうせ人手を借りるなら、両方持ってって欲しいな、とは思っているが。

「営業時間に間に合うようなら、防具屋に持って行きたいし、間に合わなくても、どこかで預かって欲しい。邪魔だし、一緒に寝たくない」

「ではまず、部屋から出しましょう。チェイス、防具屋の閉店を引き留めて来て下さい」

 虫嫌いの男は、チェイスを羨ましそうな顔をして見送った。チェイスは、パドマと一緒に虫運びをしたかったのだが。


 子ども部屋の扉は、グラントが真っ直ぐ立ったまま通過できない程度に小さい。廊下の幅も狭い。普通に運ぼうとしても、部屋から廊下に出せない。どうやって通過させたのだろう、と皆で頭をひねりながら、パズルのピースをはめるように、オオエンマハンミョウを外に出し、防具屋に運んで行った。

 防具屋は、閉店していなかった。むりやりに開けさせたのでなければいいけど、と思いながら、パドマは店に入った。

「おっちゃん、久しぶりー。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど、いいかな」

「ご無沙汰だな。元気そうで何よりだ」

 いつ以来会っていないか、あんまり記憶にない防具屋の店主は、恨みがましい目でパドマの手を見ていた。そこには、防具屋がかつて贈った籠手はない。パドマは、あの頃に比べてだいぶ大きくなったが、籠手はまだサイズ的につけられる。着込みは何度かサイズ調整や新調をしたのだが、籠手は放りっぱなしだ。着込みなど着ているかどうかわからないのだから、籠手を付けて欲しいのだろう。

「あのね、ウチは、籠手の方がいいって言ったんだよ。だけど、大きくなったんだから、実用性ばっかりじゃなくて、可愛いのを付けなきゃダメって、怒られたんだよ。可愛いなんて、何の役にも立たないのにさ」

「なるほどなぁ。普通なら、ダンジョンの中でしか使わんだろうに、嬢ちゃんは常用してるからな。年頃になったなら、めでたいやな。それは、防具としては機能するのか?」

「防具としては紙だけど、実は、暗器としては使える」

 パドマは、籠手のような形のブレスレットを袖を捲って見せた。迂闊に実演すると、初期状態に戻すのが面倒なのでやらないが、この籠手は針のような物を飛ばすことができる。

「武器より防具の方が大事だ! 相手が倒せても、嬢ちゃんが死んだら、元も子もないだろう。待ってろよ。可愛ければいいんだな?」

「いや、いいよ。街中、みんなが可愛い籠手を付けてるとか、ちょっと嫌だし。それよりさ、これ! オオエンマハンミョウ! これの解体の方法を教えて」

 パドマは、みんなに運んでもらったオオエンマハンミョウをべしべし叩きながら言った。虫が嫌いなんじゃなかったのかよ、という視線を送られているが、パドマは無視した。パドマは一緒に寝たくないと言っただけで、さわるのも怖いとは言っていない。

「見ないうちに、随分と奥まで進んだな。解体なんて覚えて、どうする? それは、丸ごと売った方が効率がいいだろう。悪いが、ライバルには、塩は送れねえ。嬢ちゃん相手じゃ、勝てねぇからな」

「オオエンマハンミョウが倒せなくて、困ってるんだよ。防具屋は、これを素材に何か作るんでしょ? だったらコレをバラす方法を知ってるよね? その方法で、倒せないかと思っただけだよ。防具なんて作んないし。需要ないから」

「需要がないとか言うな! 倒せてるから、持ってきたんだろうよ。何言ってんだ」

「試し斬り用に、水死させたんだよ。でも、大人しくしててくれても、刃がこれっぽっちも通らなかった。こっちのは、同じ剣で斬られたんだよ。だから、ウチも斬りたいんだけど、カラクリがわからなくて、相談に来たの」

「ダンジョンで水死? そっちの方がすごくないか? ま、まぁ、言いたいことは、わかった。だが、教えるのは、嬢ちゃんだけにさせてくれ。別に秘伝ってほど大したことじゃねぇんだが、怖い兄ちゃんに囲まれて作業をするのは、ごめんだ」

 わかる! パドマは、心の底から共感したので、皆には礼を言って、先に帰ってもらった。グラントだけは、パドマに気付かれないよう、店から少し離れた位置で終了を待っていた。

次回、蓮

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