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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
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110.2人目のパドマ

 パドマは、隙あらばダンジョンを休んでミラの家に遊びに行き、隙あらばダンジョンを休んでイヴォンに誘拐されたりしていた。今日は、イレの家に不法侵入をし、ワインのおっちゃんにもらったアレに魔法の液体を入れ、白くて美味しいものを作っていた。今度こそ、1人で美味しく頂くのだ。去年と同じフルーツを用意した。もう楽しみで楽しみで笑いがこみ上げて、不審者ばりの薄気味悪さが漏れ出ているが、師匠に白眼視されても知ったことではない。あとは食べるばかりになっている。もう楽しみしかない。

「ふふふ。ふふふ」


 胡椒でしょ、ジャムでしょ、と味見用の色々を用意していたら、来客があった。ハワードだった。出来上がったばかりのチーズを一口も分けてやるものか、とパドマは睨みつけた。

「姐さん、やっと見つけた。頼む、ついてきてくれ」

 ハワードは、走って来たらしい。息も絶え絶えに、他人の家の玄関に仰向けになっている。ついてきてくれはいいが、ハワードこそ歩けるのだろうか。パドマは、ハワードを背負って歩くことはできないし、多分、師匠も背負ってくれないと思うのだが。

「ごめんね。ウチは、今日は大忙しで手が離せないから、行けないよ」

「頼むよ。今、超ピンチなんだよ。姐さんの用事は後で手伝うから、こっちに来てくれよ」

「手伝われて、たまるか! 独り占めして食べるんだから。1年に1度のお楽しみだよ。春といえば、シェーブルチーズの季節じゃん。知らないの? 労働の後のチーズは超美味しいんだから、邪魔しないでね」

 パドマが部屋に戻ろうとしたら、ハワードは激昂した。手下のくせに、あるまじき行為だ。

「チーズを食べるから忙しいだと? ふっざけんなぁあぁあ!!!」

「にゃあぁあぁああぁあ!!」

 ハワードは、パドマを肩に担いで家から出、一目散に走り出した。



「小さいくせに、くそ重てぇ。なんなんだ。こんちきしょー」

 美少女然とした師匠が、パドマを平気な顔して背負っていたので、軽いと思われていたのだろう。だがしかし、師匠のお揃い服は重いし、着込みは重いし、今はパドマ2人分くらいの重さになっている。見た目は小さいが、ハワードとどっこいの重さなのに、抱えて走るなんて大変に決まっている。目的地手前だろうに、ハワードはバテて走れなくなってしまったので、パドマは、自分の足で歩いて行くことにした。ハワードが、ダンジョンにも綺羅星ペンギンにも行かないなら、行き先は、託児施設白蓮華だろう。何を急いでいるのかもわからないので、てくてく歩いて行くと、入り口で揉め事が起きていた。とても体裁が悪いので、裏でやってくれ、と思いながら、パドマは近付いて行った。

「ふざけんじゃないわよ! うちの子を返しなさいよ!」

 どうやら誰かが、かどわかしをやってしまったらしい。入り口で、女性が1人、怒り狂っていた。白蓮華スタッフは、中に入れないようにガードしているので、女性が実は母親ではないとか、父親が育てている子どもを奪いにきた等々の可能性も捨て切れないが、強面男の集団に女性が1人、必死にくらいついている様を見れば、白蓮華こそ悪にしか見えなかった。


「ごめんね、お母さん。こいつら顔が怖くて誤解を招きがちなんだけどさ、ここは託児施設なんだよ。子どもを預かって、親が迎えにきたら、返してあげんの。誘拐したんじゃないよ。落ち着いて」

 パドマは、まったく状況がわからないのだが、人聞きが悪すぎていたたまれなかったので、とりあえず声をかけた。恐らく、ハワードが来たのは、この揉め事の仲裁のためだったのだろう。大人のくせに、一介の孤児に何を期待してんだよ、という気持ちはあるのだが、パドマはこんな時のためだけのハリボテの代表なのだ。できる範囲では、協力するつもりはあった。

「英雄様?」

 女性は、パドマの顔を見て驚いた。アーデルバードのチンピラのボス猿と言えば、英雄のパドマ様なのだが、チンピラのボスになったから英雄扱いされるようになったのだが、女性は英雄様を知っているのに、知らないようだ。びっくり顔で、パドマを見て動かなくなった。パドマも、女性を観察した。

 女性は、見た目年齢20歳前後、黒茶の髪は流し前髪にしていて、ふわりとカールを巻いている。茶色の瞳は大きく、優しい印象を受けた。相変わらずだなぁ、とパドマは思った。

「子どものこと、ちゃんと愛してる?」

「わたしは、母親ですよ。愛してるに決まってます! 当たり前でしょう」

 パドマが失礼な質問をすると、即座に返答があった。その内容に、パドマはとても傷付いた。

「そっか、当たり前なのか。ごめんね。ウチは、母親に捨てられた子だからさ。知らなかったよ」

「え、あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ、、、なかったんです」

 女性は、動揺して困った顔をした。きちんと言葉が通じる人のようだ。パドマは、話し合いで解決できたらいいな、と思った。

「ごめんね、アリッサさん。子どもは、今昼寝中だからさ。起こすの可哀想だからさ。あと少しだけ預からせてくれない? 大事に預かるし、どれだけ預かっても、金は取らないから。子どもが起きて帰りたがったら、何時でも返すから。静かにしててくれるなら、ここで待ってくれても、外で用事を済ませてきてくれても良いからさ。お願いします」

 パドマは、頭を下げた。下げたくはなかったが、相手が話の通じる常識人だと言うなら、仕方がない。

「英雄様は、わたしのことを知っているのですか? わたしの名前は、アリッサというのですか?」

「え? アリッサだよね? どう見ても。名前違ったかな。名前で呼んだことなんてないしな」

 強面男どものかどわかし疑惑から、話が妙な方へ転がった。どう見ても、女性は、パドマの知人アリッサなのだが、アリッサはアリッサだった頃の記憶を失い、ベラドナとして暮らしているらしい。かどわかし疑惑だけで既に面倒臭いのに、それ以外の問題まであったようだ。

「あなたの名前は、アリッサだよ。それは間違いない。昔、近所に住んでたんだ。あなたは、借家で独り住いをしてたよ。だけど、それ以外の細かいことは知らない。ウチはその頃まだ小さかったし、興味がなかったし。何か知りたいことがあるなら、お兄ちゃんがいるから、知らないか聞いてくるよ。知りたいことはある?」

「1人住まい? では、家族はいなかったのでしょうか」

「一緒に住んでない家族がいたなら、いるかもしれないけど、若い女の一人暮らしなんて聞いたことがないし、いないんじゃないのかな」

「そう、ですか。誰もいないのですか」

 一通り白蓮華の説明をした後、一度、アリッサにはお帰り頂いた。以前住んでいた場所は教えたので、そちらに行くのかもしれない。

 子どもを愛していると言ったのに、初めて会った英雄様が請け負っただけで置き去りにするとは、相変わらずだなぁ、とパドマは思った。


 パドマが、白蓮華に入ると、奥に子どもが2人いた。5歳くらいに見える男の子と、2歳くらいに見える女の子だ。紅蓮華から寄付された積み木を山積みにして遊ぶ女の子を、男の子が手伝っている。

 2歳の子は、アリッサと同じ色を持っていたが、5歳の子は、金髪にヘーゼルアイだった。アリッサの子どもには見えない。父親似の可能性もなきにしもあらずだが、母親がアリッサなら、それ以外の可能性の方が高い。アリッサと話す間に、ハワードが戻って来ていた。パドマは、ハワードの服をつかんで、別室に入った。

「時間がない。情報をよこせ」

 聞かずとも、母親がアリッサなことと、子どもが2人いたことから、予測は立っていたが、思い込みは良くないと、ハワードに話を聞くことにした。

「あの子、パドマって言うんだ。兄貴の方はテッドって言うんだけど、テッドがパドマって呼んでるのを聞いたら、すっげぇ気になっちゃうじゃん」

 パドマが部屋にあるイスに座ると、ハワードは対面に座って、話し始めた。

 どうやら、馴れ初めについては、パドマに聞かせたくなかったようだ。ハワードは、対面に座ったにも関わらず、まったくパドマの方を向かない上に、目が泳いでいる。

「基本的に人の趣味にケチを付ける気はないけど、手を出すなら、大人の女にして欲しい」

 そういう話ではないのはわかっていたが、パドマは寒気がしたので、半眼で牽制しておいた。ここのスタッフ全員に言って聞かせるか悩んだが、いらぬ心配だろう。客がいないうちならば。

「ちっげーわ! いっつも、夜中とか、変な時間に外をウロついてんだよ。ケガしてることも多いし、話しかけたら、腹も減ってるって言うからさ。見かけた時は、食い物やってたんだよ。俺も、あのくらいん時は、あんなんだったから」

 子どもが、夜中に外に出る理由は、パドマにもいくつか思い当たることがあった。パドマもよく、ヴァーノンと夜の散歩をしていた。ヴァーノンに促されて外に出たこともあったし、パドマが星を取って欲しいと駄々を捏ねたこともある。大抵は、家の前で座っていただけだが、昼寝をし過ぎた日は、いろんなところを歩いた。

「それで、孤児院が欲しかったの? 自分ちに連れ帰った方が、早くない?」

「まだ連れて来れないけど、もっといっぱいいんだよ。あと、誰も俺にはついて来ない。あいつらも、姐さんに会わせてやるって、連れてきた」

「ウチの名をかどわかしに利用するのは、許さん」

「そうは言うけど、あいつら、傷だらけなんだぜ? 父親から殴られてんだぜ? 放っておいて、死んだらどうすんだよ」

 パドマは、自分に殴る父親がいるところを想像してみたが、うまくはいかなかった。ヴァーノンがいる限り、父親に殴られる自分が想像できなかった。ヴァーノンが父親に負けたとして、城壁外に転居する日が、早まるだけで終わっただろう。

「死んだら、どうにもできないよ。やっぱりお父さんは、ロクでもない生き物なんだな、いや、お兄ちゃんなら、最高のお父さんになる」

「もうお兄ちゃんは置いといて、あいつらを助けてやってくれねぇか?」

 ハワードは、ため息をついた。

 パドマは、いつでもどこでも誰といても、お兄ちゃんが大好きだ。だが、少しはこちらを見て欲しい。身体を張って仕事をしても、何がスゴいのかまったくわからない普通の男にしか見えないお兄ちゃんしか褒める気がないのが、納得がいかなかった。

「あの2人だけなら、本気を出せば、ウチが引き取れる。引き取った後で、育てるのは、お兄ちゃんと白蓮華だ。お兄ちゃんを置き去りにするな」

「本気出してくれんのは、有り難いけどよ。無理だろ。何言ってんだ。そんなことをしたら、英雄じゃいられなくなんだろよ」

「まだ気付かないの? 気付いたから、掻っ攫って来たんじゃないの? パドマがアリッサの娘なら、パドマはウチの妹だよ。アリッサは、自分じゃ子どもを育てない。テッドは、うちのお兄ちゃんと同じなんだろうね。ウチは母親似って、お兄ちゃんが言ってたよ。似てなかった? まったく、次の子もウチと同じ名前を付けるとか、何考えてんだか。あっ、これは、秘密にしてね。あっちは気付いてないみたいだし、他言は許さない」

「マジで? 年が合わなくね???」

「認めたくはないんだけど、マジだ。あの人、見た目と実年齢が合ってないんだ。今は、、、30手前くらいだと思う。

 秘密を明かせば、手に入れられるよ。アリッサは、子捨ての過去があって、今も子どもが虐待されているんでしょ? 実姉の英雄様が引き取るのに、誰が非難をする? ウチは未成年だけど、お兄ちゃんは大人だし、マスターだって味方をしてくれるかもしれないよ。理解されないなら、紅蓮華に頭を下げて街議会を動かしてもいいし、城壁外に出奔することも検討する。テッドの実父が、虐待父だった場合が困るんだけど、テッドに話を聞けるかな? うちのお兄ちゃんと同じなら、パドマからは離れないし、パドマと一緒なら楽しい話しかしゃべらないと思うんだけど」

「悪いが、俺はどっちにも懐かれてねぇ」

「この商売、向いてないんじゃない? 真珠だけ拾ってろよ」

 無料だと言うのに、今日も子どもがいないのだ。多分、スタッフの人選が間違っているから、誰も子どもを預けに来ないのだろう。人喰いでもしてそうな強面を揃えられても、親も預ける気にならないし、子どもも泣いて拒否するに違いない。見た目が悪いだけの風評被害ではなく、誘拐の前科を持つ者もいるかもしれない団体だ。余程困っても、預けてはいけない気しかしない。

 あまり面倒はかけたくないのだが、仕方なくヴァーノンを呼び出そうかと思ったところで、師匠がやってきた。何を考えたやら、イケメンメイクをしている。パドマを追いかけて来なかったのは、化粧をしていたからのようだ。意味はわからないが、貴重な強面ではない人材だ。アリッサの娘へおもちゃとして提供し、パドマは、その部屋の隅でテッドと小声でおしゃべりする機会を得た。

次回、お母さんが戻ってきます。

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