11.ヤマイタチ
次の日は、ヴァーノンは商家の仕事に出かけた。折角見つけた安全な仕事である。続けることが出来るなら、復帰した方が良いと思っていたので、パドマは安心して、ダンジョンに出かけた。
ダンジョンセンター入り口で、イレと合流し、ポイント交換所に行く。
「おねえさーん、ヤマイタチちょーだいな」
イレは、登録証を出しながら、窓口で注文を始めた。
「はい。こちらの品で、よろしいですか?」
白いぬいぐるみを抱えたお姉さんに、イレは首を振る。
「それの商品名は、オコジョだったでしょう。違うよ。背中が茶色で、お腹が白で、目がオブシディアンでできてるハズだ。それも違う。茶色は、そんなに濃い色じゃない。なんだっけな? 弁柄色? もっとくっきりした明るい茶色だよ。それは、目がオニキスだ。違う」
イレと交換所職員の攻防に、パドマは目をむいた。黄色いクマはすぐに出てきたのに、ヤマイタチは出てくる気配がない。どんどんと偽物らしいぬいぐるみが出てきて、窓口が圧迫され、パドマの視界から職員が見えなくなった。確かに、これはパドマの手に余る。
「正解わかってて、わざとやってるでしょう。面倒臭いんだよ。上のヤツに聞いてこい。無駄な足掻きだって、知ってるから。お兄さんのダンジョンマスター愛は、お前らなんかには負けてやれないんだよ」
イレが、キーキー騒ぎ出したら、奥から、ぬいぐるみを抱えた職員が出てきた。
「これが最後の1つなんですよ。そろそろヤマイタチを返してくれませんかね? もう本物を作れる人間がいないのを、知っているでしょう? 困るんですよ」
「嘘つき。お兄さんは、ヤマイタチがもう1体隠されているのを知っている。あの人のことは、誰より知っているんだよ。そういう誤魔化しは、良くないねぇ。景品の全てを、奪わずにいてあげてるのに」
「本当に、やめてください。ヒゲ面にぬいぐるみは、似合わないですよ」
「あの人の想いを叶える邪魔をするつもりはないよ。でも、お兄さんに敵対するのなら、君たちは叩き潰してもいい。だから、もうこういうのは、やめようね?」
「そのヒゲを剃ってやりたい!」
新しく来た職員は、イレと仲良しなようだ。なんだかよくわからない会話を笑顔で交わしていた。
「そのお姉さんと、デートしたらいいのに」
思わずパドマが言ったら、2人とも嫌そうにした。
「旦那がいるのよ。ごめんなさい」
「もう既に20年前に振られてる」
自称18歳のおじさんは、20年前から非モテだったらしい。小娘のレクチャーくらいでは、どうにもならない気配を感じた。
「じゃあ、10階層まで行こうか」
パドマは、ヤマイタチを渡されて、ダンジョンに入った。ぬいぐるみは大変かさばるので、持って歩いて欲しかったが、泥棒認定されないための処置なんだろうな、と思ったら、文句は言えなかった。
1階層まで来たら、ヤマイタチがうねうね動き出したので、下におろしたら自力で歩き出した。パドマが歩いた場所の3歩後ろくらいを自動で付いてくる。とても可愛い。止まったところで、イレがヤマイタチの背中にリュックを背負わせた。ヤマイタチの体の長さに合わせた長いリュックを前足と後ろ足にひっかけて背負わせる。
「あんまり重いのを乗せると潰れて動かなくなるけど、多分、パドマくらいなら乗せて歩くんじゃないかな」
「そうやって、しれっと人の体重を話題に乗せるから、フラれるんだよ」
「心当たりはなくもないけど、直す気はないよ。このままの自分を受け入れてくれる人がいいんだ!」
正論かもしれないが、最初から最後までそれは、大人としてどうなのか疑問だ。先程の会話から、18歳を2回り以上していることは、判明した。その期間、受け入れてくれる人が現れなかったのなら、更に2周はいけそうである。
「そっか。死ぬまで夕飯をたかれそうだね」
「金を払うことはできるけど、あの店、跡取りがいないなら、パドマが死ぬ前になくなるでしょ。何歳までマスターたちを働かす気なのさ」
「そっか。イレさんも、死んじゃうね」
「パドマが100歳越えても18歳だから、生きてると思うよ」
「へー、そうだねー」
否定する意義を見出せなかったので、そのまま聞き流した。
無駄口を叩いて歩いていたら、10階層に着いた。
道中の虫は、全部イレが蹴り飛ばしてKOしたのを素材を回収することもなく放置してきたので、それほど時間もかからなかった。一応、剣らしきものを2本も佩いているようなのに、使う気はないようだ。
「じゃあ、トカゲ狩りいってみよーか」
そう言いながら、イレはヤマイタチの背中のリュックから棒を沢山取り出した。棒の長さは、中指くらいの物から肘くらいの物まであり、形も真っ直ぐの物や楔型、突起の付いた物など様々だった。
「これならかさばらないかなー、と思ったんだけど、どうかな?」
「棒? それで、何するの?」
「棒手裏剣だよ。あれ? 知らない? 投げナイフみたいなヤツなんだけど。こんな感じでさ」
イレが、適当に投げた1本で火蜥蜴が壁に縫い止められた。
「え? ダンジョンの壁に刺さってない? そんなに強い武器なの?」
「あ、やべ。ちょっと抜いてくる」
イレは、慌てた様子で、刺さった棒を引っこ抜いて戻って来た。道中で火蜥蜴に炙られて、所々焦げているのに、まったく気にしていないので、パドマは、素材回収袋で叩いて消火した。
「なんで叩くの? 傷付いちゃうよ」
「燃えてたよ。火消ししたんだよ。危ないよ」
「ホント? それは、ありがとう。火蜥蜴は危ないね。気をつけるんだよ」
「イレさんがね?」
「お兄さんは、大丈夫だよ。頑丈だから」
このおじさんがおかしいのは、人付き合いスキルと金銭感覚だけではないようだ。パドマは、もう消火できたので、気にしないことにした。本人が、ガッツポーズで気にしていないのだ。小娘が師匠格の人間を心配する必要はない。
「その棒があれば、ここが通り抜けられるってこと?」
「通り抜けられたら、いいなー、って思ってる。棒手裏剣にも、いろんな形があってね、投げやすさとか破壊力とか微妙に違うから、試しに投げてみて、どれがいいか決めたら、それの数を揃えてくるよ」
「それ、全部形が違うの?」
「短いのは手で隠せるから、バレずに仕留めたい時に便利だし、大きいヤツの方が、破壊力があるよね。あと、刺したい時と打撃を与えたい時では違うのを使うし、投げ方の手癖でも違うのを選ぶね」
「ひょっとして、イレさんは、棒手裏剣が大好きなの?」
「え? 手裏剣は恋人にしないよ? お兄さんの武器は、この強靭な脚力だから、手裏剣は向いてないと思うし。パドマとクマが安全に通れる方法を考えただけだよ。はい、片っ端から、投げてみよう!」
イレから渡された棒手裏剣を片っ端から投げてみて、パドマが気付いたことは、唯一つ。
「1つも当たらないし、刺さらないんだけど、無理じゃない?」
ダンジョンの外を歩く火蜥蜴は、パドマの2倍よりも大きかったりするそうだが、10階層にいるトカゲは靴と大して変わらない大きさだった。普段からボール投げでもして遊んでいたなら当てることもできたかもしれないが、5m先にいる火蜥蜴の近くまで届いたというだけで、褒めて欲しいような惨状だった。
「これだけ投げれば、マグレでも当たりそうなものなのにねー。刺さらないのは、壁が硬いだけだから、いいんだけどさ」
イレは、小刀を振って大量の水を発生させ、トカゲを窒息させると、棒手裏剣を回収した。折角なので、パドマはトカゲを回収した。
「可能性があるのは、八角棒手裏剣と独鈷型手裏剣かな? 今度持ってくるから、練習しようか。あと、これもあげよう。困った時に使って」
イレは、先程使ったばかりの小刀をパドマに手渡した。
「これって、水流剣だよね」
「そう。1回しか使えない面倒臭いシリーズ。使い方によっては便利でしょ」
1億ポイントシリーズの1つである。そんなものをホイホイくれるイレは、絶対におかしい。深階層とは、どれほど稼げるものか、興味も湧いてくる。
「これは泥棒にならないの?」
「えー? 大丈夫だよ。お兄さん、パドマのことは、大好きだからー」
イレはとても楽しそうだが、まったく信頼に値しない。パドマは、水流剣をイレに突き返した。
「怖いから、ダンジョンを出るまでは、受け取らない」
次回、10階チャレンジ