表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
109/463

109.お友達から、よろしくお願いします

 いつも通り、家を出たパドマは、異分子を見つけた。師匠とイレが並んで立っている場所から少し離れて、イヴォンとお付きの人がいる。嫌な予感しかしない。何故いる?

 イヴォンは、イギーの姉さん女房になる予定の人である。イヴォンに何より求められる能力は、イギーが何をしでかそうと全てをカバーして商家を切り盛りしていくことだろう。実際の実務能力がどうかは知らないが、見た目は仕事ができそうな大人のお姉さんである。先日出会った際も、イギーを黙らせる能力には目を見張るところがあった。イヴォンを横に置いたイギーは、余計な発言が少なくなり、やれやれ良かったと思っていたが、イヴォンにずーっとじろじろと不快な視線を浴びせられていたことも、パドマは忘れていない。さっきまでは忘れていたが、今思い出したので、忘れていなかった!


 パドマは、師匠たちに声をかけることもなく、静かにカフェに向けて歩き出した。今日はカフェをやめて、イヴォンの入って来ない何処かでごはんを食べた方がいいんじゃないかな、と考えながら歩いて行く。師匠さんに作ってもらう焼き魚と卵焼きの朝ごはんが最高なんだよな、でも、できるくせに魚も卵も調理を嫌がるんだよな、などと考えていたら、いつの間にか、もうお店の席に座っていた。

 心の中がだだ漏れていたのか、パドマの前には、おにぎりや卵焼きやスパニッシュマクロの塩焼き、若竹煮、フキの佃煮、ワカメスープなどが並べられていた。このカフェには、そんなメニューはなかったと記憶しているのだが、ぼんやりしていたため、このごはんがどこから湧いてでてきたのかわからない。師匠がお店の人に無茶振りをしたのでないといいな、とパドマは、スープに口をつけて気付いた。これは、師匠の味付けだ。

「ありがとう。美味しい」

 パドマがお礼を言うと、ステーキを頬張っていた師匠は、とろけるような微笑みを見せた。


 これも、これも美味しいねー、と楽しく食事をしていると、パドマの斜め後ろから変な合いの手が入る。師匠さんを近くで眺め隊の皆様は、割といつも静かなのだが、パドマの左斜め後ろだけ、いちいちうるさい。「おにぎりを食べたわ」「佃煮がお好きなのね」「あんなに大きいおかずを、一口で食べるの」などと、何をしてもツッコミを入れられると、イライラしてくる。美味しいごはんが台無しだ。イライラが漏れているのだろう。イレが困った顔をして、パドマの後ろをチラチラ見ている。パドマは話しかけたくないのに、文句を言いたい気持ちで爆発しそうだった。イヴォン、茶を飲み終えたなら、帰りやがれ!

 そう思いながら、食事を終えたら即、席を立った。今日は、デザートを食べる気にはならない。流石にダンジョンの中にまでは、ついて来ないだろう、と青スジを浮かべた微笑みで、パドマが歩き出すと、イヴォンが立ちふさがって邪魔をした。

「お願いが御座います」


 アーデルバードは、人の通行を妨げる迷惑な輩が多く住む土地柄である。パドマは、剣を抜いた。我慢の限界だった。前を塞ぐものは、全て敵だ。

「気ガ短クテ、申シ訳アリマセン」

 パドマは、可愛く微笑んでいる。

「師匠!」

 イレが、とりあえずパドマとイヴォンの間に割り込むと、師匠は、パドマを抱えて走り出した。向かうは、大福カエルの沢山発生している部屋である。階段を降りきり、カエルがちょっと密になっている部屋を選んでパドマを下ろし、口にスモークチーズをねじ込んだ。

 師匠は、どうなることかとパドマを見守っているが、パドマは、口をもぐもぐ動かすだけだった。口が止まると、師匠のおなかを見ている気がする。師匠が階段に戻ると、パドマが後ろをついてきて、師匠の袖をつかんだ。師匠は深く深くため息をつくと、階段に座り、パドマにチーズの包みを差し出した。



 パドマが目を覚ますと、レースでびらびらのやたらとファンシーな部屋のベッドで寝ていた。なんだ、ここは!? と、目覚めて固まってしまったが、よく見ると、綺羅星ペンギンのボスルームだった。天蓋付きのベッドなど、ここでしか見たことがない。やたらとぬいぐるみが増えていて、ペンギン以外も、黄色いクマや、ヤマイタチやモモンガなんかがゴロゴロ転がっていた。床の一角がぬいぐるみじゅうたんのようになっている。ベッドの上にいた分を、パドマが蹴り落としたのかもしれないが。

 ダンジョンでチーズを食べて、水を飲んだ記憶はあるが、それ以降の記憶がない。師匠の抱っこやおんぶで寝かしつけられた記憶もない。まさかとは思うが、蹴りを封印した結果、チーズに睡眠薬を仕込んで、大人しくさせることにしたのか? という推論が浮かんだ。師匠なら、あり得る。ヤメロと言ってもやめてもらえないとしたら、副作用のあるような変なものじゃないといいな、と祈ることしかできない。


 パドマが起き上がると、師匠がイスに座って、編み物をしているのが見えた。暇だったのだろう。師匠が編み物をしているのは、比較的よく見る。日によって手で編んでいたり、棒を5本くらい使っていたり、いろいろだが、今日は、細いかぎ針で、細い紐を編んでいたようだ。パドマがどれほど寝ていたのかはわからないが、机の上に何個か作品が転がっている。師匠はパドマが起きたのに気付くと、編み物を机に置き、パドマの横まで歩いてきた。そして、パドマの髪を櫛削り、整えた後で、今作ったばかりのヘッドドレスを付けた。やたらとリボンを付けたがるヴァーノンもどうかと思っているが、次々に何かを作っては、パドマと自分を飾りたがる師匠の趣味も変わっている。

 ベッドから出て、服を直して外に出ようとしたら、師匠に襟首をつかまれた。首が締まるので、抗議しようと立ち止まると、師匠はパドマの服のシワを伸ばし始めた。

「水を通さなきゃ、もうどうにもならないよ」

 とパドマが諦めているのに、師匠は諦めない。面倒臭い男だな、とパドマは嘆息して、師匠に付き合った。


 師匠の合格が出たところで、帰ろうと、一般観覧エリアの方へ歩いて行ったら、イレとイヴォンがロビーでお茶を飲んでいた。

 パドマの目が一気に釣り上がるのを見て、イレは慌ててカップを置いた。

「誤解だよ。イヴォンさんは、パドマと友だちになりたかったんだって」

「友だち?」

 パドマは、ミラたちに出会う前のことを思い出した。アーデルバードの街には、これでもかという程、女の子の姿を見ることはない。パドマが新星様などと呼ばれ持て囃されたのは、外を歩く珍しい子だからだったのではないかと思う程、見かけない。

 イヴォンは、友だちと言うには、ちょっと年が離れているのだが、アーデルバードの現状を思えば、そんな細かいことを言うのは、わがままだ。同性の友だちが欲しければ、選ぶ余地はほとんどない。女の子を見つけたら、とりあえず確保することが重要だ。パドマは、いろんな職工の家の子どもと出会い、ミラたちが好きになったのだが、イヴォンは選ぶほど知り合いがいない可能性もある。

 パドマとイヴォンの関係は、微妙だ。共通の知人であるイギーを通すと、とても微妙な関係になる。だが、個人的には、ただの知らない人なのだ。だから、友だちになりたいんだけど、声をかけていいのかなと悩んでしまう状況は、簡単に想像できた。パドマも、イヴォンに不躾な視線を浴びせられたりしなければ、何も思うことはなかったからだ。それで、あんなにじろじろと見てたのか、と納得することもできる。

 イギーなんぞのために、友だちを減らすなんて、バカバカしいことだった。

「じゃあ、綺羅星ペンギンを案内するよ。それでいい?」

 パドマが、気持ちを切り替えて提案すると、イヴォンは立ち上がって礼をした。

「ありがとう御座います。是非、よろしくお願いします」


 ミラたちを案内した時のように、一般観覧エリアを一通り見て歩き、ペンギンの説明をした。ペンギンも増えすぎて、どれが何だったか記憶が曖昧なので、看板をカンニングしながら、得意な攻撃と安全な倒し方の解説をして歩く。中でも、ジャイアントペンギンの解説は、きっちりとした。的が大きいから、斬ること自体は簡単なのだが、迂闊に斬ると死体に潰されることになるから、注意が必要なのだ。自分2人分よりも重いかもしれない巨体に潰されると、本当に腹が立つ。パドマの怒りがこもった解説に、イヴォンのお付きの人は、引いていた。

「師匠さんは、今日は散歩中なんだ、ごめんね」

と言うと、イヴォンは困った顔をして、散歩中の展示動物とパドマを見比べた。

 最後の〆にペンギン食堂で、ペンギン焼きを食べた。ペンギン焼きとは、たまに師匠に作ってあげるパドマの得意料理のことではない。師匠が考案した、小麦粉にふくらし粉と砂糖と卵を混ぜてペンギン型で焼いた生地の間に豆餡を入れたお菓子である。師匠が、ペンギンの見学ついでに、たまに料理教室を開いているようで、ペンギン型アイスボックスクッキーや、スフレケーキなど、時々メニューが増えるのだが、パドマはまだ食べたことはない。

「パドマ様は、お料理も得意なのですね。素晴らしいです。今度、教えて頂けませんか?」

 太鼓持ち気質なのか、イヴォンは、基本的になんでも褒めてくれる。それが、パドマには、気持ちが悪くて仕方ない。毎日、あちこちでいろんなことを褒められているが、皆まとめてやめて欲しいと思っている。褒められても安心して喜んでいられるのは、ヴァーノンだけである。

「悪いけど、料理と手芸は、師匠さんの専売特許だから。ウチに教えられることなんて、何もないよ。ウチのすごいところは、どこに行っても後ろに師匠さんが付いてくることだけなんだ。師匠さんがすごいから、皆が誤解してるだけだよ。イギーに聞いてみたらいいよ」

 ピンク頭の中身も、皆の活躍のおかげで、少しはまともになってきている。きっと本当のことを話せるようになっているハズだ。

「イギーですか? あの方は、いつもパドマ様の愛らしさと美しさしか語りません。それ以外を聞いても、詳細がまったくわからないので、話になりません」

 イヴォンの言葉に、パドマは空を仰いだ。造花の葉っぱは、今日も青々としていた。掃除は、きちんと行き届いているようだ。いや、気にするのは、掃除ではなかった。イギーとイヴォンについてだ。2人は所謂、政略結婚の婚約者同士だ。そこに恋愛感情が絡まないこともあるだろう。だが、2人の関係をより良くする為の努力をするとか、何かはあるべきではないか、とパドマは思っていた。男が女に、別の女の話をするのは、どうかと思う。別の女を可愛いだのキレイだのと話すなんて、バカすぎる。いくらイギーがバカでも、ひどすぎる。限度を超えている。パドマが、イヴォンの連れ子か何かであれば、そんなこともあるかもしれないが、そんな関係ではない。パドマが謝るのもおかしいし、この変な空気は、どうしたらいいのだろうか。とりあえず、イギーを100発くらい殴りたい、とパドマは思った。

「何か事情があるんだろうけど、よくそんな男で納得したね」

「そうですね。イギーは常識が足りませんし、頼り甲斐もありません。顔も好みではありませんし、性格もあの通りです。実家の財力は魅力的ですけれど、独力で守れと言われれば、荷が勝ちます。ですが、そんなイギーにも、いいところもあるんですよ」

 イヴォンは、頬が赤く染まったのを手で隠し、内緒話を聞かせるように、小さな声でパドマに言った。

「パドマ様のお兄様とご友人の上、ご本人とも面識があると聞いたのです」

 イヴォンは、恥ずかしさに耐えられなかったように、顔を手で覆って悶え始めた。

 パドマは、他人のノロケ話を聞いて喜ぶ趣味はないので、げげげと身構えたのだが、違うベクトルで嫌な気持ちになった。何の話をしているのか、わからない。

「探して探して、やっと見つけた良いところが、それってことか。すごいな、イギー」

 本人談では、大分いい男になったという話だったと思うのに、婚約者の評価は辛辣だった。だが、パドマも、それを否定するものは何も持っていない。イヴォンに去られても面倒臭そうなので、何か1つくらい褒めた方が良さそうな気がしたのだが、最近聞いた話題は、ヴァーノンがイギーを殴ったら昇給した、というものだ。懐が深いというのも違う気がする。適当な褒め言葉が見つからなかった。

「ええ、わたしの結婚相手の候補者を洗ったのですけれど、パドマ様と繋がる人は、イギーだけでした。ですから、他の競合を全て蹴散らして、この座を手に入れました。本当は婿を取る予定でいたのですが、実家は妹に押し付けました。イギーのおかげで、今パドマ様とお話しができています。わたしは、幸せ者です」

「へぇえー、そうなんだ。ちょっとダンジョンに忘れ物を思い出したから、悪いけど、そろそろ帰ろうかな」

 パドマの今日の収入がない。別に1日くらいサボっても生活は何の支障もきたさないのだが、話の続きを聞くより、サシバチャレンジをした方がマシだと、パドマの全身が訴えている。だから、稼ぎに行かねばならない。失礼でもなんでもいいから、パドマは立ち上がった。

「そうでしたか。お時間をくださり、ありがとう御座いました。最後に1つだけ、よろしいでしょうか」

「1つ? そうだね。すぐに済むのなら」

「ありがとう御座います。実は、お願いがあります。イギーと結婚していただけませんか?」

 イヴォンは真剣な顔で、パドマに訴えかけていた。冗談を言っている雰囲気はない。

「は?」

「表立つのが嫌でしたら、愛妾でも構いません。面倒な仕事は、すべてわたしが片付けますし、イギーの相手もしなくていいです。ただそこにいて頂きたいのです」

「なんで?」

「正妻として立つパドマ様を支えるわたし。愛妾として過ごすパドマ様を支えるわたし。素敵だと思いませんか?」

「これっぽっちも思わない。どっちも断る」

 イギーの所為で嫌われるのも納得いかないが、イヴォンの好意も意味不明だと思った。イヴォンのお付きの人は、イヴォンの思考に染まった変な人ではなかった。お付きの人も、驚きの顔でイヴォンを見ていた。イレは、ヒゲもじゃでどうだかわからないが、非常識で定評のある師匠も、アゴがはずれそうな表情だ。この状況ならば、少々の非常識は、見逃されるだろう。そう思って、パドマは別れの挨拶もせずに、逃げ出した。強面どもにイヴォンの足留めを頼んで、家に帰った。

次回、白蓮華。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ