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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
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106.パドマの葬式と託児所開業

 今日は、パドマの葬式が行われる。パドマが身投げをしたのは、多くの人間が目撃したが、死体は上がらなかった。ヴァーノンが、最後までパドマは死なない、死んでない、と主張していたのだが、いい加減諦めろと執事おじさんに怒られて、とうとう葬儀を行うことになったらしい。

 街の英雄の若すぎる突然の死に、街中が沈んでいる。直接の死因は皆が納得したが、なんで海に落ちたのかは、まだ広めていない。そういうこともあって、人が殺到してもさばききるために、唄う黄熊亭ではなく、綺羅星ペンギンで、葬儀は行われた。

 今日はペンギン食堂に、パドマの祭壇が設えられており、誰でも自由にお別れを言えるようになっていた。なんで身投げをすることになってしまったかを説明する係もいた。誕生日会の時の装飾をこんなことに再利用することになるなんて、と嘆く従業員たちを見ながら、パドマは祭壇に手を合わせていた。

「安らかにお眠り下さい」

 周囲の真似をして、入念に手をすり合わせていたら、パドマの前にヴァーノンの顔があった。

「お前は、何をしてるんだ?」

「新星様の死を悼んでいる」

 今のパドマは、プラチナブロンドの髪をたらし、ぐるぐる巻きのマフラーで下半分の顔が見えない。勿論、狩衣なんて着て来なかったし、ブーツで身長まで誤魔化しているので、街を歩いても、誰にも気付かれなかった。だから、ちょっと調子に乗って、葬儀会場に遊びに来たのだが、まさかここにヴァーノンがいるとは思わなかった。いてもバレないと思っていた。

「ということは、わざとなんだな?」

「あ。いや、そんなことはないよ。たまたまだよ」

 怒られることを察したパドマは逃げようとして、ヴァーノンに捕まった。両手で抱きつかれてしまえば、パドマには、抗うことはできない。

「ごめんね」

と首にしがみついた。

「生きて帰ってきたから、全部許す」

 ヴァーノンが、人目もはばからず、泣き出した。



 ヴァーノンが、平静に戻ったところで、グラントにこっそり合図をし、2人でボスルームに隠れ、近況報告をし合った。

 パドマは、変な人に絡まれ、兄を困らせるのを辞めさせるため、狂言自殺を思い立ったこと。崖から転げ落ちたら、服の重みで浮かばなくなることを利用して、沈んだまま沖の島まで師匠に連れて行ってもらって、変な人が帰るまで時間潰しをしていたこと。隠れている間に見つからないように、髪の色を抜いてみたことなどを話した。

 ヴァーノンは、パドマが海に落ちた後の街の様子と、迷惑な阿呆どもの様子などを話した。唄う黄熊亭の皆の落ち込みぶりについては、耳をふさいだパドマだったが、阿呆の話はつぶさに聞き入った。結論からいくと、3日で諦めて帰ったそうだ。パドマが死んでしまえば、どうにもならない。新星様が欲しいのならば、毛色が似通った女の子など、他には存在しない。何を言っても無駄だ。もうアーデルバードには、用がない。

 元々、最低限のおもてなししかしていなかったのかもしれないが、街の空気や風当たりが最悪になったのだ。さぞ居心地が悪かっただろう。悪態をつきながら帰って行ったそうだ。

「つまり、イギーは知ってたってことか。さっさと葬式を出せと言われて、腹が立って5発くらい殴ったんだが、もっと殴ってたら吐いたな」

 ヴァーノンは、凶悪な表情で、物騒なことを呟いた。パドマは、膝に乗せて、前を向いて座らせている。見えないから、取り繕う必要はなかった。

「可哀想に。興味ないから覚えてないけど、イギーは、多分、この計画に反対してたよ」

 誰も賛同者がいなかったのだから、イギーは反対していたのだろう。計画に必要なグラントとハワードと師匠は口説き落としたし、邪魔が入らないように執事おじさんとイヴォンには、釘を刺した。イギーは、ノータッチで放っていたので知らないが、何か怒ってわめいていたような記憶が薄っすらとある。きっと、あれは反対していたのだろう。

「2人きりになっても、教えてくれなかった。もうあんなヤツは知らん。店も辞めてやる」

「殴ったなら、解雇でしょ。慰謝料とか払う方じゃないの?」

「いや、給料を上げるから許せと、慰留されている」

「なんでだよ。おかしいでしょ」

「新星様を敵に回すと、街中に叩かれるが、イギーがどうなったところで、店は困らないからな。お前が生きていると知っているから、俺を切れなかったんだろう」

 街民のスカンを食うと、客が来なくなるだけでなく、従業員もいなくなる。大変だなぁ、とパドマは人ごとのように思った。

「次期当主なのにね」

 イギーに足りないのは、教育だけではなかったようだ。人望が得られる人物になるよう再教育するのは、大変だろう。執事おじさん自身が、イギーに対してそんな気持ちを欠片も持っていないのだから。



 パドマは、奇跡的に発見されたということになった。即座に葬式が取り止められ、街中がお祭りのようなムードに変わった。商家と綺羅星ペンギンが、屋台を出して、盛り上げたのである。準備の良さを唄う黄熊亭の店主は訝しんだが、そんなことよりも、パドマを店に迎え入れて、歓迎することにした。今日は店を開ける予定はなかったが、マスターの友人になっている常連客限定で、店を開放した。


 パドマが身投げをするに至った経緯から、そのまま新星様は死んだことにすることになった。パドマはもうルーキーではないのだから、新星様ではないね、と皆が笑って受け入れた。新たなニックネームは、英雄様である。パドマは反対したのだが、広める前に広まっていた称号だったし、商家の力を使われては、小娘の反対など、何の効力もなかった。商家は、富裕層から一般市民までが利用する様々な店を展開している。そこで噂話を広められては、火消しができない。冴えない武器屋のおっさん1人のイタズラも止められないパドマには、手に余る。



 ついでに、商家は、見切り発車で託児所を開いた。親が面倒をみれない時間に子どもを預けることができる施設である。基本は、親が預けに来て欲しいが、子ども1人で来ても受け入れてもらえ、無料で利用することができる。

 ごはんの時間は、ごはんまで無料で提供されるので、経営は大変厳しい。英雄様の首が締まらないように、寄付をよろしくお願いします、という施設だ。本当に困っている人は、無料で構わないが、そうじゃないヤツは金を払えよ、なんなら預けていないヤツも金を払えよ、と言っている。

 また、無料なのだからと、客を選ぶ旨も最初から伝えている。面倒を見切れない子どもはお断り、と。強面どもが運営する施設で、英雄様にケンカを売る根性がある人間が、どれだけいるのかは知らないが、際限なく受け入れることもできないのだから、必要な措置らしい。無料に誘われて人が集まりすぎてしまった時に、緊急性のなさそうな子どもは、帰って頂かなければならないし、クレーマーもいらない。

 本来やりたかったのは孤児院なので、赤字経営は、折込済みだ。スタッフは、綺羅星ペンギンから供給するが、資本は、商家が100%負担する。建物も、商家が持っていた空き店舗をあまり改築もせずに使っている。あまりにも赤字が酷かったら、即座に潰れてしまうだろう、やっつけの施設がオープンした。

 小さく揉めていた屋号は、結局、白蓮華(びゃくれんげ)で落ち着いた。今回の件で、パドマの名を売るとロクなことにならないのは立証されたので、グラントは、全てイギーの功績として譲ることにしたのである。因みに、パドマ(赤い蓮)の異名っぽいグラントが推していた紅蓮華(ぐれんげ)は、商家の名前だった。道理でイギーが嫌がる訳である。グラントも知った上で推すのだから、性格が悪い。そうパドマが言ったら、これだけ付き合いのある商家の名前をご存知なかったのですか? と刺されたが、興味ないもん、と答えたら、イギーがダメージを受けていた。グラントは、そのつもりでパドマを攻撃するフリをしたのだろう。


 オープンと同時に、託児施設白蓮華に子どもがやってきた。パドマである。預けられる子どもに年齢制限があるのだが、パドマはまだ圏内だった。パドマは捨て子なので、言い出しっぺであるハワードが希望していた客層としても合致する。

「おはよー。孤児がきたよ。預かれよー」

 そう声を掛けながら建物に入ると、強面どもが奥からいっぱい出てきた。数日前に再会の挨拶を済ませた人間しかいないと思うのだが、至近距離に集まられてしまえば、恐怖を感じるし、邪魔でもある。

「うわーん。顔の怖い変なのが、いっぱいきたー!」

 と、ガチでパドマが大泣きしたら、空きスペースが広がったが、まだ邪魔だと思った。

「ひでぇな、姐さん」

 少し離れたカウンターの中に、ハワードがいた。希望していた施設ができたからか、とても嬉しそうに笑っている。

「3つ4つの子も、来るんだぞ? 絶対、泣くだろ。顔の造りは仕方ないにしても、なんで睨みつけてくるんだよ。意味がわからない。怖すぎて、髪が金髪になっちゃったじゃん」

 パドマの髪は、根本の色が少し戻った気がするが、未だに金髪のままでいる。変装のために師匠に金髪にしてもらったのだが、色を抜く時に痛みがあったため染め戻す勇気が出なかったのと、師匠の持つ毛染め材は、ブロンドカラーしかなかったので、元の色じゃないなら、このままでいいよ、とした。放っておけば、そのうち戻るのだから、何色でも構わない。

 諸々の説明が面倒臭かったので、兄と別れて知らない男に嫁ぐのを儚んで、崖から飛び降りた。沖に流されたので、戻って来れなかった。心因性ショックで髪の色が抜けたのかも。寒中水泳中の師匠にたまたま発見されて、戻って来れた、という筋書きを公式見解として広めてもらった。数人に、「寒中水泳ではなく、英雄様を探していたのでは?」とツッコミを受けたが、師匠の趣味は寒中水泳なんだ、と答えたら、納得してもらえた。別にどっちでも良かったのだろう。背後から不満気な師匠の強い視線を感じたが、背後なんて目がついていないのだから、わからなくても仕方がない。


 パドマは、預けられたのはいいのだが、超絶暇だった。レース編みをしている師匠の近くで、ゴロゴロ転がっているだけで、することが何もない。やはり見切り発車がすぎたのだ。子どもを集めた結果、ごはんしか出てこないなど、他の時間は、どうするのだ。

「そこの怖い兄ちゃん、面白い話してよ」

 と、パドマを見学してきゃっきゃしている名前も知らないスタッフに無茶ぶりした結果、引き出された話は、上手に強盗をするセオリーについてだった。絶対に、子どもに聞かせる話ではない。自分は5つくらいに父親から聞いた話だとかは、どうでもいい。折角マシになった街の治安を悪化させるつもりか、ということをパドマは気にして欲しかった。

「手が空いてるヤツは、預かった子と遊んでやれよ。これだけいっぱいいるんだから、妹や弟と遊んだ経験があるヤツもいるよね? 何して遊んだか話し合って、必要なら、おもちゃとか用意して。預かり子ならどうでもいいだろうけど、孤児なら飯作りを手伝わせたり、ダンジョンに行けるようにチャンバラでも仕込んだり、ウチは近所の兄ちゃんに文字を習ったりしたし、そういうのが必要なんじゃないの?」

 張り切って受付にいたものの、誰も来ないので部屋の隅でいじけていたハワードに声をかけた。

「姐さんは、小さい頃、お兄ちゃんと何して遊んでたんだ?」

「小さい頃? 魔獣を鬼にして鬼ごっこしたり、かじられた腹いせに石斧を大量生産したり、木登りしすぎて降りられなくなって、お兄ちゃんを下敷きにして飛び降りたりかな。木の実欲しさに木を蹴ったら、ヘビシャワーを浴びたし、あんまり人様に勧められる遊びは思いつかないね」

「今と、あんまり変わんねぇな」

「そう? ダンジョンモンスターと比べたら、可愛いもんだったよ」


 暇すぎていられなかったので、改善案をみんなで話し合って、お昼ごはんを一緒に食べたら、パドマは帰ることにした。帰りがけに、ハワードに

「孤児限定だったら、待ってるだけじゃなくて、拾ってきても良いよ」

 と言ったら、走ってどこかに消えた。誰か住まわせたい子がいたのかもしれない。どこかの家の子を誤認して、誘拐して来ないといいな、と不吉なことを考えた。

次回、ダンジョン。多分、パドマには一生倒せない敵が出てくる予定。

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