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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
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104.クモ

 夜中のダンジョンは、人気が少なくて気に入っていたのだが、余計なお供がついて来て、ただのおやつタイムがパーティになってしまった。無駄に時間がかかるのが、気に入らない。唄う黄熊亭のオープン時間に間に合わせるには、夜中から出発したら余裕だな、と思っていたのに、パーティ時間が長すぎて、眠くなる前に帰ってくることすら困難になってしまった。最早何のメリットも感じられないので、日の出とともに出かける、元々のスタイルに戻した。体内時間の調整は、風邪を拗らせて、1日中寝ていた時期に、なんとなく合わせられていた。


「師匠さん、イレさん、おはよう!」

 風邪が治っただけでなく、兄成分も補充されたパドマは、朝から元気に家を出てきた。

「おはよう。すっかり良さそうだね。そんなにお兄ちゃんが、好きなの?」

「? 別に、特別好きではないけど、やっぱりいないと落ち着かないねって、お兄ちゃんが言ってたよ。しょうがないお兄ちゃんだよね」

 パドマは、イレに変だと言われている自覚はない。以前のように、すたすたとカフェに向かって歩き始めている。

「お兄ちゃんさ、もう子育ての沼に落ちて、這い上がれないんだよ。ウチは、お母さんから、おっぱいももらえなかったからさ。こーんなに小さいお兄ちゃんが、赤ちゃんを抱えて、貰い乳させてくれる人を探すところからスタートしてさ。熱出すし、ケガするし、いじめられるし、ちょっと目を離すとすぐにピンチに陥る妹を如何に無事に育てられるか、っていう無理ゲーを頑張ってるの」

 パドマは、左手の親指と人差し指を広げてサイズを示したようだが、ヴァーノンがそんなに小さかった頃はなかっただろう。そうイレは思ったが、話の本筋から逸れるので、相槌を打つに止めた。

「お母さんも、家賃や食費を稼ぐのが大変だっただろうから、責めるつもりはないけどさ。お兄ちゃんは、体良く子育てを押し付けられてるだけだよね。なのに、実子でもない自分の食費も持ってくれてたから、ウチをちゃんと育てないと申し訳ないんだって。騙されてるよねー」

 パドマは、ふふふと笑った。悪巧みもなく、くったくもなく笑うパドマは珍しい。余程、兄との再会が嬉しかったらしい。

「それで、頑張ってるんだ」

「うん。ウチがどんな悪いことをしても、わがまま言っても、お兄ちゃんがそういう風に育てちゃったのが悪くて、ウチは悪くないって言うんだよ。どう思う?」

 前を向いて、スタスタと歩いていたパドマが、くるりとイレの方を向いた。

 ダンジョンに連れて行くと、信じられないくらいに大暴れをするパドマだが、近頃は休んでばかりいるからだろう。肌は白いし、痩せていて、年齢相応とは言えない背の低さだった。立っているだけで危うく見えるくらいなのに、本人はまったく気にしていないように見える。髪は伸びて、ヴァーノン好みに手入れをされ、少し女の子らしい姿を取り戻したが、腰の武装は浮いている。背中のリュックからはみ出ているぬいぐるみの方が、似合っている。

「ちゃんと叱って教えてあげるのも、大事じゃない?」

「違う! ウチの教育をやり直そう、って話じゃない。そうじゃなくて、そんなお兄ちゃんを幸せにする相談がしたかったの!! 前に、お兄ちゃんを幸せにしてくれるって言ったのに、やっぱりイレさんは、口だけだな。もういい」

 パドマは、また半回転し、ドスドスと歩き始めた。

「え? 約束? したかな??? いや、した! まったく覚えてないけど、きっとした! 大丈夫。パドマ兄の幸せのために、パドマを家に帰そうとしたり、お兄さんも頑張ってるよ」

「覚えてないんだ。1番大切な約束だったのに」

 パドマは、いつものように目を吊り上げた。


 パドマは、カフェを通り過ぎ、綺羅星ペンギンの会議室に入ると、鍵をかけて、これ見よがしに泣き出した。いつも通り、泣き声は聞こえないものの、上を向いて、大粒の涙をせっせと両袖で拭っている。

 会議室は、窓があって、廊下から中が見える。窓の中には、泣いているパドマがいて、窓の外では凶悪な顔をした師匠が、イレを睨みつけている。それを見たスタッフたちも、イレを睨み始めたので、イレは走って逃げて行った。自分が何かやらかしたらしいと思ったのだろう。

 それを確認して、パドマは泣くのを終了し、何事もなかったように部屋から出てきた。少し目が赤いような気もするし、何かに怯えるように肩を震わせているが、それはいつものことなので、言わない約束である。

「パドマさん、どうなさいましたか?」

 パドマが綺羅星ペンギンで泣いていることなど、日常的によくあることなのだが、誰も触れない暗黙の了解だ。だから、あんな姿を見せるのは、珍しいことである。グラントは、初めて見ました、というような顔をして、パドマに寄って行った。

「ジャイアントペンギン級のゴミが、目に入っちゃってさ。涙で流してただけ。ごめんね、営業時間前の忙しい時間に」

「いえ、構いません。午前は混みませんから、ゴミ掃除のお手伝いも致します」

「ダメ。あれは、ウチの獲物だよ。手を出さないで。単独で斬る約束を、お兄ちゃんとしてるんだから。悪いけど、ちょっと厨房と食材も借りるね」


 パドマは、ペンギン食堂で、勝手に食材を使い、自分たちの朝ごはんの肉パフェと、みんなへの差し入れの縁結びりぼん(但し、型はペンギン)を作り、食堂で食べると、代金を置いて出て行った。

 パドマは、食事中に師匠に向けて、

「今度こそ、イレさんの脳裏に刻み込めたと思う?」

と、尋ねてみたが、師匠はフォークを落としただけで、首を縦にも横にも振ってはくれなかった。



 食後、パドマは、ダンジョンにやってきた。最近、ダンジョンを休んでばかりで、本調子にはほど遠い。特に、今日は、復帰初日だ。イレと遊んで、調理までしていたので、時間的にも出遅れている。今日は、それほど奥にはいけない。

 6階層で、トリバガと腕慣らししたいと、昨日は言っていたのに、32階層でお小遣い稼ぎにオーストリッチ狩りをしたいと言い出し、39階層のムササビを食べたいなと始めたパドマは、今、45階層の入り口に立っていた。

 パドマへの暴力を完全封印した結果、師匠はパドマを止めることができなかったのだ。大恩人である兄には絶対服従で恩返しをすると心に決めているのだが、実際のところは兄の意見は右から左と、採用していないパドマである。世話にはなっているが、恨みも持っている師匠の言うことなど、聞くハズもない。

 パドマは、まったく敵を倒し切れていないのに、気にせずズンズン進んで行った。師匠が倒してくれると信じてはいなかった。ケガをしたらしたでいいや、と突っ込んで行ったのだ。寝たきりはお腹いっぱいだが、擦り傷切り傷程度なら、どうでも良かった。そんなことを気にするならば、ダンジョンになど来てはいけない。

 だが、師匠は、パドマのケガも病気も飽きに飽きている。薬で治せる程度のケガもさせてなるものかと、パドマの取りこぼしを全て始末した。何度かパドマを蹴飛ばそうと考えたが、それでまたケガをさせたら、元も子もない。寝たきりで筋力を落とし、絶食で痩せたパドマを蹴るのは、リスクが高すぎる。かなりイライラしながら、敵を斬り飛ばした。ほぼ皆が無視していく階層も、パドマはきっちり倒して進むので、以前よりは数が抑えられているが、無鉄砲に進んでいくパドマを守るのは大変だった。特に、ケガをするのがわかっているのに、ハネカクシに突っ込んで行かれるのが、困った。そこまでは、階段に向かって真っ直ぐ進んでいたのに、急に脇道に逸れだしたのだ。先行して敵を倒すだけなら、楽だった。師匠は、久しぶりに本気で走った。

 睨んでみても、パドマは師匠のことなど見もしない。しゃべらない師匠を無視しきるのは、簡単だと思われている。



 パドマは、ハエトリグモを目掛けて突っ込んで行った。

 ハエトリグモは、パドマと同じくらい大きい。斬れたとしても、ジャイアントペンギンの時の様に、潰される公算が高いし、タランチュラに反応できないパドマは、避けられると思えない。

 ここまでは手厚く守って来たが、千尋の谷から突き落としてしまえば、あっという間にやられてしまうのだろうな、と師匠は、がっかりして見ていたのだが、パドマは何故かいつまでも立っていた。

 魔法を見るようだった。ハエトリグモがパドマを捕えようと飛び上がると、パドマは蜘蛛の下を潜り抜けながら、腹を裂き、横に回り込んで、もう一刀入れている。マグレのような拙い動きなのだが、2匹3匹と斬り伏せていくのだから、狙ってやっているのだろう。

 メダマグモに糸で捕らえられた時は、流石にもうダメだと思ったのに、手繰り寄せられた先で、パドマは剣を振った。よくよく見るまでもなく、毎回捕らえられるのは、左腕だった。わざとやっているに違いない。

 師匠は呆れた。ここまで、来る道のパドマは、かなり使えない剣士だった。いつものように病み上がりで筋力が落ち、動きが鈍っているのだと思っていたのに、やる気がないだけだったのだろう。そんなところまで、あざむかれるとは、思いもしていなかった。


「お掃除完了。お疲れ〜」

 パドマは、気分が悪そうに、フラフラと階段に戻って来たので、師匠は、パドマの上衣を1枚剥いで、手を洗う水を出してやり、新しい服を支給した。そして、魔法の正体を問うた。身振り手振りでは伝わらなかったので、蝋板に字を書いた。『クモをたおしたマホウをおしえて』

「魔法? そんなの使える訳ないよね。魔法なんて、昔話でしょ」

 この世界には、かつて魔法があった。今もあると言えばある。昔話には、魔法使いは沢山でてくるし、このダンジョンも、魔法使いが作ったと言われている。アーデルバードの嘘のように高い城壁も、魔法で作った物かもしれない。タランテラの魔法のような遺物もチラホラと残っているし、ダンジョン産の傷薬は使うとあっという間に傷が消える。だから、昔話の魔法を嘘だと言う人はいない。だが、魔法使いはいない。魔法使いであることを秘密にして生きていたり、どこかの偉い人が養殖していたりする可能性までは否定しきれないが、今は絶滅していないことになっている。

「クモを倒したのは、魔法なんかじゃないよ。何でか知らないけど、あの子たち、毎回、同じ間合いで飛ぶからさ。大きさが変わると間合いが少し変わるけど、気持ち悪いくらい、どの子もぴたりと同じタイミングで飛ぶから。それに合わせて剣を振り回してただけ。

 ウチさ、誰にも何にも勝てないんだよ。スピードでは負けるし、手足も短いからリーチも負けるじゃん。運良く当てても、力負けするんだよ。そこまでないない尽くしだと、もうどうにもならないよね。でも、それでも勝ちたいからさ。勝てる方法を見つけないとね。ハエトリグモも、タランチュラも、同じ間合いみたいだよ」

 ふふふ、と笑う目が、お前に勝つ方法も見つけるからな、と言っていた。

 師匠は、クモの素早い動きを目視することができた。クモより速く動くこともできる。力で負けることもない。正面突破で倒せる相手だから、相手の間合いなどは考えたこともなかった。師匠には、今も昔も不出来な弟子しかいなかったのだが、パドマは師匠とは別の世界を見ているらしい。

 師匠は嬉しくなって、抱きしめようと動き始めて、パドマに斬られた。昨日までは、腕の中でにこにこと蜜柑を食べていたのに、冷めた目でパドマは師匠を見上げている。

「ちっ。避けやがったか。間合い調整が難しいな」

 触んなっつーの、とこぼすと、パドマは剣を収めず、階段を上がって行った。今日の風呂の前に、睡眠薬を盛ろうか。師匠は真剣に悩んだ。

次回、死にたがりのパドマが身投げに挑戦。

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