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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
103/463

103.パドマ風邪を引く

 タランチュラを倒せるようになったので、そのままビシバシ斬って、1つ下の階層に下ってみた。ヘクターの傷は治った様だが、服はボロボロで可哀想なので、暗いうちに撤退してあげようとは思うのだが、ハワードが、三部屋隣に階段があると言ったのだ。近いと思ったので、行ってみた。

 45階層にいるのは、イセキグモと、メダマグモとハエトリグモだ。イセキグモは、おしりがハート型なのに可愛いとは言い難い蜘蛛で、メダマグモは、やたらと目が大きく、枝のような細い体をしている。この2種は、どちらかというと部屋の上方にいて、蜘蛛の糸を投げて、獲物を捕えようとしてくる好戦的な蜘蛛である。

 ハエトリグモも、かなりやる気を見せてくる敵だ。巣を張ることなく、その辺りを歩き回り、敵影を見つけると、びっくりするような跳躍で、飛びかかってくる。

 ダンジョン外の小さな蜘蛛であれば、何の害もないのだろうが、自分と同じくらいに大きい蜘蛛を見て、パドマは気持ち悪くなった。

「うわー。タランチュラがおかしいのかと思ってたけど、蜘蛛って、みんなあんななのかー」

 色と毛の関係か、タランチュラは、それほど目立ってはいなかったが、この階層の蜘蛛は、目が沢山あるのが、よくわかった。目が2つのものも、寄り目すぎてなんだかな、とパドマは思っていたが、横に目が4つ並んでいたり、2つの目の下に4つ目が並んでいたり、なんなら後ろ頭に目がついている蜘蛛が、うじゃうじゃと歩いているのが、嫌だった。黒目だけのまんまるおめめで、とてもキレイな艶がある。見ようによっては、可愛い気もする。多分、見慣れれば、可愛い。だが、現段階では、大嫌いだとパドマは思った。目も嫌いだが、アゴが怖すぎる。

「毒はないと思うけど、ヘクターが食べられる未来しか見えないから、もう帰ろうね。マスターにハジカミイオを頼まれてるから、狩らなきゃいけないし、ペンギンを持ってくと、センターの人が喜ぶし。眠くなる前に帰りたいし」

 ハジカミイオ狩りは大して時間はかからないし、階段を上がる休憩に丁度いいくらいだ。だが、リポップしたのか隣の部屋から来たのか知らない敵をしばきながら、歩いて帰るだけで、結構な時間がかかる。40階分も階段を駆け上がりたくはないし、師匠を乗り物にするとヴァーノンに怒られる。どうせ蜘蛛は売り物にならない。重いから持って帰りたくもない。気持ち悪いから、触りたくもない。腕試しをすることもなく、体良く引き返すことに成功した。


 ダンジョンセンターに戻ると、とっくに朝日が上っていた。ペンギンの買取りをみんなに押し付け、、、お任せして、ハジカミイオ大太刀串を3本持っている師匠と一緒に唄う黄熊亭に帰った。

 屋台に弁当が並んでいたから、ヴァーノンがいないのはわかっていたが、厨房を覗いてもやっぱり見つけられなくて、寂しくなって、師匠を追いかけて出かけた。


 そして、パドマは家出をすることにした。



 師匠についていき、イレの家の風呂に入ったまでは良かったのだが、パドマは風呂の中で寝てしまった。師匠はそれに気付いたが、風呂に起こしに行ったら怒られると、そのまま放置していたのだ。イレが帰ってきてもまだ寝ていたので、ドアの外から呼びかけられて、パドマは起きた。だが、その時には、盛大に風邪をひいていた。鼻はムズムズするし、身体は熱いのに寒気がひどいし、頭が痛い。ヴァーノンを筆頭に、唄う黄熊亭の皆に風邪をうつしたくないと思ったパドマは、『ちょっと旅行に行ってくるね』というふざけた伝言を蝋板に書いた物を師匠に委ねて以降、イレの家に隠れている。一歩も外に出なければバレないだろうと信じているのに、毎日、ヴァーノンが様子を見に来るから、見つからないように、かくれんぼをする時間を過ごしていた。


「パドマ、こんなところで何やってるの? 寝てなきゃ治らないよ!」

「だって、そろそろお兄ちゃんが来る時間だし」

 イレは、綿入れを着込んで、地下倉庫で震えているパドマを見つけた。毎日そんなことを続けているから、治るどころか悪化するばかりだった。

「そろそろ帰った方がいいよ」

「うん。今日まで置いてくれて、ありがとう。ばいばい」

 パドマは、階段を上りきり、家を出ようと玄関に向かったら、袖をイレに握られていた。

「家に帰るんだよね? 送っていくよ」

「綺羅星ペンギンのボスルームに、めちゃくちゃ可愛いベッドがあるのを思い出した。大丈夫。ペンギン食堂から出前を頼めば、不自由なく暮らせる」

 パドマの顔は火照って赤いし、目は焦点が合わず、無駄に潤んでいる。足取りも怪しい。そんな状態なら、周りを気にする前に治すことに専念すれば良いのに、することがなくて暇だからかパドマは余計なことを考えて、余計なことばかりしていた。

「何言ってるの? 若い娘が、あんなところで1人で暮らしていい訳ないでしょう」

「大丈夫。あいつらが何人いるのかも知らないけど、恋人だって、1度は噂になったヤツしかいないらしいから、何の心配もない」

「それは心配しかないよね」

 思わずイレはパドマの肩をつかんだら、パドマは、バランスを崩して転びそうになり、助けようと動いたイレは、悲鳴をあげられた。

「えー、どうしたらいいの?」


「やっと見つけた!」

 その時、ヴァーノンが、外から走って入ってきた。

「や、何もしてないからね。助けようとして、怒られただけだからね」

 イレは両手を上げて、無罪を主張していたら、師匠が床に倒れていたパドマを抱えて、客間に連れて行ってしまった。師匠はパドマを布団に放り込むと、後ろをついてきていたイレとヴァーノンの襟首をつかみ、部屋から放り出した。師匠は、冷たい瞳をして、ドアの前で幅広剣を構えている。

「ええと、妹が大変お世話になりました。連れ帰りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 師匠が何をしているのか全くわからないヴァーノンは、とりあえず用件を主張してみた。ヴァーノンは、パドマが誘拐されているとは思っていない。どちらかというと、勝手に他人の家に侵入して、迷惑をかけていると思っている。だから毎日、迎えにきていたのだ。危険な目にあっていると思っていたら、初日に意地でも連れ帰っていた。

 ヴァーノンの問いに、師匠は首を横に振った。

「連れ帰っては、いけないのですか? 何故ですか?」

 師匠は、首を振るばかりだ。しゃべらない師匠相手では、何を考えているのか、わからない。

「パドマはね。風邪を引いてるんだよ。お兄ちゃんにはうつしたくないって、頑張って見つからないように籠城してたの。大人しく寝てないから、全然治らないんだけど。

 ここを追い出しても、家には帰らないって。綺羅星ペンギンに、パドマが暮らせる部屋があるんだって言うんだよ。あそこに行くなら、ここの方がマシかなって思ったんだけど、どう思う?」

 イレの話は、大筋ヴァーノンの想像通りだった。すると、師匠は、パドマのわがままの応援をしているのだろうか。仲が良いのは有り難いことだが、見た目が可愛いだけの男だというのが心配の種で、兄と言い張っているヴァーノンもあまり変わりのない立場のような気がしているのが、判断に困るところだった。

「妹と話をさせていただけませんか?」

 ヴァーノンが頼むと、師匠は剣を仕舞って、懐中から出した板を床に滑らせて、ヴァーノンに渡した。剣を構えていたのは、ただ意思表示をわかりやすく見せただけだったのだろう。武器などなくても、師匠の方が強そうなのだから。

 師匠がよこした板は、蝋板だった。ヴァーノンは、フタを開いて『風邪をうつされても怒らない。心配でたまらないから、帰って来て欲しい』と刻んで、師匠に返した。師匠は、蝋板を拾うと部屋に入って行った。いくらもしないで部屋から出てきた師匠は、また蝋板をヴァーノンに放った。返事は、美麗な文字で『ふんでも、おきない。むり』と書かれていた。

「踏まないで下さい!」

 ヴァーノンが不満を漏らしても、師匠は可愛い顔で、きょとんとしているだけだった。信頼してもいいものか、一気に不安になった。


 ヴァーノンは、しばらくパドマの起床を待たせてもらったが、パドマは昼夜逆転生活をしている。唄う黄熊亭の仕事を休んでまで待っていたのだが、パドマは起きなかったので、イレにくれぐれもくれぐれもくれぐれも、よくよくよくよくよくよくよくよくパドマのことを頼んで、後ろ髪を置き去りにして帰って行った。


 ヴァーノンが帰るのと同時に、イレも飲みに出かけた。師匠はそれを見送って、食事の支度をすると客間に運んだ。時々、うとうとと寝ていたが、パドマは起きていた。寝ているというのは、師匠が勝手に書いただけの嘘だった。

「お兄ちゃん、帰った?」

 布団から顔だけ出しているパドマに、師匠は頷きを返した。だが、パドマには見えなかった。視界がぐるぐるねじれて、物の輪郭がつかめないのだ。髪の毛の色と量から、師匠だろうと思うくらいで、カツラをかぶった違う人がいても、わからない自信がある。顔が不細工でも、腹が出ていても、ぬいぐるみでも、違いがわからない。美人だと知ってはいるが、くるくるぐねぐねと歪む師匠の顔は、怖すぎて見るのも嫌だった。

「全然わかんないし」

 師匠はお膳を床に起き、パドマの腕を引っ張って起こしてみたが、パドマは、まったくやる気を出さず、すぐに倒れてしまう。

「やだよー。だるいの。無理」

 師匠は、何も乗せない匙をパドマの口に当ててみた。ぺしぺしぶつけて、口を開けた瞬間に少しだけ中に入れる。

「ひゃにを? ほはん? はえはふはひほ」

 パドマは、師匠が食べ物を持って来たことを悟ったが、拒否した。おなかが空いているような気もしなくもないし、しばらく食べた記憶もないが、食べたくもない。

 だが、相手は師匠だ。パドマの意見など採用されない。無理くり引っ張り起こされて、師匠が座椅子になってしまったので、パドマは布団に戻れない。

「ねーるーのー」

 少し抵抗してみたが、どっちが前で上だかもよくわからないような状態で、師匠を出し抜ける訳がない。動くのもだるいので、パドマは、すぐに諦めた。すると、すかさず師匠は、パドマの口に吸飲みを差し込んだ。窒息しないよう少量ずつはちみつレモン水を注いでいく。パドマは、心地良い甘さに、抵抗することなく飲み干して、寝た。

 師匠は、しばらく粥とパドマを見比べていたが、パドマを布団に戻し、膳を持って部屋を出た。



「どうやって、そんなに仲良くなっちゃったかな」

 パドマは、今日も布団の上で、師匠に甘やかされていた。パドマの布団の上に座っている師匠の膝に座って、師匠によりかかって蜜柑を食べているパドマの姿が、イレの目の前にあった。

 ちょっと前までは、少し触れただけで触るなと怒っていたし、イレなどは、助けようと手を差し伸べただけで、悲鳴をあげられたり、ナイフで刺されたりしている。師匠も同じ扱いだったと思うのに、いつの間にか、2人は異常なほどに仲良しになっていた。

 イレにとっては喜ばしいことだが、単純に、とても不思議だった。可能であれば、イレも、握手をした程度で体調不良を起こされるような関係は、改善したいと思っている。

「だるくて、それどころじゃない」

「それは、師匠と仲良しじゃなくて、誰でもいいってこと?」

「そんな訳ないじゃん。師匠さんがさ、お兄ちゃんに似てることに気付いたんだよ」

「似てるかな?」

 イレは、パドマ兄を思い浮かべてみたが、似ているところは、特に見つけられなかった。パドマ兄は一見すると普通の人だが、師匠は異常に可愛い。性格に関しても、似ていないと思う。パドマ兄は、パドマの甘やかしが突き抜けている以外は、普通の人だが、師匠は全てが突き抜けている。強いて言うなら、人であることと、性別と、妹がいるくらいしか、共通項はなさそうだ。

「測ってみれば、わかる。多分、肩幅とか座高とか同じだよ」

「肩幅?!」

 まさかの判断基準だった。肩幅など、誰でも大して違わないような気がしていた。そして、改善の余地もなさそうだった。

「生まれてこの方、こんなにお兄ちゃんと離れて暮らしたことがなくてさ。寂しくてたまらないんだよ。回復して帰れるようになったら用済みだから、あと数日だけ師匠さんを貸して。ヤキモチを焼かないで」

「それは、師匠の前では言わない方がいいよ。風邪を悪化させられちゃうよ。あと、パドマ兄の萎れっぷりも見てられないから、顔を見せてあげたらいいのに、って思ってるよ」

 飲みに行った時に見かけるヴァーノンは、日に日にやつれていっている。風邪を引いているパドマ以上に重症に見えて、心配で店に通っているような状態なのだ。やはりこの兄妹は、どこかおかしい、とイレは心配している。

「お兄ちゃんに会いたいよ。でも、風邪が治るまでは、我慢する。うつしたら、後悔で死ぬ」

 蜜柑を食べ終えたパドマは、布団に戻った。

「蜜柑しか食べないの? ちゃんと食べないと、治らないよ」

 頼めば、師匠は何でも用意してくれるだろう。それなのに、パドマの部屋には、蜜柑が積んであるだけだった。パドマがわがままを言っているに違いないと、イレは思った。

「そうだね。少し食欲も出てきたから、食べたい気持ちもあるよ。でも、今のところ、まだ蜜柑しか食べれる物が、見つかってないの。挑戦はしてみたんだけど、その度に師匠さんを●●まみれにするのが申し訳なくて、自分も苦しいだけだから、諦めてもらった」

 イレは、顔色を失った。

「そんなことして、師匠に殺されないって、どういうことなの? ズルいよ!」

「嫌だって言ってんのに、無理矢理口にお粥突っ込んできて、身体が受け付けなかったら殺すって、どんな魔人だ。ウチは、悪くない。申し訳ないとは思ってるから、家から追い出してくれてもいいよ。おやすみ」

 パドマは、もう会話を続けたくないので、目を閉じた。師匠は、パドマの布団を整えた後、蜜柑の皮が乗った膳を持って、イレを睨みつけた。

「はいはい。部屋から出ていきますよー。おやすみ、パドマ」

 家主は、客間から追い出された。



 風邪を治したパドマは、数日様子見をしながら家政婦をして、完治を確認してから、家に帰ることになった。イレが帰る時間を伝えていたのか、普段は商家の店で働いている時間ではないかと思うのに、ヴァーノンが迎えに来ていた。

 玄関前で、そわそわと待っていたヴァーノンの姿に、パドマは驚いたが、迷わず飛び付いていった。

「お兄ちゃん、ただいま!」

「おかえり、パドマ」

 ちょっと風邪を引いて治っただけなのに、涙を流して抱き合い、感動の再会を果たしている兄妹に、イレは引いた。

「本当に、なんなんだろね。あの2人」

 イレは、そう言いながら師匠を見下ろすと、ハンカチを食いちぎって、むしゃむしゃと食べている美少女がいた。

「お腹減ったなら、食べ物を食べなよ」

 余計なことを言ってしまったらしい。気がついたら、イレは空を飛んでいて、その後の記憶が途絶えた。

次回、ダンジョンに行きます。

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