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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
102/463

102.ヘクター大好き(ハート)

 ヒクイドリも、サシバも、ハネカクシも、護衛たちに全部倒してもらって、パドマは、44階層にたどり着いた。また、服を1枚剥がされるような事態になると困るので、背中に下げていた長物を階段に置き、ヤマイタチに持たせていた服を出して、重ね着した。どれにしようかなと神様と相談した結果、ハルバードを手にする。槍の先に斧をくっつけたような武器である。

 タランチュラに速さに勝てないのであれば、相手の間合いの外から仕留めてやれば良いと思った結果、用意した武器だ。問題があるとすれば、パドマが武器を扱いきれない点だけである。

 長い武器と言えば、以前、師匠に棒の扱いを習ったことがあったが、正直、パドマはあまり覚えていない。何か沢山振り回したなー、くらいの記憶しかなかった。その上で、穂先が重いハルバードは、バランスが保てず、うっかり振り回すとパドマが振り回される有様だった。動かした方向に、パドマも進まされるのである。とても人には見せられない無様な取回しだった。自称部下の目が沢山あるのに。

 遠心力に助けてもらって、振り回して当ててみたら、タランチュラの頭に見事にヒットして刺さったが、刺さっただけだった。

 怒ったタランチュラは、パドマに向かって突撃して来たが、パドマはハルバードを離さなかったので、馬の鼻先にぶら下げられたにんじんのようになってしまった。襲いくるタランチュラにはやられないと思うが、別のタランチュラに接近してしまった時が終了となる。パドマは、一か八か、ハルバードに足をかけ、暴走タランチュラの腹を目掛けて落ち、腹を剣で突き刺した。同時に部下たちが、横から足を薙いだり、腹を斬ったりしてくれたので、どれかが効いたらしく、暴走タランチュラの足は止まった。だが、パドマを助けようとして出てきたヘクターが、別の個体に食われていた。パドマは悲鳴を上げて、ヘクターを指差した。


「いやぁー!! あれを助けろ!」

 パドマの号令により、即時にヘクターは助け出された。タランチュラは、ヘクターに夢中で動かなかったので、簡単に倒すことができた。しかし、もう既に、ヘクターは神経毒にやられてしまっている。まだ生きてはいるようだが、動かなかった。どう考えても、タランテラは踊れない。

 パドマは師匠を見たが、師匠は首を横に振るだけだった。

「なんで? 一生懸命練習したのに、助けられないの?」

 仲間たちが、タランチュラを引き剥がしている方にパドマは歩いて行き、ヘクターの頭の前に座った。ヘクターがかじられたのは、足の方なので、頭側はキレイなものである。タランチュラのアゴが残ってしまったようで、ヘクターの下の方は、治療を受けている。ただのケガではなく、毒が注入されているので、応急処置をしただけでは助からないと思うが、少しでも何かしてやりたいのだろう。パドマも、その気持ちはわかるので、辞めさせはしなかった。

 パドマは、震える手で、ヘクターの手を取った。ヘクターは死にかけている最中だというのに、手は大きく、触るのは怖かった。だが、後悔したくはなかったので、パドマはそれを口に運んだ。

「何をなさっているのですか?!」

 グラントの制止が入りそうになったが、もう儀式は成った。天井から金の光が降ってきた。念願の忌々しい光のシャワーだ。ヘクターの目は焦点を結び、何ごともなかったかのように、むくりと起き上がると、信じられないことを口にした。

「すんません。ボスに、そんなに愛されているとは、知りませんでした」

 パドマはびっくりして、ヘクターの手を落とした。流れていた涙も、ぴたりと止まった。ぴんぴんしているのであれば、もうヘクターに用はない。

 ハルバードは失敗だった、次の武器を取りに行こうと、立ち上がったところで嫌な物を見た。またヘクターが、タランチュラにかじられている。師匠に蹴られて、吹っ飛ばされた結果だ。折角助かったところだったのに、師匠は何をしてくれやがるのだろうか。

「悪いけど、誰か、あれを助けてあげて。放っておきたいのは山々だけど、見殺しにするのは、寝覚めが悪いから」


「つまり、口付けをすると、解毒魔法が起動するのですね」

 グラントが、パドマににじりよって、強い口調で聞いてきた。パドマは、引っ込んでいた涙を気合いで堪えながら答える。否、堪えきれなかった。目を背けて、グラントを視界から消す作戦を決行したが、涙目は決壊目前だ。

「多分ね。最初に見たタランテラでは、踊りの最後に、イレさんが師匠さんにキスしたら、魔法が完成してたから。師匠さんが嫌がって、イレさんをボコボコにした上で、教えるフリから削ったんだよ」

「そうでしたか。早く教えて下されば、二次被害は防げましたのに」

 視界の隅では、ハワードがヘクターにキスをして、魔法を起動させていた。自分がするのも嫌なものだが、他人がしてるのを見るのも気持ち悪いものだなぁ、とパドマは思う。

 パドマは、男女であることが魔法発動の条件だと思い込んでいた。タランテラが、男女ペアの踊りだと聞いたからだ。師匠に断られたら自分がしなくてはならないと思って、1人で勝手に追い詰められていたのだが、よく考えたら、最初の魔法の時は、男同士だった。というか、師匠は男だった。師匠の性別がわかりにくくて、誤認したのだ。全て師匠の所為だ。師匠の見た目が可愛いくて、近寄られると恐怖の対象に変貌する、訳のわからない人なのが悪い。

「ごめんね。自分が嫌なことを人にさせるのは、悪いことだと思ったんだ」

「これだけ人数がいれば、嫌がる人間も気にしない人間もいます。少なくとも、わたしは、ボスを助けるためなら、できないことでもやります。信頼はできないなりに、相談していただきたかった」

「そうだね。聞くだけ聞いてみるのは、悪くないと思うけどさ。嫌なことでもやってくれる人がいたら、気軽な質問が命令になっちゃうよね。それじゃあ、言えないよ」

 ぐいぐい攻めてくるグラントに、パドマは後ろも確認せずに下がっていたのだが、驚愕の表情とともに、グラントの動きが止まった。

「大変申し訳ありませんでした」

 グラントの膝が崩れた。またパドマに忠誠を誓うとかいうポーズになっている。頭が自分より低い位置に移動しても、パドマはグラントが怖かった。そのままタックルされたら負けるな、と考えながら見下ろし、やはり少しずつ後ろに下がって、距離を取った。


「残念だったな、失うことを恐れて泣いてたんじゃなくて、触るのも嫌だから泣いてたんだよ」

「こんなヘタレに、誰が惚れるか」

 またヘクターの腰にアゴが突き刺さっているらしく、ヘクターは、皆にイジられながら、治療を受けていた。

 グラント怖さに、ついついそちらに寄って行ってしまったが、パドマはこちらも怖いんだったと顔をしかめた。ダンジョンの中では、皆の側が安全圏だと頭ではわかっているのに、身体が受け付けないのだ。面倒臭い身体である。

「誤解させるようなことをしたウチが、悪いんだよ。あんまりイジめないであげて」

 心底どうでも良かったが、見るに耐えないので、形だけ助け船を出した。

 ちょっと声をかけただけで恋仲だと噂が立つのが、新星様の日常だ。ツバをつけるような真似をしたら、それはもう誤解まっしぐらなのだろう。仕方がないことなのだ。何が仕方がないのかはまったくわからないが、世の中はそういう風にできていると、もうパドマは諦めている。

「だけどよー、姐さん、そういうの嫌いだろう?」

「そうだね。その話はここで終わりにしてくれないと、またお兄ちゃんに怒られちゃうよ。お兄ちゃんに怒られたら、お前らの誰かの所為だから、犯人探しをしないで、まとめて締め上げるからね」

 パドマにとって、最も大事な話だった。ヴァーノンに変な話を聞かれたら、またダンジョン禁止令が出てしまうかもしれない。リアル恋愛ならともかくも、相手がヘクターでダンジョン禁止はあんまりだ。

「聞いたか、ヘクター。姐さんは、恐ろしいほどに、お兄ちゃんのことしか気にしてねぇからな。勘違いすんなよ」

 からかうのはやめてやれ、と命令したつもりだったのに、伝わっていないようだった。からかわれるヘクターはどうでもいいが、からかわれるヘクターをヴァーノンに見られたら、困るのに。

 ハワードを締め上げる方法を検討しながら、もう1つの大事な命令を下した。

「ヘクターはさ。タランチュラに愛されすぎてるから、ハワードちゃんがいない日は、出禁ね」

 パドマは、ヘクターを真っ直ぐ見つめて、真剣に話したのだが、ヘクターの周りにいた男たちは、涙を流してうずくまり、肩を震わせた。

「すんません、ボス。タランチュラの彼女は、いりません」

「うん。タランチュラも惚れてんじゃなくて、美味しそうだと思ってるだけだろうけどさ。そうだ。タランチュラって、揚げると美味しいんだよ。ヘクターも食べ返してみる?」

「命令なら、食べます」

 ヘクターは、頬を引き攣らせた。

「しないよ、そんなどうでもいい命令。本当に、どういう人間だと思われてんのかな」

 パドマは、深く考えることを放棄した。



 パドマは、階段に引き返して、鉤鎌刀を手に取った。鉤鎌刀は、三国志演義で関羽が使っていた青龍偃月刀から、装飾を全て取り払ったような武器である。短い刀身に長い柄をつけた軽量型大刀だ。刀身の背面に鎌状の突起がついているのが、チャームポイントである。パドマはそれを持って、死んでいるタランチュラに斬りつけてみたが、切れ味が悪かった。腹は切れないことはないが、頭は切れるとまでは言い難い。刺せば刺さるが、恐らく突起が引っかかり、抜けなくなるだろう。そのための突起なのかは知らないが、倒した後まで自力で抜けないような物を刺す気にはなれない。まだ使っていない槍が1本残っているのだが、武器屋の武器は、パドマには扱えないことを理解した。悪気はないが、腕が足りない。

 仕方がないから、槍を逆さまにして、剣鉈をくくりつけてみた。パドマがやってもゆるゆるになってしまうので、仕事を欲しそうにしているグラントに振って、やってもらった。グラントの特技は水汲みだったハズだが、紐をぐるぐる巻きにして縛るのも上手だった。振っても弛まず、それなりに使えそうだったので、タランチュラを刺してみたら、簡単に斬れた。

 斬れたのは、死体だけではなかった。生きている物も、斬りたい放題だった。エサだと思われているのか、敵だと思われているのか、飛び付いてきても真っ二つに斬れるのだから、簡単だった。ハジカミイオを持って帰る時に師匠が使っている大太刀を借りたら、タランチュラは簡単に仕留められるのかもしれない。長物が欲しいなぁ、とチラリと師匠を見たら、思いが通じたのか、師匠は、ぷいっとそっぽを向いた。

次回、パドマ風邪を引く。

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