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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第4章.13歳
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101.BBQパーティ

 風呂に入って温まったパドマは、他人の家の油を消費して明かりを確保した。流石、金持ちの家の油は違う。火を灯しても、まったく臭くなかった。師匠とおやつを作ったり、イレの朝ごはんを作ったりして時間をつぶし、夜明けを待って、武器屋に殴り込みに出かけた後、唄う黄熊亭に帰った。

「おはよー、お兄ちゃん。今日は、起きて帰ってきたよ!」

 1日を終えようとしているパドマと、起きたばかりで弁当作りの佳境を迎えているヴァーノンのテンションは、まったく噛み合わなかった。

「ああ、安心した。明日からも、起きて帰って来い」

 ヴァーノンは、パドマの顔を見ることもなく、何かをフライパンでじゅうじゅう炒めていた。構ってもらえる気がしない。パドマは、切なくなって、もう出来上がっているサンドイッチのようなものを梱包する手伝いをした。


 以前は、ヴァーノンが、屋台まで弁当を運んでいたのだが、ジュールがいなくなって以降は、売り子たちが、店まで弁当を取りに来てくれるシステムに変わっていたらしい。

 パドマは、そんなことをまったく知らなかったので、ヴァーノンの調理終了後、厨房で朝ごはんを食べる兄の背中に貼りついて、泣きながら昨夜あったことを愚痴っていたら、弁当を取りに来た輩に醜態を見られてしまった。訳のわからないことを絶叫する男たちを見ても、ヴァーノンは顔色も変えずにもくもくと朝ごはんを食べていたが、パドマにとっては恐怖体験だった。弁当売りは、優男を指定したつもりで油断をしていたが、弁当運びは、強面が採用されていた。パドマは、綺羅星ペンギンの従業員の強面を全員は克服できていなかったし、克服したことにしていた人間も、結局は、絶叫されれば怖いのだな、ということに気付かされた。あの試験は、無意味であった。



 パドマは人に出会わない夜の狩りは気に入っていたのだが、毎日綺羅星ペンギン従業員たちについて来られるようになって、閉口した。

 次の日に仕事がある人間はついて来ないのだが、そもそもスタッフが余りに余りきっている状態なので、休みの人間は大勢いた。その上、元が武闘派のチンピラたちなので、パドマより強くて普通だし、パドマより足が遅いヤツはいない。師匠に乗っかって走り去ってもらえば振り切れるが、しばらくタランチュラは見たくないし、ちょっと小遣いが欲しいので、皮狩りに出かけたい。取り分が減るからついてくるな、と追っ払おうとしても、

「ボスの総取りが、普通ですよね? お手伝いしますよ」

と言う頭のおかしい男しかいなかった。

 仕方なく、毎夜、バーベキューパーティをして過ごしていた。本気でペンギン狩りをしたヤツらに、売り上げの総額を献上されてしまい、一夜にして目標金額に到達してしまったので、断りきれなくなった。2日目以降は、ちょっと小遣いを抜いて、綺羅星ペンギンに寄付した。適当に誰かさんが、分配してくれるだろう。パドマは、怖くて今日は何人いるかも数えられないので、丸投げすることにした。怖すぎて睡魔が襲ってこないから、兄に怒られなくて丁度いい、と自分を慰めた。



 そして、やっと今日がきた。

「救いの神よ。ありがとう!」

 ようやく武器屋に発注を出していた武器が、揃ったそうだ。

 毎朝店に顔を出し、まだできないのか、早く作れ、なんなら隣の店で買ってこいと突き倒し、心置きなく作って来い、と店番の無償貸し出しなどを続けていたパドマの宿願が、とうとう叶った。

 カウンターにゴロゴロ並べられた武器を眺めつつ、うっとりと夢見心地に蕩けているパドマに、店主の顔は引きつった。

「こんなに沢山持てるのか? 何と戦うつもりだ。戦争にでも出陣するつもりか? この街に火種が持ち込まれたことは、ダンジョンができて以降は、1度もないらしいぞ?」

 どこか遠くの街では、領土争いで戦争をしているところもあると、噂程度に聞くことがある。アーデルバードは、そこそこ裕福で、皆が欲しがるダンジョンがある街だ。それにも関わらず、暢気なことに、アーデルバード街議会は、軍も持たず、兵役も課さない。数人の深階層プレイヤーの噂話だけで、恐れをなして、誰も攻め込んで来ないからだ。兵役など課しても、金と手間がかかるだけ。この街の男なら、一度は武器を担いでダンジョンに入ってみるもので、皆適当に戦闘経験があり、適当な武器も持っている。使える男は、もうふるいにかけられている。攻め入る方には加担しないかもしれないが、防衛の方には、皆やる気を出して参加するだろう。それがアーデルバードっ子だと信じられている。パドマの噂が外まで浸透すれば、アーデルバード民は、女も子どもも全員が戦闘員であり、全員が単独で巨大怪獣を薙ぎ倒すという尾鰭がつくのかもしれない。

「ちょっとね。恨みが募っちゃって。もう止まらないんだけど、これは少し注文しすぎたかな。本当に、どうやって持って帰ろうか」

 思い付いただけの武器を片っ端から注文したツケが、予想外のところに出てきてしまった。こんなに沢山、物騒な物を持って帰ったら、もう既にいっぱいのベッド下に収納しきれない。隠すところがないのだから、すぐに見つかって、兄に叱られるかもしれない。

「後で、ペンギン兄ちゃんに配達を頼んでやるよ」

「そうだね。よろしく」

 パドマは、代金をカウンターに置くと、長物を3本だけ持って、店を出た。

 にこにこと上機嫌な少女が、槍を持ってスキップして歩いても、誰も注目しないのが、アーデルバードである。二度見するのは、他所者の交易商人くらいだ。他の者は、今日も新星様はご機嫌だね、と噂する程度である。それを聞いて、交易商人は、違う街で噂を流すのだ。アーデルバードは、攻め入らない方がいい、と。何の役も持たない年端もいかない可愛らしい少女が、個人的に100人を超える軍隊を持っていて、少女自身がその全軍を単騎で蹴散らすほどに強いらしい。だが、そんなのは序の口で、その実力者よりも、そこらの弁当屋やケーキ屋や飲み屋のオヤジの方が強いらしい。弁当屋より探索者が弱いということはないだろう。探索者があふれるあの街を落とすのは、容易ではない。

 そんな意味不明な噂が、存在も知らない街でこれから広がっていくのも知らずに、パドマはふふふと笑って、槍を抱きしめた。



 自室まで武器を配達してもらったものの、結局、1人では全ての武器を持って行くことはできない。パドマは、今回は、長物を3本背負って行くことに決めた。そして、それ以外の装備は、ヤマイタチ用のリュックに入れて行く。

 背負い方が間違っているのか、動く度にガシャガシャと背中がうるさいのだが、どうしようもないので、そのまま出かけた。

 今日も、ダンジョンセンターには、暑苦しい男たちがいる。挨拶するのも嫌なのだが、何もしないと取り囲まれて、歩くのにも難儀することになる。

「お前ら、今日もいるのかー」

「そんなに嫌がらないで下さいよ。お邪魔にはならないよう気をつけますから」

「バーベキューまでは来てもいいけど、今日はそこで解散ね。タランチュラ狩りに行くから、タランテラを踊れないヤツは帰ること」

 パドマが条件を突き付けた途端、耳が壊れそうなブーイングが起きたが、近所迷惑になるので、無視してダンジョンに入場した。

「ボスの言うことが聞けないヤツは、バーベキューも参加資格はない。帰れ」

と、ハワードが言っても誰も聞かなかったが、グラントが左の手のひらを右手で殴りつけたら、半分くらいの男が口をつぐんだ。


 今日のバーベキュー会場は、30階層最後の部屋である。一部屋まるっと皆でお掃除をしたら、それぞれが上階下階に散って行ったり、道中仕入れてきた獲物を解体して、隣の部屋に焼きに行く。

 毎日開催しているので、皆慣れたもので、手分けして調理器具やら皿やカップ、フォークに飲み物や調味料を持参してくる。

 パドマも初日は解体に参加していたが、皆と一緒に作業するのが嫌になって、今では、隅っこで師匠と並んで食べるだけになっている。今日は、発泡果実水だと騙されて、サイダーを飲んだらだるくなって、壁に寄りかかっていた。

「姐さん、大丈夫か? 今日は、姐さんの方が帰った方が良くね? 水飲むか?」

 ハワードが、カップを出すが、パドマは頑として受け取らない。

「うるせー。また騙す気だろ。ダンジョンでは酒厳禁て言ってんのに、なんで酒があるんだよ。お前らなんか、子分じゃねー。許さねー。ギデオン、モモンガ獲ってこい!」

「しょーちぃ!」

 今日は、ギデオンはいないため、別の人間が3人走って行った。39階層は、なかなか遠い。普段のパドマなら、絶対に頼まない。さして飲んではいないハズなのだが、ボスは酒に弱いようだった。



「うっし、今日も腹一杯食ったな? 食ったヤツは解散。食い足りないヤツは、1人で食ってやがれ。絶対、付いてくんなよ、うぜぇ」

 パドマは、唐突にふらりと立ち上がった。どう見ても1番行ってはいけない人は、パドマなのだが、予定は変更しないらしい。

「姐さん、俺はタランテラ習ったから、行ってもいいよな?」

 習ったも何も、真珠拾いで何度も通った道である。行きも帰りも通過するのを優先にして、あまり敵と対峙はしていないのだが、今日に限っては、意地でも付いて行こうと、ハワードは腹をくくっている。残念なことに、踊り係は13人しか揃っていないが、少女2人の壁役なら、十分だろう。

「んー? お前は、誰だ」

 パドマは、とろんとした目で、首をかしげている。仕草だけなら、可愛いが、油断は禁物だ。シラフでも、とんでも命令をだすことがあるボスである。酔い方によっては、腰の剣を抜くかもしれない。

「ハワードだよ。忘れないでくれよ」

「嘘つけ。ハワードは、ふわふわもっこもこで美味しいんだぞ」

 パドマは、ハワードを指さし、プンスカ怒り出した。仕草だけなら、以下略かもしれない。

「そのクダリ、前に1回やっただろ。また付き合ってもいいけどよ。姐さんの顔を褒めるとこまでが、ワンセットだからな」

「ウチの顔を褒めてもいいのは、お兄ちゃんだけだ。お前に、その資格はない!」

「どんだけブラコンなんだよ」

「地の果てまでだ!」

 階段を降りきったパドマは、全力で走り出した。

「走るな! 酒が回るぞ?」

 男たちは、パドマと師匠の周囲に散開し、それぞれ得物を構えて、ペンギンを弾き飛ばしながらついて行った。パドマは、楽でいいなと思いつつも、全力に余裕でついて来られることに、イライラした。さっきまでは、ふざけたテンションで話していたのを通常に戻して、吐き捨てる。

「阿呆が。見てくれに騙されやがって。ウチは、多分ザルだよ。樽を開けても、変わらないよ」

「は?」

 数人、パドマに気を取られて、ペンギンに体当たりをされていたが、無視して走り続けた。別に、ペンギン如きから、守ってもらえずとも自力で殺れる。

「昔、結構しょっちゅう死ぬかと思うほど飲まされてたけど、酩酊したことはなかったよ」

 パドマは、右後ろの男を狙っていたイワトビペンギンを1羽、剣で跳ね飛ばした。

「いくら飲んでも、酔えないんだよ。酔ってる場合でもなかったしね。いっそ意識がぶっ飛んでた方が、楽できたかな。好きでもないし、酒がもったいないないから、飲ませてくれなくていい」

 パドマの言葉は真実のようで、いつも通りの剣の腕を披露した。冷えた顔が、剣技に映えていた。

「しょっちゅう? 昔? 親が?」

「残念だけど、親はそんなに金を持ってなかったよ。飲ませてくれたのは、通りすがりの知らんおっさん」

「知らんおっさんが、なんっん!」

 グラントが、ハワードに静かに寄って、キレイな右ストレートを披露した。ハワードは、盛大に吹っ飛んでいった。走っていたから、そんな風に見えただけかもしれないが。

「グラちゃん、ナーイスつっこみ」

 またパドマの顔は、酔っ払いに戻っていた。

「恐れ入ります。今も、体調に変化は御座いませんか?」

「今回は、大して飲んでないしね。これでやられてたら、今頃生きてないよ」

 パドマは、グラントを見ることなく、進行方向だけを見ていた。

サイダー=りんごのお酒。三●矢サイダーではない。

どうでもいい男たちが湧いてきたから、タランチュラまでいけなかった。。。

次回こそ、タランチュラ戦。

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