メルメド火山〜右京
「ちょっと右京…どうして気づかないのよ。」
帰宅した翠は髪を切ってきたが、それに対して俺が何も言わなかったのが気に入らないらしい。
「気づいていたさ。口に出さなかっただけだ。」
正直に言うと、あれ?なんか雰囲気が違うな…髪を切ったか?と、自信が無く言い出せなかった。それにしても髪を切ったかどうかなんて、どうでも良い事で何をこんなに怒っているのだろうか。
「あっ、そ。」
翠はいつもの冷たい言い方で返してきた。が…今回はこれで収まらず、さらに言葉を続けて来た。
「あと、タオル!」
「ん?タオル?」
タオルが何だって言うんだ?
「そう、タオル!どうしてトイレ用のタオルを洗面台で使うのよ!何回、言ったら分かるのよ!」
そう、タオル問題…以前にも言われた事を覚えている。だから、今回もちゃんと洗面台には洗面台用のタオルをセットしたつもりだった。が、間違えたか…あぁ、めんどくさい。
「だったら、タオルに”トイレ用””洗面台用”と書いておけよ!」
そう反論したら、翠の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが分かった。
「毎日、使っているのにどうして分からないのよ!」
「タオルの柄なんて、いちいち覚えられる訳ないだろ!」
あぁ…やっちまったな。これは喧嘩パターンだ。
翠と出会ったのは仕事中…彼女はオレの営業先の事務員さんだ。
納期遅延で謝罪をしに来たオレに対し、とても気を使ってくれた。
『ウチの工場長、あなたの事をとても頼りにしているのよ。怒っているように見えるけど、ウチの社員にはもっと厳しいんだから。』
その時に伝えてくれた彼女の言葉…今でも覚えている。
腹の内を読みにくかった翠の会社の工場長がオレの事を”頼りにしている”と聞けて嬉しかった。たとえ、それが翠が”オレに対し、気を使った言葉”だったとしても…
「書くわよ!書けばいいんでしょ!」
翠はマジックを持ってきて一枚一枚、タオルに”トイレ””洗面台””台所”と書き始めた。
書かれていくその文字から怒りに満ち溢れている事が分かる。
翠をデートに誘ったのはオレからだった。
『工場長から一週間内に納めてくれたらそれで良い。』と言われ、安堵したオレは帰りの事務室で翠に礼を言うと話が弾んだ。そして…終業を告げるチャイムの音が流れると共に、オレから夕飯に誘ったのが始まりだった。
翠が会社から出てくるのを裏口で待った。
以前から”綺麗な方だな。”と思っていたが…事務服から私服に着替えた彼女の姿はオレの心を掴んだ。駅近くの海鮮居酒屋に行くと、お互いの趣味がゲームである事を知り、さらに同じスマホゲームをしていた事から意気投合~LIMEのアドレス交換をし、すぐに交際へと発展した。
取引先の事務員さんに手を出したとなれば問題が起こるのでは?と気に病んだオレは翠に提案して、お互いの会社には隠す事となった。
そのおかげでか今でも翠はその会社の事務員として働き、オレも翠の会社の担当のままだ。
「もう、いい…ちゃんと覚えるから。」
オレはそう言ったが、翠の手は止まらない。無言のまま殴るようにタオルに文字を書き入れていく。
「もう、いいっ。て言ってるだろ!」
オレが翠の腕を掴んで止めさせると…キッと睨まれて…手を振り払われた。
「あ…」
翠はオレの手を振り払うと玄関に向かって走り出す。
バンッ!!
大きな音を立ててアパートのドアが勢いよく閉められた。
外の階段を駆け下りる翠の足音がかすかに聞こえる。
駆け下りる音が終わると部屋は静まり返った。
先程響き渡った大きな音と反比例するようかのにように、まったく何の音もしない部屋が訪れた。
「はぁ~。」
大きくため息を吐く。
どうしてこうなってしまったのだろうか?オレが悪いのか…たかがタオルで何故ここまで?
お互いに結婚の事を意識してきた時、同棲生活を提案してきたのは翠からだった。
オレは絶対に上手くいくと思い、快諾した。
”翠とは相性が良い…何よりお互いに愛し合っている。”と考えていた。
最初は上手く行っていた…と思う。
慣れてきた頃から…かな、少しづつズレてきたのは。
今は”お互いに我慢している”ように思える。
結婚するって…一緒に生活するって”お互いに我慢をし続けなければならない”って事なのかな?だとしたら結婚生活って一体…何なのだろうか?
出て行った翠をすぐに追いかけるのが正解だったのかもしれない。
だけど、オレはそうしなかった。
一瞬、腰を浮かせたが思いとどまった。
翠は一人になりたかったような気がした。
そして…オレも一人になり、考えた方が良いと感じた。
どこで?何を?間違えたのかを思い返す。
「あぁ…最初の頃は楽しかったな。この幸せが、いつまでも続くと思っていた…。」
いつの間にか、オレは眠っていたようだ。
「あ、しまった…もう20時だ。19時からのイベント…」
翠は戻っていないようで部屋は暗闇に包まれている。
慌ててオンラインゲーム”サウザントフェアリー”にログイン。
ドドドドーン!
「うぉっ」
いきなり戦闘か…目の前に現れたのはサラマンダー。となると…ここはメルメド火山だな。
「ライトさん、いきなりだけどヨロシク!」
「おう、遅れてすまない。」
ログインして”ギルドと合流”ボタンを押すとギルドマスターの元へと送られる。戦闘中のウインドさんと挨拶を交わした。
「剣技…サイレントスラッシュ!」
シュンシュンシュン!
とにかく攻撃しようと思い、剣技スキルを繰り出した。サラマンダーにダメージを与える。
「離れて!」
叫ぶ声を聴いて振り返ると…グリーンの姿があった。
いつも隣に座るグリーンである翠は、そこに居ない。淡いベージュ色の座椅子があるだけだ。
一体、どこからログインしているんだ?
詠唱を終えたグリーンが魔法を放つ。
「大海原に佇む水の化身…ポセイドンよ…我に大いなる海の力を与えたまえ…ビックウェーブ!」
巨大な波がサラマンダーを襲うと一気にHPを減らす。
「武技…爆裂連打!」
重い連続攻撃をブロッサムさんが放つと、サラマンダーのHPゲージは0となった。
「やったわね!」
ムーンさんが喜びの声を上げる。
ピョンピョンと跳ねて喜ぶムーンさんの姿を見ると、オレも、おそらくギルドメンバーも癒された。
「みなさん、遅れてすまなかった。」
「いえいえ、リアル優先で良いですよ。」
1時間遅刻した事に対しギルドマスターのウインドさんは優しくフォローしてくれたが、寝てしまっただけなので罪悪感を感じた。
「そうっすよ、デートでもしてたんっすか?リアルではイケメンかもっすね?」
いかついキャラをしたブロッサムさん…恋愛ネタがこれほど似合わないキャラは居ないような…
「え?ライトさんって、イケメンなんですか??」
真剣な声色で話すムーンさん…やはりこの子は天然キャラなのだろうか?ただ単にゲーム慣れしていなくて、用語が分からないだけじゃない気がしてきた。
「へぇー、イケメンなんだ。ライトさんは、さぞかしおモテになるのでしょうねぇ。」
トゲのある言い方からグリーンが、まだ怒っている事が分かる。どこからログインしているのか分からないが、ダイレクトメッセージを送るのもLIMEするのも、今は逆効果だと感じた。
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