月代
「はぁ〜。」
隣に座る男子生徒、一条風斗を見るとイライラする。
幼馴染である風斗…いつも授業中にボーッとしているクセに試験での順位は常に上位にいる。
こっちは必死に勉強しても下位なのに…あぁー、イラつくわ。
私の名前は三好月代。
どこにでもいる普通の女子高校生。
この数学の時間も、先生が何を言っているのか分からない。
「ちょっと、何、ぼーっとしてたのよ。」
私は数学の授業が分からなかったイライラを風斗にぶつけた。
「えーっと…あの先生の髪は将来薄くなりそうだな…と。」
いきなり訳の分からない事を言う風斗。
私は思わず笑ってしまい、悪態をついた。
笑っちゃうなんて…不覚。
あぁ、隣の席の男子がイケメンだったらと心底思うわ。
その事を思わず口に出すと風斗と逆の席に座る男子生徒に謝られた。
「ごめん、ごめん。」
まぁ、キミも平凡な顔だけど…キミには言ってないからと謝り返す。
昔から大人しい雰囲気のあった風斗。
高校生になってからは…大人しいと言うより、暗い感じに見えるようになった。
こんなのが幼馴染だなんて…隠しておきたい事実だわ。
国語の時間。
先生に本読みを指名されている事に気づいていない風斗。
まったく…何で隣の席なのかしら…
「ここよ!ここ!」
私は小声で教科書の一部を指差した。
あぁ…私はお節介なのかしら?
いえ、違うわ…私は"親切な人"なのよ。
誰にでも親切な人なのだけど、今はしょうもない男が隣に座っているから仕方なく、この男に親切にしているだけなのよ。
風斗から感謝の言葉を貰える訳は無く、私は自分で自分を褒める事にする。
まぁ、感謝の言葉が聞けたとしても気持ち悪いだけだわ…
放課後になると隣のクラスにいる親友、尼子夕凪が帰りの誘いに来た。
夕凪とは風斗と同じく近所に住む幼馴染。
小中高と同じ学校に通っている。
この高校を選んだのも半分は夕凪と一緒に居たかったからかも。
「あぁ、なんで風斗と同じクラスで夕凪とは違うクラスなのよ。」
誰に文句を言う訳でもなく、そう呟いた。
「ふふふ、来年度は同じだといいわね。」
夕凪の優しい声を聞くだけで癒されるわ…ほんと天使的な存在。
「さて、帰りますか。」
夕凪と一緒に帰り道を歩く。
本来、私は陸上部の部活があのだけど、今は休部している。
スポーツ推薦でこの学校に入学したのに、足に怪我を負ってしまい…顧問の先生には申し訳なく思う。
病院で聞いた診断結果を顧問の先生に伝えた時の…あの残念そうな表情が今でも頭から離れない。
入学した時から…いえ、入学する前からインターハイに向けて努力していたのに、地区予選に立つ事さえ出来ないなんて…やるせなさで一杯になる。
その気持ちを払拭してくれたのが、今、話題のオンラインゲーム「サウザンドフェアリー」。
陸上部を休部し、暇だった私は動画配信サービスを見まくっていた。
その時に流れたウェブ広告を見て、その可愛らしいキャラクターに魅かれて思わずスタートさせてしまった。
ゲームに縁が無かった私は自分のキャラクターを作るだけで一時間程を費やした。
「職業?…魔法使い。とか…楽しそう。」
「魔法使いと言えば、やっぱり服は紫色かなー、あっ、この帽子可愛い…」
「目の色は…ピンクかなぁ。いや、やっぱり赤?」
「プレイヤー名は…うん、ムーンにしよう。」
キャラクターを作る間の一時間、ずっと独り言を呟いていた事を思い出した。
さて、ログインしよ♪
何をしたら良いのか、まったく理解出来ていないけど私には強い味方が居る。
「ウインドさん、こんにちは。」
「ムーンさん、こんにちは。」
毎日、私より早くログインしている、ギルドマスターのウインドさんは、黒と赤を基調とした服装がとてもカッコいい。
色々と教えてくれるけど、毎日ログインしていて…もしかしてニートさんなのかしら?
ゆっくりと道を歩く。草木が風に揺れ…太陽が輝き、雲が流れる。本物の風景のような世界観もこのゲームの魅力の内の一つ。
「ウォーターボール!」
今日も私は訳も分からず魔法を使って向かってくるモンスターを倒す。
モンスターには弱点があるらしいけど私には分からないから、ただただ、指示に従って魔法をぶっ放すのみ。
仲間と協力して自分よりレベルの高いモンスターを倒した時の達成感が堪らなく好き。
そして何より、このゲームをしていると足の怪我の事も忘れる事が出来た。
あと、気に入っている所は音声入力システムね。
私はキーボードを打つのが苦手なので、マイクに向かって話すだけでゲーム内で会話出来るのは有難い事。
今日もトドメの一撃をウインドさんは譲ってくれる。
トドメの一撃を与えると経験値が多く入るとの事…ウインドさんは優しいな。
早く強くなって、このギルドの役に立ちたいと思う。
ただ…"永遠の風"というギルド名だけはセンスが悪い。
何だろう…昭和レトロな雰囲気を感じるわ。
突然、画面右上に居るフェアリーが騒ぎ出した。
「たいへん、たいへん。」
「え?何?何が大変なの?」
フェアリーは、各プレイヤーごとに一人付いているらしい。
ウインドさんから強いモンスターが近づいているから警戒するようにと指示が出た。
私は思いっきり動揺するも、ウインドさんの冷静な指示により防御の構えを取る。
「何?この大きいモンスターは!?」
「ジャイアントバファローだ。」
ウインドさんはモンスターの名前を教えてくれたと同時に、まだログインしていないギルドメンバーのグリーンさんの名前を口にした。
私と同じ魔法使いであるグリーンさんは様々な魔法を使いこなす。
「わ、わたし…頑張ります。」
ウインドさんの役に立ちたい…グリーンさんのように戦いたい…そんな感情が心に湧き起こった。
「ファイアアロー!」
私はウインドさんに指示された通り、火の矢をバファローの顔に向けて放った。
思い通りに、まっすぐに飛ぶ火の矢…練習した甲斐があったわ。
私が放った火魔法は無事にバファローの顔を捉えた。
「やった!」
そう叫んだけど…全然、効いてない!なんで効かないのよ!
ガンッ
ウインドさんとバファローが激突する音が響く。
「え…援護しないと…」
そう思った私はすぐに呪文を唱え魔法を放った。
「ファイアアロー!」
今回も練習通り、まっすぐに飛ぶ火の矢。
その矢は…ウィンドさんの背中へと向かう…えっ?
「あっ…ダメ!避けて!」
寸前の所で躱わすウィンドさん。
「ふぅ…」
危なかった…味方を攻撃するところだったわ。
そこからは凄かった。
剣士のスキルを使って剣を振るいバファローへの攻撃を繰り返すウインドさん。
その剣はまるで流れる川のようにも見える。
「す…凄いわ。」
「チャララーン♬」
「パパパパーン♬」
聞き慣れない音楽と共にレベルが上がった時に流れる曲が奏でられた。
あれ?
火魔法を2発当てただけなのに…レベルアップしちゃったわ。
私は急いでウインドさんに駆け寄った。
「ウインドさん、凄い!」
「あと、さっきのでレベルアップしたの!」
感謝の気持ちを伝えたけど、ウインドさんは何故か固まっていた。
顔を覗き込むもまったく反応しない。
「トイレにでも行ったのかしら?」
にしても…あんなに強いモンスターを一人で倒しちゃうなんて、カッコイイわぁ。
私はPCの前でニヤニヤとしている事に気づいた。
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