風斗
この机の傷は一体いつ頃、付けられたのだろうか?
傷を指でなぞると何かの絵のようにも思える。
もう卒業している人?どういった生徒が付けたのだろうか?
俺の名前は一条風斗。
どこにでもいる普通の男子高校生だ。
今は数学の時間。
先生が何かを話しているが、まったく頭に入ってこない。
まぁいいか…教科書に書いてある事を話しているのだろう。
「ちょっと、何、ぼーっとしてたのよ。」
数学の授業が終わり、隣の席の女子が話しかけて来た。
短い髪をしたその女子の名前は三好月代。
近所に住む幼馴染で、小中高とずっと同じ学校に通っている。
面倒だが何か答えないとな…
「えーっと…あの先生の髪は将来薄くなりそうだな…と。」
オレがそう言うと三好は笑いながら言った。
「ちょっと…馬鹿なの!」
周りに居る生徒、数人がこちらを振り返るが、何事も無かったのようにそれらの生徒は向き直した。
目立ちたくないから隣で大声を出すのは勘弁して欲しい。
あと…残念だが三好は人を馬鹿扱いする程、賢くはない筈だ。
「はぁ…」
面と向かって、そんな事を言える訳はなくオレはため息を吐いた。
「何よ、幼馴染のよしみで構ってあげているのに…あぁ、隣の席の男子がイケメンだったらなぁ…」
三好が大きめの声でそう言うと、反対側に座る男子生徒がイケメンじゃなくて悪かったな。と謝っていた。
まったく、何の漫才を見せられているのか。
スポーツ推薦でこの高校に入った三好だが、足の怪我で所属している陸上部を休部しているようだ。
その話を聞いた時は同情したが、あっけらかんとしている様子から見て、怪我もそのうち治るのだろう。
あぁ…騒がしい休み時間はあまり好きになれない。
どちらかと言うと授業中の方が好きだ。
静かな時間は、様々な事を考える事が出来る。
「一条…おい、一条。」
「あ、はい。」
俺は名前を呼ばれている事に気づき慌てて返事をした。
大切な妄想の時間を邪魔してきたのは国語の先生。
「ここよ!ここ!」
三好が小声で教科書の一部を指差している。
国語の時間だし…ここを読めという事か。
ゆっくりと立ち上がり、オレは教科書を読み始めた。
昔の小説の一文だ。
国語は好きだが、何故、人前で本を読まなければならないかは理解出来ない。
本は一人でじっくりと読むべきだとオレは考える。
「はぁ〜、終わった!」
一日の授業が終わると三好は伸びをしながら叫んだ。
いちいち、声が大きい。
もっと静かに出来ないのかと思いながら、オレも帰り支度を始める。
「月代〜、帰ろ〜。」
隣のクラスの尼子夕凪がいつものように現れた。
この尼子も近所に住む幼馴染だ。
三好とは対照的に髪は長く、肌の色は透き通るような白さを持つ。スポーツよりも勉強が得意なタイプだ。
オレは二人よりも早く教室を出て帰宅を急いだ。
急いで帰るのには理由がある。
大人気のオンラインゲーム、「サウザンドフェアリー」に早くログインしたかったからだ。
このゲームは美しいグラフィックとキャラクター、そして様々なイベントで徐々に話題となり、プレイヤー数を増やして来た。それぞれのプレイヤー同士でパーティを組み、フェアリーと共に問題の解決を目指す。
最も特徴的なのは音声入力システム…マイクで話すだけで言葉を入力出来、自分のキャラクターがプレイヤーに代わって話す事も出来る。
今回のイベントは暗闇に包まれてしまったフェアリーが住む妖精の里を元の姿へと戻す事だ。
早くイベントを達成したプレイヤーから順に高い報酬を得る事が出来るという。
いつもの軽快な音楽と共にゲーム画面が映し出された。
今日も仲間内で一番早くログインする事が出来た。
オレはこのゲームでギルドを立ち上げている。
学校ではリーダーになる事など絶対にやりたくないが、自らギルドマスターというリーダー的な存在になった。
立ち上げ当初からこのゲームをプレイしているオレは以前、違うギルドに所属していたが、そこの仲間との考えが合わず脱退。
自らがギルドマスターとなり、仲間を募集したのだ。
今は5人でギルドを組んでいる。
ギルド名は「永遠の風」…”永遠”と書いて"とわ"と読む。
なんてカッコいい名前だろうか。
そして、オレのプレイヤー名はウインド。
職業は剣士だ。
少し所持品の整理をしているとギルドメンバーが一人、ログインした。
この時間にログインするのは…
「ウインドさん、こんにちは。」
「ムーンさん、こんにちは。」
紫色の服に大きな茶色い帽子、そして黒いロングヘアーのキャラクターのムーンさんだ。
彼女は魔法使いの職業を選択している。
「他のギルドメンバーが来る前に安全な場所まで進めましょうか。」
オレはムーンさんと二人で昨日、たどり着いた森まで行く事にした。
「はい、足手纏いにならないように頑張ります!」
初心者の彼女はとても謙虚で素直だ。
オレがこうした方が良い。とアドバイスすると必ずそのようにする。
道中、様々なモンスターが現れる。
レベルの低いムーンさんが最後の一撃を加えられるように調整しながら戦う。
モンスターに対し、最後の一撃を与えたプレイヤーには経験値が多めに入る仕組みだからだ。
この事はゲーム説明には載っていないが、何度かプレイする内にオレは気がついた。
「たいへん、たいへん。」
突然、案内役のフェアリーが騒ぎ始めた。
「何?何故、こんなところに?」
このフェアリーの騒ぎ方はAランク級のモンスターが近づいて来たというメッセージ。
「え?どうしよう?どうしたら良い?」
動揺するムーンさんを落ち着かせる。
「オレの後ろに下がって、防御の構えを。」
現れたのは…ジャイアントバファロー。大きな牛型のモンスターだ。
巨大な前足で地面を掻いている。
「くっ、グリーンさんが居てくれたら。」
ギルドメンバーのグリーンさんはジャイアントバファローの弱点である電撃系の魔法を得意としている。
「わ、わたし…頑張ります!」
ムーンさんが杖を構えた。
ムーンさんはまだ初級魔法しか使えない。
が…必死に戦おうとしている。
アイテムを使って逃げる事も出来るが…ギルド所持の貴重なアイテムだ。
出来るなら使いたくない。
ジャイアントバファローは鼻息を荒くした。
「来るぞ!顔に向かって火魔法を放って!」
突進攻撃を繰り出すバファロー。
「ファイアアロー!」
魔法の杖からムーンさんが初級の火魔法を放った。
見事、バファローの顔に命中したが、構わず突進してくる。
「ヤー!」
オレも突進して剣を振るった…ガンッ!
「くっ、硬いっ!」
ジャイアントバファローの突進を止めたが、ダメージを与える事は出来なかった。
ジリリと硬直状態となる。
「ファイアアロー!」
背後からムーンさんの声が聞こえた。
「え?今?」
オレは寸前の所でムーンさんの火魔法を交わす。
ふたたびバファローの顔に、火魔法がヒット。
「この位置は…」
オレは偶然にもバファローの懐に入っていた。
「バスターソード!」
剣士のスキル、バスターソードをバファローの腹部に向かって放つ!
ドーン!
「よし!効いてる!」
「サイクロンソード!」
怯んだバファローに向けてスキルを発動。
ザンザンザンッ!
スキル、サイクロンソードは上下左右にと剣を振り、何発もの連続攻撃を繰り出す技だ。
「ぐわぁぁぁ〜」
ジャイアントバファローは、雄叫びを上げた。
「チャララーン♬」
高ランクモンスターを倒した時のミュージックが流れる。
「ふぅ〜…疲れた。」
「ウインドさん、凄い!」
ムーンさんが駆け寄って来て褒めてくれた。
何だろう?この感覚は…
オレはPCの前でニヤニヤとしている事に気づいた。
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