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第6話 『凶兆と契約』

 ――その髪色は、私にとって凶兆でした。


 その日、マルグリット様は王立魔法学園をご視察に訪問されていました。


 学園生たちの歓呼の声に応えて壇上で手を振り、聖母のような微笑とともに手を振るそのお姿に、内心の動揺を隠せなかったことを覚えています。


(私にしか、見えていない……?)


 金と青。本来なら打ち消し合う二色の髪色の点滅。


 周囲の学園生に、違和感に気づいた様子はありませんでした。ヴィオール王国随一の美貌と呼ばれるそのお姿を見て、男女を問わず興奮していたのです。


 だからこそ、私は思いました。異常なのは、自分ではないかと。完璧な世界に生じたひびのように、私だけがこの場から取り残されている。精神的な病質。それに伴う幻覚。脳裏に思い浮かぶ、自責の思考。


(パトリック殿下……!!)


 きゅっと胸が締め付けられる感覚は、愛しい御方のことを思ったから。


 もしこの眼も、心も健全だったなら、マルグリット様の不吉な髪色はきっと、パトリック殿下に害をなすものに違いない。


 それは思い込みというより、強迫観念に囚われたと言った方が適切だったかもしれません。


 禁書庫での調べ物は、根拠を探すというより不安を払拭するためのものでした。思い過ごしであれば良かった。見間違いであれば良かった。けれど私は見つけてしまったのです。根拠としては薄弱ながらも、あの光景が成立する理由を。


 ネクロマンシー。死者の髪の移植。


 曙光すら差さない明け方。ランプの光のみを頼りに古書のページを繰り、その記述を見つけたとき、私の背を冷や汗が伝いました。


 推論があったのです。あの不吉な髪色を見たのが私だけで、他の者たちには見事な金髪に見えていた理由。それは私の魔力容量が稀有のものであったがために、マルグリット様の髪色ではなく魔力の色彩を見たのではないかと。


「おや、メリア殿ではありませんか。なにか御用ですか?」


 両側に嵌められた車輪を転がすように、私はその日のうちにエストール様の元へとご相談に上がりました。


「あの、大切なお話が……」


 と話題を振った矢先、女生徒がエストール様の席に滑り込んできました。


「エストール様ぁ、これから私たちと一緒にお茶しませんかぁ?」

「おっと、俺が紅茶に眼がないことを知ってのお誘いありがたいね……でもちょっと待ってほしいな。メリア殿が先約だ」

「私たち、いつものカフェで待ってますからぁ。絶対に来てくださいねぇ」

「もちろんわかってるよ。君たちを置き去りになんてしないからさ」

「…………」


 ひらひらと手を振ってニッコリ笑顔で女生徒たちを見送り、無言のままの私に向き直ったエストール様は、開口一番こう申されました。


「……お話、やめときます?」

「いえ」


 首を振って完全否定すると、エストール様は気まずそうに笑まれました。ひょっとしたら、ご本人的には断った方がよろしかったのかもしれません。


「お話というと、パトリックですか。俺が言っていいことなら伝えますが」

「違うんです。あの、変な話と思われるかもしれませんが……」


 とここで、エストール様は目敏く周囲の状況を確認されました。


「人目を憚るのであれば、教室から場所を変えましょう」


 ご案内してくださった先は、学園内にある倉庫のような場所でした。どこで入手されたのでしょうか、エストール様は制服の懐から鍵を取りだすと、慣れた手つきで開錠して中に入られたのです。


「ここなら、人目につきません」

「どうもありがとうございます」

「お礼など。それより、俺にどのようなご用件で?」


 悩んでいい時間は過ぎました。私は決意とともに口にします。


「『王家の懐刀』としての、エストール様のご助力を賜りたいのです」

「…………」


 この御方の驚いた表情を見るのは初めてでした。飄々として掴みどころがなく、現に誰にも深い部分をお見せにならないのがいつものエストール様でしたから。


 眼を細められて、首を振って、一連の所作を終えたエストール様はいつものペースを取り戻しておられました。


「メリア殿は考え違いをしておられるようですね。『王家の懐刀』とは、当家に与えられた勇名です。個人を指すわけではないのですよ」

「嫡男として、いずれガスガルド家を継がれるエストール様には相応しいかと」

「褒め言葉として受け取りましょう。少し、言い方を変えた方がよさそうだ」


 優雅に髪を搔き上げたあと、エストール様はその瞳に真剣な光を宿されました。


「『王家の懐刀』は、王家の血を引く者にしか使えません。パトリックと婚姻し、いずれ王太子妃となるあなたにも抜き放つ権限はないのですよ」


 その眼が、暗に語っていました――『どうかお引き取りを』と。

 それでも私は、踵を返して逃げ帰るわけには参りませんでした。


「その王家が、危機に直面していてもですか」

「穏やかじゃありませんね。ふだんのメリア殿でしたら、もっと……」

「なんでも、差し上げます」


 舌先で丸め込まれてしまう前に、私は条件を提示しました。


「ラセーヌ家が差しだせるものであれば、どのようなものでも。ですからどうか、私のお力になってはもらえませんか」


 眼は逸らしませんでした。もし先に私が根負けしたら、エストール様はお為ごかしで煙に巻こうとなされたでしょうから。


「決定は、お話を聞いてからだ。話せる範囲で打ち明けてください」


 心底から困った素振りのエストール様に、こうして私は疑惑を打ち明けることとなったのです。

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