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第4話 『ロマンチック・ネクロマンス』

 ブランドンの身柄は、繁華街の裏町にある貧民窟にありました。

 大方の予想通り、そこに住まう人々が彼を匿っていたのです。


 彼らはエストール様の手勢に包囲されると、身を挺してブランドンを逃がそうとしました。しかし相手はエストール様の精強な家臣たち、碌に戦闘訓練を積んでいない人間など物の数ではありません。


 あっという間に無力化され、逃走したブランドンも袋小路に追い込まれて拘束されることとなったのです。


 意外にも、取り調べに応じたブランドンの口は堅くありませんでした。


 保身というより、自らが黙することでマルグリット様に累が及ぶことを避けたかったのでしょう。エストール様の突きつけた疑惑の大まかな部分は、こうして彼の口から言質を取ることができたのです。


「……ブランドンは言っていました。『俺がそそのかした』と」

「その言葉を信じられたのですか」

「どうでしょうね、どっちだと思われますか?」


 問われるまでもない質問なので、即答しました。


「庇っているのでしょうね、それは……」


 残念な口ぶりの理由を、エストール様も理解されたのでしょう。


「ええ、なにせ意味がありませんから。一介の鍛冶師と王妃の不貞。露見すれば、己の運命なんて定まったようなものだ。ならばせめて、愛する人の身のために残りの命を使いたいと思ったんでしょうね」


 きっと、これも悲恋のひとつのかたちなのでしょう。


 許されぬことをした代償を支払うことになっても、心は最後まで想い人のしあわせを願わずにいられない――。


 このとき私は胸が締め付けられるような気持ちを覚えたのですが、エストール様の抱かれた感想とは少し違っていたようです。


 造作もなく感情をお隠しになるエストール様にしては珍しく、少々忌々しそうなご様子を見せられたのです。


「だが、そんなことはどうでもいい。問題はパトリックの出自だ」


 扉の向かい側のお顔は見えませんが、私も頷き返します。


「それに匿っていた連中……逆に、こいつらは口を割らなかった」

「ネクロマンシーの施術師と関係があったのですね」

「元王妃への施術の見返りとして、庇護を受けていたのです。王都の地下に、鼻つまみ者の連中でも安住できる居場所を提供されていた」


 こうしてエストール様からことのあらましを聞けるということは、危険の芽は摘まれた後ということなのでしょう。


「ちょっとした魔術結社カルトでしたよ。あんな物騒な連中がプデミリオス付近の辺境地帯に巣食っていたなんて、ぞっとしませんね」

「もしや、マルグリット様に施術したネクロマンサーも発見されたのですか?」


 私の質問に、どう説明したものかと少し悩まれたご様子ですが――。


「こちらも、掃討済みです。パッと見、はたちそこらの美女にしか見えない老婆でしたよ。老朽化した人体のパーツを、その都度新鮮な死体のものと挿げ替えていたようで」


 お話になってから、怖がらせたと思い直されたのでしょう。

 エストール様は「おもしろくない話をしましたね」と恥じ入られました。


「ご存じの通り、パトリックは不義の子でした。父であるブランドンと母である元王妃から死者の金髪を受け継いだあいつは、傍目には誰もが羨む美丈夫だった。そして……あなたの婚約者でもあった」


 否定することはできませんし、そのタイミングでもないでしょう。

 私は「はい」と声に出して素直に肯定いたしました。


「ひとつ、お聞かせ願えますか」

「私にお答えできることでしたら」

「正答でなくていいんです。ただずっと、腑に落ちなくて……」


 一連の事件を捜査し、すべての真実を知り得てなお、エストール様はなにに悩まれておられるのでしょう?


 不謹慎ながら私の好奇心は疼きました。


「元王妃とブランドンは何故あのようなことを――いや、これでは質問の体をなしてはいないな」


 やや待って、エストール様は言い換えられます。


「私見ですが、彼らには野心があるように見えなかった。ネクロマンサーの一派は彼らの協力者であって、他の誰にも担がれてはいません。なのに何故、彼らは自らの息子を王位に据えるなどといった大それたリスクを犯したのでしょうか」


 ブランドンの人柄について、私は知りません。しかしマルグリット様にはお目通り叶ったことがあります。生来の姑として、娘の様子を見にこられたことがあったのです。


 髪色を除けば、気立てのおやさしい方でした。美しく、世にいる淑女たちが理想として描くような。エストール様の言う通り、一国の乗っ取りを謀るといった陰謀とは無縁の女性だったように思います。


「不足は、想像で補っても?」

「構いません。ブランドンの身柄は、既に王がお隠しになられた」

「では……」


 想像力の翼を広げて、私は自らの考えを口にしました。


「死体の髪の移植を持ちかけたのは、ブランドンの方からだったと思うんです」

「ブランドンが? しかしそのようなことをする意味が……?」


 そう、意味などない。息子を王座に就けるほどの野心を持たないのであれば、わざわざ死者の髪を移植する危険を冒す必要もない。子をなさず、マルグリット様と不義の関係だけ続けている方が、ずっと安全だったはずなのです。


 しかし私は思うのです。情愛というのは、きっと――。


「ネクロマンシーの施術は、被術者の命の危険を伴うものです。ブランドンは、苦痛に耐えて髪色を変えられたマルグリット様を見て、自らも運命をともにしたいと考えたのではないでしょうか」


 己の命と苦痛を賭して、愛する人と同じ施術を受ける。

 それはきっと、これ以上ない愛の証明手段となるはずです。


 そんな私の意見にピンとこなかったらしく、エストールは低く唸られました。


「では、なんのために息子を王座に?」

「わかりません。ただ……」


 とそこで、私は一呼吸挟んでから。


「私は、思うんです。それはブランドンに対するマルグリット様の感謝のご意思ではなかったかと」

「彼ら2人の息子のためでなく?」

「こう言い換えた方が自然かもしれません。これは返礼なのだと」


 死者の金髪を手にするため、ブランドンはすべてをなげうちました。そして王妃であるマルグリット様はそれに応えられた。2人の愛の結晶をその身に宿し、生まれてくる子どもに最高の環境を提供することによって、ブランドンの行為に報いようとしたのです。


 その旨を説明するも、エストール様ご自身の価値観と縁遠いものだったのかもしれません。しばし沈黙ののち、呆気にとられたように。


「……それは、随分と感傷的な」

「ロマンチストの自覚ならあります。女なら、大なり小なり」

「失礼、誹謗したのではなく……なんというか、あなたらしいなと」


 私らしい?


「ええ、斬新な見解で驚いたのは本当です。他に不利益をもたらすことで自らを潤す。血筋でしょうか、俺はそんな見方しかできなかったもので」


 恥じ入られたあと、エストール様は少し愉快げに。


「それに、メリア殿の見解には救いがあります。今は俺も、是非そうであってほしいと信じたい気分ですよ」


 もっとも、もう彼らの思いをたしかめるすべなどないのでしょう。

 声を出してエストール様が笑まれたので、私もそれに倣って笑みを湛えました。

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