第3話 『青と金の陰謀』
――2つの死体が、出土しました。
草花生い茂る庭園に埋まった、物言わぬ男女の古びた死体。年の頃はともに18、9と見え、人の一生がもたらす豊かな恵みを味わうことなく、その短い命を散らしたものと見られました。
周囲の反対か、身分差か。同年代の男女であれば、心中の線を疑われるのは当然の成り行きでしょう。しかしそれらの死体には異様な特徴がありました。頭皮が力ずくで引きはがされたような痕があったのです。
「ラウヴィッツ殿、これはどういうことか」
「昔、失踪した執事と侍女がいた。駆け落ちかと思ったが、まさかこんな……」
口元に手を当て、声を失うプデミリオス地方の当主、ラウヴィッツ・フォン・プデミリオス様がご生家の調査を拒めなかったのには理由があります。
事前にアポイントメントを取らぬ抜き打ちの来訪であった上に、子爵であられるラウヴィッツ様には『王家の懐刀』たるガスガルド家の調査隊を追い返す権限がなかったのです。
「死体から頭皮が失われた理由は?」
「心当たりがない。だが、妹なら……」
失言。気づいたときはもう遅い。
集った調査隊の後ろから、エストール様が歩みでられました。
「詳しい話を聞きたいですね。マルグリット様がどうなさったんです?」
「し、知らぬ!」
断固拒否の構えも、お相手が悪い。
「マルグリット様の髪色に関係がある、つまりそういうことでしょう?」
「……いや、しかしこんな凄惨な」
「ゆっくりお話しましょう。あちらで、紅茶でも飲みながら」
すべてオフレコにしますから、というエストール様のお約束を果たして信じられたのかは定かではありませんが――。
ラウヴィッツ様はとある秘密を口にされました。それは王と王妃の婚姻に関わる、いかにも奇妙な条件だったのです。
「美しい金髪の令嬢を探していた?」
「はい。あの、このことはどうか王には内密に……」
このときエストール様は唇の前に人差し指を立て、ニッコリと笑まれたそうです。
「王家への忠誠こそ、我が家の生きる道です。不興を買うような事実を、わざわざ王の耳にまで届けたりはしませんよ」
「はあ、では……」
冷や汗をハンカチで拭き拭きラウヴィッツ様が話されたのは、23年前に王がプデミリオス周辺地方の貴族諸侯に、新たな嫁探しを求めていたというものでした。
「しかし23年前なら、王には既に婚約者がおられたのでは?」
「必ず破談にするからとお話になられて……あの、このお話は」
「わかってますよ、あなたの名前は出しません」
少々癪な裏話ですがね、とエストール様は内心不機嫌になられていたようですが、このくらいの負感情を隠すくらい造作もなかったことでしょう。
「事実として、王は1度婚約解消を経験しておられる。お相手が嫌だったんでしょうね。しかし金髪か……」
鋭い視線が、伏せた眼の下側から刺し穿つようにラウヴィッツ様を捉えます。
エストール様の言下の攻撃に、ラウヴィッツ様は耐えきれませんでした。
「妹の髪色は……染めたもの、なのです」
「元の髪色は青」
「何故、それをご存じなのですか!?」
驚愕を通り越して恐怖されるラウヴィッツ様でしたが、エストール様は「当てずっぽうです」とさらりとおっしゃって片手を上げ、お相手がクールダウンされるよう紅茶を口に運んで間を取られたのです。
「マルグリット様は王都でも指折りの美貌の持ち主で、評判だっていい。新嫁候補として王陛下の注文に足りないとすれば、それこそ髪色くらいなものでしょう。だから自ら染髪され、王に選ばれようとした。しかし――ですよ」
ラウヴィッツ様にも考えさせるよう、一度水を向けてから。
「腑に落ちないんですよ。俺が見たところ、マルグリット様の金髪は生まれながらのものと遜色がない。染めたもののように見えないんです」
先の時間に、ラウヴィッツ様は当時の記憶を思い出されていたようです。
「王陛下に選ばれたあとで、妹と再会しました。その髪色はたしかに美しい金髪に変化しており、私の眼にも自然なものに見えた……」
罪の告白のようにも聞こえたのは、その婚姻がいずれ大罪に繋がるものと当時既に予見されていたからかもしれません。
しかしエストール様はフェアな御方です。眼の前の御方に、一時の感情に任せて不当な罪まで押し付けようとなさいませんでした。
「あなたは俺の大先輩です。当時は王都の魔法学園に通われ、郷里に帰るのも年に1度2度。ご実家におられるマルグリット様にいかな思惑があろうと、それを看破したり止めたりできないことは承知しています。問題があるとすれば――」
いったんお言葉を切って、直接口にされることは憚られます。
代わりに今は使われていないマルグリット様の生家を見上げられて。
「もう一度、調査に伺うかもしれません。そのときは、どうかご協力を」
「わ、わかりました」
「ああそれと、最後にひとつ確認しておきたいことがあるんですが――」
エストール様は、じっとラウヴィッツ様の眼を見て、こう問われたそうです。
「出土したあの2人の、生前の髪色は?」
☆★☆
大都市には、人が集う。その際に様々なものをもたらす。
お金や物品、それに情報。そこから派生した新規の価値観。遠く離れた地方から運ばれてきた教え。庵を出た僧が提唱する聖典の新解釈。得体の知れない眉唾物の伝説に、邪神崇拝……。
混ざり合いながらも決して溶け合うことのない彼らは、違う色に着色された油にも似ています。大都市という巨大な鍋の中で攪拌され、一見すると溶け合ったように見えながら、時間を置くとまたしても不均一な斑模様を描き始めるのです。
不気味なそのマーブル模様こそが大都市の本質であるならば、明るい日常のすぐ隣に濃密な闇の気配があってもおかしくはないのでしょう。
……事実として、王都でエストール様が追われていたのはそのような暗部だったのですから。
☆★☆
――鍛冶師ブランドンが姿をくらませた。
それはちょうど、エストール様率いるガスガルド調査隊の王都への帰還と、行き違いのようなかたちとなりました。
『赤龍の大槌亭』に赴いたエストール様一行を待ち受けていたのは、他の鍛冶師たちからの、親方が行方不明になったという報だったのです。
「あのときは肝が冷えましたよ。実のところブランドンを捕縛して、あなたに髪を見てもらうのが一番手っ取り早かったですから」
それも過ぎ去った思い出なのでしょう、扉の向こうのエストール様のお声は少し愉快げです。
「実はプデミリオス領での裏取りも、この時点でほぼ終えておりまして」
「ブランドンの素性まで把握されていたんですか?」
「ええ、かつて元王妃の生家近くの村落に、鍛冶師志望の青年がいたんです」
エストール様のお言葉によるなら、元王妃とブランドンは旧知の間柄であり、別々に故郷から王都へと移住したことになります。
「既に限りなく黒に近い灰色です。もっとも、不貞の罪に関してならもう真っ黒だったでしょうが」
それゆえに身柄を拘束できなかったことを焦られていたのかもしれません。
ただしそれも痛し痒し。このタイミングで行方をくらませることができるということは、外部に力ある協力者がいることの証左となりましょう。ブランドンの行方を追うことは、一石二鳥の手段となりえる。
「それに、他にもヒントがありました。メリア殿のおっしゃっていた秘術です。もしあの手段を用いて髪を金に染めたというなら、施術可能な人物は極限まで搾られることになる」
ネクロマンシー。死者の肉体を利用する古代魔術。
私が禁書庫で見つけた書物に書かれていたのは、王国では失伝したと言われる幻の魔術でした。死者の肉体をいたずらに損壊し、人としての尊厳を損ねるものとして、遥か昔に禁呪認定されていたものです。
たしかに、王都では失われた魔術だったかもしれません。しかしその影響の及ばぬ地方ではどうでしょう。民間に伝承する魔術の一種として、極秘裏に伝えられていてもおかしくはありません。
そして私の予想は、実のところ当たりだったのです。
「髪色の変化がマルグリット様だけでしたら、きっとここまでの大事にはならなかったでしょうね」
すべてが終わったからこそ、私はしみじみと申しました。
エストール様も「ええ」とおっしゃって、賛同の意を示されます。
「不貞の罪は咎められたでしょうが、お許しになったかもしれません。なにせ王は、自分の見初めた相手を溺愛しておられた」
「マルグリット様も、そうであられたら良かったのでしょうけれど」
今となっては遅すぎる感傷でしかありませんが。
「親に突きつけられた政略結婚です。不相応な身分差ながら、愛する男も既にいました。なにより――あのような酸鼻極まる術法の被験者にされては、健全な精神状態など保ちようがない」
同情的なお言葉に、「ええ」と強く頷きます。
死体の髪を植えつけられる。それは想像するに悍ましい所業です。
剃髪し、剥きだしとなった頭皮に、心得ある施術者の手で死者の髪を1本1本縫い付けられるなど、とても花盛りの乙女に耐えられる苦痛ではありません。
しかしマルグリット様はそれを受けられた。当人の意思でなく、王家との繋がりを得たいというご両親の意向によって、元の持ち主が死してなお腐らずあり続ける金髪をその身に宿されることとなったのです。
「わずかですか、侍女と執事の死亡時期にはズレがありました。先に侍女が死に、後を追うかのように執事も亡くなっている。調べを進めると、さらに興味深い事実が判明しました。この2人は、死の直前にプデミリオス家に招かれた者たちだったのです」
美しい金髪の持ち主が2人、死の直前に奉公を始めたということは――。
「前プデミリオス子爵夫妻は髪のために、彼らを雇っていたのですね」
「おそらくそうでしょう。所領の村々に、美しい金髪の持ち主であることを条件にお触れをだしていたそうですから」
もっとも、とエストール様はいったん話の流れを堰き止められて。
「2人用意したのは、片方を失敗した際のスペアとするためでしょう。しかし施術は1度目で成功し、元王妃の髪は見事な金髪となった。なのに出土した死体の頭皮は両方剥がされていた」
やや待たれたのは、私なら答えに行きついていると確信されたから。
その期待に沿えるよう、私は自分の意見を口にします。
「……2人目の髪は、マルグリット様の意思でブランドンに植えられていた」
「そのように考えるのが妥当かと思います。きっと諦めていなかったのでしょうね、色々と」
大いに含みを持たせてそうおっしゃると、エストール様は皮肉げな口調で続けられます。
「前プデミリオス子爵夫妻はさぞやお慌てになったでしょう。けども元王妃の暴走を咎め立てるには、彼らの手は血に塗れすぎていた。領民の殺害は領主の権限を大きく逸脱している。表沙汰にしないためには、捨て置くしかない」
はあっと溜息を吐かれると、今度は至って真剣な口調で。
「事件のあらましを確信したとき、俺は急がねばなりませんでした。ブランドンの行方を捜索しながら、同時にプデミリオス領にも使いを走らせたんです。マルグリット様が生まれ育った生家をもう一度調べさせるためにね」
前プデミリオス子爵夫妻は、揃って10年前に亡くなられていました。
家主を失ったその邸の様子は、前回来訪されたときと変わりなかったそうです。打ち捨てられ、風雨に晒されて、全体にいずれ廃屋となって朽ち果てるその兆候が見え始めていた。
そのような中を、ラウヴィッツ様帯同の元でガスガルド家の調査隊が再度調査に当たり、とうとう確たる証拠を掴んだのです。
「『ネクロマンシーによって植えられた、死者の髪色は遺伝する』――元王妃自室の隠し書棚で見つかった古書の文言です。元王妃も個人的に調べを進めていたんでしょうが、これでは裏付けにならない。全部俺の妄想でしかありません」
ですが、とエストール様は前言を覆されます。
「同じ場所で、元王妃の日記帳も見つかったのです」
「日記帳? どのような記述があったのですか……?」
思わずこくりと生唾を嚥下して、私は好奇心を抑えきれずそう申しました。
「『愛し合う私たちの子は、いずれ王位に就くだろう』と」
「ああ、では」
「すべては、最初から画策されていた。そのように考えて間違いはありません」
「…………」
複雑な思いが胸に去来して、言葉を失います。
おそらく扉を隔てて向かい側のエストール様も同様だったでしょう。
私たちは今、ともにある人物の顔を思い浮かべている。
その人の傍にいて、語らい、笑顔を交わす瞬間すらあったのですから。
もしかしたら、エストール様は慰めを口になさろうとしたのかもしれません。しかしそれにどれほどの意味があるのか、今一度ご自分に問い直されたのでしょう。
お言葉を選ぶことをされず、あえて直接的にこう口にされたのでした。
「パトリックの金髪は、死者から継承した髪色だったのです」




