5予想の斜め上
読んでいただきありがとうございます!
夜会には、予定通りたくさんの令嬢が参加していた。ルーンベルト家も、まだマーカスは見つけられていないが、欠席の連絡は来ていないので、無事参加していることだろう。
『婚約者を決める』という名目で開催しているので、いつもより5割増で令嬢たちの目がギラついている。
(王太子妃とは、そんなにも魅力的な地位なのか…)
マーカスは自分の容姿に自信が無い訳では無い。騎士団に通い詰めて鍛えているのだから。しかし、その容姿のみで令嬢たちを惹き付けられるほどのものとまでは自覚していない。
マーカスはあくまで自分が『王太子』だから令嬢たちが寄ってくると思っている。実際は端正な容姿に純粋に恋をしている令嬢もたくさんいるのだが。
夜会のたびにたくさんの令嬢(だいたい同じ顔ぶれ)に囲まれ、アメリアと喋ることも出来ないマーカスはいつも不機嫌だった。
今回こそは、いや、『今回こそ』どころか、今回は絶対にアメリアと話さなければならない。
しかし、挨拶を終えるといつものようにあっという間にアメリア以外の令嬢たちに囲まれてしまっている。
一応婚約者を選ぶ会としているため、当たり障りなく会話はするが、いつも以上にギラつく令嬢たちがグイグイ来るため、眉間の皺をなくすことは出来なかった。
第一陣が落ち着き、一息つく。しかしすぐに第二陣の令嬢たちに囲まれる。もうすでにうんざりしながら、アメリアはどこだと辺りを見回す。
すると見知った友人の姿が見え、マーカスは天の助けとばかりに他の令嬢たちを掻き分け友人のもとへ向かった。そこには絶対に目当ての彼女がいるはずだ。
本当は、侯爵が来ていたらどうしようと不安に思っていたマーカスだったが、アイクが今夜のエスコートを申し出てくれたのだろうか?何にせよアイクが来てくれていて本当に良かったと心から感謝した。
「アイク!来てくれていたのだな!久し…くもないな。先日は助かった。お前の書類整理能力にはいつも感心させられる。側近でもないのにすまないな。」
つい先日も会っていたアイクに迷わず声を掛けた。アイクは近づくマーカスに気づいていたらしく、驚いた様子もなくにこやかに返事をする。
「お役に立てて何よりです、マーカス殿下。…妹を紹介しても?」
さすがの親友アイクである。話が早い。
(き、きた…っ!!)
「あぁ。っ!」
やっと、やっと会話ができるとアメリアに視線を移した瞬間、マーカスは固まった。
いつも肌があまり見えない清楚なドレスを着用しているアメリアが、今日は襟元が大きく開いた彼女にしては派手めなドレスを着用している。着る人が着たら下品に見えそうなものだが、彼女から滲み出る品の良さのおかげで下品どころかどこか上品に思わせる。しかし大きく開いた襟元からいつもは隠されている色気が溢れ出ており、非常に魅力的だった。
何故かいつもしないような格好をして来たアメリアに驚き、マーカスはどこを見ればいいのかわからず視線をさ迷わせたが、気合いで気持ちを立て直し、すぐに表情を戻した。
視線をさ迷わせたマーカスに不思議そうな顔をしたものの、アメリアは丁寧に挨拶をしてくれた。
「アメリア・ルーンベルトでございます。本日はお招きいただきありがとうございます。」
「…あぁ、ルーンベルト嬢。よく来てくれた。」
マーカスがアメリアにふわりと笑いかける。自分でも驚くくらい自然に笑顔になった。
滅多に見ることが出来ないその笑顔に周りがざわついていた。
アメリアも一瞬目を瞠ったが、すぐに表情を引き締め、何か言葉を発しようとしている。
自分に話しかけようとしてくれている姿を嬉しく思いながら、マーカスはアメリアの言葉を待った。
意を決したように息を吸い込み、アメリアが放った言葉は――――――
「殿下、お慕いシテおりマス!ゼヒトモ私を婚約者にシテクダサイませっ!!」
(ん!?)
とんでもなく棒読みの、とんでもないセリフだった。
周りもそんな彼女の棒読みゼリフに凍りついている。
「ア、アメリア……あの、ちょっと一旦下がろうか?」
アイクが焦った様子でアメリアをマーカスから離そうとするが、周りの反応に対しても何故かアメリアは得意げである。
(これは、もしや……)
演技している…?
アメリアは、何故か『マーカスと婚約したい』という演技をしている。その場の全員がすぐにそれに気づいた。そして同時に思ったことは、
(((……え、演技下手すぎぃぃっ!!!)))
アメリアの大根ぶりにみんなドン引きで、いつの間にか周りには遠巻きにされ、マーカスと話す距離にいるのはアイクとアメリアだけになっていた。しかし、引かれれば引かれるほどアメリアの調子はどんどん上がっていく。
おそらくアメリアは、周りとマーカスを引かせることが目的で、婚約することは目的としていない。むしろ断られようとしているのではないか。そのことに気づき少し悲しくなる。
しかしアメリアの弾丸擦り寄りトークは続く。
「殿下は何ガお好きナノですカ?」
「私ナラ必ず殿下のタメにつくすコトがデキマスワ!!」
こちらの悲しい気持ちなどおかまいなしに大根棒読みゼリフをかまされ続け、
「…っ、ぶほっ!」
ついに、耐え切れずマーカスが吹き出した。
片手の甲で口元を押さえ肩を震わせて笑いをこらえる。
「………くくっ…。……はぁ……。ルーンベルト嬢、随分と俺のことを気に入ってくれているようだな」
「!モチロンですわ!」
マーカスは吹っ切れた。演技でもなんでもいい。アメリアがそういう演技をしているのならば、乗ってやろうと思った。
「……っふ、……ならば聞かせてもらおう。俺のことは、どのように思っている?」
「どうって…」
アメリアはマーカスから話題を振られるとは予測していなかったようで、その表情からは驚きが見え演技が抜け落ちている。そしてそのままゆっくりと答え出す。
「…眉目秀麗で、剣術にも長けていて、執務も滞りなくこなされる、完璧な方だと。まさに雲の上の存在で、私などが関わることは無いと思っておりましたが…」
「が?」
「今日このようにお話することが出来、少しイメージと違ったと言いますか…いやっいい意味で!や、柔らかいと言いますか…上手く言い表せませんが、とても…とても素敵な方だと改めて思いました。」
「…っ」
マーカスの目を真っ直ぐ見て告げるアメリアは、本心で言っているようだった。思わず息を飲んで顔が赤くなる。
(本心で、そう思ってくれているのなら…)
少しの希望を胸に、マーカスは言葉を選ぶ。
「…ルーンベルト嬢、貴女は俺と結婚したいとお思いか?」
アメリアはハッとしてすぐさま演技モードに切り替わる。
「エエ!モチロンですワ!」
「うっ…ごほんっ…いや、では質問を変えよう。」
「?」
「俺と結婚する女性は幸せだと思うか?」
演技モードで即答したアメリアだが、不意な質問にまた演技が崩れ戸惑いながら答える。
「え…?え、えぇ、そうですね……王太子妃になるのですから、責任もあり手放しに幸せとは言えないでしょうが……?…っ、……いえ……こんな、こんな素敵な殿下に愛され結婚できる方は…やはり幸せだ、と思います。」
「…そうか。」
アメリアの答えを聞いてマーカスの口角が満足気に上がる。
もう、言質はとった。
「では、貴女の望み通り、俺はルーンベルト嬢を婚約者とすることにする。」
「え」
「ではルーンベルト嬢、こちらへ。2人で話がしたい。いいかい?アイク?」
「えぇ、もちろん。どうぞごゆっくり。ただし部屋に2人きりはいけませんよ。」
「お兄様!?」
一部始終を笑いを堪えながら見守っていたアイクに一応許可をとったがしっかり釘を刺されてしまった。
アイクに苦笑いで頷きつつ、マーカスはアメリアの手を引き、別室へと促す。
「えぇぇえぇぇええええ!?!?!?」
アメリアの令嬢らしからぬ叫びが会場に響いた。