1はじまり
マーカス視点のお話です!
1話は短編部分と内容かぶっておりますが、微妙に違うところもあるので読み比べてみてください!
たぶん、一目惚れだった。
涙で潤んだ瞳が俺を捉えた時には、もう、捕まっていたんだ。
「はあぁぁ、辛い。」
マーカス・アーセントは先々月13歳の誕生日を迎えたこの国の王太子である。
この国の高位貴族の子息は、13歳になると2年間騎士団の訓練に参加する。心身ともに鍛える目的だ。
王族も例に漏れず訓練に参加する。忖度なしでいっしょくたで扱かれる。
もちろん既に専属の護衛はついているので誰よりも強くなる必要はないが、護衛対象がどうしようもなく弱くて危機回避能力も鍛えられていなければ、何かあった時に対処しにくい。自身を護るため、護られるためにも訓練参加は必要なのだ。
しかし必要とわかっていても、辛いものは辛い。毎日毎日、身体がギシギシいっている。
「あまりこの国の王太子殿下が『辛い辛い』と大きな声で言うもんではありませんよ。」
「うるさいアイク。言わせてくれよ。おまえも辛いだろ?」
「僕は自分と家族のためなら何でも乗り越えられます。」
「……おまえはっ!可愛い顔して男前だなっ!」
マーカスが訓練に参加しだした頃、同じ頃に訓練に参加しだしたルーンベルト侯爵家のアイクとはすぐ打ち解けた。話しているうち、アイクには妹がいることも知った。マーカスには、姉と、年の離れた弟がいる。王太子である自分にも、ある程度砕けた態度をとってくれるアイクはありがたい存在だった。訓練の合間にアイクと他愛もない話をするのが楽しかった。
慣れない環境に厳しい訓練。王太子といえども、13歳の少年にはサボりたい気持ちも出てくる。
ある日休憩中にそっと訓練場を抜け出した。さすがに訓練自体をサボる勇気はなかったから、休憩中に。
(休憩中だし、訓練中な訳ではないし、気分転換…!)
自分に言い訳をしつつ足を進める。
王宮の敷地は知り尽くしている。するすると抜け道を抜けていき、生け垣の隙間から開けたところに出ようとすると、見知らぬ少女が芝の上に座っていた。
(女の子だ!女の子がいるっ!?しかも可愛いっ!)
思わず見惚れていると、エメラルドのようなその瞳は潤んでいることに気づく。プラチナブロンドの髪を風で揺らしながらじっと地面を見つめている少女は儚げで、どうにかしてやりたい衝動に駆られた。
タイミング良く自分は騎士服(正しくは訓練生のだが)を着ている。可愛い女の子を目の前にして、ちょっと格好つけたくなった。
「…失礼、ご令嬢。ご令嬢のような可愛らしいお顔に涙は似合いませんよ?」
少女の側に跪き、どこかで聞いたことのあるようなキザなセリフを口にしてみた。
少女は、ぽかんと口を開けてマーカスを見ていた。
(しまった、やらかしたか…!?)
マーカスの背中を冷や汗が伝う。早くも自分の言動を後悔していると、少女が口を開く。
「ルーファスみたい……」
「え?」
「あ!いえっ……騎士の方たちはやはり素敵な人たちなのですねっ…!」
「え??」
どうやらあのキザなセリフはこの少女に響いたらしい。
「……騎士が好きなの?」
「あ、えっと…騎士というか…強い男の人って憧れます!守ってもらえるって素敵ですよねっ!」
あまりにも可愛らしい笑顔で言われるので、ちょっと聞いてみたくなった。
「…………………………じゃあ、ちなみに、王子は?」
「王子様?王子様ももちろん素敵です!……でも私は騎士様の方が好みですっ」
その言葉は、少し浮ついたマーカスの心に見事に突き刺さった。
「そう、か、騎士か……」
そのおかげか少し冷静になり、今更だが少女が何故こんなところにいるのか疑問が浮かぶ。
「どうしてこんなところへ?」
「え、えっと、お父様と一緒に来たのですけれど、お兄様に会いたくて探していたら……その…」
「迷ったの?」
「うっ…………はい……」
あぁ、それで、
「それで泣いてたのか」
「なっ…泣いておりませんよ!休憩していたこの場所が気持ちよかったもので少し欠伸が出てしまいましたのっ」
(嘘つき…)
あの時の表情は欠伸なんかではなく明らかに泣いていた。それを必死にごまかすこの少女が微笑ましかった。
「そういや、きみのお兄さんって――――――」
言いかけたところで、バタバタと足音が聞こえてきた。
「アメリア!迷子になったと父様から聞いて心配したよ!休憩中で僕も探せたけど、こんなところにいたのか…………あ!?でっ……」
「!アイク!!(しーーっっ)」
突如現れたアイクが『殿下』と言いそうになるのを慌てて止める。なんだかこの状況でこの少女に自分が王太子だとバレるのが嫌だった。
「お兄様ーー!!」
少女はアイクを見つけるとすぐに駆け寄って抱きついた。アイクの妹だったようだ。並んで見ると、確かに似ている。
「アメリア、こわかったね。これからは一人で父様から離れてはいけないよ。」
「はい、ごめんなさい……」
優しく少女を撫でながらアイクが宥めている。少し羨ましいと思ったことは秘密だ。
「……そして貴方も。まさかこんなところにいらっしゃるとは……。皆さん探しておられますよ。」
アイクはじとりとした目でこちらを見る。それでもマーカスの意図を汲んで『殿下』と呼ばずに会話をしてくれている優しい友人だ。
「少し休憩していただけだ。偶然おまえの妹に出会ったが。…すぐ戻ろう。」
「…妹の相手をしてくださっていたことには感謝します。」
「うん」
「……………………話していただけ、ですよね?」
少女を抱き込みながらアイクがさらにじとりと見つめてきた。
「もちろんだっ!」
「この方はお兄様のお友だちなのですねっ!楽しくお話してくださいましたっ!」
アイクの腕の中からぴょこりと顔をあげて少女が嬉しそうに顔を綻ばせる。…うん、可愛い。
「それは良かったねアメリア。でも僕達はそろそろ訓練に戻らないといけないんだ。父様のところへ戻ろうか。」
「はい、お兄様」
「でん…貴方は、すぐに訓練場へ戻ってくださいね。皆さん心配してらっしゃいますよ。僕は妹を送ってから戻ります。」
「…わかった。」
「……心配?あ!もしかしてこの方も迷子だったのですか?」
少女のとんでもない勘違いに目玉が飛び出るかと思った。
「断じて違うっっっ!!!息抜きに静かなところを求めていただけだっっ!……っ戻る!!」
爆笑しているアイクをひと睨みして、踵を返し訓練場へと戻った。
「強い男、か…」
(……訓練、真面目にがんばろう。)
マーカスはこの日以降一度もサボることなくしっかりと訓練に参加したのだった。
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