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07:ファイヤーニャコちゃん

 


 ニャコちゃんが炎を吐いた事により、柚香の顔に熱風が当たった。

 肌の内側まで焦がすようなチリチリとした熱。だが今はその熱さよりも驚愕が勝る。

 なにせこの熱風はニャコちゃんが吐いた炎によるもの。そう、ニャコちゃんの可愛いお口から炎が出たのだ。


「ニャコちゃん!?」


 ニャコちゃんが吐いた炎は激しくうねり少し離れた先にあった茂みへと突っ込んでいった。

 さながら蛇が獲物に飛び掛かるかのような勢いだ。

 だが勢いに反して周囲に引火することはなく、炎は茂みに当たると一瞬で消え、その陰に隠れていた一匹の狼が高い鳴き声をあげて逃げていった。


「狼の残党か」


 呟いたのはブラッド。

 ニャコちゃんが炎を吐いた瞬間、彼は片腕を柚香の前に出し、もう片手にはナイフを握っていた。瞬時に守りと攻撃の態勢を取っていたのだ。

 今も鋭い視線で茂みの奥を睨みつけているが、狼が戻って来ないと判断すると深く息を吐いてナイフを腰の鞘に戻した。


「さすがニャコランティウス様! たった一鳴きであれほどの炎を操るなんて素晴らしい! 文献にあった通りの勇ましさです!!」


 とは、ニャコちゃんに感動するルーファス。瞳を輝かせ、手を胸元で組み、拝み倒す勢いである。

 彼の褒め言葉にニャコちゃんは気を良くしたのか、再びちょこんと座ると得意げにふんと息を吐いた。

 そんな中、柚香はいまだ一人呆然としていた。


「ニャ、ニャコちゃんが……、火を吹いた……」

「聖獣は魔法を使えるらしい。あれぐらいの炎、聖獣にとってはただの威嚇に過ぎないだろう」

「もっと凄い火を吹くって事!?」

「あぁ、聖獣なんだから当然だろう」


 あっさりと言い切るブラッドに、柚香はいよいよをもって本格的な眩暈を覚えた。

 ニャコちゃんは聖獣ではない。そう先程までは考えていた。……だけど今はその考えが大きくぐらついている。


 だって猫は火を吹かない。

 となるとニャコちゃんは……。


「ニャコランティウス……?」


 そんなまさか、と思いながらもその名前を口にすれば、ニャコちゃんが『ウルルニャッ』と可愛らしい鳴き声で返事をした。



 ◆◆◆


「立ち話もなんですし、柚香様もニャコランティウス様もお疲れでしょう」


 そう話すルーファスに促されて椅子代わりの丸太に腰を下ろせば、ニャコちゃんもぴょんと隣に飛び乗り、そのままゆっくりと香箱座りになった。

 香箱座りとは猫の座り方の一つだ。前足も後ろ足も自身の体の下にしまう。――透明なガラス板の上で香箱座りをする猫を下から見上げると絶景なのは言うまでもない――

 この座り方はリラックスをしている時に多いと言われている。わけの分からない状況に置かれたが、それでもニャコちゃんが落ち着いてくれているのは良かった。


 柚香がニャコちゃんの頭を撫でていると、カップを両手に持ったブラッドが向かいに座った。

 カップを一つ渡してくる。ふわりと暖かな湯気があがり、口をつければほのかなお茶の味がした。こんな森の中なのだからお湯そのまま出されたって仕方ないのに、飲みやすく味をつけてくれたのだろう。

 暖かい飲み物は体を温めるだけではなく、落ち着きを取り戻してくれる。柚香はほぅと深く息を吐いた。


「落ち着いたか?」

「はい……。とりあえずは」

「そうか。お前の状況も考えずに話を進めて悪かった」


 混乱させたとブラッドが詫びる。

 謝罪の言葉に柚香は慌てて彼を宥めた。確かにわけの分からない話が続いたが、そもそも自分こそがわけの分からない最たる存在なのだ。突如現れた身で説明不足だと怒るのはお門違いである。


「それで、柚香様とニャコランティウス様はどちらの世界からいらしたんですか?」

「世界と言われても……。日本っていう国です。そういう国はありますか?」


 一縷の望みに賭けて問うも、ルーファスは小さく首を横に降って「ありませんね」と返してきた。ブラッドも同様、聞いたこともないという。

 この世界には『日本』という国も無ければ、そこに住む『日本人』という人種も居ないのだという。

 やっぱり、と思わず柚香は肩を落とした。


 さすがにここまでくれば認めざるを得ない。

 ここは柚香とニャコちゃんが居た世界ではなく、まったく別の世界。いわゆる『異世界』というものだ。

 そしてきっと火を吹いたニャコちゃんはこちらでは聖獣なのだろう。ルーファス曰く、こちらの世界には『猫』という生き物自体が存在しないのだという。


「そこまでは分かるけど、私が聖女っていうのは……」

「我が国には幾つか伝承がありまして、聖獣と聖女もその一つです。これはただの作り話ではなく、現に歴史書にも数百年単位ではありますが、異世界より聖獣を従えた聖女が現れたと記述があるんです」

「それが私とニャコちゃんなんですね。でも、聖女って言われても」

「聖獣には先程のニャコランティウス様のような炎や雷を操る力があり、そして聖女様には癒しの力があると言われています。怪我や病気を治してくださるんです」


 ルーファスが説明し、ブラッドへと向いた。意図を察したブラッドが己の左腕へと視線を落とす。

 狼に噛まれたはずの左腕。確かに怪我をしていたというのに、その傷は跡形もない。彼が怪我をした後にした事と言えば、柚香がハンカチを貸し、そして彼の傷に布越しに触れた事だけだ。

 つまりあの時に『癒しの力』とやらを使ったと言いたいのだろう。だがそう言われてもピンとこない。柚香としてはただ傷に触れただけで、力を使った感覚なんて一つとして無かったのだ。


「試しになにかやってみたいんですが……。ブラッドさんかルーファスさん、どこか怪我は」

「お前のおかげで無傷だ。ルーファス、あんたはどうだ」

「僕も今のところ怪我というものは……。あ、でも、ニャコランティウス様が噛んでくださるなら喜んで! 文献には、聖獣は『あまがみ』というコミュニケーション方法を取ると書いてありましたから!」


 ぜひ! とルーファスがニャコちゃんに手を差しだす。

 だがニャコちゃんは彼の手をスンスンと嗅ぐだけで終わってしまった。

 つまり誰も怪我をしていないということだ。聞けば病気もしていないという。

 良い事ではあるのだが、これでは癒しの力も使えない。


「そろそろ二人も戻ってくるでしょうし、怪我をしていたら癒しの力があるか見てみましょう。……っと、話をしていたら戻ってきましたね」


 話をしていたルーファスが背後を振り返るので、つられて柚香もそちらへと向いた。



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