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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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短編01:ずぶ濡れで不機嫌な聖獣様

 


「これからニャコちゃんを洗います」


 タオルと動物用石鹸を手にした柚香の宣言に、長閑にお茶をしていた誰もが柚香を見て、次いで揃えたような動きでニャコちゃんへと視線を向けた。


「いつも毛繕いしてるが洗う事もあるんだな」


 とは、そそくさと椅子の下に逃げ込むニャコちゃんを眺めるブラッド。

 逃げ込んだニャコちゃんはここなら安全だとふんと鼻息を鳴らして得意顔だが、すぐさま駆け寄ってきたルーファスに抱っこという名の捕獲をされてしまった。ヒャーンという鳴き声はきっと『なんでぇ……!』というものだろう。聖獣とは思えない情けなさである。


「聖獣様を洗う! 文献には聖獣様は洗うと体が萎むとありました! 特に異世界では『猫』と呼ばれるニャコランティウス様達は萎み方が顕著だったらしいです! それをこの目で見られるなんて……! もちろんお手伝いさせて頂きます!」


 興奮気味にニャコちゃんを抱っこして話すルーファスに当てられたのか、リュカまで彼に駆け寄り、腕の中で耳を倒して不満を訴えるニャコちゃんの頭を撫で始めた。

 少年らしいあどけなさと輝きのある瞳が今はより輝いている。


「僕も手伝います! ニャコ様、お風呂は気持ち良いんですよ。暖かくて綺麗になれるんです」


 リュカはお風呂の良さを話しながらニャコちゃんを説得しようとしている。

 もっとも、例外もいるとはいえ大半の猫が濡れるのを嫌っており、それは動物故である。濡れるのを嫌うニャコちゃんがいくら懐いているリュカの説得と言えども考えを改めるわけがなく、うねうねと体を捩ってルーファスの腕の中から逃げようとしたり、パチパチと電気を放ったり尻尾を大きく揺らしたりと不満を訴えている。

 もちろんそんな訴えで柚香が折れるわけがなく、不満気に見つめてくるニャコちゃんに「睨んでも駄目」と告げて鼻先をちょんと突っついた。


 そうして柚香が風呂場へと向かえば、ニャコちゃんを抱っこしたルーファス、ニャコちゃんを鼓舞するリュカも続く。

 言わずとも手伝ってくれるのだろうブラッドも着いてくる。


「ヴィートも居れば良かったんだが、今日は昼過ぎまで会議だから間に合わなさそうだな」

「それならヴィートにはニャコちゃん宥め係になってもらいましょう。洗い終わったニャコちゃんは不機嫌最高潮になるから、フォローが一人いてくれると助かるわ」


 そんな話をしつつ、浴室に用意しておいた桶にお湯を張る。

 熱すぎるのは言わずもがな、かといって冷たくても駄目、程よいぬるま湯がベストだ。手を浸してしっかりと肌で計る。


「よし、準備は出来たわ。まずはブラッドにお願いしようかしら」


 浴室は狭く、全員入ることは出来ない。そもそもニャコちゃんは聖獣と言えども猫の大きさなのだ、四人がかりで洗おうともそれほどの面積は無い。

 それに、仮にニャコちゃんが浴室内を逃げ惑って暴れた場合、人数が多いとそれはそれで面倒なのだ。ニャコちゃんを洗う係、押さえる係、この二人体制がベストである。

 ルーファスは交代要員、そしてリュカには洗い終えたニャコちゃんをタオルで受け止める係になってもらう。


 手早く役割分担と指示を出し、ルーファスからニャコちゃんを受け取った柚香はブラッドと共に浴室へと入り扉を閉めた。




「ニャコちゃん、暴れないの! パチパチもしない! 火の玉を出してもお湯で消しちゃうからね! お湯を操っても無駄よ!」

「いたたっ……! やめてくれニャコ様、俺に登ったところで逃げられないから大人しくしてくれ……!」

「ブラッド、そのまま登られてて!貴方ごとお湯をかけるわ! 大丈夫、あとで貴方にもタオルを貸してあげるから!」


 激しい争いの声が浴室に響く。

 更にはお湯をかけているのであろう水音、そしてなにより常にニャコちゃんの情けない悲鳴があがり、長閑だったはずの昼には似合わぬ喧騒である。

 これには扉の前で待機していた交代要員のルーファスと受け止め係のリュカが顔を見合わせた。


「なんだか随分と大変そうですねぇ。でも文献には聖獣を洗う際の大変さはニャコランティウス様が一番だったとあるので納得ですね」

「ニャコ様は濡れて萎んでも乾くとまたふわふわに戻るんですよね? 僕、ニャコ様がふわふわに戻るのをちゃんと観察します!」

「さすがリュカ君! 一緒にニャコ様がふわふわに戻る過程を観察して記録しましょう!」

「はい!」


 そう二人が気合いを入れていると、ガチャと扉が開かれた。

 出てきたのはずぶ濡れのブラッドだ。頭から足先まで濡れており、銀の髪からは水滴がポタポタと落ちている。

 疲労が見られ、豪快にシャツを脱ぐと棚に置いてあったタオルを一枚取り体を拭きだした。その仕草にさえも疲労が見える。


「ブラッドお兄ちゃん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だが、確かにあれは大変な作業だ。ニャコ様はとにかく逃げようとするし、電気を放って火を吹くし、果てには俺の体をよじ登って頭にまで乗っかってきた」


 大変だったとブラッドが語る。それを聞き、リュカとルーファスがまたも顔を見合わせた。

 元々ブラッドは体力があり、更に騎士の職に着いてからは騎士隊の訓練で鍛えている。訓練がどれだけ苛酷であっても愚痴一つ零さず、疲れているかと問われても「平気だ」と答える男だ。

 それがここまで包み隠さず疲労を訴えるとは……。と、二人の視線が今度は浴室へと続く扉へと向けられる。扉は閉まっているがニャコちゃんの悲鳴は絶えず届いており、ヒャァァァンという甲高く長い声はきっと『ブラッドだけ逃げてずるい!』という訴えだろう。


「ニャコ様、本当に萎んでるんですか?」

「あぁ、湯を掛けたら驚くほど萎んだ。別の生き物みたいだったな。だが見た目は萎んでも体力や活気はそのままだ。むしろ濡れるのを嫌がっていつも以上に暴れてる。ルーファス、次はお前だが……、いけるか?」


 平気か? とブラッドが問えば、ルーファスが「もちろんです!」と意気込んで返した。


「ニャコ様のためならずぶ濡れになることも厭いませんし、ニャコ様が登りたいのなら喜んでこの体を差し出します!」

「頭に登られたら最後、頭上でニャコ様を洗われるから大変な事になるぞ」

「ニャコ様のためならば! では行ってきます!」


 気合いたっぷりにルーファスが浴室へと向かえば、その背をリュカが「頑張ってください!」とタオルを握りしめながら応援し、ブラッドが「程々にな」と案じながら見送った。


 そうして再び浴室からの喧騒が響く。

 ――ちなみに、浴室に入り濡れたニャコちゃんを見たルーファスの第一声は「なんて素晴らしいお姿!」だった。筋金入りである――


「ニャコちゃん! あと少しだから! 泡ついたままじゃ恥ずかしいでしょ、ちゃんと流して落とさないと!!」

「どれだけパチパチ弾けても無駄ですよ、ニャコ様。僕はもうニャコ様の電撃に慣れましたよ! これぞ聖獣の研究に生涯を捧げた神官の為せるわざ、最近は電撃が気持ち良いぐらいですからね!」

「ルーファス、それは誇って言えることじゃないと思うわ!?」


 豪快な水音と二人の声、そして絶えず聞こえてくるニャコちゃんの悲鳴。

 タオルを首にかけて一仕事終えた雰囲気を纏うブラッドと、タオルを広げて「ニャコ様が来たら、こう……。でもこっちの方が……」とシミュレーションに励むリュカはそんな騒々しい音を聞きながら、浴室の前で待ち構えていた。


 そしてついにその時がくる。


「終わったわ! ニャコちゃん、頑張ったね。もう終わりよ」


 ガチャと扉が開かれ、ずぶ濡れの柚香が「お待たせぇ」と疲労を感じさせる声と共に顔を出した。

 その手に持たれているのは濡れそぼったニャコちゃん。全身が濡れて萎み、普段はふわふわゆらゆらと揺れる尻尾もすっかりと濡れてひょろりとしている。ヴーと低く鳴いているのは終わっても尚ご立腹な証だ。


「リュカ、後を頼んでいい? 撫でるように拭いてればニャコちゃんも落ち着くはずだから。おやつをあげながらでも良いわ」

「はい! 任せてください!」


 タオルを広げたリュカがニャコちゃんを受け取る。

 もう終わったと理解しているのか、暴れ疲れたのか、さすがにリュカを相手に火を吹いたり電撃を放つことは出来ないのか、ニャコちゃんも渋々といった様子で大人しくタオルに包まれた。ひょろりとした尻尾が大きく揺れて水滴をまき散らしているので機嫌が直ったわけではなさそうだが。


「ニャコ様、頑張りましたね。もう終わりですよ」

『ンプルルルル』


 タオルで抱っこしながらリュカがニャコちゃんを連れて行く。

「暖かい部屋に行きましょう」と話しかけているあたり、きっと日当たりの良いところで拭いてあげようと考えているのだろう。

 そんなリュカを見届け、残されたブラッドが再び柚香へと視線を向けた。疲労困憊といった溜息が返ってくる。


「聖獣になって暴れ方に磨きが掛かってより大変になったわ……。覚悟はしてたし対策は考えてたけど甘かったみたい」

「そうか、大変だな。暖かい飲み物でも淹れてやるから体を拭いてから出てこい」

「あ、待ってブラッド。貴方にお願いしたい事があるの」


 キッチンへと向かおうとしたブラッドを柚香が引き留めた。

 何だとブラッドが視線で問えば、柚香は気まずそうな表情で眉尻を下げ、チラと横目で今まで自分がいた――そして戦場と化していた――浴室へと視線をやった。


「……ニャコちゃんの電撃を喰らいすぎたルーファスが、足が痺れて立てなくなっちゃったの。私の癒しの力を使っても足の痺れは取れないみたいで……。手伝ってもらって浴室に放置は出来ないでしょ? リビングに運んであげてくれない?」


 申し訳なさそうに柚香が頼めば、それを後押しするように「よろしくお願いしまーす」というルーファスの声が聞こえてきた。



 ◆◆◆



 そんな騒動があった数時間後。

 ふわふわに戻ったうえにふわふわを十分に吸われたニャコちゃんが向かったのは、唯一ニャコちゃん洗いに参加しなかったヴィートの執務室。

 仕事中の彼の机の上にお構いなしと飛び乗り、更には今まさに読み込んでいた書類の上に座り、洗い立ての尻尾の先で机を叩く。


『ンナム、ンゥウー』

「そうだな、確かにそれは大変だな」

『ニャムニャムニャムニャム』

「ニャコ様の不満も分かる。だがそこは譲歩してやっても良いんじゃないか?」

『ンプルルルルル』


 と、一匹と一人が会話を交わす。

 ちなみにヴィートはニャコちゃんが何を言っているかを理解しているわけではなく、相槌はなんとなくで返している。だが平らになった耳とじっとりとした目元からニャコちゃんが不満を訴えている事は分かる。

 顔も、そして尻尾も、小さくふわふわの体から放つオーラも、何もかもがご立腹と言いたげなのだ。


『ンルルル、ニャムニャム』

「ところでニャコ様、この書類は出来れば今日中に仕上げてしまいたいんだが……。もちろん出て行ってくれなんて言わない、机の上に居るのも構わない。だからせめて少し横にずれてくれないか?」


 そうヴィートがニャコちゃんに告げれば、ニャコちゃんはふんっと一度強い鼻息を吐き……、


 書類の上でゴロンと横になった。


 断固として退かない、一文字たりとも読ませない、という強い意志が窺える。

 じっとりとした目は『ニャコちゃんの愚痴はなにより優先すべきでしょ』とヴィートに訴えている。

 それを受け、ヴィートは溜息と共に肩を竦め、


「よく分からないが分かったよ。偉大な聖獣様に付き合うさ」


 と、手にしていたペンを置いて傍らに置いていたコーヒーカップへと手を伸ばした。




 ……end……




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