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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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50/57

50:炎の拮抗

 


 ニャコちゃんを連れて、ブラッド達のもとから離れる。

 ニャコちゃんがパチパチと弾けているのは災厄の気を引くためだろう。現に災厄の赤い目は柚香達を追って動いている。

 だが突如襲い掛かるようなことはせず、こちらの出方を窺いながら徐々に近付いてきている。ニャコちゃんがパチンッと一際強く弾けると足を止めるあたり、やはり知恵のある生き物で警戒心も強いのだろう。


 柚香はニャコちゃんをぎゅっと腕の中に抱きしめたまま、一歩また一歩と災厄へと近付いていった。

 鼻に纏わりつく匂いがより濃くなっている気がする。どれだけ吸っても気分は晴れず、粘着質な汚れに覆われた肺を想像してしまう。


「ニャコちゃん、怖くないからね。大丈夫、私がそばにいるから」

『ウグルァァァァァグアァァァァァ』

「相変わらず激しい威嚇……!」


 ニャコちゃんの威嚇の声は災厄の唸りに負けぬ迫力がある。

 そのうえ口元に炎を宿し、それが渦巻いて次第に大きくなっていった。激しくうねる炎の玉。目の前にしている柚香の肌までちりちりと焦げるような熱を感じる。

 これがニャコちゃんの闘志というのならかなりのものではないか。頼もしいことこの上ない。


「ニャコちゃん、今よ!」

『ウグルァァァァァ、カッ!』


 威嚇とも鳴き声とも取れるニャコちゃんの激しい声があがる。

 それと同時に炎の玉が一際大きく膨れ上がり、弾けるような激しさで災厄へと向かっていった。炎の軌道がまるで流れ星のように暗い洞窟の中を駆け抜けていく。

 次の瞬間、災厄が耳を傷めかねないほどの甲高い声をあげ、歪な体躯を捩らせた。太い手足、その脇に生えた小振りの手足、尾になれなかった突起、ひしゃげた羽、全てが不格好に動く。

 そうして赤い瞳をぎょろりぎょろりとしきりに動かし、かと思えば、はち切れんばかりに目を見開いて柚香とニャコちゃんを睨みつけてきた。


 刹那、柚香の視界が真っ赤に染まった。

 熱いと感じるのとほぼ同時に炎に包まれたのだと理解する。体の内部が焦げるように熱く、吸い込む空気すらも熱い。

 炎が風を揺らす音が耳の内側で木霊する中、自分の名を呼ぶブラッドの声が聞こえた気がする。


「熱いっ……! でも、熱いだけ!」


 纏わりつく熱気を振り払うように柚香は声を荒らげた。

 腕の中のニャコちゃんも続くように『ンナァァアア!』と威勢の良い声をあげる。


 炎に包まれている。

 だが体は熱を感じるだけだ。熱いが痛みはない。呼吸も出来る。本来ならば炎に包まれれば痛みどころではないはずなのに。

 これは紛れもなく聖女の癒しの力によるものだろう。炎による負傷を、その瞬間に癒しの力が相殺して消しているのだ。

 当然だがそれによる柚香の疲労は尋常ではなく、ぐらりと大きく目の前が揺らいだ。

 急激に意識が揺らぎだし長くは続かないと自分自身で分かる。それでもここで倒れるわけにはいかないと足に力を入れた。


「ニャコちゃんの事は私が守るから……!」


 ニャコちゃんの爪が柚香の腕に食い込み、『ウルナァァァン!!』と激しい声があがる。

 その声に掻き消されるように、柚香の周りを渦巻いていた炎が一瞬にして払拭された。かと思えば今度は新たな炎が一瞬にして唸りをあげて燃え盛り、災厄へと向かっていく。

 ニャコちゃんが炎を放ったのだ。災厄も真っ赤な目を見開き、押されまいとより強く炎を吐く。


 炎と炎が混ざり合うことなく押し合う。赤だけの拮抗。

 柚香の手の中にあった小瓶がふわりと浮き上がり、炎の中を泳ぐように抜けていった。だが災厄側の炎の中には行けないのだろう、拮抗する炎の中央で進みを止めてしまう。

 それを見て、柚香はぎゅっと腕の中のニャコちゃんを抱きしめた。


「ニャコちゃん、頑張って。私がそばにいるから!」

『ウルグァァァ!』


 ニャコちゃんの鳴き声がより激しくなり、それと同時に、柚香は自分の体力が急激に減っていくのをはっきりと感じた。

 聖女の力を使って怪我を治す時は体を巡っている力が触れた箇所から相手へと流れていっていた。時にはゆっくりと、時には流れる川のように早く。

 だが今はその非ではない。柚香の意思などお構いなしに力が持っていかれる。……腕の中のニャコちゃんに、肌に食い込む爪から。


(吸われてる……!?)


 この感覚はまさに『吸われる』と言えるだろう。

 腕の中のニャコちゃんは自身の力だけでは足りず、柚香の力を吸って炎を吹いているのだ。

 それなら……、


「良いよ、ニャコちゃん! どんどん吸って! 私だっていつもニャコちゃんを吸ってるんだから、ニャコちゃんだって私のこと吸って良いからね!!」


 腕の中のニャコちゃんに告げれば、ニャコちゃんの爪がより強く肌に食い込むのが分かった。

 痛みが走る。食い込んだ爪から更に急速に力を吸われていく感覚がする。

 今にも気を失いそうで足に力が入らない。立っているのがやっとだ。ニャコちゃんがいつも以上に重く感じるのは腕にも力が入らなくなっているからだろう。


(だけどニャコちゃんを放すわけにはいかない。ここで引くわけにはいかない……!)


 己を奮い立たせ、柚香は決意を新たに顔を上げるときつく災厄を睨みつけた。

 その瞬間に災厄の体がぐらりと揺らぎ炎が弱まったのは、ただの偶然か、ニャコちゃんの炎に押し負けたか、それとも柚香の気迫に気圧されたか。


「ニャコちゃん、今よ!!」

『グルァァァアア!!』


 柚香の声に合わせ、ニャコちゃんが激しく唸りをあげた。

 放っていた炎が一気に火力を増し、災厄の炎を飲み込むように押していく。徐々に、それでもはっきりと、ニャコちゃんの炎は災厄へと迫り……、


 そして炎の中を浮いていた小瓶がついに災厄の口へと届いた瞬間、パリンッ!! と高い音を立てて瓶が弾けた。


 その音を最後に、災厄が放っていた炎が一瞬にして消え去る。

 ニャコちゃんの炎もそれに続くようにして掻き消え、残された熱だけが周囲を覆う。

 先程までの喰らい合おうとしていた炎の拮抗が嘘のような静けさ。それでいて熱はいまだ体中に纏わりつき、先程までの炎の争いが事実だったのだと空気が訴える。


「……終わったの?」


 張り詰めた沈黙の中、柚香がポツリと呟いた。

 その疑問に対しての答えは、腕の中のニャコちゃんからでもなく、見守っていたブラッド達からでもない。ドザ……と何かが崩れる大きな音だった。

 続くのは洞窟内が揺れるほどの衝撃。突風のように吹き抜ける風に柚香は小さく悲鳴をあげて目を瞑った。


 細かな砂が頬を叩く。


 だがそれもすぐに収まり、柚香はすぐさま目を開け、そして目の前の光景に息を呑んだ。



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