49:一緒に
ニャコちゃんの訴えに、もしやと柚香は息を呑んだ。
「ニャコちゃん……、まさかニャコちゃんがこの毒薬を!?」
『ンー』
「だ、駄目よ。そんな事させられない! 七色に光っても駄目、火を出してもパチパチしても駄目、水を……」
水を操っても、と言いかけ、柚香は獣人の集落での事を思い出した。
あれは集落の入浴施設を借りていた時だ。
ブラッドが囚人だと知った驚愕、混乱、そして旅への疑問と不安。それらが頭の中で浮かんでは消えまた浮かび、さりとて考えこむだけでは答えなど見つけられるわけがない。とうてい入浴を堪能できる状態ではなかった。湯船に浸かりながらも溜息を吐いてばかりだったのだ。
そんな柚香に対し、ニャコちゃんはお湯を操って抱きしめてくれた。
小さなニャコちゃんの体では出来ない、全身を包み込む抱擁。暖かく包まれる感覚に柚香は安堵し、自分の気持ちをはっきりとさせる事が出来た。
あの時、ニャコちゃんは聖獣の力の一つとしてお湯を操っていた。
それがもしもお湯以外も操れるのだとしたら……。
「……ニャコちゃん、この毒薬を操るつもりなの?」
『ウルルルル』
「でも、ニャコちゃんが毒薬を操って災厄の口に運んでも、その間に外気に触れたら毒性が薄まっちゃうし……」
毒薬を操って災厄に飲ませることが出来たとしても、毒性が弱まっていたら効果を成さないかもしれない。
そう柚香が案じるのとほぼ同時に「わぁ!」と声があがった。
ルーファスだ。彼は、いや、彼だけではなく彼に纏わりついて瓶を奪おうとしていたリュカも、驚いた様子で頭上を見上げている。
……頭上の、ふわふわと浮かぶ小瓶を。
これには柚香も、そして柚香と同時に彼等の方へと向いたブラッドとヴィートもぎょっとしてしまう。
そうして全員の視線が向かうのは、柚香……ではなく、柚香の腕の中にいるニャコちゃんだ。ニャコちゃんはくりっとした大きな目でじっと小瓶を見つめている。
「ニャ……ニャコちゃん?」
『ンナム』
「ニャコちゃんが瓶を浮かせてるの?」
信じられないがニャコちゃん以外には考えられない。
そんな柚香の躊躇いと混乱を声から感じ取ったのか、小瓶を見上げていたニャコちゃんはくるりと柚香の方を見上げると、得意げな表情で『ニャッ!』と声をあげた。
ニャ、とも、キャ、とも聞き取れる高い声。投げた玩具を咥えて持ってきた時や、猫じゃらしの獲物をキャッチした時、柚香が「ニャコちゃん凄いね!」と褒めるとよくこの鳴き声をあげて得意げにしている。
つまり、今のニャコちゃんは小瓶が浮いて驚く柚香達に対して『凄いでしょ!』と誇っているのだ。
「聖獣は物を浮かばせることも出来るの?」
「い、いえ、そのような事は文献には……。ですが瓶の中に入っている液体を操った結果、それを収めている容器も動かしている可能性はあります」
「そんな事まで……。でもそれが可能なら、災厄の口元に瓶を持っていって、口にいれた瞬間に蓋を開けて中身を出すことも可能だわ。……可能なのよね? ニャコちゃん」
『ウルルルニャ』
ニャコちゃんの返事ははっきりとしている。柚香の目をじっと見つめて答え、更に念を押すようにゆっくりと目を閉じた。
なんて頼りがいがあるのだろうか。普段は愛らしいニャコちゃんだが、今は勇ましく格好良く見える。
「そうなると、残す問題はどうやって口を開けさせるかよね。瓶が浮いて近付いてきたら災厄も警戒するだろうし……」
災厄には多少なり知恵があるようで、やみくもに噛みついたり唸りをあげているわけではないという。
今もこちらの様子を窺ってにじり寄ってきているあたり警戒心は強い方なのだろう。いくら小さな瓶とはいえ不自然に浮いて近付けば不用意に口を開けたりはするまい。
とりわけニャコちゃんは聖獣だ。最初の電撃で洞窟の奥まで引いたところを見るに、聖獣を特別警戒しているのかもしれない。
噛みついてくれば良いが、下手すれば尾や巨大な手足で攻撃をしかけてくる可能性がある。
怪我をすれば柚香が直ぐに治せるが、瓶が割れたら終わりだ。
どうすれば……、と考え、柚香はニャコちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「私がニャコちゃんを連れて災厄に近付く。ニャコちゃんが攻撃をして、向こうが応戦してきた隙を狙うわ」
「馬鹿言うな、そんな事をさせられるわけないだろ。最初の予定通り俺が行く」
「私なら怪我をしても直ぐに治せるもの。私が適任よ」
ブラッドの制止をはっきりと一刀両断し、柚香は改めるように「私が行く」と皆に告げた。
「癒しの力が使える聖女だからってだけじゃない。ニャコちゃんと一緒に暮らし始めた日から、どこだろうと、どんな危険があろうと、私はニャコちゃんと一緒に居るって決めたの。ニャコちゃんが私を守ってくれるように、私がニャコちゃんを守る」
だから、と再び腕の中のニャコちゃんをぎゅっと抱きしめる。
言葉が通じているのか、それとも言葉こそ分からないが柚香の意思を感じ取ったのか、もしくは単に抱きしめられて嬉しかったのか、柚香の腕の中でニャコちゃんの嬉しそうな声があがった。
ぐいと身を寄せて頬に額を擦りつけてくる。ゴロゴロと喉の音が聞こえてふわふわの毛が顔に触れて擽ったい。柚香も応じるように自ら顔を擦り寄せた。
そんな柚香達のやりとりを見て止められないと察したのか、ブラッドが物言いたげにぐっと言葉を詰まらせ……、深く息を吐いた。
「分かった。だがけして無理はするなよ」
「その言葉そっくりそのまま返してやりたいくらいよ。置いていったくせに。それに酷い怪我までして死ぬ覚悟で、私達が来てなかったら今頃」
「……悪かった、だから文句は帰り道にしてくれ」
再び舞い戻ってきた柚香の文句をブラッドが制止し、ふわふわと浮かんでいた小瓶に手を伸ばした。
ひょいと片手で掴み取り、それを柚香へと渡してくる。ニャコちゃんがぐいと首を伸ばしてふんふんと嗅いで確認しだした。
「置いていって悪かった。……一緒に帰ろう」
ブラッドの言葉に柚香は深く頷いて返し、彼の手から小瓶を受け取った。




