45:一緒に行こう
「それで、僕が一人で待っていたら……、ニャコ様が起きてきて……」
リュカがニャコちゃんを抱きしめながら過ごしていると、しばらくして柚香が起きて来たのだという。
涙ながらにそれでも一連のことを説明していたリュカだったが、話し終えるやわっと声をあげて泣きだしてしまった。
柚香が起きてくるまで我慢していたのだろう。不安と混乱に押し潰されそうになりながらも自分がしっかりしないとと己に言い聞かせ、説明が出来るのは自分だけなのだからと堪えていたのか。その健気さを想えば柚香の胸まで痛みだす。
ニャコちゃんはしきりに彼の頬や鼻先を嗅ぎ、時には額をぶつけるようにして触れている。
犬は人の感情を察して悲しんでいる時は慰めるとよく言われているが、猫だって同じだ。
柚香が疲れて帰って来た時、落ち込んでいる時、隣に寄り添って額を寄せてくれる。今もそうやって小さい体で必死にリュカを慰めているのだ。
「ニャコ様、ありがとうございます……」
「そうだったのね。ごめんねリュカ、もっと早く起きてくればよかった」
「いえ、僕は大丈夫です……。でも僕は、ヴィートお兄ちゃん達と一緒に行きたかったんです。たとえそれが死ぬことになったとしても……」
幼いリュカの口から『死ぬ』という言葉が出れば、柚香の胸がより痛みを訴える。
だが今はその痛みを気にしている場合ではない。息苦しさを覚えながらも、震えて涙するリュカをそっと引き寄せて胸に抱いた。小さな手が服を掴んでくる。その手さえも震えており、なんて痛々しいのか。
リュカと柚香の体に挟まれたニャコちゃんが『ンー』と鳴き声をあげてスルリと抜けて地面に降りる。だが遠くへはいかず、気遣うように二人の足元に交互に体を擦りつけはじめた。
「僕、ずっと家族が欲しくて……。この旅で皆で一緒に過ごして、きっとこういうのが家族なんだって嬉しくて……」
「リュカ……」
「だから一緒に行きたかったんです。施設の先生が、僕は施設の前に置いていかれたって言ってたから、もう置いていかれたくなくて……。でも、もしも誰も戻って来られなかったら、柚香お姉ちゃんを家族のところに帰すために、僕が支えなきゃって……」
だからここに残ったのだと必死でリュカが話す。
そんな彼を強く抱きしめ、柚香は「ありがとう」と感謝の気持ちを告げた。自分の声も震えている。
泣きそう、と思うのとほぼ同時に柚香の頬を涙が伝い落ちた。
置いていかれたことを悲しいと思う。
だけど置いていったブラッド達の気持ちが分からないわけでもない。
自分だって、もしも彼等の立場だったなら、異世界からきた聖女と聖獣をこの地に残しただろう。いくら恩恵があるとしてもそこまで巻き込めないと考えるはずだ。
そして聖女達の今後を案じてリュカに託す。
その気持ちが、行動が、理解できないわけではない。
……だけど、
「リュカ、行こうか」
柚香の提案に、腕の中で泣きじゃくっていたリュカが「え?」と声をあげた。
こちらを見上げてくる大きな瞳が涙で潤んでいる。長い睫毛に溜まっていた涙の粒が、ぱちんと瞬きをしたことで弾けるように散った。
「行くって?」という戸惑いを含んだ声に、柚香は彼を見つめたまま「行こう」ともう一度告げた。
「皆を追いかけるの。……もしかしたら私達も戻って来られないかもしれないけど」
「僕も、僕も一緒に行きます!」
同意の言葉と共に、涙で潤んでいたリュカの瞳にはっきりとした決意の色が宿る。
一瞬、彼を連れていくことへの後ろめたさが柚香の胸に過ぎった。だがそれをリュカの瞳を見つめることで掻き消す。
本来ならば幼い少年は置いていくべきだ。リュカにはまだ未来がある。今までの彼の境遇を考えればなおさら、これから輝かしい未来を歩んでほしいと思う。
……だけどここで無理に置いていくことは、リュカの決意も、彼が自分達に抱いてくれた信頼や家族愛を否定することになる。
「リュカ、すぐに準備をしましょう!」
「はい!」
「ニャコちゃんも、……良いよね。私達と一緒に行ってくれるよね?」
問いかければ、柚香の足に体を擦りつけていたニャコちゃんがこちらを見上げた。
くりっとした目をゆっくりと閉じ『ニャッ』と高い声で返事をする。器用に後ろ足だけで立ち上がると前足を柚香の足に引っかけ、更にぐいと体を伸ばしてきた。
ひょいと伸ばされた柔らかな前足が柚香の手に触れる。ちょいちょいと触り、柚香が応じて手を差しだせばニャコちゃんは嬉しそうに手のひらに頭を押しつけてきた。
これはきっとニャコちゃんの意思表示だ。柚香が撫でれば嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らし、試しに手を放すと追いかけるように前足を伸ばして強請ってくる。
その仕草から、手に触れる小さな可愛らしい手から、視線が合うとゆっくりと目を閉じてくるこの表情から、全てから愛情を感じられる。
「そうだよね。ずっと一緒だもん、ニャコちゃんも一緒に行こうね」
ニャコちゃんを抱き上げて頬を寄せる。
喉を鳴らしながら額をぶつけ、柚香の鼻に己の鼻を触れさせる。微かに湿った小さな感触に、こんな状況だというのに柚香は思わず笑みを浮かべてしまった。
くすぐったくて愛おしい。こんな愛おしい存在を置いて行けるわけがない。
(なにがあっても私がニャコちゃんを守る。……いえ、ニャコちゃんだけじゃない、聖女ならきっとみんなを守れる)
使命感に似た思いを胸に、柚香はさっそくと準備に取り掛かった。




