43:仲間だからこそ
朝、一番に起きたのはブラッドだった。
本来の起床時刻より一時間以上早いが今朝だけは別だ。いまだ眠り続けている二つの寝袋の片方へと近付き、そこで眠るルーファスの肩を叩く。
程なくしてルーファスも目を覚ましたが、彼は自分を揺すっているのが聖獣だと勘違いしたのか「ニャコ様もう少し寝ましょうよ……」と間の抜けた声をあげて片手で肩の付近を探しだした。そうしてブラッドの手をガシと掴むと「かたいっ!?」と驚きの声をあげる。
これにはブラッドも眉根を寄せ「騒ぐな」とだけ告げて彼の手を振り払った。
「あれ、ブラッドさんでしたか……」
「さっさと目を覚ませ」
ブラッドの冷ややかな言葉に、ルーファスは「おはようございます」と穏やかに笑って返す。
自分を起こす事に文句は言わない。その理由を理解しているからだ。
「いやぁ、寝惚けてしまってお恥ずかしい。リュカ君はもう起こしますか?」
「まだ良いだろう。こっちの準備が終わるまで寝かしておけ」
「そうですね。子供はぐっすりと眠らないと」
そう小声で話しながらテントを出る。
そこには火の番であるヴィートが待っており、ブラッドとルーファスを見るや朝の挨拶を告げてきた。
普段通りの穏やかな表情。爽やかさと品の良さを交えた顔付き。それでいてどことなく覚悟を含んだ張り詰めた空気を纏っている。ブラッドとルーファスに向けられる瞳もいつもより少しばかり鋭い。
もっとも、その微かな変化に気付くのはブラッドもまた同じ空気を纏っているからだ。同じ事を考え、同じ決意をし、だからこそ気付ける空気の違いである。
「俺は夜の内に殆ど準備を終えてるから、二人とも終わったら声を掛けてくれ」
「あぁ、分かった」
ヴィートの言葉にブラッドは簡素に返し、準備へと取り掛かった。
もっとも、さほど用意するものはないので時間はかからない。元より旅の荷物は少なく、そのうえ今回ばかりは置いていく物のほうが多い。
むしろ一つでも多く置いていってやりたいぐらいなのだから、持っていくものはこの身とナイフだけでいい。それと……、とナイフに巻き付けたハンカチに触れる。
そうして手早く準備を終え、ブラッドは再びテントへと戻ってまだ眠るリュカに声を掛けた。
小さな肩を揺すれば「ん……」と微かな声を漏らし、微睡む意識ながらに目を開ける。まだぼんやりとしているがブラッドに促されると身を起こし、目を擦りながらもテントから出た。
そうして、そこにいるヴィートとルーファスの姿を見つけると、リュカの動きがぴたりと止まった。
早い時間に三人が準備を終えている。
……三人だけが。
「どうして」と理由を問うより先に「嫌です!」と拒否を訴えるのは、それがどういうことかまでを察したからだ。
「僕も一緒に行きます。連れていってください!」
「リュカ、落ち着け」
「僕だって全部知って旅に出たんです!」
ブラッドが宥めるも、リュカは更に必死になって訴える。
そのうえ駆け出すとヴィートに抱き着くように服を掴んだ。見上げる顔は幼いながらも必死さが露わで、ヴィートを呼ぶ声にも鬼気迫る迫力がある。
「どうしてですか! あの日、僕に一緒に行こうって言ってくれたじゃないですか!」
「駄目だ、リュカ。君は残ってくれ」
「僕が小さいからですか? まだ子供だから、役に立てないから、僕はいらないんですか……!」
リュカの声が次第に震える。
泣きそうなその声に、弱々しく歪むその顔に、ヴィートが改めるように彼を呼んでその両肩に手を置いた。
話の主導権をヴィートに譲ることにしたブラッドとルーファスも、口を挟みこそしないが正面から向き合おうとじっとリュカを見つめる。辛そうに眉根を寄せ、それでもリュカの希望をのむわけにはいかないと堪えるように。
「リュカを役に立たないなんて思った事はない。リュカは気遣いが出来て頼りになる立派な仲間だ。旅をしている最中に何度助けられたことか」
「それなら、僕も一緒にっ!」
「だからこそだ。リュカには柚香とニャコ様を連れて森を出て、彼女達を支えてやってほしい」
「柚香お姉ちゃんとニャコ様を……?」
リュカが名前を口にし、もう一つのテントへと視線をやった。
まだこちらの異変には気付いていないのか、どちらも出てくる様子はない。
柚香達は異世界から来た。
当然、こちらの世界の事は何も分からない。旅の途中に互いの世界の話をしたが、柚香の話す『ニホン』の話はリュカ達にはまさに異世界のもので、そしてこちらの世界の話を聞く柚香も似たような反応をしていた。
それどころか、こちらの世界の文字も柚香には読めないという。試しにと文字を見せても柚香には全く読めないらしく「言葉が通じて良かった」と話し、逆に柚香が使う『日本語』を書いて貰った際も、リュカはおろか全員が首を傾げてしまった。
彼女達は何も分からない。
仮にここで柚香以外の全員が災厄に食われたとしたら、いったい彼女達はどうやって暮らせばいいのか。
辛うじて獣人達の集落に辿り着ければ、彼等に案内されて王都に向かう事は出来るだろう。聖女ならば手厚く保護されるかもしれないが、反面、今後の災厄対策に利用される可能性もある。
聖女が元居た世界に帰ったという記録は無い。帰れなかったのか、帰ろうとしなかったのか、……もしくは帰さなかったのか。そのどれも定かではないのだ。
「王都の人間に柚香達を任せるわけにはいかない。それに、俺達が約束をしたんだ、丸投げするのは無責任だろう」
「だから僕が……?」
「あぁ、柚香達が無事にニホンに帰れるようにリュカが支えてやってくれ」
ヴィートの声は真剣そのもので、瞳も真っすぐにリュカを見つめている。
子供を言い包めようとしている色は一切無い。心から仲間だと思い、信頼し、だから託そうとしているのだ。
それが分かるからこそリュカはぐっと言葉を飲み込んだ。仮にこれが子供に対する同情ゆえの判断や嘘偽りで言い包めようとしていたのなら、喚いて、抗って、柚香達を起こしてでも引き留めようとしたのに。
だがこうも真摯に、そして仲間として託されれば、リュカは頷かざるを得ない。
仲間だから共に行きたいという気持ちはいまだ胸に強く残っているが、反面、柚香達のことも大事な仲間だと思っているのだ。
この旅に彼女達を巻き込んで危険に晒してはいけないことも、そして、仮に全員がここで討ち死にした場合、柚香達に危険が及ぶ可能性があることも理解している。
だからこそリュカは出かけた言葉をぐっと飲み込み……、「分かりました」と呟くように返事をした。




