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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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34/57

34:応えられない提案と別れ

 


 朝食もまた豪華なもので、獣人達の歓迎の気持ちが伝わってくる。

 だけどやはり柚香の席はヴィート達とは離されていた。まともに言葉を交わせたのは朝の挨拶ぐらいで、それだってすぐさまラスティが「皆様、お席の準備が」と引き剥がしにきた。

 かといって獣人達がヴィート達に対して不信感を抱いている様子はない。ラスティが柚香に親切に接してくれるように、彼等の世話役の獣人もまた親切な対応をしているように見える。

 獣人の族長からも失礼な素振りや敵意は一切感じられず、出発までの時間をゆっくりと過ごしてくれと労いの言葉を掛けてくれた。


「だからこそ分からないのよね……。ねぇニャコちゃん、どう思う?」


 朝食を終えて自室代わりの小屋に戻り、ベッドの縁に座って柚香は深く息を吐いた。

 隣ではニャコちゃんがグルグルと喉を鳴らしながら香箱座りをしており、柚香が全身を撫でるとごろんと横たわり、そのままどんどんと体を伸ばしていった。

 猫とは不思議なもので、普段は『小さい』と思うニャコちゃんを今は『長い』と思ってしまう。夏場は廊下で今以上に伸びる時もある。


 挙句にニャコちゃんは気持ちよさそうに仰向けになってお腹を晒してくるので、柚香は「では失礼して」と一声かけてお腹に顔を埋めた。

 喉の音がダイレクトに耳に届く。それどころか肌で振動を感じる。

 ニャコちゃんのふわふわで柔らかいお腹に顔を埋めたまま、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。


 所謂『猫を吸う』というもので、ニャコちゃんの温もりを顔全体で堪能できる至福の一時だ。

 だがコンコンと扉がノックされるや慌てて顔を上げた。


「誰?」

「ラスティです。柚香様、少しお話よろしいでしょか?」

「どうぞ、入って」


 顔にニャコちゃんの毛がついていないかと軽く拭ってから入室を促せば、キィと微かな音を立てて扉が開いてラスティが入ってきた。

 人間のように長くそれでいて兎の形をしている手で、器用に柚香の洋服を持っている。


「突然申し訳ありません。何かなさっていましたか?」

「大丈夫、ニャコちゃんを吸ってただけだから」

「……ニャコランティウス様を、吸う?」

「気にしないで、私の世界の一部の者達にのみ伝わる儀式なの」


 ねぇニャコちゃん、と柚香が手元のニャコちゃんに声を掛ける。

 先程までお腹を露わに引っ繰り返っていたニャコちゃんはいつのまにかちょこんと行儀よく座っており、柚香の問いに対しても『ウナン』と品の良い返事をしてきた。


「わざわざ洋服を持ってきてくれたのね、ありがとう」

「いえ、そんなお礼を言われる事では。それで、あの……、柚香様、この集落に残りませんか?」


 突然のラスティの提案に、柚香はわけが分からず「え?」と間の抜けた声をあげた。

 だが困惑を露わにする柚香を他所にラスティはぐいと近付いてくる。兎の顔ながらに真剣を帯びていると分かる。

 手にしていた柚香の服はすぐさまテーブルに置いてしまうあたり、小屋を訪れたのは洋服のためではなくこの話をするためなのだろう。

 その切羽詰まった気迫に、柚香は思わず気圧されかけながら「ラスティ?」と彼女の名を呼んだ。


「私共が人間の住む場所にお送りいたします。そこで暮らすのも、元の世界に戻るのも、きちんとお手伝いをいたします。もちろんこの集落で共に生活してくださっても構いません。みんな柚香様とニャコランティウス様を家族のように歓迎いたします」

「ね、ねぇラスティ、ちょっと落ち着いて……」

「族長もその方が良いと仰っています。柚香様とニャコランティウス様は何も知らずにこの世界に来た身、危険を冒して災厄の住処を目指す必要はありません。それに、柚香様はまだ知らされていないのかもしれませんが、この旅は」

「ラスティ、待って!」


 何かを言おうとしたラスティを慌てて柚香が止める。

 彼女はきっとこの旅の核心に触れようとしていたはず。きっとこのまま話を続けさせたら、柚香が抱き続けていた疑問をはらしてくれるだろう。


 彼女はこの旅に隠された事実を持ってここに来たのだ。

 そして、その事実を知っているからこそ、柚香の身を案じて集落に残るように説得している。

 そう考えると再び胸に不安が舞い戻る。


 ……だけど、


「私には何が出来るかも分からないし、何も知らない。それでも皆を信じるって決めたの」

「柚香様……」

「ちゃんとみんなの言葉で説明を聞いて、私自身で判断する。だからラスティの気持ちは有難いけど、私、みんなと一緒に行く」


 ラスティの言葉は偽りでもなく裏があるわけでもなく、純粋な善意だ。

 この旅に隠されている事実を知っており、それゆえに柚香とニャコちゃんを案じて提案してくれた。

 その気持ちには応えられないが、無下にする気も無い。


「ありがとう、ラスティ」


 柚香が感謝を告げれば、ラスティが切なそうに目を細めた。

 彼女は兎の獣人で、顔も兎そのものだ。だが不思議と喜怒哀楽が分かる。

 今は柚香を止められなかった事へのもどかしさや悲しさが前面に出ている。なんて切ない表情だろうか。

 柚香は彼女の気持ちを想い「大丈夫よ」と告げてそっと抱きしめた。暖かな感触。ふわりと太陽の香りがする。


「柚香様……。私達は常に事態の解決を願い、それでいてこの集落に留まるしか出来ずにおります。どうか臆病な我々をお許しください……」

「ラスティ、そんな風に言わないで。貴女達に歓迎してもらってとても嬉しかった」

「どうかご無事で。柚香様も、ニャコランティウス様も……、皆様も」


 ラスティがぎゅっと一度強く抱きしめ返してくる。

 そうして彼女はゆっくりと離れると「帰路にはまたお立ち寄りください」と明るい笑顔を浮かべた。服の手配をしたり、旅の途中で食べられる軽食を用意すると提案したり、忙しなく話を続けて動くのは悲しさを紛らわせるためか。

 そんなラスティに対して柚香はわかれることの悲しさを胸に抱き、改めるように感謝を告げた。



 ラスティが小屋を去ってすぐ、いよいよ集落を出発する時間となった。扉をノックする音と出発を促す族長の声がする。

 柚香は洗ってもらった元の服に着替え、うとうとと微睡んでいたニャコちゃんを抱っこすると小屋を後にした。


 そうして集落の出口まで向かうと、そこには既にヴィート達の姿があった。

 ブラッドも合流していたようで、柚香の姿を見ると穏やかに笑って迎えてくれた。昨夜の事があったからか、今日の彼の表情は特に柔らかく見える。


「行こう、みんな」

『ンニャム』


 柚香の言葉に、腕の中のニャコちゃんも続く。

 各々がそれに返し、見送る獣人達の視線を背に歩き出した。



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