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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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31/57

31:ここに来た理由

 


 柚香は特段涙もろいというわけではない。感動系の映画やドラマでは涙するし――特に動物が出てくると弱い――、友人の結婚式でも涙したが、かといって簡単に泣いたりはしない。

 それなのに、他人の境遇、それも出会ってまだ数日でしかないブラッドの境遇を聞いて、これほどまでに感情が搔き乱されるのが自分自身で不思議でしかならない。


「どうして私こんなに泣いてるのかしら……」

「それを俺に聞かれても。外の女って言うのは涙もろいって聞いたが、本当なんだな」


 困惑しながら話すブラッドの言葉に、柚香はぱちんと一度瞬きをした。

 睫毛に溜まっていた涙の粒がぱらっと落ちる。

 すんと一度鼻をすすり、まだ涙の溜まった目でそれでも彼を見上げた。


「『外の女』って……、変な言い方」

「仕方ないだろ、女なんて囚人と看守ぐらいしか見た事が無いんだ」


 ブラッドの口調は参ったと言いたげだ。それどころか困惑しているのが分かる

 囚人は言わずもがな、世界規模な罪人が収監される監獄に務めている看守なのだから、たとえ女性と言えども気概や勇ましさは並みの男とは比べものにならないはず。

 そんな女性しか知らないとなれば、自分の身の上話を聞いただけで泣きだす柚香を見て困惑するのも無理はない。

 所在なさげに雑に頭を掻く彼の姿に、柚香は小さく笑ってしまった。ふふっ、と肩を揺らして笑えば、目尻に溜まっていた涙が零れる。


「泣いたと思ったら今度は笑うのか。着いていけないな」

「ごめんなさい。でも慌てる貴方の姿が面白くって」


 身の上話を聞いて泣くのはまだしも、笑うのは明らかに失礼だ。それも泣いた矢先に笑い出すなんて、自分がブラッドの立場なら呆れたかもしれない。

 そう考えて柚香が謝れば、ブラッドは軽く笑って「気にするな」と返してきた。その表情は普段通りの彼のもので、先程までの苦しそうな色合いは無い。そして穏やかで落ち着いたものに見える。


「泣かれるよりは笑うほうが良いな。それに俺の身の上話で泣くなんて時間の無駄だろ」

「そんなことない! ……そうだ、もし『災厄』を眠らせる事に成功したら、貴方の功績が認められてきっとみんな見直すはず!」


 彼の笑みを見たからか渦巻いていた感情が消え、代わりに柚香の頭の中にパッと名案が浮かんだ。


 なにせ災厄は世界規模の脅威。

 それを眠らせる役目を果たせば、いわば世界を救った救世主である。

 たとえ出自が監獄であっても彼の活躍は揺るぎない事実。むしろ功績と共に事情が世間に知れ渡れば、彼の境遇に異論を唱える者が出始めるはずだ。


 いや、一人として出なくたっていい。

 自分が居る。

 なにせ聖女だ。ヴィートやルーファスの話を聞くに聖女は神聖な存在。そのうえ『災厄』を沈めたとなれば、聖女の発言が蔑ろにはされまるまい。この発言権を生かしてブラッドの境遇を変えることができるはず。

 降って湧いた聖女という立場を利用するのは気が引けるが、この話に関しては別だ。『監獄で生まれた』というだけで世間がブラッドを囚人扱いするのなら、『異世界から来た』というだけの柚香だって聖女の権力を使って世間を黙らせる。


「この旅を無事に終えたら、私が世界に訴えるわ。ブラッドは囚人なんかじゃない!」

「……柚香、俺は別に」

「駄目! それにブラッドには最初に助けてもらった恩があるもの。このまま何もせず、助けられたままお世話になって終わりなんて出来ない」


 柚香の話に、ブラッドが「そうか……」と呟くような声量で返した。その声には気圧されたような色合いが見える。

 だが柚香の胸は決意で燃えており、気圧される彼に対して更に力強く「そうよ!」と返した。


「私、きっとそのためにこの世界に来たんだわ! 決めた、私、ブラッドの自由を勝ち得るまで日本に帰らない! 誰にも二度と貴方を囚人だなんて呼ばせない!!」


 高らかな柚香の宣言に、ブラッドが目を丸くさせ……、そして我慢できないと言いたげに笑いだした。

 喜怒哀楽の表現が薄い彼には珍しい、豪快で楽しそうな笑い方。静かな夜の森にその笑い声はよく通り、柚香はしばしぽかんとし……、そして一寸遅れて自分の発言が突拍子もない事だと理解した。

 途端に恥ずかしさが増していく。


 ブラッドの身の上話を聞いてそんなの酷いと憤り、かと思えば涙し、次の瞬間には笑い、挙げ句にこの宣言……。

 二転三転どころではない。呆れられ、他人の事情にそこまで首を突っ込むのかと引かれたっておかしくない。

 ここは彼が笑ってくれて良かったと思うべきか。いや、さすがにこの笑いぶりを前にするとそうは思えない。


「ね、ねぇ、ブラッド、笑い過ぎよ。獣人達に気付かれちゃう……!」

「だってお前なぁ、さっきまで泣いてたかと思ったら笑って、そのうえあんなに力強く言い切られたんだ。誰だって笑うだろう」

「だからって、そんなに笑う事ないじゃない」

「俺の自由を得るまで帰らない、そのためにこの世界に来た。とは大きく出たな」

「改めて言わないでよ! 私だって変なことを言ったって理解してるわ!」


 熱くなる頬を押さえることでなんとか誤魔化しながら訴え、柚香はふいとそっぽを向いた。

 確かに、落ち着いて考えると我ながらおかしなことを言ってしまった。


(ブラッドのためにこの世界に来たなんて、そんなの、私まるで……)


 まるで自分が彼の事を。

 そう考えた瞬間、柚香の中でかぁっと一瞬にして熱が上がった。

 頬どころではない。顔全体。むしろ心臓が鼓動を速めて体中が熱くなりそうだ。


「わ、私だって、べつに帰らないって言ったわけじゃないのよ。日本に帰らないと家族が心配するし、色々と困るし。ただ、ほら、すぐに帰る手段が分かるわけじゃないでしょ。ヴィートとルーファスも帰る方法についてはあやふやだったし。帰る方法を探している間にこっちの世界で暮らすなら、その間に貴方に恩返しをしなきゃと思ったの。狼に襲われたところを助けてもらった恩もあるわけだし」


 恥ずかしさを誤魔化すため捲し立てるように話せば、ブラッドは「そうか」とあっさりと一言で返してきた。

 長々と話す柚香に対してやはり素っ気ない返事だ。だがその表情にはまだ笑みが残っている。楽しそうで、そして嬉しそうな表情。

 夜の森の中でも彼の表情が明るくなったのが分かり、笑われた不満もどこへやら柚香もまた笑みをうかべた。


「監獄の外の世界を一度見れたらそれで良いと思っていた。だからヴィートの話を聞いても、この旅に出たらそれで終わりでその後のことは考えてなかったんだ。……だけど、お前が居てくれるなら旅から帰るのが楽しみになるな」


 穏やかな表情でブラッドが見つめてくる。

 深い色合いの青い瞳。穏やかに目を細めると優しげで、柚香の胸が締め付けられる。

 苦しいような、切ないような、それでいて心地良さもある。


 この感情の名前を知らないわけではない。だけど……。


 己の胸の内に湧き上がる感情を、胸元をぎゅっと掴むことで押さえる。

 次いで、柚香は慌てたように立ち上がった。





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