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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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30/57

30:鳥かごの子供

 



「隣、座って良い?」

「……好きにしろ」


 ブラッドの返事は相変わらず素っ気ない。

 だが柚香を見つめる瞳の奥には臆するような色が見えた。心なしか落ち着きが無く、視線もすぐにそらしてしまう。

 彼から怯えの気配すら感じ、柚香は気遣うようにそっと隣に腰を下ろした。


「……黙っていて悪かった」

「言いにくい事だし、仕方ないわ。……でも、もう知ったからちゃんと話して」

「聞いても面白くない話だ。何を言おうと俺が囚人であることに変わりは無い」

「違う。それにひとから聞いただけじゃ分からないでしょ。貴方の言葉で理解したいの」

「柚香……」


 柚香の訴えに、ブラッドが僅かに表情を歪めた。

 苦しく辛そうな表情。迷うように視線を逸らし何かを考え、それでもゆっくりと息を吐くと「聞いても気分のいい話じゃない」と前置きをしてきた。

 それでも聞きたいのかと問われ、柚香ははっきりと頷いて返した。


 しばらく静かな沈黙が二人の間に流れ、草木が風に揺れる葉擦れの音と火花が弾ける音だけが聞こえる。

 そんな中、ブラッドが呟くように話し出した。

 己の右肩に手を添えるのは、そこにある火傷跡を思い出しているのだろう。彼の仕草に、柚香もまた以前に見た彼の火傷跡を思い出した。


 痛々しく描かれた鳥かご。

 あれが監獄の囚人の証だというのなら、思い出すだけでもぞっとする。


「アルストロニア監獄は、広大な海に囲まれた島にある」

「島?」

「あぁ、島には監獄しかない。見渡す限りの海、他の島の影も無い、時折船が見えるだけだ」


 海に囲まれた島に建てられた要塞の監獄。見渡す限りの青い海は囚人達に脱獄は無理だと知らしめ、世界にはこの島しかないのではと思わせるほどに広い。

 何も無く、何かあってはならない場所。


「そこで……」と呟くように問えば、言わんとしている事を察したのかブラッドが頷いて返してきた。

 肩を押さえていた手をそっと放し、細枝を一本焚火に放り投げると、ゆっくりと手を組んで再び話し出した。


「俺はそこで生まれた。それも、身ごもった女が収監されて生んだわけじゃない。わざわざご丁寧に、絶対的な警備をすり抜けて逢引したうえでな」


 アルストロニア監獄は世界的な大罪人を収監する監獄であり、当然、厳重な警備が敷かれている。

 脱獄はもちろん他所からの侵入も許さず、囚人達には一切の自由は許されない。監獄内外問わず、むしろ島の敷地内どころか周囲の海域すべてにおいて、蟻の子一匹通さないを徹底しているのだ。

 そんな要塞とさえ言える監獄の中でどういうわけか男女が逢瀬を交わし、その結果ブラッドが生まれた。


「そんな……、でも、どうやって?」

「さぁな、俺も聞いたことが無いし、聞きたいとも思わない。それに聞こうにも父親も母親分からないからな」

「分からない? どうして?」

「教えられてないんだ。まぁ、噂程度には聞いたが、誰であろうと囚人であることに変わりは無いだろ」


 言い切るブラッドの口調には親を知らぬ事への悲しさや憤りはない。

 挙げ句、柚香の気持ちが収まらぬうちにあっさりと「それで」と次の話題へと移ってしまうのだから、、本当に親への執着や興味が無いのだろう。


「本来なら囚人が生んだ子供であっても外の施設に預けるはずだが、いかんせん場所が場所だ。徹底した警備を敷いているはずのアルストロニア監獄で起こった不祥事なんて外に出せるわけがない」


 ゆえに、ブラッドは監獄で看守達に育てられたという。

 幼いうちから看守の手伝いをさせられ、それを話すと「囚人と言われてるが、囚人半分、看守半分だな」と笑い飛ばしてきた。

 だがもちろん柚香は笑って返すことなど出来るわけがない。聞いた話に、彼の境遇に、自分の身体が冷えていくのが分かる。怒り、憤り、切なさ、そんな感情が胸の内で渦巻く。


「それで監獄で育てられたの……? そんなの酷い、ブラッドは何もしてないじゃない!」

「俺は何もしてないが、俺は囚人が何かをした結果そのものだ。だから監獄で死ぬものだと思ってたが、まさか外に出ることになるとはな」


 監獄で生まれ、監獄で育てられ、そのまま監獄で死ぬものだと思っていた。

 だがそこに現れたのがヴィートだ。彼は第三王子という立場でありながら自らアルストロニア監獄に足を運び、そしてブラッドに対して自分の旅への同行を提案したという。

 その話に同意し、出発の時がくるまで監獄内で野営方法を学び今に至る。


「一度ぐらいは外の世界を見てみたいと思っていたんだ。それに災厄を眠らせるための旅なら、俺の罪も少しは許されるだろう」

「罪? 貴方が何をしたっていうの?」

「これといって何かをしてはいないが、多分なにかしらあるんだろう。物心ついた時からずっと司祭様に祈らされていたからな」


 監獄には定期的に神職を司る者が訪れ、囚人達に神の教えを説き、許しを得るため祈るように促していた。

 幼いブラッドはその話を聞き、囚人達と共に祈ることを強いられ、そしていつしか『きっと自分には罪があるのだろう』と考えるようになったという。

 何をしたかも分からないうちに、何もしていないと分かっていても。

 これは刷り込みだ。生まれた時からの習慣が、周囲の環境が、彼に有りもしない罪を擦り込み続けていた。


「そんなのおかしい、ブラッドは何もしてないんでしょ? 囚人なんて呼ばれる筋合いないじゃない」

「だが俺は監獄で」

「監獄で生まれただけでしょ。それなら囚人じゃない、なにも悪くない。むしろこの世界のために災厄を倒そうとしてるじゃない。それなのに、ただそこで生まれたってだけで貴方が閉じ込められて、周りから冷たくされるなんて、そんなのっ……」


 そんなのおかしい、と言い掛け言葉が詰まった。

 胸の内を色々な感情が渦巻いて、それが言葉にならず……、涙に変わったのだ。自分の頬を涙が伝うのを感じ、すぐさま手の甲で拭う。

 これにはブラッドも驚いたように目を丸くさせた。


「なんで俺のことで泣くんだ……」

「そんなこと聞かれてもわからない。ただ、貴方のことを考えたら、胸が苦しくて……」


 柚香自身、どうして自分が涙しているのかが分からない。

 ブラッドの境遇を想えば胸が痛む、それを当然のものとして受け入れてしまっている彼の姿が悲しくて堪らない。そんな感情が渦巻いて、言葉が紡げずに涙になって溢れ出たのだ。

 自分が泣くのはおかしい、泣きたいのはブラッドの方だ。そう分かっているのに涙は止まらない。




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