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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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29/57

29:変えられないもの

 


 暗く静かな森の中、草を踏みしめる二人分の足音だけが続く。


「……すまない、柚香。こんな事になってしまって」


 視線を先に向けたままのヴィートが呟くように謝罪の言葉を口にした。

 それに対し、柚香は言い難い感情を胸に、それでも「大丈夫」と返した。もっとも、決意したとはいえさすがに胸中は「大丈夫」の一言で片付けられるわけではない。


 ブラッドの素性を隠されていた。

 いや、それだけではない。この旅についても隠し事をされている。

 それを考えれば胸に不安が湧く。彼等を信じて共に旅を続けて良いのかと疑問すら抱いてしまう。

 だけど……、


「ヴィート達と一緒に行くって決めたのは私だもの。それに、言わないのにはちゃんと理由があるって信じてるから」

「……柚香」

「なにより、ニャコちゃんは見る目があるの! ニャコちゃんがヴィート達に懐いたってことは、皆は良い人ってことよ!」


 ねぇニャコちゃん! と抱っこしていたニャコちゃんを持ち上げるようにしてヴィートに近付ける。

 ニャコちゃんはゴロゴロと喉を鳴らし、ぐいと体を伸ばして彼に近付いた。

 そうしてヴィートを見上げ、彼と視線があうとゆっくりと目を瞑る。普段はくりっとしたアーモンドのような目が瞑ると線になり、ふっくらとした口元と合わさってまるで笑っているかのような表情だ。


「ほら、ニャコちゃんが目を瞑ったでしょ。これってニャコちゃんの愛情表現なの」

「愛情表現? 俺には眠たそうにしか見えないが……」


 柚香の話に、ヴィートが改めて腕の中のニャコちゃんへと視線を落とす。

 彼に見つめられたニャコちゃんはゴロゴロと喉を鳴らし、また一度ゆっくりと目を閉じた。

 確かにその表情は眠たそうにも見える。現に目を瞑ったタイミグで頭を撫で続けるとそのまま眠ってしまうことも少なくない。


 だがこれは猫の愛情表現だ。

 猫がゆっくりと目を閉じるのはリラックスや愛情を示し、とりわけニャコちゃんはこの仕草で感情表現する事が多い。

 ニャコちゃんを膝に乗せて過ごしている時、お風呂で向かい合って温まっている時、眠る前の「おやすみ」と声を掛ける微睡の時、朝起きて「おはよう」と声を掛けた時……、ニャコちゃんは目が合うと目を閉じて愛情を訴えてくれる。


 それを今、ヴィートに向けて示しているのだ。


「ニャコちゃんが信じた人が悪意で隠し事なんてするわけがない。私はヴィートを信じてるし、ヴィートを信じてるニャコちゃんの人を見る目も信じてるの」


 そう柚香が断言すれば、ヴィートが僅かに目を丸くさせ……、次いでふっと笑った。

 吹っ切れたような、嬉しそうな、穏やかな笑み。見目の良い彼のその笑みは絵になっている。


「そうか、聖獣であるニャコランティウス様に信じてもらえるなんて光栄だ」

「ブラッドの事も信じてるわ。ヴィート、あの時、彼のことを『監獄で生まれただけ』って言ってたでしょ」

「あぁ、そうだ。だから俺はあいつをこの旅に選んだんだ。俺もあいつも……」


 言いかけ、ヴィートが話をやめて立ち止まった。

 彼の隣を歩いていた柚香も自然と足を止め、視線を追うように道の先へと顔を向け……、


「……ブラッド」


 少し離れた先、一つだけ設置したテントの前に座る彼の姿を見つけた。

 彼はしばらく目の前の焚火を見つめていたが、視線を感じたのか顔を上げると僅かに表情に驚きの色を浮かべた。


「どうしてここに来た」


 彼の言葉は相変わらず簡素だ。

 だがそれは彼が不器用ゆえのもので、そこに不満や怒りはない。……はずだ。

 だけど今は彼の簡素な言葉に警戒や拒絶の色を感じ、柚香は自分が臆し掛けるのを感じた。

 もどかしいような緊張が胸に湧く。「本人から話を聞かなくては」と考えたばかりだというのに不安すら感じてしまう。


「ちゃんと話をすべきだと思って俺が連れてきたんだ」

「話すことは無い。俺は監獄の囚人、それだけだ」

「違うだろ、お前は何もしてない。それをちゃんと説明しろ」

「……その必要は無い」


 ヴィートが説得を試みるが、それに対するブラッドの返事は苛立ちすら感じられる。

 張り詰めたような空気を感じ、柚香は口を挟むことも出来ずにただ二人に交互に視線をやった。

 時間が妙に長く感じられる。言葉を掛けた方が良いのかもしれないが、誰に何を言えば良いのか分からない。


 そんな中、ヴィートが改めるようにブラッドを呼んだ。


「ブラッド、俺もお前も生まれを変えることは出来ない。お前はアルストロニア監獄で生まれ、そして俺はこの国の第三王子として生まれた。こればっかりは誰に憐れまれようと悲観しようと変えられない事実だ」


 ヴィートの言葉に、柚香は疑問を抱いて彼を見上げた。


 監獄に生まれたことを憐れまれ悲観するのは分かる。

 だがヴィートは自身で言っているように『第三王子』だ。憐れまれるどころか、羨ましがられる立場ではないのだろうか?


 だがヴィートは柚香の視線には気付かず、じっと正面のブラッドを見据えている。

 麗しい顔付き。男らしさの強いブラッドに比べ、ヴィートは爽やかさを感じさせる。美丈夫とはきっと彼の事を言うのだろう。

 だが今はその精悍な顔付きに厳しさが色濃く宿っており、その瞳には偽りも誤魔化しもさせまいという強い意志が感じられる。


「どれだけ望んでも、過去に戻って生まれた環境を変えることは出来ない。だがその後は違うだろう」

「ヴィート……」

「俺は第三王子に生まれたという理由だけで全てを諦めたりはしない。覆してみせる。だからこそお前を選んだんだ」


 はっきりしたヴィートの言葉に、ブラッドが一瞬なにかを言いかけ……、深く息を吐いた。

 自分の考えを整理しているのか、一度視線を逸らすと何もない木々を見つめ、次いでこちらへと向き直る。その表情はどこか晴れやかで、「そうだな」という同意の言葉は普段通り素っ気なくはあるが落ち着きを感じさせる。


 ヴィートの話を聞き、彼の中で何かが変わったのだろう。

 それが何なのか柚香には一つとして分からないが、それでもブラッドの表情を見ると安堵が湧く。

 話題には置いていかれているが、彼の気持ちが晴れたのならなによりではないか。


 小さく安堵の息を吐くと、軽く背中を押された。

 ヴィートだ。穏やかに微笑み、ブラッドの元へ向かうようにと背を優しく押してくる。


「俺は少し離れた場所に居るから、戻る時に声を掛けてくれ」

「……分かった。ありがとう、ヴィート」

「何も言わない俺達をそれでも信じてくれたお礼だ」


 穏やかに、それでいて少し申し訳なさそうに笑い、ヴィートが去ろうとする。

 その背中をニャコちゃんが『ンナァ』と鳴いて引き留めた。柚香の腕の中でうねる様に動き、するりと抜けると華麗に着地する。そのまますたすたと歩いてヴィートの隣にちょこんと並んだ。


「なんだ、ニャコ様は俺に着いてきてくれるのか?」

『ウルルルルニャム』

「それじゃ夜の散歩としゃれ込もうか。ニャコ様とデートなんて光栄だ。ルーファスに嫉妬されるかもしれないな」


 冗談めかして話しながらヴィートとニャコちゃんが去っていく。

 もっとも、夜の森の中なのだからそう遠くへはいかないだろう。それでも柚香とブラッドを二人きりにしようと考えてくれたのだ。

 彼等の背中に心の中で感謝を告げ、柚香は深く息を吐くとブラッドへと向き直った。



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