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【完結】異世界でもうちの猫ちゃんは最高です!  作者: さき


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26:自然の中のお風呂

 


「そんな……」

「今まで黙っていてすまなかった。だが信じてくれ。あいつは確かに監獄で生活していたが、罪を犯して収監されたわけじゃない。元々アルストロニア監獄で生まれたんだ」

「監獄で? ブラッドが? 待ってヴィート、何を言ってるのか、私……」


 矢継ぎ早に打ち明けられる事実を受け入れきれず、柚香の中で混乱だけが増していく。

 わけが分からない、と柚香が呟けば、そんな柚香を案じたのか傍らに立っていたラスティが軽く腕を引いてきた。


「柚香様、入浴の準備が出来ております。そちらで少し休まれてはいかがでしょう」

「入浴って、今そんな気分になれないわ」

「あの囚人を案じておられるのは分かりますが、集落の外に追いやっただけです。明日の朝、出発する時には呼び戻しますのでご安心ください」

「ブラッドを囚人なんて呼ばないで!」


 柚香が反論すれば、ラスティが兎らしい外見ながらに頭を下げて謝罪をしてきた。

 だがすぐさま「参りましょう」と柚香に移動を促してくる。言葉尻は穏やかで柚香を尊重しているように聞こえるが、どことなく有無を言わさぬ圧を感じさせる。

 見ればヴィート達も別の獣人達に移動を急かされており、その口調や態度はやはり穏やかではあるものの、反論させぬ圧が漂っている。


 こんな状況でなければ、歓迎の意思を素直に受け取り感謝の言葉と共に従っただろう。

 だが今はもう違う。ラスティ達は柚香がブラッドのもとへ向かわせまいとしているのだと分かる。


 いや、それだけではない、柚香がヴィート達と話を続けるのもよく思っていなさそうだ。


「湯に浸かれば落ち着くでしょう。その後には食事も用意しております。どうぞゆっくりとお過ごしください。ラスティ、柚香様とニャコランティウス様のご案内を。」

「かしこまりました」


 族長の言葉に、ラスティが頭を下げて応える。

 そうして改めて「ご案内します」と告げてラスティが歩き出す。今度は返事を聞くどころか柚香の反応も見ずに歩き出してしまうのだ。

 柚香はどうして良いか分からず、ヴィートへと視線をやった。だがいつの間にか自分達の間に獣人達が割り込み、距離が出来てしまっている。


 引き離したいのだろう。

 だけどなぜ。


 混乱は少しも解決せず、疑問ばかりが増えていく。



 ◆◆◆



 入浴施設は自然の中に設けられていた。

 造り自体はやはり質朴で、シャワーやジャグジーなんてものはもちろんない。だが周囲は草木に囲まれ、頭上を見上げれば重なり合う葉の合間から日が注ぐ、まさに絶景だ。岩や木を組み合わせた浴槽がより雰囲気を増している。

 これが日本の湯場であったならきっと人気スポットになっただろう。春は青々とした木々に囲まれ、夏は森林の涼しさ、秋は紅葉、冬は雪景色を湯に浸かりながら眺められる。これに和風の宿が隣接すれば完璧だ。


 だが今の柚香には湯を堪能している余裕も、周囲の景色を眺めている余裕もない。

 久方ぶりにゆっくりと湯に浸かって手足を伸ばせているが爽快感など得られず、ただ疑問が浮かんでは消えてまた浮かぶだけだ。

 ラスティは「少し休んだ方が良い」と言っていたが今の心境で休めるわけがない。そもそもラスティの言葉だって柚香を気遣ってのものではなく、早く移動させようと急かしていただけなのだ。

 それを考えればまた疑問や不安が胸に湧き、堂々巡りである。


「みんな、何を隠してるんだろう……」


 ブラッドが囚人という事は知った。

 世界的な大罪人が収監されているという監獄出身。だがそれに対してヴィートは『罪を犯して収監されたわけじゃない』と訴えていた。

 だがそう訴えていたヴィートもまた隠し事をしているはずだ。


 柚香の脳裏に先程の会話が蘇る。

 獣人の族長は話の中で『災厄を眠らせるために囚人を使う』と言っていた。


 使う、とはどういう事だろうか。


 危険な旅だから被害が出ても構わないと囚人を使った?

 だがそうなると、今度は逆に一国の王子であるヴィートが旅に出ていることがおかしい。

 仮に荷物持ちや世話役だとしても、護衛が神官であるルーファスだけで囚人と王子を共に行動させるだろうか?


 そもそもどうしてヴィートに護衛が着いていないのか。

 いや、元をただせば『災厄』という世界規模の問題に対して、たった四人、それも一人は囚人で一人は子供という人選はおかしい。普通ならば討伐隊を組んで退治するものではないのか。


「災厄を眠らせること自体は大変じゃなくて、儀式とか手順が決まってるのかしら。人手は必要だけどそれをこなせば眠りに着かせられる、とか……」

『ンー』

「でもそうなると聖女と聖獣(私達)が同行しても何も変わらないわけだし……。ねぇニャコちゃん、どう思う?」

『ンナッ』


 柚香の問いかけに、岩に座っていたニャコちゃんが高い声で返事をした。

 最初こそ自分も洗われるのではと怪訝な様子だったニャコちゃんだが、柚香がそれどころではないと分かると我が物顔で岩場の一角に座ってお湯を眺めて今に至る。

 話しかけついでに頭を撫でようとするも、柚香の手が濡れていると分かるとぐっと首を縮こませて拒否の姿勢を示してきた。


 大概の猫がそうであるように、ニャコちゃんは濡れるのが嫌いだ。

 洗うためにお風呂に連れていくとまるでこの世の終わりのような声をあげる。狭い浴槽のなかを逃げ惑い、逃げ道を探す挙げ句に柚香の腕を登ろうともする。

 その間ずっと文句を言っているが、その際の『ヒャァア』という悲鳴の情けない事と言ったらない。


 だがそれほど洗われることを嫌うのに、柚香がお風呂に入ると必ずと言っていいほど浴室に入ってくる。

 柚香が浴槽に浸かる頃合いを見て脱衣所で鳴いて訴え、扉を開けるといそいそと入って桶に注いだお湯を舐める。その後は風呂蓋に乗っかって香箱座りしてお湯を眺めているのだ。

 ちなみにその際に尻尾が風呂蓋から落ちて湯に浸かっていることもあるのだが、気付いた後には必ずといっていいほど柚香に非難の視線を向けてくる。『なんでニャコちゃんにこんな酷い事するの』とでも言いたげにじっとりと睨みながら、これ見よがしに尻尾を舐めるのだ。


「ニャコちゃん、今も尻尾がお湯に入っちゃってるけど、それは良いの?」

『ンー』

「そう、構わないのね。でも後で私のせいにしないでよ」


 睨まないでね、と告げて、柚香はニャコちゃんから眼前の自然へと視線を移した。





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