25:鳥かごの囚人
柚香が案内された小屋はシンプルではあるがベッドやテーブルが揃っており、一泊するには十分すぎるほどの設備だ。
更には部屋着用の衣類まで用意されており、まずは着替えをとラスティが告げて部屋を出て行った。これを着ている間に柚香が今着ている服を洗い、明日の出発までには乾かしておいてくれるという。
宿泊用の小屋と入浴設備まで使わせてもらい、更に洗濯をしてくれるとは有難い話ではないか。
聖女の力があるので実際には汚れていないとはいえ、同じ衣類を着続けるのはどうにも良い気分がしなかったのだ。
「ニャコちゃん、どうかな? 似合ってる?」
着替えを追えて、ニャコちゃんに話しかけながらクルリと一度回ってみる。
着心地が良く、胸元の刺繍と腰元のリボンが洒落たワンピースだ。
獣人用らしいが柚香のサイズに合っており、人間の衣類となんら違いは無い。……とみせかけ、お尻のあたりには穴を縫い繕った跡がある。これはきっと尻尾を通す穴を柚香のために塞いだのだろう。獣人らしい話ではないか。
「獣人ってとても親切なのね。最初に見た時はビックリしたけど好きになれそう。ねぇニャコちゃん」
『ンー』
「ニャコちゃん、毛繕いして身綺麗アピールしても駄目よ。ちゃんとお風呂に入るの。いつも泥の上を転がってるでしょ」
『ンナァー』
「パチパチしても、オレンジ色に光っても駄目。……な、七色に光り出した!? 新しい技を披露したって駄目なものは駄目なんだからね!」
お風呂に入れるからね! と決定事項を伝えれば、ニャコちゃんが七色に光る尻尾を大きく揺らしてパタンパタンと床を叩きはじめた。
これはお風呂への抗議である。そのうえ、抗議が通じないと分かると今度はそそくさとテーブルの下へと逃げてしまう。
それを捕まえて抱き上げ、柚香は「さぁ行きましょう」と話しかけた。『ミャーン……』というニャコちゃんの鳴き声の悲痛なことといったらない。きっと『やめてぇ……』とか『助けてぇ……』と訴えているのだろう。七色の尻尾がパッタパッタと柚香の体を叩いてくる。
そうして不満たっぷりのニャコちゃんを抱っこしたまま小屋を出てすぐ、柚香は異変に気付いた。
一つの小屋の前に獣人達が集まっている。聞こえてくるのは騒々しい話し声と、更には獣人達の動物らしい高い鳴き声。
漂う空気と喧騒にただ事ではないと感じ取り、柚香は様子を窺い……、そして小屋の扉から連れ出される人物を見て息を呑んだ。
「ブラッド!!」
体躯の良いネズミの獣人二人に両腕を取られ、まるで取り押さえられるように小屋から連れ出されるのは紛れもなくブラッドだ。
柚香は慌てて小屋へと駆け寄り、出入口を囲むように集まっている獣人達を押し分けて彼へと近付こうとした。だがあと少しのところで腕を引かれてしまう。
ラスティだ。兎の顔だというのに彼女の表情が強張っているのが分かる。
「ラスティ、放して。ブラッドが!」
「柚香様、危険です。おさがりください」
「危険? 何が危険なの。待って、彼をどこに連れていくの!」
ブラッドがどこかへ連れていかれてしまう。両腕を掴まれた彼は抵抗もせず、何かを訴えている様子もなく、従うままにどこかへ行こうとしている。
柚香が慌てて名前を呼べば一瞬こちらを向くも、僅かに目を細めるだけで何も言わずに再び歩き出してしまった。その姿が、表情が、更に柚香の焦燥感を煽る。
「どうして、ブラッドが何をしたの!?」
「落ち着いてください柚香様。彼は危険です。聖女である柚香様のお側に居て良い人間ではありません」
ラスティの口調ははっきりとしている。はっきりと、明確に、ブラッドの事を危険だと言ってきたのだ。
それどころかラスティだけではなく他の獣人までもが柚香の腕や肩を掴みだすではないか。力こそ込められてはいないが、これでは柚香まで取り押さえられているようなものだ。
ニャコちゃんも異変を感じ取ったのか柚香の腕の中で『ヴー』と低い唸りをあげている。ネズミの獣人がニャコちゃんも押さえようとしたのか手を伸ばしてくるが、それは『シャッ!!』という弾けるような威嚇の音で引かせた。
「何があったの……?」
柚香が困惑を口にする。その弱々しい呟きに、「柚香」と呼ぶ声が被さった。
小屋から出てきたヴィートだ。彼に続くようにルーファスとリュカも小屋から出てくる。
その表情は誰もが困惑と憤りを綯交ぜにしており、リュカに至っては可哀想なほどに怯えてしまっている。
「ヴィート、なにがあったの? どうしてブラッドが……」
「柚香、落ち着いてくれ。これは」
「囚人です」
ヴィートの説明を遮るように、一人の獣人がはっきりと告げてきた。
鳥の獣人だ。先程ヴィートと話をしていた、この集落の族長を名乗っていた人物である。
鳥らしい外見。口というべきか嘴というべきか、そこから出た不穏な単語に、柚香は思わず「え?」と声をあげた。
「囚人って、誰が……」
「あの男です。アルストロニア監獄の囚人、その証である鳥かごの焼き印があの男の肩にありました」
「鳥かご……」
言われ、柚香は以前にブラッドの肩に火傷の跡があったことを思いだした。
ただの怪我とは思えない、鳥かごを描いた火傷の跡。だが見たのは一瞬ですぐさま隠されてしまった。
あの時の彼の「見たのか」という声は普段以上に低く、そして辛そうな表情をしていた。咄嗟に何も見ていないと誤魔化したのも覚えている。
あれが、まさか……。
「アルストロニア監獄は数ある監獄の中でも最悪と呼ばれる場所。大陸中どころか他の大陸からも手に負えない極悪人を集めた監獄です」
「あの鳥かごが、そこの囚人である証ってこと……?」
「災厄を眠らせるために囚人を使うことには我々も賛同します。ですがいくらそのためとはいえ、囚人をこの集落に置いておくわけにはいきません」
「で、でも、もしかしたら見間違いかもしれないじゃない。ねぇ、ヴィート……」
一縷の望みをかけて、柚香はヴィートへと視線をやった。
仮にこれで彼が「間違いだ」と断言してくれれば、他でもない世界を救おうとしている王子の言葉なら獣人達も聞いてくれるはず。誤解を解いて、すぐにブラッドを呼び戻さないと。
そう救いを求めるようにヴィートを見つめるも、彼は表情を曇らせたままゆっくりと首を横に振った。
柚香の期待には応えられないと言いたげに。
……それはつまり、この話が事実と言う事だ。




