24:獣人の集落で
ニャコちゃんを抱き上げて歩き出し数時間後、予定通り集落に到着した。
敷地はそう広くもなく、並ぶ家屋も簡素なものだ。聞けばここで暮らしている獣人は数十人程度しか居ないという。獣人の住処でもかなり小規模なものだという。
「ここに住んでいる獣人達は災厄の気配を感じ取ることが出来る。災厄の目覚めから再び眠りに着くまでをこの地で感じ取り、王都に報告するのを種族の生業としてるらしい」
「それでこの森の中に住んでるのね。災厄の気配……、なんだか本当に異世界って感じだわ」
ブラッドの話に、柚香は感心したように頷いた。
そうして目の前の光景を改めて眺める。彼の話も、そして目の前の光景も、まさに異世界というもなのだ。
ヴィートとルーファスが獣人の族長と話をしている。
長は鳥の獣人で、背丈こそ人間と同じだが見た目は鳥だ。それでいて人間と同じように腕が生えており、胴体と手足のバランスも人間と同じ。きちんと衣類を纏っている。だが手足の先は四本の趾で、背には鳥らしい羽があり……、と、人間とも鳥とも言えるその姿はまさに獣人だ。
そんな族長の背後には、同じく鳥の獣人が一人と、そして兎であろう獣人が一人。
兎の獣人もまた人間と同じように衣類を着て、それでいて顔や手足には動物らしさがある。集落には他にもネズミや鹿の獣人も居り、誰もが皆いかにも獣人といった見た目だ。
その姿は見慣れぬもので、まるで壮大なファンタジー映画の撮影現場に居合わせたような気分になってくる。
(やっぱり、ここは異世界なんだわ……)
改めてそれを実感していると、ブラッドにぴったりとくっ付いていたリュカが「柚香お姉ちゃん」と小声で呼んできた。
「柚香お姉ちゃん、獣人って見たことありますか?」
「私は初めて。そもそも、私のいた世界には彼等のような人達はいなかったの。リュカは?」
「僕もはじめて見ました。本当に動物みたいですね」
感動半分、緊張半分、といった様子でリュカが目の前の獣人達を見つめる。
次いでくいと上を見上げてブラッドへと視線をやった。「ブラッドお兄ちゃんは?」という彼の質問に、問われたブラッドが「俺もだ」と返す。
「獣人は別の場所に収監されるから、俺も初めて見る」
「収監?」
「……気にするな、こっちの話だ」
ブラッドの口から出た不穏な単語に柚香がぎょっとして問うも、彼は説明する気はないと言いたげに話を終わりにしてしまった。
『収監』とは物騒な話ではないか。だが言及するより先にヴィートとルーファスが戻って来た。
「災厄の住処までここから歩いても一日程度らしい。今日は世話になって、明日の朝に出発しよう」
「柚香様、ニャコ様、今夜はちゃんとしたベッドでお休み頂けますよ。それに入浴施設も貸してくださるそうです」
良かったですねとルーファスが笑う。
彼等の話に、柚香は「本当!?」と思わず期待の声を出してしまった。
なにせ、こちらの世界に来てからずっとテントと寝袋生活だった。アウトドアなんて一度もしたことのない柚香にとって慣れぬ環境で、ブラッド達の気遣いあってか心労こそないが体の限界は感じ始めていたのだ。
たった一泊と言えどもベッドで休めるのは有難い。更にお風呂も借りられて、そのうえ食事も提供してもらえるという。
「でも、そんなにお世話になって大丈夫なの?」
ちらと柚香が周囲を見回した。
この集落はお世辞にも豪華とは言い難く、日本では村とも言えない規模だ。
施設も食事も豊富にあるようには思えない。もっとも貧困というわけでもなく、自然の中に溶け込む質朴な生活環境なのだろう。
そこに計五人プラス猫一匹が加われば彼等の負担になるのは考えずとも分かる。寝床や風呂の提供、更に食事も振る舞われるのは有難いが、そのせいで元々ここに住んでいる獣人達が我慢を強いられるのは頂けない。
そう柚香が訴えれば、ヴィートが「大丈夫だ」と宥めてきた。
「元々俺達はここに来る予定だったし、彼等もそれを知っている。柚香とニャコ様が増えたところで問題は無い」
「そうなの? ヴィート達の旅ってそんなに有名なの?」
「世界を脅かす災厄を眠らせる旅だからな。それにここの集落は災厄の護り手を担っていて、俺達がちゃんと住処まで向かうかを見守る役割もあるんだ」
「そっか、ヴィート達は世界を救おうとしてるんだもんね」
災厄とやらがどれほど害悪なものなのかは話に聞いただけだが、それでも世界規模で悪しきものだとは理解している。
それを眠りに着かそうとしているヴィート達は救世主とも言えるだろう。たとえるならば『災厄』は『魔王』で、それを倒そうとするヴィート達は『勇者パーティー』とでも言えるだろうか。
ますます異世界めいた話ではあるが、道理で考えれば納得できる。
柚香だって、仮に獣人側の立場であったならヴィート達を心から歓迎しただろう。
寝床や食糧の提供だって惜しまない。多少我慢することになったとしても、ヴィート達が災厄を眠らせなければ、寝床や食事なんて言っている場合じゃなくなるのだ。
なるほど、と柚香が頷いていると、一人の獣人が柚香を呼んだ。
兎の獣人だ。服装を見るに女性だろうか。
ぴょこんと立った長い耳はまさに兎らしい。だが身長は小柄な女性程度で、さすがに巨大な兎とは思えない。どちらかと言えば遊園地にいる着ぐるみや、あるいは精巧なアニマトロニクスに近いだろうか。
「柚香様の身の回りのお世話を致します、ラスティと申します」
「ラスティさん、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないで、ラスティとお呼びください。では着替えと入浴の準備が整いましたのでこちらへ」
「ありがとう。それじゃ、みんなまた後でね」
ヴィート達に軽く分かれを告げ、柚香はニャコちゃんを連れてラスティの後を追った。
◆◆◆
「……歓迎、か」
小さく溜息交じりに呟いたのは、去っていく柚香の背を見つめていたブラッド。
彼の呟くような声を聞き、隣に立っていたルーファスが何とも言い難い表情を浮かべた。気まずさと苦しさ、それにどことなく悲壮感を交えた表情。明るいルーファスにしては珍しい表情だが、今それを指摘する者はいない。
「憐れみで最後の晩餐を振る舞ってやる、とでも言った方が正しい気もするけどな」
「……ブラッドさん、縁起の悪いことを言わないでくださいよ」
ブラッドの言葉をルーファスが咎めるが、その声には覇気がない。言葉では咎めてはいるものの内心では同意しているのだ。
周囲を見れば獣人達がこちらを見ている。
誰もが優し気な表情で、動物の名残りが濃い目元でありながらも見つめてくる視線が暖かいのは分かる。
……分かるが、その暖かさは今のブラッドにもルーファスにも居心地の悪いものでしかない。
優しくて暖かくて、そして憐れみを込めた視線。
「面白くねぇ」
吐き捨てるように告げ、ブラッドが先を行くヴィート達を追う。
残されたルーファスもまた溜息を吐き、とうてい『歓迎される救世主』とは思えない表情で歩き出した。




