18:ニャコちゃんの朝は早い(後)
「どうしてニャコ様は、ヴィート様やブラッドさんが起きててもわざわざテントに入ってきて僕を起こすんでしょう」
「お前のことを給仕係って考えてるんだろ。聖獣様の給仕係、それも聖獣様に起こしていただけるんだから光栄じゃないか」
「そりゃそうですけど……」
ふわ、とルーファスが欠伸を漏らす。
それに対して「重要な役目だ」と話すヴィートはどことなく意地悪気な笑みを浮かべている。先程彼が行った「光栄じゃないか」という言葉が皮肉なのはこの顔を見れば分かるだろう。
そんな彼等の会話を聞きながら、ニャコちゃんは用意された朝食を食べていた。……だがその途中で顔を上げ、ルーファスに向けて『ンー』と訴える。
「はい、申し訳ありませんでした! ニャコ様はごはんをいっぱい食べて偉いですねー、ご飯を食べるニャコ様は愛らしいですねー!」
「給仕係というよりは、ニャコ様の食事応援係だな」
「だって柚香様が『ニャコちゃんは人がいる時は褒めて貰わないとご飯を食べないの』って仰ってたんですから……。というか、僕が褒めないとご飯を食べないどころか、電撃を放とうとするんですよ」
「大変だろうけど神官よりも似合ってるな。ほら、ニャコ様が不満そうにして体の周りが弾けてパチパチいいだしたぞ」
「わー! ニャコ様すばらしい! ニャコ様のお食事している姿はまるで芸術のよう! 世界中の画家を集めてもニャコ様の食事姿を描き切ることは出来ず、筆を折る画家が続出すること間違いなし!! 芸術家殺し!!」
「お前のわけわからん褒め言葉を聞くの、結構楽しいんだよな」
「ヴィート様を楽しませるためにニャコ様を褒めてるわけじゃありません」
二人が再び話し込むので、ニャコちゃんは食事を止めて『ンー』と不満を訴えた。ついでに体の周りにパチパチと電気を走らせておく。
慌ててルーファスが褒めてくるので、ニャコちゃんはまったくという気持ちを一度ふんすと鼻息で表し、朝食を再開させた。
朝食を終えれば、次は食後の微睡タイムだ。ヴィートの膝の上で香箱座りをする。――「僕が食事を褒めたのに、どうしてヴィート様の膝に乗るんですか……」というルーファスの訴えは無視しておいた――、
そうしてしばらくすると、テントから柚香が出て来た。
ほぼ同時にもう一つのテントからブラッドとリュカも出てくる。リュカはまだ眠いようで、ふわと欠伸をして目を擦りながらも「おはようございます」と全員に挨拶をして回った。
最後に彼が挨拶をするのはニャコちゃんだ。ぎゅっと抱き着いて「おはようございます、ニャコ様」という挨拶に、ニャコちゃんは彼の鼻に自分の鼻をペタリとくっつけることで返した。
次いでニャコちゃんはさっそくと柚香の膝の上に移動した。
やはり柚香の膝の上が一番だ。
「ニャコちゃん、またルーファスを起こしたの?」
『ンニャム』
「ンニャムじゃないの。ニャコちゃん、留守番してる時は一人でご飯食べてるでしょ? ここでだって一人でご飯食べなきゃ」
暖かなお茶を飲みながら柚香が咎めてくるが、ニャコちゃんはこれには目を閉じ『ンー』という声で返事をした。
一人で食べるご飯と褒められながら食べるご飯は違う。ニャコちゃんは違いの分かるグルメなのだ。
そんなニャコちゃんに柚香はこれ以上言えなくなったようで、「まったくもう」と頭を撫でて話を終わりにした。次いで柚香がルーファスへと向き直る。
「ごめんね、毎朝ニャコちゃんが迷惑を掛けて」
「いえ、そんな。聖獣ニャコランティウス様であるニャコ様に選ばれて光栄です。……ただ、あとは食後に僕の膝に乗ってくれれば良いんですけど」
光栄、とは言いつつもルーファスの声色は不満が滲んでいる。
それに対してもニャコちゃんはふんすと鼻息で返し……、だが次の瞬間、ひょいと体が浮いたことで目をぱちくりと丸くさせた。柚香の手がニャコちゃんの前足の付け根にまわり、持ち上げてきたのだ。
抱っこ、とニャコちゃんは期待を抱き、思わず喉がぐるぐると鳴り出す。
だがそんなニャコちゃんの期待は外れ、柚香はニャコちゃんの体をルーファスの膝の上に乗せてしまった。「ニャコ様!」というルーファスの歓喜の声が頭上から降り注ぎ、彼の手がゆっくりと頭と背中を撫でてくる。
「ニャコ様、程よい重みが素晴らしいですね。僕達は今から朝食ですし、食事が終わるまでは僕の膝に滞在してくださいね」
「お前、ニャコ様を膝に乗せたら食事の準備はどうするんだ」
「あ、私がルーファスの分を用意するから」
ヴィートの言葉を聞き、ルーファスが返事をするより先に柚香が立ち上がった。
それを見たルーファスが「待ってください」と慌てた様子で彼女を制止する。
「聖女である柚香様に食事の用意なんてさせられません!」
「大丈夫、気にしないで。『猫が膝に乗った場合、猫好きは全ての行動を止めて猫の椅子に徹するべし。そして膝に乗られなかった猫好きは膝に乗られた猫好きのすべてをサポートせねばならない』っていう法律があるのよ。……どこかに。少なくともうちの中はこの法律を厳守してるわ」
「そ、そんな素晴らしい法律が……!? ヴィート様、この法律を我が国にも採用しましょう!」
「出来るか」
興奮しだすルーファスの言葉をヴィートが冷ややかに切り捨てる。
彼等のやりとりを聞き、柚香が楽しそうに笑いながら食事の準備のために立ち上がる。それを見たリュカが「僕もルーファス様の分を準備します!」と立ち上がり、一人呆れの表情を浮かべていたブラッドに至っては言葉もないと肩を竦めている。
そんな中、ニャコちゃんは頭を撫でられながらうとうとと微睡、食後のひと眠りに入ることにした。




