17:ニャコちゃんの朝は早い(前)
ニャコちゃんの朝は早い。
屋内であっても日の出を感じとり、大きくくりっとした目をゆっくりと開ける。起床と同時に二度寝の欲望も湧くが、それに打ち勝ってもぞもぞと寝袋の中で体勢を整えた。
前足をぐっと伸ばし、次に後ろ足を伸ばす。狭い寝袋の中では十分には動き切れないが、それでも体を伸ばせば意識もはっきりとする。
それとほぼ同時に「うぅん……」と柚香の声が聞こえてきた。ニャコちゃんは既に起きたが、どうやら柚香はまだ眠いらしい。
「ニャコちゃん、起きたの……? もうちょっと寝ようよ……」
頭上から聞こえてくる微睡んだ声に、ニャコちゃんは『ンー』と返事をした。
朝の挨拶と、ニャコちゃんは起きるという意思表示。ついでに彼女の頬に鼻先を寄せてもう少し眠るように促せば、「くすぐったいよ」と柚香が笑った。
そうして寝袋から這い出る。
柚香の手が頭を撫でて引き留めてくるのは、きっと二度寝に誘おうとしているのだろう。
だがニャコちゃんはその手と誘惑をかわし、枕元に座ると改めて体を伸ばし、毛繕いをはじめた。ニャコちゃんは毎朝起きると直ぐに毛繕いで身嗜みを整えるのだ。以前に柚香から『身嗜みに拘るお洒落ニャコちゃん』と褒められこともある。
「ニャコちゃんは早起きだね……、ふわ……。私は駄目だわ、もう少し寝る……」
欠伸交じりの微睡んだ柚香の声を聞きながら、テントの出口へと向かう。背後から「遠くに行っちゃ駄目だよぉ」という声が聞こえてきた。
これに対してニャコちゃんが『ンー』と返事をすれば、寝袋の中からにょきと伸びていた柚香の手が行ってらっしゃいとゆらゆらと揺れた。見送る気はあるが眠くて堪らないのだろう。現に見送りの手は数度揺れてはいたものの、眠気に負けて力なくパタリと落ち、するすると寝袋の中に戻っていってしまった。
しばらくすると緩やかな寝息が聞こえてきた。どうやら完全に二度寝に入ったようだ。
それを確認し、ニャコちゃんはテントの出入り口をするりと抜けて外へと出ていった。
木々が生い茂る森の中でも朝になると明るい。
空気が澄んでおり、草花や朝露に濡れた地面の香りが周囲に満ちている。ニャコちゃんはスンスンと周囲を嗅いでその一つ一つを確認した。以前に柚香と暮らしていた家の中とは違い、ここは嗅いだことのない匂いばかりだ。嗅いでも嗅いでも新たな情報が入ってくる。
次いでテントを一周ぐるりと見て回るのは、まだテントの中では柚香が眠っているからだ。彼女を残してテントを離れる以上、周囲の安全を確認せねばならない。虫一匹テントに近付けるまいと気合いを入れ、念には念をと気になる草花や落ち葉すべてを嗅いでまわる。
そうしてテント周辺は安全であることを確認し、ようやくニャコちゃんはテントを離れた。
「ニャコ様、おはよう。今朝も早いな」
声を掛けられたのは、一連の確認作業を終えて直ぐだ。
火の番をしていたヴィートが細枝を片手にこちらを見ている。ニャコちゃんは彼に『ウーニャン』と返事をした。朝の挨拶と、そして火の番の労いである。
彼はそれを理解しているのかしていないのか、それでも片手を上げて応え「あいつならまだ寝てるよ」と告げて再び焚火へと向き直ってしまった。パチンッと弾ける音が聞こえてきたのは、きっと焚火に細枝を放り込んだのだろう。
ヴィートと挨拶を交わし、ニャコちゃんが向かうのはもう一つのテント。
するりと入れば中では男三人が眠っていた。ニャコちゃんと柚香だけのテントと違い、こちらは男三人のため狭く感じられる。
だが狭かろうがニャコちゃんには関係なく、置かれた荷物と、寝袋で眠るリュカ、その横で布を敷いて横になって眠るブラッドを踏まないように中へと進む。
もちろん、気になったものは嗅いで確認するのも忘れない。ついでにリュカの額に鼻を寄せれば、くすぐったかったのかリュカが眠りながらもふふっと笑った。
そうしてニャコちゃんが近付いていったのは、テントの一角にある寝袋。
眠っているのはルーファスだ。ニャコちゃんの耳にすぅすぅと彼の寝息が聞こえてくる。
その枕元まで近付き、ニャコちゃんはちょこんと座ると『ンウー』と声を掛けた。一房垂れている彼の紫色の長い髪をちょいちょいと前足で引っかける。
その声か、それとも髪を弄られるくすぐったさからか、ルーファスが身じろいだ。
「ん……、ニャコ様……?」
『ンー、ニャッ』
「……朝食、なら……ヴィート様に……」
『プルルルニャッ』
寝続けようするルーファスに、ニャコちゃんもそうはさせまいと反論する。
それだけでは足りないと彼の耳元や首元に顔を突っ込み、ふぐふぐと鼻息を聞かせる。頭をぐいと押し込んで起こそうとするも、さすがにこれは体重差があって叶わなかった。
「ニャコ様……、もう少し眠らせてくださいよ……」
『ンルルルル』
「ひぇ、つめたっ! ニャコ様、肉球冷たいから押し付けないで……!」
てこでも動かなさそうなルーファスの顔に肉球を押し付け、むにむにと彼の顔を揉む。
だが彼は頑として起きず、それどころか身を縮こませると寝袋の中に頭ごと入ってしまった。完全なる籠城体制、布団と違い寝袋だとニャコちゃんも無理やりに潜り込む事が出来ない。
しばらくすると再び寝息が聞こえてきて、ニャコちゃんはどうしたものかと『ンー』と悩んだ。
そうしてパカッと口を開け……、
パチッ……パチッ……
と細い音を出して、電気を帯びた光の玉を口元に発生させた。
「おはようございますニャコ様! 今日も良い朝ですね!!」
次の瞬間ルーファスが勢いよく寝袋から飛び出てきたのは言うまでもない。
ニャコちゃんは『ふんっ』と勝利の鼻息を鳴らした。




