10:仕返しは魚と共に
ニヤニヤと笑みを浮かべるルーファスを、ブラッドが険しい表情で睨みつける。
「その顔はなんだ。なにが言いたい」
「いえいえなんでもありませんよ。だからそんなに怖い顔しないでくださいよ。ねぇヴィート様、リュカ君」
笑みを浮かべたままルーファスが物言いたげに、むしろあえて言わないことで悟らせるように、わざとらしくリュカとヴィートに声を掛ける。
だが問われたリュカは幼さゆえ彼の言わんとしている事が分からないのか、不思議そうにこてんと首を傾げるだけだ。茶色の髪をふわりと揺らして首を傾げる姿はあどけなくて可愛らしい。
対してヴィートはしっかり理解したようで、ルーファスに続いてニヤニヤと笑い出すではないか。
そんな彼等の反応に柚香はどうして良いのか分からず、頬が赤くなるのを感じて慌てて俯いた。幸い膝の上にニャコちゃんがいるので、俯いてもニャコちゃんを見つめていると思われるだろう。
恥ずかしくて顔を上げられない。自分もこの場で首を傾げるくらいに初心だったらよかったのに。
そんなことを考えながら俯いたままブラッドの反応を窺えば、彼は相変わらず険しい顔付きでルーファスを睨みつけている。だが柚香の視線に気付くと、まるで「ここは任せろ」と言いたげに小さく頷いた。
「ところでルーファス、魚を捕りに行かなくて良いのか?」
「魚ですか?」
「捕れた魚は人数分らしいからな」
だから、とブラッドが告げる。
彼の言葉に、柚香は近場に置かれていた麻の袋を見つめた。ヴィートが持っていた袋だ。
使い込んだ後が見え、濡れて汚れている。見目麗しく『まるで王子様』どころか実際に第三王子という彼が持つには不釣り合いな袋で、きっと中には川魚が入っているのだろう。
ヴィートとリュカが野営地に戻ってきたとき、彼等は川で魚が捕れたと言っていた。その際にヴィートは「人数分ギリギリだが」とも話していた。
だがその時に初めて二人は柚香を見たのだ。ゆえに彼の言う『人数分ギリギリ』とは柚香を引いた人数なわけで……。
つまり、一人分足らないということだ。
「な、なんで僕の分って決まってるんですか!?」
「ルーファス、私の分はいらないから大丈夫よ。そんなにお腹空いてないし。ニャコちゃんに少しだけ貰えれば平気」
「そんな、聖女である柚香様とニャコランティウス様には十分に食べて貰わないといけません。でもヴィート様のを譲るわけにはいかないし、さすがにリュカ君のは奪えない、ブラッドさんから奪うのは怖い……。あれ、譲るのは僕の分しかない!? 捕って来なきゃ!」
ようやく己が窮地に立たされていることを察し、ルーファスが慌てて立ち上がった。
ブラッドが「暗くなる前に捕れると良いな」と励ましの言葉を贈るが、これは純粋な鼓舞ではなく『俺は手伝わない』という拒絶であるのは言うまでもない。
乗じてヴィートまでもが「俺は魚を捌こうかな」と立ち上がる。これもまた手伝う気は無いという意思表示だ。
察したルーファスが悔しそうにぐぬぬと唸る。最初に彼を見た時に知的な印象を受けたが、その印象が吹き飛ぶくらいには分かりやすく子供っぽい悔しがり方ではないか。――聖獣マニアな一面を見た時にだいぶ知的な印象は薄らいでいたが――
そんな彼の服をリュカが引っ張った。
「ルーファス様、僕が一緒に行きます。僕、お魚捕るの得意ですから任せてください!」
「リュカ君……! 一緒に行ってくれるんですね、ありがとうございます! リュカ君は優しいですねぇ。誰かさん達と違って!!」
そんな会話を交わしつつ、二人が川のあるという方へと向かっていく。
そうして彼等の姿が見えなくなるやブラッドがふっと笑みを浮かべた。楽しそうだが随分と意地の悪い笑みだ。
ヴィートもまた楽しそうに笑っているが、ブラッドからの視線に気付くとさっと笑みを消した。ルーファス程ではないが彼もまたニヤニヤと物言いたげな笑みを浮かべていたのだ。
「一番でかい魚をやるから、それで俺は許してくれよ」
「良いだろう」
ヴィートの提案にブラッドが頷いて応じる。
そうして彼等は各々のやるべき作業へと入ろうとするので、柚香は慌ててブラッドを呼び止めた。
「私も何か手伝う。……魚は捕れないし、捌けもしないけど」
手伝うとは言いだしたものの、かといって具体的に何が出来るとは言えないのが辛い所だ。
柚香は根からインドアな人間で、森の中でのキャンプ生活などした事がない。そして魚も捌けない。料理はからっきしという程でもないのだが、魚は切り身で買うか惣菜を買う生活だったのだ。今更ながらに魚の捌き方を学んでいなかったことが悔やまれる。
そんな自分がいったい何を手伝えるのか。だからといって何もしないわけにはいかない。
せめて何か出来ることを……、と悩みながら柚香が話せば、察したのかブラッドが小さく笑った。
先程の意地の悪い笑みではない。穏やかで優しい笑みだ。顔の造りこそ男らしさが強く些か厳ついと言えるのに、その表情は柔らかく暖かいとすら感じられる。
「いいから休んでろ」
「でも、リュカだって働いてるんだし私も何かしないと」
「以前いたところはこんな森の中じゃなかったんだろう。それなら慣れない道を歩いて疲れたはずだ。それに聖獣様を起こすのは気が引ける」
ブラッドが話しながら柚香を指さす。正確に言うのであれば柚香の膝を、そこにちょこんと座るニャコちゃんを。
ニャコちゃんは柚香の膝で香箱座りをしているが話題に出されても動じることなく、柚香が試しに「ニャコちゃん」と呼んでも耳をぴくりと揺らすだけだ。ふわふわの体が一定の間隔で上下している。
これは完全に眠っている。きっと柚香達が難しい話をしている間に興味をなくして寝る事にしたのだろう。
「ニャコちゃんってば、いつの間に」
「手伝いが欲しい時には呼ぶ。それまでは聖獣様を眠らせて、お前も休んでおけ」
「そうね、ありがとう」
感謝を告げ、柚香は膝の上のニャコちゃんにそっと手を置いた。
温かくて柔らかい。小さな体だがしっかりと呼吸をしているのが手に伝わってくる。
(なんだか大変なことになったけど、ニャコちゃんと一緒ならきっと大丈夫よね)
そう考え、柚香は眠るニャコちゃんの背中をゆっくりと撫でた。




