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『財宝は白霧の中に』3


      3


第一の手がかり《八つの天使を探せ。彼らの始まりがパラダイスを指し示す》

 正直に言えばこいつを見た瞬間、おれにはピーンと閃くものがあった。

「ストレート過ぎる回答だがな。ウリエルシティにゃ八体の天使に関する伝説がある!」

 愛馬であるスチームクルーザー〈ネメシス1300〉を駆りながら、おれは並走する自動車を運転するヴィクトルに向かって怒鳴った。おれの後ろにはバンビが、さらにその後ろには専用の荷台にセットされたベンジャミンが載っている。

 ちなみに、何でこいつらがついてきているかと言うと……


『はいはいはい! わたしも宝探し協力します!』

『お前は会社帰れよ……』

『いや、新聞記者さんにもぜひ来ていただきたいですね。知恵は多いほうがいい』

『ボクもついて行くよ。ちゃんと仕事しているか、見とかなきゃいけないからね』

『おい。じゃあ誰が留守番するんだよ?』

『今のこの家に盗る物ある?』

『お前な……そういう事を言うんじゃねえよ』

『はっはっは。まあいいじゃないですか。ドロイド君も来てもらえれば、何かの役に立つかもしれないですし』


 という具合だった。

「伝説って、何ですそれ?」

「オクトギンター地区の伝説だ! 少し先に駐車場がある。ついてきてくれ」

 言って、おれはスピードを上げた。

 オクトギンター地区はウリエルシティの観光名所だ。植民地時代の名残で異国情緒溢れる美しい港町は、セントラルに勝るとも劣らない。毎年夏に行われるカーニバルの時期には、多くの参加者と観光客が集まり、最高のポートワインが振る舞われる。

「そんなオクトギンター地区には、八体の天使がいるって言われている」

「天使、ですか」

 オクトギンターの海浜公園駐車場に着いたおれは、ヴィクトルに説明しながら公園の中へと入った。

「ああ。伝説自体はよくある話だがね。『八体の天使全てに出会った人間は、幸運を手に入れる』っていうんだが……。ほら、最初の一体がそこにいる」

 おれが指差した先には、大理石の台座で旗を振る、小さな天使の銅像があった。何年も風雨に曝されて、像はあちこち剥げたり変色したりしているが、天使はどこか嬉しそうな顔をしている。旗にはまるで星のような、八つの頂点を持つ図形が描かれている。

「これが?」

 怪訝そうな顔をして、ヴィクトルは天使像を眺めた。

「ああ。オクトギンター地区にはこういう天使像が七体まで見つかっている。だが、最後の八体目を見つけた奴はまだいない」

「確かなんですか? 見つけた人間がまだいないって」

「この伝説はウリエルシティじゃ有名なんだ。知らないのは生まれたての子どもぐらいってなもんでな。八体目を見つけた人間がいるなら、そいつが噂にならないはずはない」

「なるほど……。では、最初の手がかりの?」

「ああ。そうだ。《八つの天使を探せ》。天使の街がウリエルの事なら、まず間違いないだろう。七体目までは場所が割れてんだ。八体目を見つければ、そいつがパラダイスの在処を教えてくれる」

『そんな単純な話かなあ』

「ほかに手がかりもない。まずはこいつから当たってみるしかないだろ」

 おれとベンがしばし睨み合う。たく、まだ機嫌が悪いのか。

「まあまあ、さすが軍曹殿。現役探偵なだけはありますな。で、八体目はどこに?」

「……知らん」

 軍曹殿はやめろ、と言いたくなるのをぐっと飲み込んで、おれは言った。

「え?」

 途端にヴィクトルが不審そうな顔をした。

「言ったろ。八体目はまだ見つかっていない。おれも以前、暇つぶしに一度探してみた事はあるがな」

「えー……。じゃあ、どうするんですか……」

 早くも猜疑の目を向けてきたヴィクトルに、おれは言ってやる。

「落ち着け。仮説はあるんだよ。例の手がかりと照らし合わせても八体の天使の伝説が関係しているのは間違いない。探し物は手がかりを追えばほぼ見つかる。探偵の言う事を信じろ」

 どうも信用していないような目でヴィクトルが見てくるが、おれは気にしなかった。さっきも言った通り、今、追えるのはこの手がかりしかないのだ。

「よ、よーし! まずは見つかっている七つの天使像を確認しようよ! 何か別の手がかりがあるかも! ね? ね? よし、じゃあ中尉さん、出発進行!」

 何故だか気まずげな空気を吹き飛ばすようにバンビが朗らかな声を上げ、ヴィクトルの背中をぽんぽんと叩いて押していく。

『先行き不安』

「言うなってそういう事を……」


 二体目の天使は、レンガ通りの影にひっそりと佇んでいる。

他の天使像とは違い、こいつだけ四翼を持ち、一枚は顔を、二枚は胸元を、そして最後の一枚は股間を隠している。足は潜水で使うような水かきがついているが、体つきはどことなく女性的で、何というか、こう……

「妙にいやらしいよね……」

 バンビがぼそりと言った。ヴィクトルもまた興味深げに天使の体を眺めながら、

「変わった像ですね。他のもこんな感じですか?」

 と、少しばかり弾んだ声で言った。

 すまないな、ヴィクトル。期待は打ち砕かせてもらう。

「安心しろ。どいつもこいつも方向性が違う」


 三体目の天使は倉庫街のど真ん中にある。屈強な海の男達が、危険な船旅へ出かけるのを見守るのが役目だ。

 ただし、こいつは顔が怖い。

「うわっ」

 三体目の姿がよく見える位置まできた時、ヴィクトルは一瞬、悲鳴を上げた。

 無理もない。三体目は口から炎を吐き、恐ろしげな形相で己の翼に食らいついているのだ。しかも片手で、これまた己の尻尾から生えた蛇を鷲掴みにしている。

「何ですか、これ……」

「三体目だ。地元の奴らからは〈アバンギャルド〉って呼ばれている」

「アバンギャルド……」

「こいつは工事の関係で元あった場所から移動してきた奴でな。最初はこの辺りで働く奴らからはブーイングの嵐だったんだが……ま、何事も慣れなんだろうな。今じゃ船旅の守り神なんて呼ばれている」

 そう言って、おれは〈アバンギャルド〉の足元に、船乗り連中がゲン担ぎに納めていく小銭の山を示した。

「どこかの泉と一緒だな。金を納めればまたそこへ戻って来られる。そう信じられている」

「こんなの八体も見つけて、本当に幸せになれるんですか……」


 四体目と五体目はセットで発見された。天体儀を支える二人の天使。ウリエルシティの建造物でも最も古い時代の物であるトビア教会の中で、礼拝する者達を見守っている。

「なるほど。天使のいる場所としては一番まともかもしれませんね」

 回ってきた帽子に献金しながら、ヴィクトルが言った。どことなく気障ったらしい奴の台詞を聞きながら、おれは財布を探り、ある事実に気付く。

「……なあ、バンビ。小銭持ってないか」

「借りたお金で献金しないでよ……」

 呆れたように言ったバンビがレゾ硬貨を二枚帽子へ入れた。


「いやしかし平和な街ですね」

 表通りの露店で買ったアイスクリームを舐め、ヴィクトルは遠くなった教会を振り返った。雑草の生えた路地裏の向こうに見える教会は白く輝いている。

「歴史ある美しい街並みに優しい人々。それに美味しいデザート。ウリエルシティは結構危ない街だと聞いていたんですが、いやいや素敵な観光地ですよ」

 軍人らしからぬ砕けた口調だ。おれは煙草を銜え、苔生したレンガの壁に、ポケットに残っていたマッチの一本を擦りつけて火を着ける。

「ま、オクトギンターは観光地だからな。ウリエルの中じゃ治安はいいほうだ。けど、油断はしないほうがいいぜ。観光地には観光客をカモにしようとする輩がいるもんだ。スリとか置引きとか……」

「――おい、テメエら」

 ドスの効いた声におれは足を止めた。見ると、妙な格好をした連中がおれ達の行く手を塞いでいた。全員がスキンヘッドにトゲや鋲のついた黒革のジャケットを着ている。

「地元のチンピラとか?」

 ヴィクトルの奴は臆した様子もなく言った。

「テメエら、何でP・P(貧乏人)と歩いてんだ? ああ?」

 チンピラどもの言葉に、ヴィクトルの目つきが一瞬鋭くなる。

 奴らの言うP・Pというのは『Poor Potato』というサヴィーツァ人に対する差別的なスラングの略だ。貧乏だからジャガイモばかり食っている奴ら、という意味だが、少なくとも他人を笑顔にする言葉じゃない。

〈スキンヘッズ〉と呼ばれる典型的な差別主義者のチンピラども。悪ぶるためにファッションで差別的な発言をするのがほとんどの、程度の低い奴らだ。

「よう、P・P。高そうな服を着ているな。隣のカノジョに貰ったのかい?」

 チンピラの一人が下卑な笑いを上げる。バンビは少しばかり青ざめた顔で、しかし毅然とチンピラを睨み付けている。

「命を賭けて戦わないと子どもを産む金もないんだろ? 貧乏国家が」

「テメエんとこの奴らは金がねえから、皆昼間から酒飲んでヤクでラリってるってなマジなのかよ? ぎゃはははは」

「その辺にしとけよ、坊や達。昼間から大人に絡むんじゃねえ。アルバイトでもしてな」

 煙草に火を着け、おれは連中に言ってやる。案の定、連中の顔がたちまち真っ赤になる、

「んだあッ!? P・Pと出歩く恥知らずがよお!」

「お前のカノジョは足元のそいつか? 人間のカノジョは盗られちまったのかよ、情けねえ」

「は!? わたし別にタルボのカノジョとかじゃないんですけど!」

 ここにきてバンビは急にキレだし、

『ボクは世話係だよ』

 何故だかベンジャミンも抗議し始めた。

「お前ら……余計な事を」

 スキンヘッズどもの顔に嫌な笑いが広がった。

「面白えな。P・Pとつるむような奴らは言う事が面白え」

 言いながら、スキンヘッズの一人が腰の後ろから黒い警棒を取り出す。

 あーあ、めんどくせえ事になりやがった。

「P・Pは公開処刑だ。ドロイドはバラして、女は連れて行くぞ」

 親指で自分を指差し、一応おれは聞いといてやる。

「おれはどうするんだ?」

「決まってるぜ。今ここで死ぬんだぁッ!」

 ヒュ、と風を切りおれの頭めがけて警棒が振り下ろされる。義腕で防げば事足りる。おれがそう思った時だった。警棒を振り下ろした男の顔に、べちゃりとアイスクリームが衝突した。

「美味いかい?」

「野郎……!」

 たまらず飛び掛かってきた男の顔面に、ヴィクトルの重たい右ストレートが直撃する。

「軍曹殿。ここは私にやらせてもらえませんか?」

 すっと前に出たヴィクトルが、ナイフのような笑みを見せて言った。

「依頼主にはあんまり前に出てほしくないんだがなあ……」

 おれはぼやいたが、次の瞬間後ろに退いた。息の合ったダンサーのようにヴィクトルに背中を預け、バンビに接近していたスキンヘッズの鼻づらに鋼の掌底をぶち込む。ぐへ、と情けない声を出して、黒革ジャケットのチンピラは大の字に倒れた。

「ベン、バンビ! 向こうへ行ってろ!」

「言われなくたって!」

 バンビは即座にベンジャミンを抱え上げて走り出した。おれは二人目の男の足を払い、二人の逃げ道を作ってやる。義腕の機能を使うまでもない。ナイフを振り回す三人目の攻撃を捌き、バラ手の裏拳を相手の顎にヒットさせる。チンピラが崩れ落ちるのを最後まで確認せず、おれは依頼人のほうへ目をやった。

 ヴィクトルの動きは見事なものだった。ボクシング・スタイルで巧みにスキンヘッズ達の間を縫うように動き、二、三発のパンチで相手を沈めていく。

「くそ、やってられるか!」

 初めにヴィクトルをP・Pと呼んだスキンヘッズが背を向けて逃げ出したが、ヴィクトルの動きはそれよりも速かった。スキンヘッズの前へと回り込み、

「私を貧乏人と笑ったな」

言いざま痛烈なボディへの一撃。苦悶に呻きながら崩れ落ちたスキンヘッズの肩を蹴り飛ばす。地面に倒れ込んだスキンヘッズが、怯えた声で叫んだ。

「わ、悪かった! 勘弁してくれ!」

 ヴィクトルは無言で傍に落ちていた警棒を拾い上げ、冷えた声で言った。

「私への嘲笑は、顔面で償え」

 振り下ろされた警棒は、しかしおれの掌によって止められた。

「やり過ぎだぜ、中尉さん」

「軍曹殿、止めないでいただきたい」

 さっきまでの紳士的な態度はどこへ行ったのか、殺意に満ちた目でヴィクトルはおれを睨み付ける。

 怯えたスキンヘッズ達はその間に倒れた仲間を起こして逃げ出していた。ヴィクトルの手から力が抜ける。それを確認したおれは警棒を取り上げ、逃げ去っていく一人に軽く放り投げた。

「忘れ物だ」

 カラカラ、と音を立てて転がる警棒を拾い上げ震える手で拾い上げ、スキンヘッズの最後の一人は急いで走り去った。

「あんまり怒っていると天使に逃げられちまうぜ」

「私の人生にエンジェルはいなかった。ずっとそうでしたよ」

 ヴィクトルはおれから目を逸らした。さっきまでの怒気は消えていた。あっさりと。

「……終わったー?」

 物陰からバンビの暢気な声が聞こえた。おれはヴィクトルの肩を叩き、二人に向かってもういいぞ、と言った。


 六体目の天使は、エドモン運河をまたぐ大橋の中腹にいる。槍を携えた天使は、天から降ってきたかのような格好で橋に突き刺さっている。

 そして、七体目があるのは昼間からやっているパブだ。店のオーナーが開店する際、七体目の天使像の所有権を買い取り、店内に飾っている。羊毛の枕で眠る、子どものような天使。パブの名前はこの天使にちなみ、〈スリーピング・エンジェル〉と名付けられた。開店しているんだか閉店しているんだかわからない名前だ。

 オクトギンターの天使巡りは、七体の場所を巡るだけでも小一時間ほどかかる。〈スリーピング・エンジェル〉の七体目の天使像の前にある四人掛けの席で、おれ達はちょっと早めの昼飯を摂る事にした。

「さて、まずはおさらいだ」

 言いながら、おれはオクトギンター地区の地図を広げ、赤ペンで天使像の位置を一から順に点で打っていく。

「今判明している天使像の位置を俯瞰すると、こうだ」

 丁寧なナイフ遣いでサンドイッチを切り分けながらも、ヴィクトルが地図を覗き込む。まるで半月の弧のように、地図には赤い点が並んでいる。

「線で結ぶと何かの図形になる、とか?」

「ああ。元あった位置から移動させられた天使像もあるから、それらを元に戻す必要がある。無論、地図上でだ」

 おれは青のペンで地図にまた点を打った。三体目の〈アバンギャルド〉と七体目の〈眠る天使〉は移動させられた像だ。青の二点と、赤の五点を黒いペンで繋いでいくと、地図上に、書きかけの図形が出来上がる。四角形に向きを変えた四角形が乗るような格好。

八芒星(オクタグラム)?」

 バンビが早速気付いた。ヴィクトルが不思議そうな顔をする。

「オクタグラム……?」

「ええ。大陸や日本に伝わる陰陽道という魔術で見られる図形です。四季や方角を象徴するシンボルなんですけど……」

「植民地時代、オクトギンターは大陸との貿易港だった。そこから入ってきたオカルト思想が、こっちのそれと合わさった形跡は、この辺りのあちこちに見られる。さらに、ポイントになるのは八芒星だ」

 と、おれは出来かけの八芒星をペンで指す。

『それに意味があるの?』

「これを見ろ」

 おれは懐から一枚のカードを取り出した。

「タロットカードの十七番、〈星〉のカードには形は違うが八芒星が描かれている。黄道十二宮において、星のカードは宝瓶宮に相当する。そして、この宝瓶宮を司るのは……」

「天使ウリエル」

 バンビがどこか重々しい口調で言った。

「そうだ。つまりこの八芒星は、天使ウリエルを示す象徴なのさ。八体目の天使は、八芒星を完成させる最後の一点……」

 おれはそう言いながら、地図上のある場所を指で叩いた。

「ここに眠っていると考えられる」

 おれの指す一点を見たヴィクトルは、あからさまに顔をしかめた。

「海じゃないですか。どうやって探すんです?」

「そりゃあもちろん。潜るのさ」

 最後の赤い一点は、地図の水色の上に打たれていた。


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